33話 従士
――従士。
それは、この世界で男にとっての最大の名誉とも誉れともされている、憧れの的にして目標とされる職である。
まあ、当然と言えば当然だ。
この世界の男が求めてやまないものを手にすることの出来る唯一の立場が従士であり、だからこそ名誉で誉れなのだから。
従士とは、騎士と並び立つことを許された唯一のもの。
つまりは、この世界で男が騎士と共に魔獣と戦うことの出来る、唯一の立場なのだ。
もっとも、本当のところはそんないいものではない。
あくまでもその言い方は聞こえをよくしただけのもので、言い換えれば男のプライドを守るためだけのものだ。
何故ならばその正体は、単なる騎士の外付け燃料だからである。
魔獣に有効なのは女性の魔力だけであるというのは繰り返し言っていることではあるが、魔力というのは魔力だけで運用されることはほとんどない。
やはりと言うべきか、魔法の燃料として用いられることがほとんどなのだ。
しかし、魔法は正直に言ってしまえば燃費が悪く、高火力ではあっても一撃二撃で魔獣が倒せることはほぼない。
だが魔力は有限で、レベルが上がることで総量は増えるが、それでも騎士が一人で倒せるのは魔獣一匹が限度とされている。
もちろん休むことで自然回復はするが、それでも睡眠時間を八時間取ってようやく全快といったところだ。
無論戦場ではそんな暇はなく、他の騎士に変わろうにも騎士の絶対数は限られている。
とはいえそこで諦めてしまえば魔獣が暴れ続けることとなり……その問題を解決するために、魔力を別の手段で回復することにしたのだ。
魔力は基本的には自然回復を待つしかなく、魔力を回復するような薬などは研究はされているものの実用化には至っていない。
そこで目を付けたのが、魔力は他人の魔力を貰うことで回復することも可能だということだ。
そして魔力は基本的に万人が持つものであり、都合のいいことに魔獣と戦うことは出来ない者達が世界には人口の半分存在していた。
それが従士の始まりで、以来騎士は必ず一人の従士を連れるようになったとされている。
そうして騎士は内包している魔力以上の魔力を使えるようになり、魔獣と戦えない男も魔力を提供するという形で騎士と肩を並べて戦えるようになった。
めでたしめでたし――というわけである。
もちろんレオンとしてはそうは思わないし、この世界の男達がそう思わなければやっていられない、ということも理解は出来るのだが……まあ、ともあれ従士とはそういう存在なのだ。
そして従士科とは、騎士科がそうであるように従士を目指す者達が入学する学科で、どうやらあの者達がそうだということのようである。
と、そんなことを考えていたら、全員集まったらしい。
交流会でそうであったように、一人の講師が説明のために現れ……だがその講師は見知った顔であった。
「さて、集まったみてえだから早速今日は何すんのか説明するが……ま、当然戸惑ってるわな。何せオレ達はお前らに今日は何のために集まるのか伝えてないどころか、騎士科と従士科合同だってことすら言ってねえんだからな」
その見知った人物――ザーラは、どことなく面倒くさそうにしながらも、その場を見渡しながら説明を続けていく。
一瞬何故ザーラがと思ったものの、少し考え納得した。
「ああ……そっか。Aクラスの担任が不在だから、か」
「そういうことなのでしょうね。基本的に騎士科と従士科はどちらが上ということはありませんけれど、慣例的に騎士科の方が上とされていますわ」
「騎士と従士も基本的には上下関係はないってされてるけれど、どう考えても騎士の方だものね。学院の方でもそうなるのは当然だわ」
「だから、本来ならあそこにいるのは騎士科のAクラスの担任で、だけど今は意識不明なんだから当然のように出られるわけがない」
「かといって、いつ目が覚めてもおかしくない状況なせいもあって未だ後任の担任は決まっていないというか決めるに決められないという話ですし、それならとBクラスの担任を出すわけにもいきませんわ」
「それはさすがに従士科を軽んじすぎてるものね」
基本的に従士科も構成的には騎士科と同じで、つまりはAクラスからEクラスに分かれていると聞く。
実際に従士になれるのも騎士科同様ほぼAクラスの者だけらしく、そう考えると騎士科のBクラスよりも従士科のAクラスの方が上と考えることも出来るだろう。
なのに騎士科のBクラスの担任を説明に立たせてしまうと、従士科の方のAクラスの担任がいるんだからそっちにすべきでは、ということになってしまい、かといってそれを実行してしまえば今度は何故騎士科ではなく従士科の講師が説明をするのか、ということになる。
