48話 レベル0と魔王
その場を見渡しながら、レオンは息を一つ吐き出した。
事情をまったく把握出来ていないというのは事実である。
かなり強力な結界が多重に張り巡らされているようで、闘技場の内部の様子を視ることすら出来なかったからだ。
まあだからこそ、何かが起こっているのだろうということが分かったのだが。
それに、明らかにハイデマリーを殺そうとしていたことを考えれば、とりあえずアレがこの状況の元凶なのは間違いないのだろうし――
「……貴様。これは我が魔王と知っての狼藉か?」
どうやらそれが間違いないということは相手が肯定してくれるらしい。
「魔王、ね……よりにもよってなものを騙るもんだなぁ、って言いたいところだけど……本物っぽいんだよねえ」
多少の手加減はしたものの、しばらく立ち上がれなくなる程度のつもりでは蹴り飛ばした。
だがゆっくりと立ち上がるその姿にダメージは見られず、そこから感じる圧力も桁違いだ。
何よりも、と横目で後方を眺める。
あそこまでイリスに傷を負わせることが出来る存在など、それこそ魔王以外にいまい。
「ふんっ……そもそも我を偽物かと疑うこと自体が不敬だが……まあよい。無知な者に罰を与えるほど我も狭量ではないからな」
「へえ……許してくれる、と? さすがは王を名乗るだけはあるってことかな? ま……別に許してくれなくてもいいんだけどね」
「ほぅ……? 我が慈悲を無用とする、と?」
「ありがたがる理由がないからね。大きなお世話っていうか……そもそも、許すとか許さないとか、それは僕の台詞だと思うんだよね」
状況は分からずとも、イリスを傷つけたのがアレだろうことはほぼ間違いなく、さらにはハイデマリーを殺そうとしていたのも事実なのだ。
ならばその判断をするのはこちらだろう。
「……貴様、誰に物を言っているか理解しているのであろうな?」
「だから? っていうか、自分でさっき口にしたことも忘れたの? 寝てた時間が長すぎてボケちゃった?」
「ふむ……そうか。――愚物が、調子に乗るなよ」
――限界突破・常在戦場・明鏡止水・気配察知上級:緊急回避。
瞬間、背中に感じた悪寒に従い、レオンは思い切りその場を蹴った。
後方へと飛び退いたその直後、直前にまで立っていた場所に闇で作られた剣山のようなものが現れる。
その高さは自身の背を優に越すほどで、一瞬でも判断が遅れていたら串刺しとなっていたことだろう。
僅かに口元が引きつるのを自覚しつつ、地面へと降り立つ。
その隣にイリスがいるのは狙ったのであり、意識は魔王から外さないまま、口を開いた。
「治療は必要?」
「……大丈夫。自分で何とかする」
「そっか……じゃあ、簡潔に状況を聞いても?」
「……ハイデマリーが、魔王の一部の封印を解いた」
「ハイデマリーが……? さっきその魔王に殺されそうになってたように見えたけど……」
言いながら一瞬だけハイデマリーへと視線を向けるも、何らかの反応が返ってくる様子はない。
先ほどからそうであったが、どうやら気を失っているようだ。
魔王に殺される直前も直前だったので、そのせいか、それともそれよりも前から気を失っていたのかはレオンには分からないが……と、そんなことを考えている間にふと思い至った。
「ああいや、自分でそう望んだのかな?」
そう呟いた瞬間、隣から驚きの気配を僅かに感じた。
どうやら合っていたらしい。
「……どうして分かったの?」
「半分は勘で、半分は今までのことを総合的に考えてみた結果ってとこかな?」
魔王の封印を解くというのは、そう簡単に出来ることではない。
ユーリアがそれを半ばしかけてしまったのは、再封印の最中に隙を突かれたからである。
それ以外の方法で行おうとすれば、余程入念な準備が必要だ。
で、そこでピンときたのがここ最近起こっていた不可解な出来事である。
あれが全てここに繋がっていたのならば、あるいは魔王の一部ならば封印を解くことも可能かもしれない。
そしてその上で、ハイデマリーが言っていたことが全て本心であったのならば。
そういうことがあったとしても不思議ではないと、そう思ったのだ。
「ふんっ……なるほど、愚物ではあるが頭の回転は悪くないようだ。ならば、後悔をしたのではないか?」
「うん? なんで?」
「我を蘇らせた者が死ぬところを貴様は助けてしまったのだぞ? あのまま放っておけば邪魔者が勝手に減ったであろうに」
「いや? 全然そんなことは思わないけど?」
それは本心であった。
だから事情を知っていたとしても同じ行動を取っていただろうし、今から再び魔王がハイデマリーを殺そうとしてもそれを止めるだろう。
「……何故? あの娘は、それだけの罪を犯した」
「うん。だろうね。だけど……イリスは死んで欲しくないと思ってるよね? なら、それだけで十分だよ」
「……っ」
瞬間、イリスが息を呑んだのが気配から伝わってきた。
それがどんな意味を持っていたのかは分からないが、探ろうとするよりも先に魔王が口を開く。
