35話 元妹と従士
予想通りと言えば予想通りではあるが、結局件の『お見合い』は、騎士科にも従士科にもろくな成果をもたらすことなく終わりを告げた。
ただ、一応一組だけ成果はあったようだが……それもまた予定通りと言えば予定通りか。
レオンとしては色々な意味で複雑な心境ではあるのだが。
「ま、それよりも問題は、こうなったことの方、か……さすがにこれは予想外だったなぁ……」
「そりゃそうでしょ。むしろこうなることを予想できてたら、その方が驚きよ」
「ザーラ先生も驚いていたようでしたものね」
「……うん。話を聞いている限り、予測するのは難しい」
いつも通りの面子で、いつも通りの訓練場。
そんな授業中であったが、視線の先にはいつも通りではないものが混ざっていた。
そこにいたのはザーラであり、一組の男女である。
ユーリアとアロイスであった。
そう、先日の『お見合い』の結果誕生した騎士と従士の組み合わせが、何故だかこの場にあったのだ。
厳密に言うのであれば、両者とも学院の生徒ではあるが、ユーリアは既に公爵家の当主で、アロイスは元公爵家現伯爵家の次期当主であり、従士科一年の主席だと聞いている。
二人共に騎士団に入ることはほぼ内定しているようなものだろうから、今はまだ見習いですらないとかそういった細かいことを考える必要はあるまい。
何よりも、今問題とすべきは、どうしてそんな二人がここにいるのかということだ。
先ほども言ったように、この場にいる例外はあの二人だけである。
先日のようにどこかと合同で何かをやろうとしているわけではない、ということだ。
あの二人だけが、とあることのためにこの場へとやってきているのであった。
「まあ、言われてみれば、一理あるとも思うけど。従士を使っての騎士としての訓練だなんて、どうしたって別個にやらなければならないでしょうしね」
「基本的に特別扱いされているAクラスでも、それを実行するのは難しい……ええ、確かに理に適っていますわ。そのために一時的にFクラスに混じらせる、ということも含めて」
「……そもそも、公爵として認められている以上は、本来学院に通う意味はない」
「あくまでも決まってるからってことだけがここにいる理由だからね。だから授業に出る必要もないと言えばない、と」
あの二人がここにいるのは、つまりはそういうことだ。
正確には、授業を受ける必要がないのはユーリアだけではあるが、従士として最も大切なことは騎士への魔力供給である。
極論それだけが出来ていれば問題がないため、アロイスも許可されたのだろう。
まさしく正しい意味での特別扱いだ。
あるいはアロイスの成績が悪ければまた違ったのかもしれないが、アロイスは従士科一年の主席だという話である。
しかも以前落ちこぼれた結果アロイスの家は伯爵家へと降格してしまったとは言ったものの、それは彼らが何かをやらかしてしまったから、というわけではない。
単純に彼らよりも優秀で実績を示した家が台頭してきてしまった結果、落ちぶれてしまったのだ。
つまりはあくまで相対的に公爵家として相応しくないと判断されてしまっただけで、その力が衰えたというわけではないのである。
彼は伯爵家の次期当主として何の問題もない程度にはレベルも魔力も既にあり、そういったことからも授業を受けずとも問題はないと判断されたといったところか。
まあ何にせよ彼らは学院からの正式な許可を受けてここに来ているというわけだが……やはりどうしたって違和感があるというか、気にかかる。
もっともそれは、ユーリアの態度もまた要因の一つなのだろうが。
と、そんなことを話していた時のことであった。
ザーラと話をしていたユーリアとアロイスが、何故かこっちに向かってきたのだ。
「……さすがにちょっと鬱陶しかったかしらね?」
「まあ一箇所に固まってジッと見られていたら誰であろうといい気はしませんものね」
「……確かに」
既に授業は始まっているのだ。
だからこそユーリア達はおそらくザーラから何かを教わろうとしているのであり、対してレオン達はそんなユーリア達のことを眺めているだけである。
文句の一つも言いたくなって当然かもしれない。
ただ。
「でもそれなら、二人で来る必要はない気がするけどね」
「……うん。何となく違う感じがする」
