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20話 積み重ねの果て

 徐々に人数が減っていていたという時点で何となく想像出来てはいたが、Fクラスと相対することになったのは、Aクラスの者一人だけであった。

 要するに、マルガレータだけということで、その姿を眺めながらエミーリアは溜息を吐き出した。


「うふふ~、交流会なんて何をするのかと思っていましたがぁ~……この催しは素晴らしいものですねえ~。騎士には相応しい者がなるべきですものぉ~。それをここまで明確に示す場を与えてくださるなんて……素晴らしいと思いませんかぁ~?」


 そしてそんなことを嘯いてくるマルガレータに再度溜息を吐き出す。


 別に言っていること自体を否定するつもりはない。

 他人に強要しないのであれば、誰がどんな思想を持っていたところで問題はあるまいし……ただ、本当に彼女がそんなことを考えているのかは正直疑問であった。


 いや……彼女のことをよく知っているから断言出来るが、確実にそんな思想を持ってはいまい。

 今の言葉はただ単に、自分の自尊心を満たし、何よりもエミーリアを馬鹿にするために放ったのだ。

 お前は騎士に相応しくないのだから、この場で自分に叩きのめされるのだ、と。


 そもそも、まるでこの場で何が行われるのかを知らなかったようなことを言ってはいるが、先ほどの去り際の台詞を考えればあの時点で知っていた可能性が高い。

 Aクラスの担任は彼女の母親であるし、それ以前に模擬戦を行うと言われた時、Aクラスだけは誰一人として驚いている様子がなかったのだ。

 最も戦うことになるのだということを考えても、予め伝えられていた可能性が高かった。


 とはいえ、そんなことを告げたところで何の意味もない。

 それに、何にせよ彼女と戦わなければならないということに違いはないのだ。


 生まれてから一度も勝ったことのない相手と、戦う。

 それも大勢の同年代の者達の前で……騎士となるのを目的としているこの学院で。


 彼女がどういうつもりであれ、彼女が言ったことは一面で正しい。

 少なくとも、この場がそのつもりで用意されているのは確実だ。


 つまりは、Aクラスである彼女に負けるというのは、騎士に相応しくないと宣言されるに等しい。

 そのことを思えば、自然と身体が小さく震え、その姿を見て取ってか、マルガレータの口元に浮かんでいる笑みがさらに深まる。


「さ……ともあれ、分かっていることとは思いますがぁ、わたくし達がここに来た時点でもう模擬戦は始まっていますわぁ。とはいえ、わたくしはAクラスですものぉ~。先手はお譲りしますわぁ~」


「……っ」


 馬鹿にされた上で挑発されているのは分かっていたが、それでも咄嗟には動けなかった。

 ここで動いてしまったら、今まで必死になって積み上げてきたものが崩れてしまいそうで――


「んー、そういうことなら、折角だしありがたく先手はもらっておこうか。ある意味ちょうどいいしね」


 と、不意に聞こえた声に、エミーリアは反射的に顔を向けていた。


 驚きに目を見開き、だが言葉を返したレオンはいつも通りである。

 エミーリアの視線に気付いたその首が、僅かに傾げられた。


「うん? どうかした?」


「い、いえ……少し意外でしたのですわ」


「そうね。個人的には、あんたは結構こういうのは嫌がりそうなイメージがあったんだけど?」


「いやいや、そんなことないよ? 僕はこれでも貰えるものは何でも貰うタイプだからね。もっとも、貰ったからってそれを行使するかはまた別の話だけど。まあというか、そもそも今は僕が出るべき場面じゃないだろうしね」


「あらぁ~? もちろん三人でかかってきていいのですわよぉ~?」


 こちらの話を聞いていたのか、マルガレータがそんなことを言ってくるも、レオンは肩をすくめた。


「いや……それはさすがにね。僕は基本的にさっき君が言ったことに異論はないんだよね」


「……? それはどういう意味ですのぉ~?」


「そのままの意味だけど? ほら……ここで三人で戦って、君が叩きのめされちゃったら、君に騎士の資格はないってことになっちゃうからね。ここでそれを突きつけるのはしのびないっていうか……ああいや、でもそっちの方がまだマシだったりするのかな? 一人相手に負けちゃったら、本当にそういうことになっちゃうしね」


「……っ、それはぁ~……もしかして、わたくしを挑発しているつもりですのぉ~?」


 そう言ったマルガレータは、口調はいつも通りで口元には変わらず笑みが浮かんでいたが、目だけは笑っていなかった。

 まあ、怒るのは当然のことであり、レオンに向けてリーゼロッテが溜息を吐き出す。


「ちょっと……無駄に挑発してどうすんのよ。……まあ正直、ちょっとはスッとしたけど」


「いやいや、別にそういうつもりで言ったわけじゃないよ? ほら、こうした方が向こうもやる気になってくれるだろうし、都合もいいかと思ってね」


「そういえば、先ほどもちょうどいいとか言っていましたけれど……一体何のつもりですの?」


「んー、そうだね、敢えて言葉にするならば……お膳立て、かな? ほら……苦手を克服するのに、これ以上の場はないでしょ?」


「……っ」


 何を言わんとしているのに気付き、思わず息を呑んだ。

 つまりレオンは、エミーリアにマルガレータと戦えと言っているのである。


 いや、もちろんここはそういう場だ。

 だが。


「……先ほども言いましたけれど、わたくしは彼女と一対一で勝てたことはありませんの。……正直なところ、今も勝てる自信は欠片もありませんわ」


「んー……僕は君が今までどれだけ頑張っていたのかを知ってる、とは口が裂けても言えない。でも、ここ数日頑張ってたのは知ってるし、その努力が無駄にならなかったってのも知ってる。だから、僕はただこういうよ。君なら大丈夫だってね。さすがに勝てるとまでは言わないけど」