「ふんっ……それの意思だという理由だけで、大罪人を生かすか。愚かの極みよの」
「かもね。でも他の人がどう思おうとも、僕にとってはそれが一番大切だし」
「……っ」
再度隣でイリスが息を呑んだのが分かったものの、そのまま言葉を続ける。
「まあそれに、僕も彼女のことは何だかんだで嫌いじゃないから、出来れば死なせたくはないしね。確かに大罪ではあるけど、罪を償う方法なんて他にも色々あるだろうし……それに何よりも、ここでその罪の原因が滅べば、何の問題もないわけだからね」
そう言ったのと、魔王から感じる圧力がさらに増したのは、ほぼ同時であった。
どうやら言ったことの意味は正確に伝わったようである。
「……男が我と相対しようとするなど、昔と比べ何か変化があったのかと思ったが……なるほど。――やはりただの愚者であっただけか」
「……っ、駄目……アレは確かに一部でしかないけど、それでも君では――」
「――言ったよね。近いうちに絶対、あの日の誓いを果たしてみせる、って」
イリスの言葉を遮り、言葉を紡ぐ。
それはイリスに言って欲しくはなかったし、言わせたくもなかった。
何よりも。
「まあ、思った以上にその機会が訪れるのは近くなっちゃったけど……今この場で、果たすよ。アレを倒すことによって、ね」
――限界突破・絶対切断・一意専心・明鏡止水:斬魔の太刀。
告げた瞬間、腕を振り抜いた。
眼前に突如現れた漆黒の剣を斬り裂き、霧散したその先にある存在を真っ直ぐに見つめる。
「ほぅ……? 言うだけはあって多少は出来るようだな。だが――分を弁えよ、愚物」
――限界突破・絶対切断・疾風迅雷・明鏡止水・乱舞:百花繚乱。
魔王が言葉を放ったのと同時、周囲に一斉に漆黒の球体が現れるが、レオンは一瞬でその全てを斬り裂き、そのまま地を蹴った。
あのままあそこにいたらイリスを巻き込みかねないからで、何よりも近寄らなければさすがに勝てはしないからだ。
彼我の距離を一瞬で詰め――
「ふむ……さすがにこの程度の児戯では怯みもせぬか。では――これならばどうだ?」
「――っ!?」
――限界突破・常在戦場・明鏡止水・気配察知上級:緊急回避。
瞬間背筋に走った悪寒に従い、寸前で強引に軌道を変えた。
直後に魔王の眼前に向こう側をまったく見通せすことの出来ない闇そのもののような何かが現れ、だがすぐに消え去る。
ただそれだけで、何が起こったわけでもないが……着地した地面を滑るようにして止まりながら、頬を冷たい汗が流れていた。
アレに触れたらどうなっていたか。
思わず唾を飲み込んでしまうほど、レオンにも理解出来ない、得体の知れないものであった。
唯一分かるのは、アレに触れていたらただでは済まなかっただろうということだけだ。
「なるほど、危機管理能力も悪くはないようだな。そら、ならば次はどうする? アレだけの大言をほざいたのだ……せめて我を楽しませてみるがよい」
明らかな上から目線であったが、言うだけのことはあった。
次々と手を変え品を変え放たれる攻撃に、次第にレオンは防戦一方を強いられ始めたからである。
単純に手数が多いというのもあるが、何よりその一撃一撃が強力だ。
何気なく出しているように見えるが、かすっただけでも腕の一本や二本を楽に持っていくだろうし、どころかそのまま命まで奪われかねない。
そもそもレオンは、結局のところレベル0なのだ。
防御力は決して高くなく、イリスと比べたら紙も同然だろう。
そのイリスがあそこまでの傷を負った攻撃なのだ。
食らうことが出来ないのは当然であった。
一応スキルを用いれば一時的に上げたりすることも可能だが、さすがに試すことは出来ない。
僅かなミスが即命取りとなる状況の中、極度の集中と緊張を強いられる。
これほど死を身近に感じるのは、あるいはゴブリンと初めて戦ったあの時以来かもしれない。
だが同時に、あの時とは様々な意味で比べ物にはならなかった。
さすがは魔王だ。
今までレオンが出会った中で、間違いなく最も強い。
比べるのも馬鹿らしく感じるほどだ。
そしてレオンが今まで出会った中で、最も恐ろしくもある。
なるほど、と思った。
これが魔王か。
これが――
「――なんだ」
――限界突破・絶対切断・一意専心・疾風迅雷:一刀両断。
呟くと同時、眼前に迫っていたものを斬り捨てた。
何なのかは分からなかったが、闇の塊のようなもので……つまりは、それだけであった。
「魔王って、この程度か」
呟きながら、腕を、剣を振るう。
そのまま、真っ直ぐに魔王を見つめた。
言った通りではある。
確かに魔王は魔王と言われているだけのことはあった。
強く、恐ろしく、少なくともレオンは今まで経験したことがないほどで……だがそう、それだけなのだ。
てっきり、もっと凄いのかと思っていた。
たとえば、指先一つで大陸が沈むとか、魔王が現れただけで世界が闇に覆われるとか、そういうのを。
まだ一部でしかないとはいえ、一部ではあるのだ。
それでこの程度だというのならば、思っていたほどではなさそうであった。
