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45話 休日とデート

 今更と言えば今更ではあるし、当たり前と言えば当たり前のことではあるが、学院にも休日というものが存在している。


 この世界の暦は一週間が七日で、その七日目が一般的には休みということになっているのだ。

 無論職によっては多少違ったりするのだが、少なくとも学院に関して言えばその通りの休みが与えられている。


 とはいえ、そこに意味があるかと言えば、まあ正直なところあまりない。

 学院の生徒が休みになると何をしているかと言えば、ほぼ十割が自主鍛錬だからだ。


 朝から晩まで、飯の時間を除き、ひたすらに訓練場通い。

 ぶっちゃけ肉体的な疲労でいえば、休日の方が上かもしれないほどだ。


 もっとも、Fクラスは普段からそうなので、つまりは他のクラス以上に違いがないということではあるが。

 一応さすがにザーラはいないので、そこが違いと言えば違いか。


 ただ、今日ばかりはそんな学院の雰囲気もいつもとは違っていた。

 どことなく浮ついた空気が流れ、朝食の時間が終わったというのに誰一人として訓練場に向かおうとはしない。


 寮から外に出ることは出るのだが、それは本当の意味での外だ。

 王都の街中に、という意味である。


 そして王都の街中も街中で、普段とは大分様相が変わっていた。

 人が多く賑やかなのはいつも通りと言えるが、普段よりもさらに人が多く、賑やかなのだ。


 街中には色取り取りの飾りが付けられ、大通りには臨時の出店なども並んでいる。

 その光景は賑やかというよりは既に煩いぐらいで、だがその場にいる者達の顔に浮かんでいるのは笑みだ。


 端的に言ってしまえば、それは一年に一度しか来ない特別な日を祝う祭りなのであった。


 そう、今日は休日の中でも特別な祭日であり、魔王が封印され世界が平和になったとされる日なのだ。

 まあ実際には魔獣などのせいもあって完全な平和には程遠いのだが……それでも昔と比べると平和になっているらしい。


 とはいえ、今のレオンにとってそんなことはどうでもいいことである。

 レオンもそんな王都へと繰り出していたが、何が理由で賑やかなのかなど瑣末事なのだ。


 多すぎる人の流れを掻き分けるようにして先へと進み、王都の一角に存在している広場へと辿り着く。

 噴水も設置されているそこは、主に待ち合わせに使われる場所であり……きょろきょろその場を見渡し、目当ての人物を探し当てると、一直線にそこへと向かった。


「ごめん、イリス。待った?」


「……ううん、わたしも今来たところ。というか、それは君も知ってるはず」


「まあそうなんだけどね。でもほら、こういうのはお約束だから」


「……そうなの?」


 よく分からない、と言いたげに首を傾げるイリスだが、正直レオンもこの世界にもそんなお約束があるのかは知らない。

 だがやりたかったし、無事果たせたからいいのだ。


 そして何故こんなことをしているかと言えば、もちろんこれからデートをするからである。

 レオンとイリスが、王都でデートをするのだ。

 その事実に思わず感動してしまうのは、ここまでこぎつけるのに少なくない苦労をしたことも無関係ではあるまい。


 まず、昨日の夜、風呂から出たレオンは素直に誘うのが一番ではないかという結論至り、その通りに実行したのだが、見事に撃沈した。

 別に嫌だと言われたわけではないのだが、いつも通り鍛錬をすると言われたのである。

 それ以外のことをしている余裕なんかない、と。


 正論だったのでぐうの音も出ず、しかし昨日のレオンは一味違った。

 援軍を要請したのだ。

 多人数から誘われれば何とかなるのではなと、リーゼロッテ達を呼んだのである。


 ちなみにその時リーゼロッテ達からは馬鹿じゃないの、みたいな目を向けられたが、気にしない。

 確かに意中の人物をデートに誘うのに異性の友人を利用するとか馬鹿でしかないが、昨日のレオンは手段を選んでいる場合ではなかったのだ。


