撮影の小道具(の俺)
生徒会室に戻ると、女子の先輩二人はすっかり機嫌を直していた。
「チョロシ君、今日里見と下校するんでしょ。もう小山に捕まっちゃ駄目だよ。他の子も、親しげに寄って来るのは、危ない奴の可能性大だからね。いいね!」
まだ、チョロシ君のままだった。
「はい。ぜひよろしくお願いします」
頭を下げる俺に、里見先輩が、「任せて」と明るく言った。
放課後になって、ラインしようとしていたら、教室にずかずかと先輩本人が入って来た。
「チョロシ君、帰ろう。迎えに来てやったよ」
うわあ、めちゃくちゃ目立つ!
俺は慌ててリュックを掴み、「行きましょう」と先輩を教室から押し出した。
クラスメイトたちは完全に固まっている。
「先輩、クラスまで来るのは無しです。勘弁してください」
「そう? じゃあ、明日からは校門で待ち合わせ?」
「いや、普通ラインでしょ」
「ところで、今日突然モデルの仕事が入ったんだ。途中の駅だから、寄って行かない? 面白いよ」
少しためらったけど、好奇心が勝った。
俺だけだったら、絶対に垣間見ることの無い世界だ。それで、見学させてもらうことにした。
途中駅で降りて五分くらい歩くと、スタジオのあるビルに着いた。
「やあ、里見ちゃん。今日は急に頼んじゃって御免ね。助かるよ」
「こんにちは。学校の後輩を連れて来たので、見学させてもらっていいですか」
「いいよ、珍しいね。こっちへどうぞ」
俺は事務所のスタッフに紹介され、事務所に通された。
「今日は、これね。初夏向けのカジュアルウエア。よろしく」
衣装の打ち合わせをしている里見先輩は、学校や遊びの時とはまた違う顔をしている。それが新鮮だった。
そして、スタジオで撮影が始まった。
先輩はカメラマンの要望に合わせて、流れるようにポーズを取り続けている。
「はい、ポーズ」
カシャ、終了。
そんな簡単なものかと思っていたのに、実際はかなり体力勝負のようだ。
続いて男性モデルとのペア撮影に入ると、先輩はにこりともしなくなった。
そんなクールな表情が凄く似合っていて様になるが、それはクールを装っているわけではない。素なのだ。
撮影中の先輩を眺めていると、ふと先日の会話が頭に浮かんだ。
「ヒロシを構っている内に、男も嫌な奴ばっかりじゃないと思えるようになったのよね。だから余裕を持って男を嫌えるようになったんだ。ヒロシのおかげだよ」
余裕を持って嫌いって!
「結局嫌いなんですか? よっぽど嫌な事があったんですね」
「しょっちゅう追い掛け回されて、髪を引っ張られたり、スカートをめくられたりしたわね。それに、虫とかカエルとか、変なものを持って来ては、嫌がらせをするの。男って最低」
憤慨する里見先輩を前に、俺はふと思った。
虫やカエル、それは小学校低学年男子からしたら……
「もしかして、どんぐりなんかも、もらいました?」
「うーん。そういえば、いっぱい渡された。虫が入ってたりして最悪。松ぼっくりや、セミの抜け殻の山なんかもあったかな」
眉をひそめて嫌そうに言う。
あ、やっぱり。
俺は同じ男として辛くなった。
「それ、意地悪じゃなくて、プレゼントのつもりだったかも。男って、結構かわいい生き物なんで、あまり嫌わないでやってください」
里見美先輩はきょとんとしていた。
これが男女間の溝ってやつか。
そんな里見先輩だが、今、俺の目の前で、しっかり男性モデルに合わせて撮影をこなしている。
感心しながら見ていると、休憩に入った先輩が戻って来た。
話し掛けようとする男性モデルを、見事に無視して。
「どう? 私イケてる?」
「はい。すごく綺麗でカッコいいです」
里見先輩は満足げに笑う。
