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34話 元妹と元公爵家

 内在魔力とは、その者が持っている魔力の総量を意味する言葉だ。


 そしてこれは騎士にとって非常に重要なものである。

 何せこれが多ければ多いほど魔獣と長く戦うことが出来、あるいは強力な魔法を叩き込むことが出来るのだ。

 重視されるのも当然というものだろう。


 だがレオンの元妹であるユーリアは、これが生まれつき少なかったのである。

 まるでレオンと吊り合いをとるかのようで、平均の半分程度しかなかったと聞く。

 貴族としてだけ考えれば魔力の総量というのはそこまで問題でもないが、それでも多いに越したことはなく、ユーリアの扱いがよろしくなかったのはそういう理由もあったのだ。


 そしてそれは、間違いなく醜聞ではあるものの、人の口に戸を立てて置くことは出来ない程度には重要な話だ。

 だからこそ逆に貴族の間ではそれとなく知られているのではないかと思ったのだが……どうやらその推測は正しかったようである。


「……確かに聞いたことはあったけれど。事実、だったのね」


「残念なことにね」


「……なるほど、それでこの場、ということですのね。つまりは、彼女が従士となるものを見つけるために、ですか……」


「噂になってるとはいえ、公に認めるわけにはいかないだろうし、かといってこうでもしなけりゃ従士候補達と引き合わせることは難しいだろうからね」


 だから、いっそのこと騎士科と従士科全てを巻き込んだ、というわけだ。


 生まれつき魔力が少ないということは、レベルが上がっても解消されることはない。

 その唯一の解消方法が従士で、その従士とのほんの少しだけの相性の差が、他の者達にとっては誤差でしかないそれが、ユーリアにとっては重要なのである。

 それだけのために、こんなことをするぐらいには。


 まあ、ユーリアが提案したのか、それとも学院側が気を利かせたのか、あるいは国から指示でもあったのかは分からないが……どれも有り得ることだし、少なくともユーリアの様子を見る限り知っていたことだけは確かだろう。


「ま、ハーヴェイ家の跡継ぎは彼女しかいないのだし、公爵家の次期当主がそれらしい力を持つことはむしろ国からしても望ましいことだものね」


「さすがに彼女の魔力不足ということだけを理由に公爵家から降格させるわけにはいかないでしょうし、公爵家の次期当主のためとあらば学院が協力するのもおかしくありませんわね。とはいえ、確かにこれは話を聞かずともそのうち気付いてしまっていたと思うのですけれど……それはそれで問題では?」


「さて、それを僕に言われても、ってところかな。何か考えがあるのか、それとも気にする必要はないと判断したのか……ま、何にせよ何か考えているんだとは思うけどね」


 しかしそれがどうであれ、レオンには関係のないことだ。


 何故ならば、レオンには既にその資格がない。

 あの家を出て行ってしまった時点で、そんなものはとうに消失してしまっているのだ。


 父からそう言われたから、というのは、言い訳にすらならない。

 確かにあの時点で逆らうという選択肢は存在しえなかったが……父はきっと知っていたのだ。

 レオンが父の言葉に何の文句もなく従うということを。


 レオン自身が、それを望んでいたということを。


 だから、父から言われたからとか、そんなことは関係がないのだ。

 レオンはレオンの意思で、あの選択をしたのだから。

 家族ではなく、イリスを選んだのである。


 ゆえにレオンには、彼女を心配する権利がない。

 それだけのことであった。


 と、そんな柄でもないことを考えている間に、場では変化があったようだ。

 先ほどの言葉を最後にザーラが引っ込んでしまったため、生徒達は本気なのだと理解し、動くしかないと決意したようなのである。

 探りながらではあるが、騎士科も従士科も少しずつ互いのことを見極めようとし始めていた。


 まあ人数が多いこともあって、集団の見合いというよりは合コンのような雰囲気になりつつあるような気もするが。


「……なんて、他人事みたく言ってる場合じゃない、か」


「そうね。なんか注目集めてるみたいだし。あんたも、あたし達も、ね」


「まあ当然と言えば当然な気もしますけれど」


「まあね」


 女性の貴族が騎士科に集まるように、男の貴族は従士科に集まるようになる。

 つまりは、彼らはリーゼロッテやエミーリアのことを知っている可能性が高いということだ。


 彼らは従士志望ではあるが、同時に貴族の一員でもある。

 ならば公爵家の者とお近づきになれるかもしれないチャンスを逃してたまるかというわけだ。


 そしてレオンに向けられている視線は、主に興味や好奇心である。

 従士科で見たことのない人間だということはすぐに気付くだろうし、あるいはレオンのことを噂話にでも聞いたことがあるのかもしれない。


 それでも誰も話しかけにこないのは、どうやって話しかけたものか迷っているからだろうか。

 何となくそういったところも含めて、少し懐かしいと思い……その時のことであった。

 こちらを伺うような男達とはまったく異なる、堂々とした声で話しかけられたのだ。


「申し訳ありません。少しお話させていただいてもよろしいでしょうか?」


 声に視線を向ければ、そこにいたのは同年代と思しき少年であった。


 その顔には柔らかい笑みが浮かんでおり、線は細いながらも決してひ弱といった印象は受けない。

 むしろどことなく、獲物を狙う肉食獣のような気配を感じた。

 リーゼロッテ達も同じものを感じたのか、警戒するように目を細める。


 その雰囲気を少年は敏感に感じ取ったらしく、苦笑しながら言葉を続けた。


「申し訳ありません、突然のことで警戒させてしまったようで。ですが、これでも僕は怪しいものでは……って、これは怪しい者が言う言葉ですね。では……えっと、そうですね。まずは自己紹介をさせていただきましょう。そうすれば僕は怪しい人物ではないと分かると思いますので。というわけで、僕の名はアロイス――アロイス・グラーフ・フォン・シュトラウス、と申します。以後お見知りおきを」