誰を説明役として任せるのか、中々に難しい状況となってしまっているのだ。
で、そこで選ばれたのがザーラというわけである。
剣聖の乙女が在籍しているFクラスという特別なクラスの担任で、さらには本人もかつては最強と呼ばれた騎士だ。
これならば双方から文句は出まい、といった具合である。
あくまでも状況からの推測でしかないが、多分合っているだろう。
ふと目が合ったザーラが、嫌そうに溜息を吐き出した。
「で、だな……何でんな面倒なことをしたかっつーとだな、互いのことを先入観なしに見て欲しかったからだ」
どういうことだ、と訝しげに場がざわつくが、レオンは何となくこの時点で状況を理解しつつあった。
視線をザーラから、訓練場の一角へと移動させる。
この場に来た時点でそこにいるのは確認済みで、予想通りと言うべきか、その顔に驚きなどはなかった。
全て理解の上だといった様子で……どうやら間違いなさそうである。
「どうやら大半のやつらが理解出来てねえみたいだが……よーくこの状況を考えれば分かるはずだぜ? この場には一体誰がいるってんだ? そんでお前らがこの場で最も見極める必要があるのは、一体何だ?」
その言葉に、さらに場がざわつく。
しかし今度は、その言葉の意味するところが理解出来たからであった。
そして理解出来たからこそ、ざわめきの中で最も強い感情は困惑である。
「ま、分かったみてえだな。つまりは……言っちまえばここは見合い会場だっつーことだな」
「見合い……ということは、確定ですわね」
「ええ。つまりは、騎士は自分の従士を、従士は自分の騎士をこの場で見定めろって言ってるわけね。ただ……」
困惑しているのはリーゼロッテ達も同じようで、だがそれも当然ではある。
既に述べたように、確かに騎士には従士が必ず付くのが現代の騎士の在り方だ。
しかし騎士と従士には相性というものが存在している。
これは言ってしまえば魔力の相性であり、これがいいほど効率よく渡すことが出来るのだ。
そのため、騎士と従士は互いになるべく相性のいい者を探そうとするのだが……基本的にそれは騎士団に入ってから行われるものである。
何故ならば、学院で決めたところで、その者達が必ず騎士団に入れるとは限らないからだ。
騎士は言うに及ばず、従士も騎士と共にいるため、必ず騎士団に入ることになる。
だが騎士団は狭き門であり、学院でAクラスのまま卒業しないと入ることはほぼ無理で、しかもAクラスだったからといって必ず入れるわけではない。
つまり学院にいるうちから相性のいいものを探したところで無駄になる可能性があるのだ。
そもそも学院では騎士科と従士科は基本的に離れて暮らし行動している。
接点などほぼないのだから、騎士団に入ってから決めたところで大差はないのだ。
とはいえ、何の意味もないかといえば、そんなことはない。
魔力の相性というのは、一緒にいる時間が長いほどさらに良くなるということが知られている。
そのため騎士と従士というのは公私で共に過ごすことが自然と多くなり、ほぼ接点がないとは言っても皆無ではない以上は騎士団に入ってからよりも少しだけ相性をさらによくする機会があると言えるのだ。
大半の場合は誤差としか考えないので、やはり決めるのは騎士団に入ってからとなるのだが。
ちなみに、公私で共に過ごすことが多いためか、騎士と従士は結婚することが珍しくない。
だからこそ、騎士と従士が互いを見定める場のことを、時に見合いなどと言うことがあるのだ。
まあ何にせよ、そういったわけで、この場にいる人達は大半が困惑しているというわけで――
「……ま、この場での本命は一人だけだろうからね。他が困惑していようがどうでもいいんだろうなぁ」
「その言い方……何か事情を知ってるってこと?」
「あくまでも推測出来るってだけだけどね。僕は多分君達が知らない……あるいは、確証を持てていない情報を持ってるから」
「それは……お聞きしてもよろしいことですの?」
「んー……多分大丈夫かな? この後の展開が僕の予想通りに進むんなら、どうせそこで確信出来るだろうしね」
少し意味深気に言ったからか、二人から興味深そうな目を向けられるも、苦笑を浮かべる。
実際のところは、そこまで大したことではないからだ。
本人的にどうなのか……それによって周囲がどう思うのかは、別にして。
だから。
「二人は、僕の妹……いや、元妹の内在魔力が普通よりも少ないって話、知ってるかな?」
気楽な様子で、レオンはその言葉を口にしたのであった。




