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30話 想いと真実と

「さすがにその瞬間は僅かなりとも背後への注意がそれると思ったけど、予想通りだったわね。っと、ごめんなさいね。すぐにその窮屈そうな縄を解いちゃうわ」


 そう言うとブリュンヒルデは、言葉の通りにリーゼロッテの身体を縛っていた縄を解きにかかった。

 縄はそう時間をかけずに解かれ、身体の自由が戻って来る。


 だがそれでもまだ意味が分からず、リーゼロッテは呆然と姉のことを見ていることしか出来なかった。


「……え、なに……どういうこと……?」


 何が起こっているのか本気で理解が出来なかった。

 大抵のことなら驚かない自信があったが、さすがにこれは無理だ。

 予想外にも程がある。


 仲間割れ、というのが最も可能性が高そうだが、それだとわざわざリーゼロッテの戒めを解く意味が分からない。

 そのままでも何の問題もないはずだ。


 一瞬、ほんの一瞬だけ、もしかして助けてくれたのではないかという思考が浮かび、直後に否定する。

 それは有り得ないことだ。


 ということは、助けたように見せることで、リーゼロッテを油断させようとしている可能性が最も高く――


「……ふふ。意味が分からない、って顔してるわね? いえ、今は助けたフリをすることで油断を誘おうとしている、とでも考えているところかしら?」


「……っ」


 考えが読まれたことに、咄嗟に身構える。


 しかしブリュンヒルデは何もしてくることなく、そんなリーゼロッテのことを見つめながら苦笑を浮かべていた。

 ……気のせいでなければ、その中に申し訳なさのようなものを滲ませながら。


「……ごめんなさいね。貴女が私のことを信じられないのは当然のことでしかないわ。私はそれだけのことを貴女にした……いえ、そう思われて当然なぐらいに、何もしなかった。貴女に次期公爵家当主なんて立場を押し付けておきながら、ね」


「……何を、言ってるの? 違う……押し付けられたんじゃなくて、あたしが、姉様を押しのけて……」


 頭の冷静な部分が、これも自分を油断させるためだと囁いてくるが、混乱しきっている頭では上手く考えることが出来ない。

 ただ頭に浮かぶ言葉だけを垂れ流し、姉の口元が自嘲気味に歪む。


「ええ、そうね……貴女がそう考えているのだろうことは分かっていたわ。でも私は、逃げた。元次期公爵家当主の立場だったからこそ、それがどれほどの重圧に感じるのかを知っていたからこそ……そんなものを私のせいで背負うことになってしまったと、貴女に責められ嫌われたくはなかったから」


 そんなことを考えたことはなかった。


 むしろリーゼロッテが責めたのは、自分自身だ。

 自分が、何も理解していなかったから。

 公爵家に生まれ、相応の教育を受けていたにもかかわらず、リーゼロッテは自分がレベルを上げすぎたらどうなるのかを、何一つ理解してはいなかったのだ。


 リーゼロッテはただ単に、姉の役に立とうとしていただけではある。

 元婚約者候補が最初から存在していなかったことにされ、貴族や公爵家の力というものを思い知って、ならばそんな公爵家の当主になるのは並々ならぬ苦労があるのだろうと思ったのだ。


 だからこそ、姉を支えるための力を欲した。

 それが最も役に立てる方法だと思い、必死になってレベルを上げてしまった。


 レベルの上がりやすさというのは、才能限界の高さに比例する。

 魔獣を倒さなければレベルが上がりづらくなるのは、それだけ才能の限界に近付き、高密度の経験を必要とするからだ。

 逆に言うならば、才能限界が高ければ高いほど、魔物を倒しているだけでもレベルは上がっていくということになる。


 そしてリーゼロッテの才能限界は、99であった。

 その数値が物凄いものであり、聖剣の乙女に次いで世界で二番目に高いということを知ってはいても、実感するには至っておらず……リーゼロッテがそれを実感したのは、自分のレベルが姉をとうに追い越していた、ということを知った時のことだ。


