22話 一つの終結
さて、ようやく出番というか、本当は出番などない方がよかったのだが、などと思いながら、レオンは前方へと視線を向けた。
そこにいるのは無論マルガレータという名の少女であるが、その顔はぽかーんとしたものである。
まったく予想だにしていなかったことが起こった、とでも言いたげなもので、正直言って隙だらけだ。
「うーん……これって、攻撃仕掛けちゃっていいのかな?」
「さあ……? どっちにしろ結果は変わらないんでしょうし、好きにすればいいんじゃない?」
「えぇ……ちょっと投げやりすぎない?」
言葉に視線を向ければ、言い放ったリーゼロッテはどうでもよさ気に肩をすくめている。
その顔に浮かんでいるのは呆れに似た表情だ。
「あれだけの数の魔法を一瞬で全部消し飛ばすとかいう意味分からないことやってる時点で、今更何言ってるのよ?」
「別にそんなことないと思うんだけどなぁ……」
実際のところ、やったこと自体はそれほど難しいことではない。
レオンの所持しているスキルの一つに絶対切断というものがあるのだが、これは対象が何であれ確実に攻撃の全てを通すスキルだ。
魔力を纏っていようと防御魔法を使っていようと紙切れのように斬り裂くし、それは魔法も同様である。
で、乱舞という、視認している全ての任意の対象に同時に攻撃することを可能にするという効果を持つスキルがあるため、その二つを使って全ての魔法を一斉に斬り裂いた、というわけだ。
ほら、こうして説明すればそれほど難しいことではなかったということが分かるだろう。
……まあ、その二つのスキルを取得するには、取得条件を知っていたところで一つにつき十年はかかりそうだということを除けば、の話ではあるが。
「というか、僕のやってることは誰でも可能だって、君も既に分かってるはずだけど……?」
「確かに分かりはしたし、その一端に触れられもしたわ。エミーリアなんかは実感もしてるんでしょうね。でもだからといって、感想は何一つ変わらないわ」
「ふふ……むしろ、実感出来た分、より、意味が分からなくなった、とも感じます、わね」
声に反射的に視線を向ければ、そんなことを言ったエミーリアは苦笑を浮かべていた。
ただ、槍にしがみ付いて何とか立っているといった様子で、顔色もよろしくない。
外傷そのものは掠り傷程度といったところだが、先ほど血を吐いたのも目にしているため、おそらくは内臓が傷付いているはずだ。
外見からはどの程度かは分かりづらいものの、辛そうな様子と、何よりも魔力0のエミーリアが至近距離から魔法を食らったという事実から考えれば、重症とまではいかなくとも軽症ではあるまい。
本来ならば、下がって休んでいるように言うべき状況だ。
だが、何かを言う前から、その目は決して引かぬと告げていた。
何も出来ずとも、その方がよくとも、それでもこの場で立ち続け、見届けると。
そこにはマルガレータへの苦手意識などはなくなっているようであった。
また勝つことは出来なかったが、そのうち勝つことが出来るかもしれないと実感出来たからだろう。
瞳を翳らせていたものは既になく、新しい光が灯り始めているようにも見える。
ならば、彼女が戦うよう推した甲斐もあったというものだ。
そしてここで彼女に余計なことを告げることほど無粋なものはない。
だからレオンも苦笑を浮かべると仕方がないなと溜息を吐き出し、それからリーゼロッテへと横目を向ければ、リーゼロッテは肩をすくめてきた。
どうやら同意見ということのようだ。
まあ、リーゼロッテが共にいるのならば、万が一もあるまい。
リーゼロッテの防御魔法は、おそらく現時点ですら世界最硬だ。
本人としては不本意のようではあるが、その事実は変わらない。
怪我人を任せるのにこれほど適した人物もいないだろう。
エミーリアはやるべきことを果たし、リーゼロッテもここでやるべきことを成す。