「ちょっと……そこはしっかりそう言い切りなさいよ」


「そう言われてもね。君達が積み重ねてきたものは、僕なんかに簡単に見通せるものじゃないでしょ?」


「まあ、言い切られたら言い切られたで反発するでしょうけど……じゃあ、何に対しての大丈夫なのよ」


「そりゃもちろん、しっかり苦手を克服出来るって意味でさ」


 何の迷いもなく、レオンはそう言い切った。

 他人事だから無責任にではなく、その目には確かにエミーリアに対する信頼がある。


 だからだろう。

 その瞬間エミーリアの覚悟が定まった。


 人は責任を取らねばならない。

 その立場の、その力の、その信頼の。


 何の理由もなく得られるものではないのだ。

 ならば……その責任の取り方というものがあった。


 一つ息を吐き出すと、レオンの、リーゼロッテの目を見る。

 リーゼロッテにはどことなく呆れも含まれていたが……それでも何も言わないのは、彼女もそれが可能だと信じてくれているからに違いない。


 で、あるならと、彼らをその場に残し、エミーリアは一人マルガレータの方へと歩き出した。


「うふふ~、本当にいいんですかぁ? エミーリア様一人だけでぇ~。どうせ結果は一緒なんですから、三人一緒でいいんですよぉ~? いえ、ですがこの方が、頑張って無理だったって泣きつくことが出来るからいいんでしょうかねえ~」


「……貴女こそ、叔母様に泣きつく準備はよろしいんですの? そういった機会に乏しかったでしょうから、不恰好なことになってしまうかもしれませんわよ?」


「……その態度と目、見覚えがありますねえ~。昔自分の身の程も分からないでえ、何度もわたくしに挑みかかってきた馬鹿な女に似ていますわぁ~。……身の程を忘れてしまったっていうのならぁ、思い出させてあげますわよぉ~」


 正直なところ、完全な虚勢ではある。

 変わらず自信などはない。

 今も頭の中にあるのは、今回もまたいつも通りに完膚なきまでにやられてしまうのではないかという不安と疑念だ。


 しかしそれらをねじ伏せ、次の瞬間エミーリアは地を蹴った。


 一瞬でマルガレータとの距離が詰まり、射程範囲にその姿を捉える。

 だというのにマルガレータに何の反応もないのは、単純に反応出来ないのと、反応する必要がないと思っているからだろう。


 実際このようなことは、今までに何度もやっているのだ。

 そしてその度に、エミーリアの振るう槍はマルガレータの纏う魔力に弾かれ、掠り傷一つ付けることは出来ない。

 今回もそうなるのだと考えるのは、当然と言えば当然ではあった。


 だがあの頃とは異なり、エミーリアは知っている。

 魔力を用いずとも、魔力を打ち破る術が存在しているのだということを。

 その力を得るための方法も、教わっている。


 だから。

 槍をいつも通りに突き出したその瞬間に、エミーリアは確信していたのだ。


 ――槍術中級・一意専心・積土成山・防御貫通(偽):雷光一閃。


 ――ああ、駄目だ、と。


「……っ」


 その確信の通りに、腕に返ってきたのは硬質な感触であった。

 またいつも通り、マルガレータに弾かれたのだ。


 それは当然と言えば当然ではあった。

 エミーリアはもう十年近く努力を積み重ねてきているのである。

 ならば、たった数日程度で報われてしまえるほど、自分達の積み重ねてきたものが安いわけがなかった。


 そして――


「うふふ~、あらあらぁ~、やっぱりこうなりましたねえ~。どうですかぁ~、少しは自分の身の程というものを思い出して――えっ?」


 これ以上ないほど楽しそうにマルガレータが笑みを浮かべ……その笑みが、固まる。

 自分でも分かったのだろう。

 弾かれた槍が自分の頬の真横を通った瞬間、薄っすらとではあるがその皮が裂けたことが。


 僅かに、一筋。

 しかしそこには、血のにじみが存在していたのである。


 エミーリアの放った一撃が、薄皮一枚だけではあるが、確かに届いた証拠であった。


「…………は? え……どうして、ですのぉ~?」


「どうしてなど、決まっていますわ。貴女がずっと馬鹿にしていたわたくしの努力には、確かに意味があったということですの」


 そう、簡単に報われてしまうほど、エミーリアが積み重ねたものは安くない。

 だが同時に、積み重ねた意味は、確かにあったのだ。


 そんな実感を得た、次の瞬間であった。

 轟音と共に、エミーリアの身体は吹き飛ばされたのである。

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