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私から片時も離れたくないというジークヴァルト様を、アルトディシアに一緒に行くのならその準備が必要だろう、と無理やり研究棟に帰し、私も帰宅する。
げっそりしているジュリアスと、何が何やらと呆然自失している護衛騎士達と一緒に帰るが、私の護衛騎士のエリドとカイルだけでなくジュリアスの護衛騎士達も昔から家に仕えてくれている者達なので、どうやら私の庇護下にあるようで、いきなり跪いて祈り出したくなる衝動には駆られないらしい、良かった。
シェンティスとローラントには、そういう衝動にかられない魔術具を渡しているようなことをジークヴァルト様は以前言っていたけれど、それってつまり、ずっと仕えてくれている相手に対してもまるで心を開いていなかったということだよね、私の家の者たちは私が無意識のうちに庇護下に置いているからそういう衝動に駆られないんだろう、て言ってたし。
ジークヴァルト様は想像以上に孤独に生きてきたらしい。
なんかジークヴァルト様の他者への認識が、私かその他で区切られてしまったような気がする。
どうしよう、責任重大だ。
「姉上、アルトディシアとリシェルラルドは大騒ぎになっていると思いますよ。神々の命で6つ名同士が婚姻するなんて、これまでの歴史を紐解いてもなかったのではありませんか?」
「そうでしょうね、でも私とジークヴァルト様が結婚しなければ、この大陸中に天変地異が多発したのは確実なのですよ」
主にジークヴァルト様のせいで。
なかなかに感情の振り幅の大きい方だと思う。
おかしい、私はだメンズウォーカーではなかったと思うのだが。
まあいい、前向きに考えよう、理想の悠々自適な隠遁生活が送れるのは確実だろうし。
私は本来、政治や外交なんぞに関わらず、好きなように本を読んで楽器を弾いて、美味しいものを食べて、欲しいものを作って日々自堕落に過ごしたいのだ。
この欲しいものを作るというのは、案だけ出せばこの先ジークヴァルト様が担ってくれることだろう。
「各国の神殿はそれで納得するかもしれませんが、リシェルラルドはどうですかね?6つ名のハイエルフなんて絶対にあの国では特別でしょう、何故セレスティスで研究者なんてやっていることが許されていたんだか。あの男は姉上と一緒にアルトディシアに行くと言っていましたが、それならあの男をアルトディシアへやるのではなく姉上をリシェルラルドへ寄越せ、と言い出しそうではありませんか?」
普通に考えたらそうなんだけどね、なんかジークヴァルト様はリシェルラルドにいたくない理由があってセレスティスに長年住み着いていたらしいし、それをアナスタシア様も憂いていたようだから、無理やりジークヴァルト様をリシェルラルドに帰国させるような真似はできないと思うんだよな。
「その辺はそれこそジークヴァルト様が仰ったように、リシェルラルドの現王とその姉であるアナスタシア様がどうにかされるでしょう。アルトディシアにもジークヴァルト様を連れていくようにと言われましたしね」
正確には連れていくんだな、という確認だったけど、ものは言いようだ。
「女神がそのようなことを言っていたのですか・・・ですがアルトディシア内でも姉上とあの男の扱いには困ると思いますよ、なんせリシェルラルドの王弟が筆頭公爵家の令嬢に婿入りするというのですから、シルヴァーク公爵家の家督問題にもなりますし」
「いりませんよ、シルヴァーク公爵家の家督なんて。私はジークヴァルト様と2人でなるべく長閑な場所で静かに暮らすのです。大体、ジークヴァルト様と私が2人一緒にいて、まともに社交ができる者がどれだけいるでしょうね?」
せっかく政治や外交をせずに田舎に引っ込んで暮らせると思っていたのに、うちの当主なんてやってられるか、面倒くさい。
ここで利用せずにどうする、邪魔な神気、溢れる神々しさ!
2人並んで後光を差して、面倒事はうやむやにしてしまうのだ。
「それはまあ・・・周囲の者が皆次々と跪いて祈り出したら、社交どころではありませんしね」
ジュリアスがやたらとキラキラしているらしい私を見て苦笑する。
私は季節ひとつ分くらいで消えると言われたから、消えるまでにこんなのに近づけるか!という認識を周囲に刷り込んでとっとと田舎に引き籠ろう。
ジークヴァルト様には、私がまだ読んでいない本は一緒にアルトディシアに持ってきてください、とお願いしたから今頃は学院の図書館に寄贈する分と、持って行く分とを分類中だろう、私の悠々自適な読書生活のために、張り切って引っ越し準備をしていただきたい。
「6つ名というのは、本来神の器だそうですから、世俗に関わらずに静かに暮らしますよ。私もジークヴァルト様も地位や権力には興味ありませんからね」
「本人の興味のあるとなしとに関わらず繰り広げられ、巻き込まれるのが権力闘争というものだと思いますが、姉上もあの男も世俗のドロドロした争いに引っ張り出すには神々しすぎますからね、リシェルラルドさえどうにか抑えられるなら、あとはアルトディシア国内は父上と兄上が抑えるのではありませんか?」
そうそう、しっかり両国とも抑えてもらわないと、よろしい、ならば戦争だ、どころか、よろしい、ならば天変地異だ、てことになりかねないからね、規模が桁違いだ。
おかしい、私は確かにジークヴァルト様のことが好きなはずなのに、ときめきよりも彼の行動が心配で頭痛に動悸息切れを感じる。
これから一緒に暮らしていく中で、しっかり性格矯正していかなければ。
・・・できるのか?




