プリンス・チャーミング
「では、うちの病院は何も問題ないということでいいですよねぇ?」
眼鏡男は眼鏡をクイと持ち上げつつ言った。
「ああ、病院は問題ないな」
「よかった。ゾンビの疑いも晴れたしね。また鍛冶を続けられるよ」
小柄男は持ってきた書類の束をめくりながら言った。
「いえ、だめです。もう一つ、詐欺の疑いがあります。ええと、洗濯洗剤の件ですね」
レイチェルとマリアは顔を見合わせ、ふふっとちいさく笑いを漏らす。
「ああ、それなら問題ないよ。そんなことしてないもん」
「そうですよ。なんのことやらですねぇ」
指摘されたのが詐欺についてだったので、二人はほっとしていた。
イングウェイに前もって聞いていた問題はいくつかある。その中で例えば騒音問題などは実際に心当たりがあるので、深く突っ込まれると困っていた。だが詐欺については、最初から濡れ衣だとわかっている。
「ボクだって、技術者の端くれだ。洗濯機について不審な点があるなら、質問にはすべて答えるけど?」
自信満々に胸をはるマリア。洗濯機開発のアイデアこそイングウェイに助けてもらったが、ただの箱だった初期型を少しずつ改良し、今の形にしてきたのは自分だという自負がある。その努力があるからこその自信だった。
「そりゃ僕だって、今の洗濯機がカンペキだとは思っていないよ。まだ改良部分は残ってる。例えばコストの関係で削った部分もあるしね。でも、少なくとも、カタログの性能を偽ったり、お客さんに嘘をついたりはしていない」
ところが小柄男はこう言った。
「あ、いえ、そうではなくてですねー、えーと、洗濯洗剤についてなんですが」
「「は? 洗剤?」」
予想外の言葉に、二人は道に迷った骸骨みたいな顔になる。
「この洗濯機というやつ、私も使ってみました。ええ、素晴らしい性能です。文句はない。ただですねー、先にこんな高いものを買わせておいて、あとから専用の洗剤を売りつける。この手段がいけませんねえ」
「あ、いやっ、でも、普通の石鹸だと溶けづらくて、仕方ないんだ」
マリアは苦しい言い訳をする。そうだ、その部分はマリアも気づいていた。しかし、解決策が見つからなかったのも事実。
「ええ、それについては仕方ないことだと私も思います。便利さの代償ですね。 ……私が言っているのは、購入前に石鹸について、しっかりとした説明がなかったことです」
「で、でもっ!」
「いけませんねえ。これでは後から石鹸の値段を吊り上げたりなどしたら、どうなります? 一つの会社が市場を独占しようとするのは、規制の対象ですよ」
横で聞いていたレイチェルにも、ようやく詐欺の意味がわかりかけてきた。思ってもいなかった方向からの攻撃に、なんとか言い訳しようと試みる。
「そんなことしませんよ! だいたい、あれは普通の石鹸を削ったもので、他の人が作ろうとしても、簡単に作れるんですから!」
「どうやって作れるかというのは、別にいいんですよ。企業努力でがんばることは、むしろいいことですし。
今回の問題は、洗濯機を売り出すときに、自社の専用洗剤が必要だという説明がしっかりされなかったこと。客の囲い込みは、明確に法律で明確に禁じられていますからね」
「別に囲い込みなんてーー、って、あれ? 自社?」
話を聞きながら、マリアはある違和感を感じた。
(あれ? あれー、なんだかこの話、聞いたことがあるような気がするぞ。なんだっけ? 思い出せー。がんばれー、働け、ボクの脳みそ!)
「……あ、そうだ」
「ん、どうしました?」「どうしたんですか、マリアさん?」
マリアはゆっくりと、言葉を選びつつ、しかしはっきりとした口調で言った。
「洗濯機を作って販売したのはボク、マリア・ラーズだけど、石鹸の販売はしていないよ」
「「「はあ?」」」
眼鏡男と小柄男、ついでにレイチェルも首をかしげた。
「だからさ、たまたま石鹸に詳しかった友人が、勝手に、売り出したんだ。ボクの洗濯機にぴったりの洗剤を、ね」
「なにい?」
「ね。そうだろ、レイチェル?」
マリアが目配せすると、慌ててレイチェルも同意する
「そ、そうですよ! マリアさんが行ったのは、洗濯機製造のみ。洗剤の売り上げは私、ヘイムドッター医院に入ってますけど! 帳簿を調べてもらってもかまいませんよ」
ヘイムドッターとは、レイチェルの姓だ。つまり、洗剤の製造販売は、レイチェルの経営している病院に入っていたのだ。
「なんと、巧妙な!」
「巧妙じゃないよ。ただの偶然!」
「でもマリアさんとやら、あなたのところに、洗剤が欲しいというお客はやって来るでしょう?」
「あ、うん、もちろん。そんなときはこう言ってるよ。「よくかわりませんけど、皆さんあちらの方に行かれますねえ」って」
この案はイングウェイのものだった。
彼は最初に洗濯機を販売するとき、こうアドバイスしていた。
「マリア、洗濯機の製造と販売は任せたぞ。ただし、洗剤はレイチェルの医院で売るんだ」
その時はさっぱり理由がわからなかった。当然質物はしたのだが、彼の答えは「念のためだ」という一言だけ。「皆さんあちらの方に行かれますねえ」という言葉を教えたのも、当然インギーだった。
マリアはその時のことを思い出したのだ。
「問題、ないよね?」
マリアが確認すると、二人の男はしぶしぶ答えた。
「ええ、問題ないですね」「はい、法律には違反していません」
◇◇◇◇◇◇
「調査へのご協力、感謝します」
「いえいえ、そちらもお仕事ご苦労さまですー」
「ええ、ナウマンダーヴ様の教えが広まるよう、祈ってますよ」
「はーい、ありがとうございましたー!」
ふぅー。
そろってため息が出る。大きな大きなため息だ。疲れた。それ以外の感想は出てこない。
それにしても、とマリアが言った。
「結局、インギーに助けられちゃったね。すごいなあ、こんなことまで予想してたなんて」
「本当ですね。まったく、どこまで私たちのことを考えてくれてるのかしら」
「失礼なこと言っちゃって、悪かったなあ」
「ふふ、大丈夫、きっと許してくれますよ」
ギルド『ミスフィッツ』の危機は去った。ある意味、今までで一番の危機だった。
イングウェイに助けられた部分はあったが、それでも実際に敵を退けたのは、マリアとレイチェルの二人だ。
二人の戦いは、今、勝利で終わったのだ。
「ありがとね、レイチェル」
「まりあさんこそ。お疲れさま」
二人はがっしりと腕を組む。美しい女同士の友情が、そこにあった。