 その時点で姉とのレベル差は10以上開いてしまっており、そこからはあっという間であった。

 次期公爵家当主の座は、気が付いたらリーゼロッテのものとなってしまっていたのだ。


 そんな自分が姉の目にどう映っていたのかなど、考えるまでもあるまい。

 簒奪者などという陰口を言われていたのは知っていたが、そんなことは誰に言われるまでもなく自分が一番よく分かっていた。


 リーゼロッテがした努力は、結局姉の役に立つどころか邪魔にしかならなかったのだ。

 何一つ悪くなく、何の落ち度もなかったはずの姉が、劣っているという烙印を押されてしまったのを知っていた。


 自分の傍から離れていくのはむしろ当然のことでしかなく、だからリーゼロッテは、せめて騎士にならなければならないと思ったのだ。

 それも、聖剣の乙女に次ぐぐらい優秀な騎士になって……そうでもしなければ、姉の名誉を回復することは出来ないから。


 嫌われてしまっていても関係はないし、そんなことが出来る自信はなかったけど、やる以外になかった。

 だから――


「ふふ……でも、貴女が私を信じてくれていなかったからこそ、こうして助けることが出来たわ。貴女が私のことを信じていないのは傍目にも明白で、だから私は彼女達から信じてもらうことが出来たのだから。もし貴女が私のことを少しでも信じていたら、きっとこうも上手くはいかなかったでしょうね。……まあ、こんな程度のことで、私が貴女にしてしまったことを償えるなんて思ってはいないけれど」


 そんなことを口にする姉の目は、見覚えのあるものであった。

 慈しむように見つめてくる、大好きだった姉の目だ。


「さて……言いたいことは色々あるでしょうけど、まずはここから出ましょうか。今までは誰が敵なのか分からなかったから動くに動けなかったけど、さすがに次期公爵家当主を誘拐しちゃったら問題にならないわけがないもの。むしろその時の反応から敵味方の区別が出来そうかしらね……っと、これもちゃんと回収しておかないと。これが一番重要なんだから」


 そう言って姉がしゃがみ、手に取ったのは、先ほどマルガレータが手にしていたあの注射器のようなものであった。

 未だに頭が回らない中、それでも疑問に満ちた目を向けると、それに気付いた姉が口を開く。


「ああ、これ? これは見ての通り注射器よ。コレを使ってこの娘は貴女の血を採ろうとしていたというわけね。まあちょっとというかかなり特殊なものではあるんだけど、だからこそ今まで手を出せなかったのよね。さっき銀色のケースから取り出されたでしょう? あのケースも特別なもので、持ち主以外には触ることすら出来ないのよ。あれさえなければもっとやりようがあったんだけど……ともあれ、行きましょう?」


 一瞬このまま付いていってもいいのかと思ったものの、少なくともここに留まっているよりはマシだろう。

 働いていない頭を叱咤し、警戒はしながらもこの場から出るべく前を向き――


「っ、姉さ――」


 何かが視界の端から飛来した、ということを認識した瞬間、視界が赤く染まった。

 姉の胸部に穴が開き、鮮血が噴き出したのだ。


「っ、え……何、が……ごふっ!?」


「姉様……!?」


 そのまま崩れ落ちる姉を咄嗟に支え、自然とその胸部に開いた穴が視界に映る。

 反射的に手で塞ごうとするが当然のように血が止まることはなく……状況を理解するよりも先に、声が聞こえた。


「まあ! このまま無事に逃げられるなんて……いえ、裏切りに気付いていなかったと思われていたなんて、心外ですわ!」


 そんな言葉と共に姿を見せたのは、見知った人物であった。

 Aクラスの担任……そこで気を失っているマルガレータの母だ。


 相変わらず耳障りな金切り声で、叫ぶ。


「まるでわたくし達のことを利用していたように思っているようですけれど、わたくし達こそが利用していましたのよ! 一人一人では万が一取り逃がす可能性もありましたけれど、こうして一纏めにすれば、エッシェンバッハ家の次代の血を確実に絶やすことが出来ますもの! もっとも、そこのグズは知りませんでしたけれど!」


 再び混乱する頭で、それでも理解出来たのは、あれもまた敵……いや、あれこそが敵だということだ。


 しかも、無意味に叫んでいるわけではないのだと、直後に気付く。

 何かが飛来してきたのが見えたからだ。

 おそらく攻撃系の魔法で、あの叫びはその攻撃から意識をそらせるためのものだったのだろう。


 だが気付いてしまえば問題はない。

 その攻撃が到達するよりも先に防御魔法を展開し――ガラスが砕け散るような音と共に砕け、姉諸共吹き飛ばされた。


「がっ……!? っ……なんで、魔法が……?」


「まあ! これでもわたくし騎士ですのよ!? 防御魔法を使う魔獣もいますし、その対策をしていないわけがありませんわ! その程度の防御魔法で全てを防ぎきれると、思い上がってでもいたんですの!?」