その自然な笑顔を、カメラマンは見逃さなかったようだ。
「なあ、里見ちゃん。今、すごくいい顔していたよ。男性モデルとのペアでは、いつもクールビューティーしているけど、この子とだと自然だね。ちょっと二人で一緒に撮ってみない?」
慌てて俺は断った。
「いや、無理です。俺そういうの、照れくさくて絶対にできません!」
「この写真見てよ。里見ちゃん、すごく可愛いでしょ。この可愛い里見ちゃんをもっと見てみたくない?」
カメラマンが見せてくれたカメラモニタには、なんていうか無邪気で柔らかい表情をした里見先輩が写っていた。
確かに抜群に魅力的だ。
俺が鼻の下を伸ばすのを見たカメラマンは、さっさと俺をスタイリストさんに押し付けた。
そこからは里見先輩も混じって、あっちこっちからいじられ、とっかえひっかえ服を着せ替えさせられた。
その間、カメラマンがうろうろしながら、パシャパシャとシャッターを切っていた。
後日、その時の写真が雑誌に掲載された。
これがかなりの評判をとったらしい。里見先輩が生徒会室で雑誌を見せてくれた。
「えーっ、かわいい! いつものモデル・サトミとは全然違うじゃない! 抱きしめたくなる感じ。これすごくいいよ」
まず井上先輩が食いついた。
「この回の評判がすごく良くて、反響がすごいって。ヒロシのおかげだよ。スタッフたちと一緒に、ヒロシのスタリングをしながらこっそり撮ったんだ。ぺア写真も評判出ているって」
ページを繰ると、俺が里見先輩と一緒に写り込んだ写真が大きく掲載されていた。
笑いながら俺の髪をいじっている里見先輩と、困ったような表情の俺。
なぜか二人きりで写っている。
「いつの間にこんな構図が出来ていたのかな。ずっと人に取り囲まれて、いじり倒された記憶しかないんですけど」
「それがプロの腕よ。スタッフが一瞬さっと離れたの。阿吽の呼吸っていうやつね。ヒロシは意識したら固くなっちゃうから、気取らせないようにしていたんだよ」
どれどれと言って、緒方先輩と今井先輩が覗き込んだ。
「おお、他の男と組んだ時とは大違いだな。これは良いね。緒方と一緒に撮った時とも違うよな」
「緒方先輩とも撮った事あるんですか?」
俺が尋ねると、里見先輩が頷いた。
「うん、一度ね。緒方くんは、はじめからキメ顔作ってた。スタッフが素人とは思えないって驚いてたよ」
やっぱり人種が違う。
「見る?」
そう言いながら、生徒会室の書棚から雑誌を一冊引っ張り出す。
付箋のページを開くと、洒落たセーターを着こなした緒方先輩が、目に飛び込んできた。
その隣には、モコッとしたニットワンピース姿の里見先輩。
素敵なカップルそのものだ。
「うわー。えらい違いだ。お願いだから並べて置くの、勘弁してください」
井上先輩が、雑誌を囲む俺たちの輪に、ぐいぐい体をねじ込んできた。
「私はこっちのヒロシと撮っている方が好きよ。ユキが魅力的に撮れているもの」
まあ、そういう観点で言えば、俺もこっちの方がいいと思う。
明らかに今回の方が里見先輩は魅力的だ。
男の方に目が行かないという意味でも、そう。
「ヒロシと一緒のグラビア、またやろうって話が上がっているの。やろうね」
「いや、何回やっても、俺には決め顔も、ポーズも無理だと思います」
「それは求めていないんだ。私の小道具的立場での写り込みね。ちょっとしたお小遣い稼ぎになるし、魅力だと思わない」
その言葉に俺の口は「あ」という形に開いた。
夏休み前にバイトを探そうと思っていたのだ。このバイトなら、制約時間が少なくて、しかもスケジュールは里見先輩任せに出来る。
条件面ピッタリ。
「決まりだね。事務所に言っておくよ」