 まあその後すったもんだの末にこうして無事デートに誘うことに成功出来たわけではあるが……本当にリーゼロッテ達には感謝しかない。

 イリスに了承させておきながら、自分達は自分達で用事があるからと引いてくれたことも含めて感謝しかなかった。

 ユーリアからは呆れたような目を向けられそれはちょっと心に来たが、この状況と引き換えにするのであれば安いものだろう。

 朝食の場でハイデマリーのことを誤魔化してくれたりしたことも含めて、あとで何か詫びは考える必要がありそうだが。


 尚、同室で暮らしているという時点で待ち合わせもクソもなかったが、それは何とか頼み込んで先に出てもらった。

 レオンがイリスがここに来たばかりだということを知っていると言ったのもそのせいである。


 ともあれ、デートだ。

 正直なところここからの段取りは存在しないし、何ならレオンは祭りどころか王都のこともよく分かってはいないが、きっと何とかなると信じている。

 勢いで誤魔化せば、意外と何とかなるものだ。


「さて、無事合流できたし、とりあえず行こうか? どっか行きたいとことかあったりする?」


「……そもそも、何があるのかが分からない。王都にはよく来るけど、見て回ったことはないし、この祭りに来るのも初めて」


「あれ、そうなの? 確かイリスって元々王都暮らしだよね?」


 元伯爵現公爵であるイリスの家は、当然と言うべきか治めている土地が存在している。

 領主一族は本来そこに済むべきだが、イリスは昔から聖剣の乙女として騎士団に所属していたのだ。

 騎士団は王都に存在していることもあり、ずっと王都で暮らしていた、という話を以前聞いたことがある。


 となれば、毎年この祭りに参加しているのが普通だと思うが――


「あー、いや、そっか。もしかして……」


「……毎回鍛錬してた」


「やっぱりかぁ……」


 いつも通りというのは、どうやらそこにもかかっていたようだ。

 そこは無理やりにでも連れて行くべきだったのではないだろうかと思うものの、聖剣の乙女ということもあって周囲も色々大変だったのかもしれない。


 まあ考えようによっては、そのおかげでイリスと共に初めての祭りを体験出来るのだ。

 それはそれで悪くないかもしれない。


「ま、いいか。じゃあとりあえずは適当に見て回るって感じでいいかな?」


 そう尋ねたのだが、イリスからの返答はなかった。

 何かを考えているようなその姿に、首を傾げる。


「……イリス?」


「……やっぱり鍛錬に戻る」


 ある意味らしい言葉に、思わず苦笑が漏れた。

 だがそうすることは想定済みである。


「駄目だって。今日は鍛錬をするのは禁止されてるってリーゼロッテ達が言ってたでしょ」


 それは昨夜イリスを説得する際に用いたものではあるが、実際本当らしい。

 騎士を目指すためには日々の訓練が大切だが、それだけでも駄目だと学院の生徒達は今日は丸一日休養が義務付けられているとのことだ。


 訓練場は完全に閉鎖されており、もし訓練しているのが見つかったら懲罰すら有り得るらしい。


「っていうか、毎年そうだって言ってたから去年もそうだったと思うんだけど……去年はどうしてたの?」


「……隠れてやってた」


「まあそんなもんだろうと思ってたけど……残念ながら、今年は全面的に禁止です。やろうとしたらザーラ先生に言いつけるからね?」


「……っ」


 そう言った瞬間、イリスはまるで捨てられた子犬のような雰囲気を纏ったが、レオンには通用しない。

 いや本当はめっちゃ効いていたが、必死になって堪える。


 そもそもここで堪えなければイリスとデートは出来ないのだ。

 ならばここは心を鬼にせねばなるまい。


「……大丈夫? 辛そうな顔してるけど……」


「割と大丈夫じゃないけど、この後すぐに大丈夫になるから」


「……? そう……?」


 不思議そうに首を傾げるイリスの姿を眺めながら、気分を切り替えるために息を一つ吐き出す。


 このデートは必ず実行しなければならないのだ。