で、あるならば、自分もやるべきことをやろうかと、前方に向き直った時のことであった。
我に返ったマルガレータが、何かを納得したかのような声を上げたのだ。
「ふ、ふふ、なるほど、そういうことですのねえ~。つまりは、何らかのずるをした、ということなのでしょぉ~? ええ、そうでもしなければ、そこの無能がわたくしに傷を付けることも出来なければ、無能のお仲間まであるあなた達がわたくしの魔法をどうにか出来るはずがありませんものぉ~。……まったく、そこまでしてわたくしのことを貶めたいなんて、あなた方らしくもありますわぁ~。やはりあなた方は相応しくないようですわねえ~」
どうやらレオンやエミーリアのしたことを、そういうこととして認識することにしたようだ。
まあ、スキルを使っているということは、確かにある意味ではずると言えなくもないのかもしれない。
特にレオンの限界突破のことを考えれば尚更だ。
だが。
「ま、そうだと思いたいんだっていうんなら、それでもいいんじゃないかな? 確かにずるをしてる相手に負けるんなら、自尊心は傷付かないし貶められたりもしないしね」
「っ……それはつまり、あなたがわたくしを倒す、ということですのぉ~? 一体何をしたのかは分かりませんけれどぉ~……調子に乗りすぎじゃありませんのぉ、無能の同類如きがぁ。……妾の子に全てを奪われた分際で」
最後にぼそりと、レオンにだけしか聞こえないだろう程度の音量で呟かれた言葉に、目を細める。
何となく分かっていたことではあるが、どうやら相当にいい性格をしているらしい。
とはいえ、それは確かに事実だ。
事実でしかない。
しかし……どうやって戦おうか少し迷っていたのだが、それで決まった。
レオンは無造作に歩き出すと、纏っていた魔力の全てを消し去ったのだ。
「っ……あなたそれは、どういうつもりですのぉ~? 自殺願望があるのでしたらぁ、他で満たして欲しいのですけれどぉ~?」
「別にそんなものはないし、単にこうした方が分かりやすいだろうって思っただけだけど? エミーリアの努力の果てに何があるのかってのを示すためにね」
「……っ」
彼女がエミーリアのことをどう思っているのかは正確には分からないが、傍目から見る限り執着にも似た何かがあるのは明らかだ。
特に、エミーリアに勝つことに関しては並々ならぬ何かがあるように思える。
逆に言えば、それ以外のことは特に拘っていないようにも。
なら、彼女にとって最も効果的なのは、エミーリアに負けるという未来を見せることだろう。
魔法が全部叩き落されたことであれほど呆然としていたのは、こちらがエミーリアの同類だと思っているためで、つまりは同じことがエミーリアにも出来るのではないかと思ったからに違いない。
であるならば、エミーリアと同じ状態になり、その状況で負ければ、それは即ちエミーリアに負けるということと同様の効果を与えることが出来るはずだろう。
「無駄に挑発しすぎじゃないの……って思うけど、まあそこまでの何かを言われたってことなんでしょうね。はっきりとは聞き取れなかったけど、何か言ってたみたいだし」
後ろからの声に、肩をすくめて返す。
まあ、確かにそれが最後の要因ではあるが、別にそれだけが理由ではない。
エミーリアに努力の果てを見せるのにちょうどいいと思ったのも事実だし、それ以前からさすがにちょっとイラッとしていたのもある。
結局は大半が相手のせいではあるのだが。
「……そうですかぁ~、そこまで言うのでしたら、仕方ありませんねえ~。ならぁ~……黙って、死んでください」
言った瞬間、マルガレータの周囲に先ほどの倍の数の光球が現れた。
そして先ほど同様上空へと浮かび上がると、そこから急速に落下を始める。
だがレオンは、それをまったく一顧だにせずに歩みを進めた。
その状況にマルガレータはさすがに怪訝そうな表情を浮かべるも、当然と言えば当然か。
