41話 二年の次席と前途多難
「さて、お前らの仲がいいのは結構だが、話を続けんぞ。ある意味ではこっちが本題だしな」
「本題、ですか?」
「おう。ユーリアのことだけなら、いつも通り訓練場でよかったわけだしな」
それもどうかと思うが、確かにその通りではある。
最近では訓練場で授業をやることが当たり前になっていたため、最初から訓練場に行ってばかりいたのだ。
それなのに今日は教室に集まることになっていたので若干疑問に思ってはいたのだが、ユーリアの話以外にも理由があったということらしい。
「ってわけで、いいぞ、もう入ってきても」
そう言ってザーラが教室の外へと呼びかけた直後、扉が開いた。
そのまま教室の中へと入ってくるのは、見覚えのない少女である。
それでも多分一年ではないのだろうなと思ったのは、制服を着慣れている感じがあったからだ。
ただ、それよりもレオンが気になったのは、その顔である。
美醜がどうとかいう話ではなく、どう見ても不機嫌そうに歪んでいたからだ。
しかしすぐに、その理由は明らかとなった。
「はぁ……何でオメエに呼ばれて入ってこなくちゃなんねんです?」
「そりゃオレが学院の講師で、お前が学院の生徒だからだろ? 文句はオレをこんなとこに押し込めた連中に言うんだな」
「ふんっ……ならオメエが騎士を辞めればいいじゃねえですか。そうすりゃ自動的にここも辞めることになんですから」
ただのじゃれ合いではなく、少女が本気でザーラのことを嫌っているようだということを理解するのは難しいことではなかった。
とはいえ、特に驚きはない。
ザーラの立場が複雑だというのは、話に聞いたことがあったからだ。
かつての最強ということで憧れている者もいれば、聖剣の乙女の象徴である剣を使っていることで嫌悪している者もいる。
少女はそのうちの後者であるということのようだ。
「少なくともオレにそのつもりがない以上は、お前が我慢するしかねえな。お前がFクラスに通うことになる以上、尚更な」
「Fクラスに通う、ということは、彼女もFクラス所属になる、ということですの?」
「クラスが変わるにしては、ちょっとタイミングがおかしいわよね?」
「ま、そうだな、その辺が気になるのは当然だが……いや、どうせならその辺は本人に説明してもらうか。その方が手っ取り早いしな」
「使えねえ担任ですねえ……ま、別にいいですが。ワタシもオメエに紹介なんてされたくねえですし」
そう言うと、少女はザーラへと向けていた顔を前方へと向け、それから数秒虚空を眺めた。
どう説明したものか悩んでいるのか、僅かに目を細めた後、その口が開かれる。
「まあ正直どう言ったもんか迷うんですが……とりあえずは自己紹介しとくですかね。ハイデマリー・アルムホルトです。一先ずはよろしくって言っとくですよ。で、何のためにワタシがここに通うことになるかは……そうですね、簡単に言っちまえば、ユーリアお姉様の監視ってとこですかね」
「……お姉様?」
監視、という言葉よりも先にそちらに気になり、反射的にユーリアへと視線を向けた。
そこが気になったのは他の皆もそうだったのか、だが皆の視線の方は、レオンとユーリアの間を交互に移動している。
まあ当然と言えば当然か。
「……あたしの記憶が確かなら、ハーヴェイ家は一人娘だったはずだけど?」
「まあ、そうだね。少なくとも僕の記憶でもそうかな」
この世界の貴族は、弟妹でもなければ、余程強い繋がりでもない限りは相手のことを姉などと呼ぶようなことはしない。
しかしレオンの記憶にある限りでは、アルムホルトとハーヴェイの間にある繋がりはむしろ薄いぐらいだ。
そして繋がりが薄い相手の家に養子を送ることで関係の強化を図るというのは珍しくないことで、リーゼロッテもそれを疑った、というわけである。
まあそれならそれで関係が強化されていなければおかしいので、あくまでも念のためといったところなのだろうが。
だが逆に言うならば、今でもニ家の関係は変わっていないということだ。
ならば二人の間にはどんな関係があるのだろうかと、探るように少女――ハイデマリーへと視線を向けると、目が合った。