 レオンがしたいということ以上に……イリスのためにも。


 レオンが思い浮かぶ中で、イリスのために出来ること。

 それが、これであった。


 イリスを楽しませる。

 何よりも大切なことだ。


 だから――


「――っ」


「――っ!?」


 今度こそこの場から移動しようと、イリスに手を差し出そうとした、その時のことであった。

 指向性のある魔力がイリスに向けられたのを感じ、レオンとイリスがほぼ同時に反応する。


「……今のって」


「……うん。ごめんなさい、呼び出された」


 騎士団からの呼び出し、ということだ。

 ここ最近なかったと思っていたのだが……よりにもよってこんな時にと、思わず拳を握り締める。


「イリスが謝ることじゃないって。……それより、少し待っててくれるかな? ちょっと騎士団滅ぼしてくるから」


「……それは駄目。色々な人が困るから」


 まさかの真面目な返しであったが、レオンも五割ぐらい本気だったのでお相子かもしれない。

 デートが始まる前に邪魔されたこともそうだが……まるでイリスが何かを楽しむことを許さないとでも言わんばかりのタイミングに、本気で腹が立ったのだ。


 そして……どうやらそう思ったのは、レオンだけではなかったらしい。


「……やっぱり、わたしにこういう場所は似合わない。……ううん、いちゃいけない。だから、こういうことが起こる」


「――それは違う」


 考えるよりも先に、否定していた。


 そうだ、当然である。

 きっとこの世界で誰よりも頑張っている少女に、祭りを楽しむ権利すらないなんて、そんなことがあるわけがない。


 もしもそんなことがあるのならば、それは世界の方が間違っている。


「確かに今は、君頼りなせいでこんなことが起こったりもする。だけど、それも今だけだ。……八年も待たせちゃったけど、近いうちに絶対、僕があの日の誓いを果たしてみせるから」


 あの日と同じように、そこに自信はなかった。

 あの日と同じように、それでも覚悟だけはあって――


「…………うん。待ってる」


 そうしてイリスが浮かべた笑みは、あの日とまったく同じものであった。


 ああ、まったく酷い有様だと思う。

 これでは本当に恨まれて当然であった。


「……それじゃ、行ってくる」


「うん……気をつけて」


 そうして去っていく背中を見つめながら、レオンは拳をさらに強く握り締めた。


 手のひらに爪が食い込み、痛いぐらいであったが、それでも緩めることはなく……そうしながら、思う。

 この異常事態のことを、だ。


 この日に祭りをやるのは、ちゃんと意味があった。

 魔王が封印されたのを祝うということももちろんあるが、それ以上にこの日ならば祭りをやっても問題ないと判断されたからだ。


 魔王に施した封印というのは、ある程度の周期で強度に多少の違いが生じてしまうものらしく、この時期に最も強まるらしいのである。

 そしてそれに呼応するかのように、魔獣達の動きも鈍くなるのだ。

 だからこそ、王都で盛大な祭りを開くことも可能だというわけである。


 それは魔王が封印されてからずっと続く、常識のようなものだ。

 当然のように、聖剣の乙女が呼び出されるような非常事態が発生するわけもない。


 だが、その有り得ないことが起こった

 それの意味するところは、果たしてどういうことなのか。


 しかし、そこまで考えたところで、思考を止めた。

 考えても意味がないから、ではない。

 それよりも出来ることがあるからだ。


 そう、レオンの抱く思いはあの頃から何も変わってはいないが、あの頃よりも出来ることは沢山ある。

 今の自分に出来ることとは……やるべきこととは何か。


 そんなことを考えながら、先ほどから変わらぬ喧騒の中。

 既に見えなくなってしまったイリスの背を探すように、レオンは目を細めるのであった。

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