「……シュトラウス?」


 従士科であることとその所作から、貴族であることは分かっていた。

 だからその自己紹介にレオンが驚いたのは、少年――アロイスという名の彼が、シュトラウス家の人間だったことである。


 しかし同時に、納得もした。

 貴族であるならば余程特殊な事情でもなければリーゼロッテ達が知っているはずだが、彼女達にその様子はなかったのである。

 彼女達が警戒したのはそれも理由の一つであったのだろうし、だが何と言うこともない。

 彼には特殊な事情があったのだ。


 あるいは、彼の家が、と言うべきかもしれないが――


「シュトラウス家……ああ、だから見覚えがなかったのね」


「つまり、そういうことですの?」


「ええ……おそらくはお察しの通りです。僕は……僕の家は元公爵家です。お二人が僕に見覚えがないのも当然ですね。僕達は降格してしまって以降、内輪のものを除き貴族のパーティーには出席しないようにしていましたから。さすがに僕達もそこまで図太くはありませんので」


 そう、彼の家は元公爵家であった。

 それも、つい数年前までは、だ。

 他の家に成り代わられてしまった結果、シュトラウス家は落ちぶれてしまったのである。


 まあ落ちぶれたとは言っても未だ伯爵家ではあるのだが、公爵家であったということを考えれば慰めにもなるまい。

 恥を覚えパーティー等に一切出席しなくなるのも当然と言えば当然のことであった。


「あ、ちなみにですが、僕のこの口調はただの癖のようなものですから、どうぞお気にならさず気軽に話しかけてくださいましたら幸いです。呼びかける際も、アロイス、で結構ですので」


「んー……まあ了解。と言っても、僕は見知りおく気はないんだけどね」


「……え?」


 その言葉は予想外だったのか、アロイスは驚きを顔に浮かべるが、これは別に彼の家がどうこうといったことは関係がない。

 彼個人のことが原因であった。


 そしてリーゼロッテ達もそれに気付いていたのか、直後に同意を示す。


「そうね……あたしもそのつもりはないわね」


「わたくしもですわ」


「えっと……それはやはり、公爵家から降格してしまうような家の者だから、でしょうか?」


「いいや? それはまったく関係がないよ。単に――君の目的が僕達にはないから、だよ」


 その指摘をされるとは思ってもいなかったのか、アロイスは目を見開いた。


 だとすれば、随分と舐められたものである。

 そう思って目を細め見つめていると、驚きを引っ込めたアロイスが薄い笑みを浮かべ見つめ返してきた。


「……何故、お気づきになられました?」


「何故って言われてもね……君ずっと意識は『彼女』の方にだけ向けられてたじゃないか」


「まったくね。むしろどうしてそれで気付かれないと思ったのかしら?」


「ええ。正直なところ、喧嘩を売りにいらっしゃったのかと思ったほどですわ」


「……なるほど。それは失礼しました。確かに、今の僕では覚えていただくほどの価値はなさそうです。大人しく出直してきましょう」


「そうするといいよ。それと、気になるんだったら、真っ直ぐに行くべきだと思うけどね。わざわざ一旦様子見なんかせずに」


「……ご忠告までいただき、ありがとうございます。分かりました……肝に免じておきましょう。それでは」


 そう言って頭を下げると、アロイスは本当に下がっていった。


 そして、一瞬躊躇った様子を見せたものの、そのまま目的の場所へと……ユーリアの方へと歩いていく。

 そう、彼の目的は、最初からユーリアだったのだ。

 その前座としてレオンやリーゼロッテ達を利用しようとしたのである。


 まったく失礼な話であった。


「確かに同じ公爵家の者として、予行演習にはもってこいだったのかもしれないけれど……あの娘より扱いが容易だって思われるなんて、本当に舐められたものね」


「同感ではありますけれど……少し、予想とは異なりましたわね。シュトラウス家の他の方々はどうなのかは知りませんけれど……少なくともあの方は、恥を感じているから引き篭もったままだった、というわけではなさそうですわ」


「だろうね。十分図太そうだし……むしろいい性格してそうかな」


 今の行動もそうだが、ユーリアへと向かっていく間際、アロイスは一瞬だけレオンの方へと視線を向けていた。


 それは様子を伺うというよりも、まるで挑発をしているようで……自分は今からお前の元妹と近付きに行くと、そんなことを告げてきたように思えたのだ。

 ただの勘違いというか、被害妄想ならばいいのだが、そうではないのだろうという予感がある。


 だがあれがどんな性格をしていて、何を考えていようとも、レオンにはやはり関わる資格がない。

 それでも、何となくろくでもない何かが起こるような予感も覚え、レオンは一つ大きな息を吐き出すのであった。

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