31話 救出と感謝
無論タイミングを見定めていたわけではないのだが、結果的にそんな感じになってしまった以上は言い訳したところで意味はあるまい。
そんなことを思いながらレオンは肩をすくめ、それからその場に視線を巡らす。
どんな状況であるのかは、『上』から『視た』ので分かってはいたが、思っていた以上に酷いものであった。
「まあ! 上から降ってくるだけではなく、わたくしに手を上げるだなんて、なんて非常識なんでしょう!?」
「……ま、アレの酷さに比べれば可愛いものかもしれないけど」
酷いの意味が異なるけど、などと呟きつつその姿に目を細めるていると、後ろから声が届いた。
「……ところで、どうしてここが分かったのよ? いえ、それとも、この状況が、って言うべきかしら? ……まああんたなら、最初から分かってたとか言われても驚きはしないけど」
「いやいや、さすがにそれはないって。半ば偶然みたいなところもあるしね」
リーゼロッテが何かに巻き込まれているという可能性に至ったのは、昼の時間が終わっても姿を現さなかった時点である。
ブリュンヒルデが口にしたどことなく意味深な言葉も理由の一つであったが……ともあれ、そこでレオンはリーゼロッテを探すべく動いたのだ。
考えすぎで済むのならばただの笑い話となるだけだし、逆に本当に何かに巻き込まれているのならば一刻も早く探し出す必要があった。
ザーラ達にも伝えたので、おそらく彼女達は今もリーゼロッテのことを探していることだろう。
本当はすぐにでも連絡を入れるべきなのだろうが、生憎とその余裕はなければ伝える手段もなかった。
レオンは人目に付かないような場所を探していたからだ。
周囲にレオン以外の人影はなく、だがだからこそそういった場所が怪しいと思ったのである。
それに、直感でしかなかったが、心当たりもあった。
あの怪しげな会話を耳にした訓練場の近くだ。
で、スキルの中には千里眼という、壁などに阻まれることなくその向こう側を見聞き出来るものがある。
それを使って該当箇所を探し回ったというわけだ。
まあ、地下が怪しいというのは比較的早い段階で思っていたのだが、さすがに具体的な深度までは分からない。
少しずつ試していくしかなかったため、こんなギリギリになってしまったわけだが。
というか、実はそのせいもあって現状がどういったものであるのかよく分かってはいないのだが――
「ま、考えるまでもないってのは中々楽だね」
どう見てもあの金切り声で叫んでるのが犯人だし、となれば気を失っているらしいマルガレータも共犯だろう。
ブリュンヒルデがいるのは何となく複雑な事情がありそうだが、状況から考えれば味方だと考えて問題あるまい。
「んー、とりあえずは応急処置が先、かな。明らかに放っておいたらまずそうだし」
「まあ! 無能がその傷を癒せるとでもいうつもりですの!? 致命傷な上にわたくしの魔法で傷付いたその小娘の傷を癒せるわけが――」
――限界突破・防御無効・心眼・精神集中・一意専心:魔法・ヒーリングライト。
聞き耳を立てていたのか何事か叫んでいる金切り声は無視し、ブリュンヒルデに向けて手をかざすとその身体が淡い光に包まれた。
急激な変化はなかったものの、それでも少しずつ胸に開いた穴が小さくなっていく。
「…………は? ど、どうしてわたくしの魔法で傷付いた身体が治っていっているんですの!? わたくしの魔法には、治癒効果を妨害する効果がありますのよ!? そもそも無能の使う魔法で致命傷が癒えるはずがありませんわ!?」
「ああ、やっぱそういうのあったんだ。まあ関係ないけど」
スキルというのは、言ってしまえば行動に対して何らかの補助を行い、特定の効果を与えるものである。
そして防御とは、要するに攻撃を妨害しようとするものだ。
それを無効化するスキルを回復に転用すると、こうしてそれを妨害する効果を無視して治癒を施すことが可能となるのである。
名前から考えるとおかしな話ではあるが、そんなことを言ってしまったら限界突破の時点で大概だ。
そもそもスキルは大分応用範囲が広い。
そういうこともあって、こういうことも可能となるのだ。
「……相変わらずあんたは何ていうか、でたらめよね」
「これは別に僕がってわけじゃないんだけどなぁ……」
でたらめなのは単にスキルの方だし、致命傷を癒せているというのも、これにはちゃんと理由がある。
アレの言ってることは一応正しい。
レベル0のレオンが扱える治癒魔法とは、最も基本的なものでしかないからだ。
本来は軽症を癒す程度の効果しかなく、致命傷を癒せるわけがないのである。
だが同時に、それは単純に魔法を使った場合の話だ。
魔法の効果というのは、基本的に注ぎ込んだ魔力の量によって変わってくる。
そしてレオンの魔力の量は、自分でも言うのも何だが膨大だ。
その分を注ぎ込み、さらにはスキルの力も合わせれば、レオンでも致命傷を癒すのは可能となるのである。
まあそうは言っても、あくまでも応急処置が可能だという程度でしかない。
さすがに完全な治癒は不可能なので、なるべく早くしっかりとした治療を行う必要があるだろう。
「さて……それじゃあ、とっとと終わらせようか。別に時間かけるようなことでもないし、その必要もなさそうだしね」
「まあ! 無能のくせに何を言っていますの!? あのグズを何らかの方法で倒せはしたようですけど……まさかその調子で騎士でもあるわたくしを倒せるとでも!? 自惚れすぎですわよ!?」