あの魔法は見たところ魔獣相手にはそれほど効果がなさそうだが、魔力が0の相手には絶大な威力を発揮するだろう。
逃げるのは難しく、防ぐのは無理で、食らえば相当なダメージを受ける。
それも、下手をすれば重症では済むまい。
しかし、それを理解しながらも、レオンは足を止めず、また剣を引き抜くことすらしない。
直後に光球がレオンの身体に接触し、炸裂し――
――限界突破・精神集中・戦意高揚・一意専心:大防御。
周囲に破壊の力がばら撒かれる中を、悠々と先に進んだ。
その身体には、傷一つ負ってはいない。
スキルを上手く使えば、あの程度ならば余裕で無傷でいられるのである。
だが完全に予想外の結果であったらしいマルガレータは、目を見開いていた。
しかし今度はすぐに我に帰ると、再び光球を生み出しばら撒く。
ただ、その数は少なく、代わりに間断なく叩き込み続けることにしたようだが……正直、意味はない。
構わず無傷のまま進むと、思わずといったようにマルガレータが叫んだ。
「っ……有り得ない……! わたくしの魔法を、魔力を纏わず魔法も使わずに受けて無傷だなんて……有り得るはずがない……! あの無能が、そんなことを出来るようになるはずが……!」
先ほどもそうであったが、どうにも彼女は突発的な出来事というものに非常に弱いらしい。
頭を振り回しながら取り乱し、だがレオンは構わず近付いていく。
あと数歩で手が届く、というところにまで近付き……そこで、不意に攻撃が止まった。
しかし、諦めたりしたわけではあるまい。
振り回していた頭をピタリと止めたかと思えば、その瞳は爛々と輝いていたからだ。
その中によろしくないものを含んで。
「う、うふふ~……そうですわぁ、これは何かの間違いですわぁ。ええ、でなければ、こんなことが起こるはずがありませんものぉ。そしてぇ……間違いは、正さなければなりませんわよねえ~」
そう言った瞬間、再びマルガレータの周囲に光球が現れた。
しかもその数は先ほどの数倍はあり、さらにそもそも光球の大きさが倍近い。
威力でも範囲でも、先ほどまでのものとは比べ物にもならないこととなるだろう。
だがレオンがそこで目を細めたのは、少々その行動が不可解だったからだ。
その魔法ならば、さすがにレオンも無傷とはいかないかもしれない。
しかし、それはあまりにも数が多すぎた。
あまりにも過剰に過ぎるのだ。
あんなものを放ったらレオンどころか自分までも巻き込むだろう。
それどころか、観覧席も巻き込むかもしれない。
それでも、リーゼロッテならば問題はないだろうし、レオンも防ぐ手立てはある。
放っておいても構わないと言えば構わないのだが――
「……ま、自爆で幕切れってのは、ちょっとね」
それに、自爆ではまだ相手に弁明の余地が与えられることとなってしまう。
それは少々、面白くない。
ゆえに。
「うふふ、さぁ~……これで、終わりですわぁ~!」
光球は、今度は浮かび上がることはなかった。
その必要はないとばかりに、その場で炸裂したのだ。
先の比ではない破壊の力がその場を中心に吹き荒れ――
「――百花繚乱」
――限界突破・絶対切断・疾風迅雷・明鏡止水・乱舞:百花繚乱。
その全てを斬り裂いた。
破壊の力は広まらずにその場で消し飛び、後に残ったのは何が起こったのか分からないといった顔のマルガレータだ。
だが直後に、その身体もゆっくりと地面へと倒れ込んでいく。
ついでに一撃を叩き込んでおいたのだ。
「うそ……嘘だ……こんなことが……こんなことが、許され……」
呆然とした呟きを残しながら、その身体が地面に倒れ込む。
後に残ったのは、ただの静寂だ。
レオンは抜き放った剣を一度振るうと鞘に仕舞い、振り返る。
そして、視線の先のエミーリアに、こんなものでどうかと肩をすくめてみせるのであった。




