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24話 妹と姉

 当然と言えば当然のことではあるが、学院には担任以外の講師というものが存在している。

 一人で全てを教えるなど非常に困難であることを考えれば、当たり前のことだろう。


 ただ、どんな授業を行うのかに関しては、基本的に担任が全ての権限を有している。

 その講師達を使って授業を行わせるのか否かに関しても、担任が決めるということだ。


 そして今までザーラの授業しかなかったのは、ザーラがそれ以外は不要だと判断していたということである。

 レオン達もそれは承知の上で、実際他の授業とかは必要ないと思っていたので問題もなかったのだが……どうやら今日はそうではないらしい。


「……なるほど、趣向を変える、か」


 既に始まっている授業に耳を傾けながら、呟く。


 明朗に紡がれる言葉は聞き取りやすく、また話の内容は分かり易い。

 ザーラも意外と分かりやすかったが、彼女――ブリュンヒルデの授業はそれ以上だ。


 とはいえ、現時点で彼女が何故授業をやることになったのか、ということは分かっていない。

 自己紹介を済ませた後はそのまま授業が始まったからだ。

 いや、それが当然の流れではあるのだが。


 まさか自分よりも授業が分かり易いから、という理由でザーラが頼んだとはさすがに思えないのだが……まあ、後で本人に尋ねればいいことかと思い直す。

 どうせ考えたところで分かることではないのだ。

 ならば別のことを考えた方がまだしも建設的であった。


 ちなみにそこで授業に集中するという選択を選ばないのは、話されている内容は分かり易いのだが、それ以前にそもそも知っていることだからだ。

 まあ、ザーラが行った座学は本当に基礎も基礎の部分だけであり、そこからの続きともなればそうなるのは当然のことだろう。

 他の者達も、どことなく集中しきれていない。


「……いや、それはどっちかと言えば、いつもと空気が違うからのような気もするけど」


 口の中で言葉を転がしながら、左隣へと視線を向ける。

 その原因は、間違いなくそこが起点であった。


 リーゼロッテは真っ直ぐ前を見てはいるも、どことなく真面目に授業を受けている、といった雰囲気ではない。

 真剣なのは確かなのだが……何となく、そうすることで他を拒絶しているような雰囲気、といったところだろうか。

 上手く言葉にしづらいのだが、そんな感じなのだ。


 そんなことになっている理由は分からない。

 分かることがあるとすれば、彼女の姉が講師としてこうやって授業を行っていることと無関係ではないのだろうということぐらいである。


 ブリュンヒルデ・エッシェンバッハ。

 彼女のことを、正直なところレオンはほとんど知らない。


 エッシェンバッハ家と家同士の付き合いはあったが、ブリュンヒルデはレオン達よりも十歳ほど年上なのである。

 リーゼロッテと会っていた頃はブリュンヒルデは王立学院に通っている頃で、確か一度会ったことがあったかどうかといったぐらいだ。

 先ほど目にした時、本人を思い出すよりも先にリーゼロッテに似ていると思ったのもそのせいであった。


 とはいえ、会ったことはほぼないものの、リーゼロッテの口から何度かその名を聞いた覚えはある。

 つまり少なくとも昔は仲が悪いといったことはなかったはずだ。


 それに今も、リーゼロッテからそういった様子は感じられない。

 ブリュンヒルデの方も、何となくリーゼロッテのことを意識してそうではあるが、嫌っているというのとは違いそうだ。


 まあではどういうことなのかと言われると、分からないわけではあるが――


「――っと、今回はここまでみたいね。今回やったところで分からないこと……は、まだ基礎の範囲内だからないでしょうけど、もし何かあったら遠慮なく聞いてくれていいわよ?」


 そんなことを考えていると鐘の音が鳴り、それと同時に授業の終わりが告げられた。


 しかし、ブリュンヒルデはそのまま教室から出て行くことはなく、その視線がリーゼロッテへと向けられる。

 その顔は何かを話したそうであり……だが、その口が開かれることはなかった。

 その前にリーゼロッテが席から立ち上がると、教室から出て行ってしまったからだ。


 まるで逃げるようであり……いや、おそらくは実際に逃げたのだろう。

 その背をブリュンヒルデが寂しそうに、あるいは悲しそうに見つめていたからだ。


「っと……それじゃあ私は行くわね。また、次回に」


 そう言って、後を追うようにブリュンヒルデも教室を出て行く。

 確実に何か事情がありそうだが……さて。

 果たしてこれは誰かに尋ねていいものなのだろうか。


「んー……エミーリアは何か事情知ってたりする?」


 それでも尋ねたのは、駄目なら答えないだけだろうと思ったからだ。

 気になるのは完全に個人的な好奇心からだが、さすがに目の前であんなことをやられて何もなかったことにするのは無理である。


 そのことが分かったのか、エミーリアは苦笑を浮かべた。


「まあそうですわよね。あそこまで露骨にされたら気にならない方がありませんわ」


「……うん、それが普通。ただ……あの二人がああいう態度を取るのも、理解は出来る」


「あれ? イリスは何か知ってたりするの?」


 正直なところ、意外であった。

 こう言ったら何であるが、イリスは他人の事情などをそれほど気にするタイプではないと思っていたからだ。


「……うん。でも、知りたくて知ったわけじゃなくて、自然と知ることになったってだけ。……有名だから」


「有名、なの……? その割に僕はまったく聞いたことがない気がするんだけど……それとも、聞いたことはあるけどあの二人のことだとは分かっていないだけ、ってことかな?」