そしてそんなレオン達の推察は正しかったようである。
近付いてきたユーリア達が告げてきたのは、文句などではなかったからだ。
「あの、すみません……少し聞きたい事があるのですけれど、よろしいでしょうか?」
そう言ってユーリアが真っ直ぐに視線を向けた先にいたのは、イリスであった。
それは完全に予想外だったのか、イリスは数度瞬きを繰り返すと、ゆっくり首を傾げる。
「……わたしに?」
「はい。……不躾なのは、承知の上なのですけれど……」
「ザーラ先生にも尋ねたのですが、少々埒が明きそうになくて」
苦笑気味にアロイスが付け加えた言葉に、イリスはさらに首を傾げた。
レオン達もどういうことかと、思わず顔を見合わせる。
「ザーラ先生って、結構教え上手っていうか、話分かりやすい方な気がするけど……」
「まあ、そうね。意外って言っちゃうと失礼でしょうけど、意外に分かり易いわよね?」
「ええ、わたくしも異論ありませんけれど……一体何を尋ねたのかお聞きしても?」
向こうはAクラスで、こちらはイリスは例外にしても残りは無能と呼ばれたりしている三人だ。
隔意があっても不思議ではなく、だからエミーリアも気を使うようにそう尋ねたのだろうが、少なくともユーリアはそういうことはないようである。
直後にあっさりと答えたからだ。
「従士からどうやって魔力を受け取れば良いのか、ということです」
「僕達もそういうことが出来るということは知っているのですが、何せ経験がないものでして」
「確かに……言われてみれば、自分の魔力は簡単に扱えるけど、これをどうやったら他人に渡せるのか、受け取れるのか、まったく分からないわね」
「なるほど……ですから、イリスさん、というわけですの」
「はい。イリス様は既に騎士団の任務に何度も帯同しているということでしたし……魔力供給を受けたことも、おそらくはありますよね?」
その言葉はなるほどと納得出来るものであったが、イリスは僅かに難しそうな顔をした。
いや、ほんの僅かに眉が寄っただけなので、一見すると直前までの表情と大差ないように見えるものの、入学からそこそこの月日は経っているのだ。
そのぐらいの変化は分かるようになっていた。
「イリス、どうかした? もしかして、魔力供給受けたことがない、とか?」
彼女は聖剣の乙女であり、レベルも魔力も圧倒的なはずだ。
経験がないとしても不思議はない。
が、どうやら問題は問題でも別の問題があるようであった。
「……受けたことは、ある。でも……多分参考にならない」
「えっと……やはり聖剣の乙女らしく特別な方法だということでしょうか?」
「……方法自体は、多分変わりない。でも、試しで魔力をもらった事が数回あるだけで……それも、魔力を吸いすぎて危うく殺しかけた」
「なるほど……そういう意味でか。それは確かに参考に出来ないね」
おそらくは魔力量が圧倒的過ぎることの弊害なのだろう。
彼女へと満足するほどの魔力を供給しようと思えば、普通の従士の持つ魔力量では足りないのだ。
その結果相手の魔力を吸いすぎ、殺しかけてしまった、ということらしい。
魔力は枯渇してしまうと倒れてしまうというのはよく知られている話で、完全に枯渇しきってしまえば死に至ると言われている。
ただ実のところこの辺のことはよく分かっていない。
魔力が生存に不可欠であるならば、エミーリアは生まれた直後に死んでいなければおかしいからだ。
魔力を完全に持たない者というのは時折現れるものなので、エミーリアだけが特別というわけではないはずだが……まあそれでも基本的には魔力は失いすぎたらまずいということである。
ともあれ。
「そう、ですか……それは確かに、参考にしてしまって万が一にもアロイスさんを殺してしまうようなことがあってはまずいですね」
「うーん……それは確かに僕としてもちょっと怖いですね」
「ちなみに、ザーラ先生はどう言ってたのよ? あの人は普通に何度も従士から魔力を受け取ってるはずでしょう?」
「えっと、その……こう、がっとやってぎゅっとしてぐいっとする、とか言われまして……」
「あー……そういえばあの人、天才肌のタイプだったっけか」
言われて思い出したが、ザーラは座学の授業は普通に分かり易いのに、何故か戦闘関係の話をする時だけ擬音が多くなったりして途端に感覚的な話になってしまうのだ。