「これなら、一部どころかそのうち本当に本体も滅ぼせそうかな」
「ふんっ……どうやら貴様は余程大言壮語が好きなようだな。この程度で苦戦している貴様が我の本体を滅ぼすだと? 戯言にしてもまるで面白味に欠ける。先ほども言ったであろう。愚物は愚物らしく、分を弁えよ、とな」
「うん? そんなことを言うんなら、もっと上を見せて欲しいんだけど……まさかこれで終わりってわけじゃないよね?」
――限界突破・絶対切断・一意専心・疾風迅雷:一刀両断。
言葉と同時、眼前を斬り裂いた。
魔王はそれをくだらなそうに見ていたが……直後、その頬が僅かに裂ける。
「なっ……!? 貴様……!?」
「どうしたの? そんな驚いて? さすがにもう慣れたし……この程度なら、そろそろそっちにも攻撃出来るのは当然でしょ?」
「っ……戯言を……!」
魔王が吼えるのと同時、攻撃の速度が上がったが……やはりその質は変わっていない。
どうやら、本当にここが限界のようであった。
「……ちょっと残念な気もするけど、ま、どうにか出来る範囲でよかったって思うべきかな」
――限界突破・絶対切断・一意専心・明鏡止水:斬魔の太刀。
呟き、腕を振るうたびに、少しずつ魔王の身体が裂け、その顔が驚愕に染まっていく。
かわしたりその場を動いたりする様子がないのは、あれは余裕ぶっているわけではなく、単にあの場から動けないというだけなのかもしれない。
本当にそうならば、それもまた残念である。
血が流れないあたり、どうやら肉体を持っているわけではないようだが……まあ、身体を形作っている何かはあるのだ。
傷を負うたびに魔力というか瘴気が僅かに漏れているように見えるので、おそらくはそういったものだろう。
その量が一定以下になれば形を保っていることは出来ないはずで、つまりは結局やることに違いはないということである。
攻撃を加え続け、倒す。
それだけであった。
「っ……馬鹿な……貴様、何者だ……!? 我の攻撃を凌ぐだけではなく、我に攻撃を仕掛ける、だと……? 貴様如き愚物が出来るはずが……!?」
「って言われても、出来てるわけだしねえ。っていうか、それ言っちゃうとそっちは愚物より下の何ってことになるけど?」
「っ……貴様……!?」
愚物より下と言われたことが余程屈辱だったのか、魔王の顔が怒りに歪んだ。
「どうやら我の甘さが貴様を図に乗らせてしまったようだな……我を愚弄するなど万死に値する……!」
「事実を言っただけで愚弄とか言われてもなぁ。っていうか――」
叫ぶその姿を真っ直ぐに見据え、目を細める。
「それはこっちの台詞だって言ってるじゃないか。人の想い人あそこまで傷つけといて、ただで済むと思うなよ」
「愚物が……よかろう。我が全力をその目に焼きつけ、己の愚かさを呪いながら死ぬがよい……!」
瞬間、魔王の右腕が天を衝くように持ち上げられ、その上空に巨大な漆黒の球体が現れた。
それは魔王の怒りを示すようにどんどんと大きくなり、やがて直径で百メートルはあるだろう大きさとなる。
確実に避けるのは不可能で、威力も相応のようだ。
今までに感じたことのないほどの、明確な死を感じ――それでも、どうにもならないとは感じなかった。
その状況でも思うことは、ただ一つだ。
「うん……やっぱり、魔王って言ったところで、その程度なんだね」
「っ……ほざけ愚物が……! その魂の一片すら残すことなく、死に絶えるがよい……!」
直後、右腕が振り下ろされ、それと共に漆黒の球体が迫り来る。
だがレオンは、それと魔王とをやはり真っ直ぐに見据え――
「――奥義一閃」
――限界突破・絶対切断・一意専心・疾風迅雷・明鏡止水:奥義一閃。
ポツリと呟くと同時、レオンもまた右腕を振り抜いた。
僅かな静寂。
そして。
直後に漆黒の球体が消し飛んだ。
「っ……馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿……!? 我が、負ける、だと……!? それも、あのような愚物相手に……!?」
「うん、だから、言ってるじゃないか。そっちは、それより下だって、ね……っていうか、だから負けたんでしょ?」
「馬鹿な……!?」
そうして叫んだところで、結果が覆ることはない。
現実を思い知らせるように、魔王の身体へと縦に線が一本走り、叫んだ姿そのままに両断された。
最後まで現実を認められぬと叫ぶばかりで、それが魔王の最後であった。
「ふぅ……。そういえば、騎士団の代わりに滅ぼせそうなのないかとか思ってたけど……良い代わりになったかな?」
そんなことを言いながら視線を向ければ、イリスは呆然とした顔でこちらを見ていた。
いつもの薄っすらと分かる程度のものではなく、誰でもはっきりと分かるようなものであり、そのことに何となく嬉しさを感じる。
そしてレオンは、どうだと、自分の成したことの結果を示すかのように、イリスへと向けて満面の笑みを浮かべて見せるのであった。
次で完結予定です。