しかしその瞬間、ハイデマリーの顔が歪む。
そこにあったのは、嫌悪だ。
先ほどザーラへと向けていたものと同じで、だがレオンにはそんな感情を向けられる覚えがない。
そもそも初対面であるはずなのだが……どこかで会ったことでもあったか。
しかしその思考を遮るように、ユーリアが溜息を吐き出した。
「ですから、お姉様は止めてくださいと言っているではないですか。特にこういう場では、紛らわしいんですから」
「幾らお姉様でもそれを受け入れることは出来ねえってワタシも言ってるじゃねえですか。ま、一応言っとくと、ワタシがお姉様を一方的に慕ってるからそう呼んでるってだけのことですよ。それに……ワタシのお姉様は、一人だけってわけでもねえですし」
そう言ってハイデマリーが視線を向けた先にいたのは、イリスであった。
イリスとも何か関係があったのかとレオン達も視線を向けるも、その顔に浮かんでいる表情はいつも通り薄い。
さすがにどうなのかを読み取ることは出来ず、それ以上その話を掘り下げるのを阻止するようにザーラが口を挟んだ。
「ま、一応さっきの言葉を補足しとくと、監視とは言っても半ば護衛みたいなもんだ。公爵家の当主が学院で襲われたわけだからな。かといって公爵家の当主であるからこそ大っぴらに護衛をつけることも出来ねえし、そこで生徒をってなったわけだ」
「なるほど……で、監視という名目で、と。……いえ、監視は監視で事実でもある、ってとこですか?」
言葉に返答はなかったものの、肩をすくめるという行動が答えということだろう。
その通り、というわけだ。
ユーリアがこっそりと魔王の一部の再封印を行おうとしていたのは色々と考えた末のことではあるのだろうが、結果だけを言ってしまえば逆に封印を解きかねなかったのである。
だからこれ以上何かをやらかさないように、監視、というわけだ。
「監視でも護衛でもいいのですけれど……その、大丈夫ですの? 色々な意味で」
「さてな。それに関してオレは一切関わってねえからな。相手がコイツだってことも含めていつの間にか決まってた以上、オレから言える事は何もねえよ」
「……少なくとも、実力に関しては大丈夫なはず。彼女は、優秀だから」
イリスからの補足に、やはり何らかの関係があるのかと思うも、その言葉に最も大きな反応を見せたのはハイデマリーであった。
驚きに目を見開いた後で、キラキラとその目を輝かせたのである。
「イ、イリスお姉様……ワタシのことを知ってやがったんですか……!?」
「……? さすがのわたしでも、いつも次席の人のことぐらいは知ってる」
首を傾げながらの言葉に、ハイデマリーは何やら感動で声も出ない、とでも言いたげな様子を見せていたが、そんな姿を横目になるほどと思う。
どうやら彼女はイリスの同級生らしく、成績は常に次席だということらしい。
しかし試験はイリスもしっかり受けているはずなので、その中での次席ということは、つまりは聖剣の乙女に次ぐ実力だということだ。
もちろんその差は大きいだろうが、実質的には二年の主席だということである。
三年はさすがに騎士になるための最後の一年ということで他に意識を向けていられる余裕はないだろうから、ユーリアの監視兼護衛に最適の人材だというわけだ。
「ユーリアがいつまでここに通うことになるのかは分からないけど……まあ、さすがにそこまで長い期間じゃないだろうしね。そのぐらいなら授業を受けなくても問題ないって判断された人材ってわけでもあるってことか」
「ふんっ……ま、そういうことですね。オメエに褒め言葉を言われたところで嬉しくも何ともねえですが」
別にそういうつもりで言ったわけではないのだが、一転して嫌悪を剥き出しにした姿に、思わず苦笑を浮かべる。
本当にどうしてここまで嫌われているのだろうか。
嫌われて喜ぶ趣味はないので、仲良くとは言わないまでもせめてフラットな関係を築きたいところなのだが――
「ともあれ、そういうわけです。短い間だとは思うですが、改めてよろしくですよ。……一部を除いて、ですが」
そんな言葉と共に睨みつけられ、これは前途多難そうだと、溜息を吐き出すしかないのであった。