「っ……」


 言い返したいところだったが、事実でもあった。


 かつて最強と呼ばれていたザーラからも、聖剣の乙女であるイリスからも褒められたのだ。

 Aクラスの講師の魔法だろうと防げないはずがないと咄嗟に思ったのは確かで……酷い驕りであった。


「とはいえ、仕方のないことではありますわね! 所詮無能姉妹ということですわ!」


「っ……確かに、あたしは防御魔法しか使えない無能だわ。けど……姉様は、違う。姉様は……!」


「まあ! 無能に次期公爵家当主の座を奪われておきながら、どこが無能ではないと!? そもそも無能でないならば、そこで無様に転がっているはずがありませんわ!」


「それをやったのは、あんたでしょうが……!」


「まあ! だからどうしましたの!? 無能でなければわたくし程度の攻撃など防げて当然でしょう!?」


 叫ぶのと同時、再びリーゼロッテ達は吹き飛ばされた。

 今度は防御魔法を使う暇すらなく、そのまま壁へと叩きつけられる。


「かはっ……!?」


「まったく! 無能のくせに身の程も知らないとは、本当に困ったものですわね!」


 そんなことを言いつつ、姉へと近付いていくその姿を止める事は出来なかった。


 腕を持ち上げるが、その手が届くはずもなく……しかし、姉が何かされることはなかった。

 どうやら目的は姉ではなく、姉が持っていたあの注射器であったらしい。


 そしてそれを持ったまま、今度はリーゼロッテの方へとやってくる。


「まあ! その手はもしかしてわたくしの手間を減らしてくれた、ということですの!? 中々殊勝な心がけですわね!」


「っ……!?」


 まったくそんなことはなかったが、そう反論する前に注射器の針が腕に突きたてられた。

 鋭い痛みが腕に走り、僅かに声を漏らす。


 注射器はすぐに外されたが、相変わらず外からはその中が見えないため、本当に血が抜き取られたのかは分からない。

 しかし満足そうにその注射器が懐に仕舞われると、その足は再び姉の方へと向けられた。


「っ……ちょっと待ちなさいよ……! 何をする気……!?」


「まあ! 何をするって、決まっているじゃありませんの! ――これでもう用は済んだのですから、邪魔者は消すだけですわ! もっとも、あなたにはまだ使い道がありますから、まだ殺しはしませんけれど!」


「っ……」


「それにしても、本当に馬鹿なことをしましたわね! 素直に妹を売っていれば、まだ他に道もあったかもしれませんのに!」


 何を勝手な、と思ったが、リーゼロッテが反論するよりも先に声が上がった。

 息の絶え絶えながら、それでもブリュンヒルデは顔を上げたのだ。


「ふふ……いや、ねえ……大事な、妹を売って……自分だけ、生き長らえる、なんて……真っ平、御免、だわ。そんな、ことを、する……ぐらい、なら……大人しく、死んだ、方が……マシよ」


「まあ! 自分以外の誰かを大切にするなんて、本当に無能は愚かですわね! いえ、だからこそ無能なのかもしれませんわね!」


 好き勝手に叫ぶその姿から、姉は自分へと視線を移動させた。

 そしてやはり息も絶え絶えながら、その思いを口にしていく。


「……ごめん、なさい、ね。貴女の、ために……どうにか、しようと、して……それでも結局は、どうにも、する、ことは、出来、なかった……駄目な、姉で……」


「っ……そんなことはないわ。謝るのはあたしの方だもの。……ごめんなさい、姉様のことを信じることが出来なくて。姉様のことを信じてさえいれば、もっと……」


「まあ! 何て麗しい姉妹愛なのかしら!? 無能らしくて虫唾が走りますわね! とっとと口を閉じるのがいいですわ!」


「っ……!?」


 余程気に入らないのか、ずんずんと足音を立てるようにしてその姿が姉のところへと向かっていく。

 魔法を使えば近付く必要もないだろうに、確実に息の根を止めようとでもいうのか。


 それを阻止すべく腕を伸ばそうとするが、やはりどうにかなることはない。

 最大の武器でもある防御魔法があの相手には通じないのだ。

 リーゼロッテに出来ることなど何一つとしてなく……姉が殺されるのを、見ていることしか出来ない。


 手にした力は、本当に何の意味もなかった。

 こんなことならば、何もしないでいた方が余程マシで――


「さあ! 無能は無能らしく、無様に散るといいですわ!」


「……誰か」


 ――助けて、と。

 思わず口にした、その瞬間であった。


「――任された」


 天井がぶち抜かれると共に、姉を攻撃しようとしていたその姿が吹き飛ばされたのだ。


 直後、代わりとばかりに、その場へと一人の人物が降り立つ。

 見覚えのある少年であった。


「……ちょっと、タイミングよすぎじゃないの?」


 思わず零れ落ちたそんな愚痴めいた言葉に、その少年――レオンは肩をすくめてみせたのであった。

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