――限界突破・絶対切断・一意専心・明鏡止水:斬魔の太刀。
叫ぶと同時、おそらく攻撃魔法だと思われるものが飛んできたので、躊躇なく斬り裂いた。
何の問題もなく斬り裂け、その事実に叫び声が発される。
「ま、まあ!? どういうことですの!? わたくしの魔法は魔獣ですら防ぐことは出来ませんのよ!?」
「どういうことって言われても、僕としては普通に斬っただけだしねえ。まああれじゃないの? あんたが思ってるよりも、あんたもその魔法も大したことがないってだけでしょ」
「まあ!? 無能のくせにわたくしを侮辱しますの!? 生意気ですわよ!?」
別に侮辱のつもりはない――とは、言うつもりはなかった。
実際のそのつもりだったからだ。
事情はよく分からないものの、友人を攫い、しかもその姉に致命傷を負わせたのである。
それを笑って許すことなど、出来るわけがなかった。
金切り声を上げながら放ち続けられる魔法を斬り裂きながら、ゆっくりと近付いていく。
やろうと思えば一気に近寄ることも出来るのだが、それをやるつもりはない。
一歩一歩、着実に近寄りつつあるレオンの姿に、焦ったような声が上がった。
「っ、こ、こんなこと、ありえませんわ!? お、お前一体どんな汚い手を使っていますの!?」
「まあ確かに、汚いって言われたら汚い手を使ってないとは言えないけど……それが? 騎士っていうのは、力が全てなんでしょ? なら……どんな理由があろうとも負けそうなところに文句を言うっていうのは、騎士らしくないんじゃないかな?」
「まあ!? やはりわたくしを侮辱していますのね!? 許せませんわ……!?」
「許せないってのは、こっちの台詞なんだけどね」
そんな言葉を零しながら、膨大な魔力が集まる様子に目を細める。
実際のところ、アレは伊達にAクラスの講師をやっていないと言うべきか、言うだけのことはあった。
おそらく放っているのは、光線……とまではいかないまでも、それに似た魔法だ。
発動から着弾まではほぼ一瞬で、放たれたのを認識してから防いだのでは大抵の場合間に合うまい。
しかも威力を一点に集中させているため、防御が間に合ったところで魔法で防いだりするのは容易ではないはずだ。
魔獣でも防げないというのは、多分大袈裟でも何でもない。
だがそれを理解していながら……否、理解しているからこそ、レオンは何でもない様子で一歩を進める。
その魔法に自信を持っているからこそ、何てことのない様子で防がれてしまうのが一番効果的だと分かっているからだ。
それに何よりも――
「無能のくせにわたくしをここまでコケにしたこと、死を以て償うがいいですわ……!」
「この程度に手こずってるようじゃ、世界最強なんて夢のまた夢だろうしね」
呟くのと、魔法が放たれるのはほぼ同時であった。
込められた魔力から考えると、威力も速度も先の比ではないだろうが、恐れは一欠片もない。
さらに一歩を踏み込む。
「――一刀両断」
――限界突破・絶対切断・一意専心・疾風迅雷:一刀両断。
瞬間視界が光に染まり、だが構わず腕を振り抜く。
その結果がどうなったのかは、直後に示された。
「こんな、こと……有り得ません、わ……!? わたくしが、無能に劣る、ですって……!?」
絶望の表情を浮かべるその姿を眺めながら、レオンはゆっくり残心を解いていく。
レオンが勝った、ということであった。
だが。
「っ……いえ、構いませんわ……! わたくしがどうなろうと、所詮は些事ですもの……! わたくしは既に役目を果たしましたわ……ええ、ならば何の問題もありませんわ……! 最後に笑うのは、わたくし達ですものね……!」
負けたにもかかわらず、そんな言葉を残すと、それはその場に崩れ落ちた。
何やら意味深な言葉を残したが……まあ今はいいかと溜息を吐き出す。
別に殺したわけではないのだ。
後でしっかり話を聞き出せばいいだけである。
むしろ問題は、ここからだ。
「うーん……さすがに四人運ぶのは無理だし、とりあえずリーゼロッテとブリュンヒルデ先生だけを運ぶのが無難、かな?」
その場を見渡しながら思考を口に出すと、聞こえたらしいリーゼロッテが答えた。
「……まあそうしてくれると助かるけど、あんた本当にあっさりと勝ったわね。相手はAクラスの担任よ? 多分騎士団でも上位の実力者……って思ったけど、あんたザーラ先生に勝ってたものね。なら今更かしら」
「あれが勝てたって言えたのかは分からないけど……ま、これでも一応世界最強目指してるしね。この程度は出来ないとね」
「この程度、ね……」
そう呟いたリーゼロッテは、何か眩しいものを見るような目を向けてきた。
一体何だろうかと思い首を傾げるが、すぐにリーゼロッテの目つきが変わる。
それは何かを決意したような目であった。
今の間に何を考えたのか気にならないと言えば嘘になるが……まあ、少なくともここで聞くべきようなことではあるまい。
とりあえずは言った通りまずはリーゼロッテ達を運ぶべく、そちらへと身体を向ける。
と。
「……そういえば、言っておくべきことがあったわね」
「うん? 何が?」
「……ありがとう、って言葉を、よ」
その言葉に一瞬きょとんとするも、すぐに苦笑めいたものが浮かぶ。
そして。
「うん。どういたしまして」
そう返しながら、レオンはリーゼロッテ達のところへと歩き出すのであった。