どうにもそういったことは感覚で覚えているらしく、言葉にするのは難しいらしいのだ。
「確かに……そういえば、あの方から話を聞かず各人でそれぞれ自主的に訓練するようになったのもそれが理由でしたわね……」
「……力になれなくて、ごめん」
「あっ、いえっ、イリス様が悪いわけではないですから。ですがそうなると、私達で色々試してみるしかなさそうですね……」
「ですね。まあ、時間はあるんです。地道に探っていくとしましょう」
「そう、ですね……すみません、お邪魔しました。それでは」
そうして二人が去っていくのを眺めながら、ふとレオンはイリスへと視線を向けた。
ちょっと気になったことがあったからだ。
「イリス、あの二人に思うところでもあるの? 何となくいつもよりもよそよそしい気がしたけど」
基本的には人見知りがちのところがあるイリスだが、今回はいつも通りだったように見えた。
気のせいだと言われればそうかもしれないと思う程度の些細な違いであったが……どうやら気のせいではなかったらしい。
「思うところっていうか……ちょっと気まずかった、かも。……私がいなければ、彼は公爵家の次期当主としての人生を歩んでいただろうから」
「ああ……なるほどね。それは確かにそうでしょうけど……」
「考えすぎだと思いますわよ? それは事実ではありますけれど、彼らの努力不足の結果でもあります。彼らもそれは分かっていると思いますし……少なくとも彼らには、貴女を恨む権利などありませんわ」
「別に本人は気にしてないように見えたしね」
そうは言いつつも、去っていった背中を眺め、目を細める。
気持ちは分からないでもなかったからだ。
ちなみにそんなことを言っている理由は簡単である。
というか、言っている通りだ。
イリスの実家であるシュトラハヴィッツ家こそが、新しく公爵家になった家なのである。
元々伯爵家としての評判はよかったのだが、そこに聖剣の乙女を輩出したという実績が合わさっての陞爵であった。
アロイスの家が降格してしまったのは、だからイリスのせいだとも言えるのだ。
「それより、気にしてるって言ったらあんたの方なんじゃないの?」
「……何のことかな?」
「それで誤魔化せるとお思いですの? 明らかに気にしておられましたわよね?」
「……無視されてたから仕方ない」
「うーん、分かってはいたけど、言葉にされるとさすがにちょっとくるかなぁ」
苦笑を浮かべつつも、否定はしない。
二重の意味で事実だったからだ。
そう、レオンはユーリアから完全に無視されていたのである。
ここにやってきた時から一度も目が合わないどころか、顔すら向くことがない。
明らかに意図的で、気にかかった要因の態度というのもそれであった。
まあ、仕方ないことだと分かってもいるのだが……以前のブリュンヒルデの気持ちが分かった気分である。
ブリュンヒルデの状況を思い出させてしまうだろうから、口に出すことはしないが。
だから気分を変えるためにも、別のことを口にした。
「ま、それ以外にもちょっと気にはなってるけどね。というか、違和感があるとか言った方が正確かもしれないけど」
「違和感、って何がよ?」
「あの二人がここにいること……いや、それも含めた、そこまで至った経緯の全てが、かな。何ていうか、うち……いや、元実家に都合がよすぎるような気がするんだよね」
一学年のうちから従士を得て、こうして特別な訓練を行うことも出来ている。
幾ら何でも特別扱いがすぎやしないかと、そう思うのだ。
「とはいえ、彼女は公爵家の当主なのですから通常以上の特別扱いがなされるのは自然では? と言いますか、この間そう言っていられたのはレオンさん自身ですわよね?」
「そうなんだけどね……」
気にしすぎといえば気にしすぎなのかもしれない。
だがそれでも、何となく気になるのだ。
「……でも、気になると言って、どうするの?」
「まあ確かに、根拠とかがあるわけでもない上に何が変ってわけでもないから何もしようはないんだけど」
「何よそれ……」
呆れたような視線を向けてくるリーゼロッテに、苦笑を浮かべ肩をすくめる。
まあ確かに、何だそれとしか言いようはあるまい。
しかしそれでも、遠ざかっていく二人の背中を見つめると、レオンはそこに何かを見通そうとするかのように目を細めるのであった。