「いえ、有名は有名でも、貴族の中では、ということですわ。ですが、貴族の中でしたら、本当にあの二人のことは有名ですの。おそらくこの学院の中では知らない方はほぼいないでしょう」


「んー、公爵家だから何かあったら確かにそこまで広がっても不思議はないけど……逆に公爵家だから、何かあっても広がる前に握り潰しそうな気が……」


「……握り潰そうとしても、無駄。どうせすぐに分かってしまうことだから」


「ですわね。それに、握り潰さなければならないほど悪い話というわけではありませんもの。むしろ見方次第ではとてもいいことと捉えられるでしょうし」


 そこまで言ったところで、エミーリアは何かを考える素振りをした。


 しかしすぐに、何かを諦めるように溜息を吐き出す。


「正直、どこまで話したものかといったところではありますが……まあ本当に有名な話なのですから構わないでしょう。と言いますか、レオンさんでしたら薄々勘付いてもいそうですし」


「……それに、有り触れた話」


「ええ、その通りですわね」


 イリスの言葉に頷き、エミーリアは一拍を置く。

 それから、彼女達の話を始めたのであった。


「――優秀な妹と、そうではなかった姉の話ですの」






「――よし、今日はここまでだ。んじゃお前ら、気をつけて帰れよ? つってもまあ、寮まで戻るってだけで何もねえだろうし、さすがにもう慣れただろうけどな」


 鐘の音が鳴ると同時、ザーラの掛け声と共に皆が解散する。

 その様子には確かに慣れが見え、だがそんな中をレオンはザーラの元へと向かった。


「ザーラ先生、ちょっといいですか?」


「ん? おお、どうした? 何か分かんねえことある……って様子じゃなさそうだな。ま、っつーかオレの方が色々聞きてえぐらいだしな」


「いえ、分からないことがあるっていうのは間違ってないですよ? ただ、聞きたい事は、どうして午前中はブリュンヒルデさん……先生の授業になったのかってことなんですけど。まさか何の意味もなくそんなことをしたってわけじゃないんでしょうし」


「ああ……そのことか。……ま、別に言う必要がねえから言わなかっただけで、秘密ってわけでもねえし、構わねえか。アレはオレが決めたことではあるが、提案してきたのはアイツの方からなんだよ。ここで授業してた方がお前らのためにはなるだろうが、それはそれとして試験の時に困るだろうってな。一理あると思ったから、数日に一度ぐらいの頻度で任せるかってなっただけだ。お前らなら座学はその程度やれば十分だろうしな」


「なるほど……ブリュンヒルデ先生からの提案だったんですね」


 それは二重の意味で納得出来ることであった。

 学院は年に三回試験があり、その総合結果から次の学年の開始時に次のクラスが変わる。


 まあ、基本的にはほぼ変わることはないし、このままならレオン達も変わらずFクラスのままだろうが、それでも試験の成績次第では留年したり退学になったりもするのだ。

 座学をやる意味は十分にある。


 とはいえ、担任が気にするならばともかく、一介の講師が気にするのは少々不自然と言えば不自然だ。


「ちなみにそれは、個人的理由と講師的理由、どっちからの提案だったんですか?」


「……さてな。そこまではさすがにオレも聞いちゃいねえしな。つーか、そうやって聞くってことは、お前もあの二人のことを知ったってことか?」


「ええ、まあ、ある程度は。というか、ザーラ先生も知ってたんですね? こう言ったら何ですが、あまりそういったことは興味なさそうな気がするんですが」


「実際興味はねえが、ブリュンヒルデは学院にいた頃の後輩で、騎士団に入ってきてからも同じ隊の後輩だったからな。嫌でも耳に入ってきちまってたってわけだ」


「なるほど……そういうことですか」


 呼び方が妙に親しげだとは思っていたが、以前からの知り合いだった、ということらしい。


「ま、個人的な見解を言っとくと、少なくとも個人的なもんだけってことはねえだろうとは思うぜ。あいつはオレがこっちに来てもずっと騎士団にいたはずだからな。つーか、そもそも学院に講師として来るよう決まったのは、あの交流会があった日だって話だしな」


「それはまた急ですね……よくあることだったりするんですか?」


「少なくともオレは初めて聞いたな。ま、とはいえ、個人的なもんもまったくないとは思わねえが。アイツは昔から妹のことを気にかけてたしな」


「ふーむ……何やら面倒そうな事情がありそうですねえ」


「まあな。つーか、そもそもお前もそう思ったからわざわざオレに話を聞きにきやがったんだろ?」


「まあそうですが」


 これでもレオンはリーゼロッテのことを友人だと思っている。

 そして友人が困っているとなれば、一旦最優先の目標を脇に置いてもいいと思える程度には人間味があるつもりだ。


 だが別に助けて欲しいとも言われていない中で、これ以上首を突っ込んでもいいものなのかどうか。

 訓練場を後にしようとしているリーゼロッテの後姿を眺めながら、さてどうしたものかと、レオンは息を一つ吐き出すのであった。

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