15話 スキルと魔力
意外と普通の授業が行われた、という感想はやはりと言うべきか間違っていなかったらしい。
基本的なことの説明を午前中いっぱいを使って行い、昼食を挟んでの午後。
昨日ぶりに訪れた訓練場を眺めながら、レオンはそんなことを思いつつ溜息を吐き出した。
「ま、基本をやるってんなら、当然こっちもやんねえとな。むしろ騎士にとって必要なのはこっちの方だし、極論騎士ってのが何なのか理解してなかろうが強けりゃそれでいいわけだしな」
「まあ、一理あるとは思いますが……既に昨日似たようなことやった気がするんですが?」
「あん? 何言ってやがる。昨日のは準備体操みたいなもんだろ。お前らがどれだけ出来るのか、ってのを確認しただけじゃねえか」
「……確かに、その通りではあるわね。同時に、自分がどれだけ至らないか思い知らされたわけでもあるけど」
「それに関しては、気にする必要はねえって言っただろ?」
「確かに言われましたけれど、納得したわけではありませんもの。何より、わたくし達が至らないということは、他でもないわたくし達自身がよく理解していますわ」
「意外と頑固だな、お前ら。ならそうだな……おいレオン。お前、昨日のそいつら見てどう思った?」
突然の指名であったが、何となくそんな予感がしていたため驚きはない。
少し考え、昨日感じたままのことを口にした。
「そうですね……少し偉そうな言い方になってしまいますが、二人とも凄い努力をしたんだろうなってのはよく伝わってきました。得意分野なら、騎士に劣らないどころか下手すれば上回ってすらいそうですし」
「実際その感想は正しいしな。さすがにエミーリアの方は随一とは言えねえが、その身体能力なら確実に騎士の中でも上位には食い込むだろう。リーゼロッテに関しては言うに及ばず、だな」
「……そうね。そうなんでしょうって自信も自負もあるわ。けれど」
「ええ……しかしそれは、騎士になる上で必要な能力ではない。そのことは、わたくし達自身が最もよく理解していますわ」
だから、誰に何と言われようとも、自分達に下す評価が揺らぐことはない。
真っ直ぐにザーラのことを見つめる二人の目は、そんなことを告げているようであった。
だが、その直後のことである。
首を傾げながら、イリスが口を挟んだのだ。
「……なら、どうして騎士になろうとしてるの?」
その様子を見る限り、おそらく本人としては素朴な疑問のつもりなのだろう。
しかし、その言葉を放ったのは、よりにもよって騎士達の頂点に立つ人物だ。
見方次第では侮辱と捉えられてもおかしくはない。
だが、エミーリアもリーゼロッテも怒ることはなく、むしろ笑みを浮かべてみせた。
「確かに、自らの才能を活かすのであれば、騎士以外を目指すべきなのでしょうね。けれど、そんなことは関係ありませんし……こう言って何ですが、知ったことではありませんわ。誰に言われたわけでもなく、わたくし自身が騎士を目指すと決めたのですもの」
「そうね。向いてない? そんなのは言われるまでもなく知ってるわ。でも、それは諦める理由にはならないでしょう? 確かにあたし達が磨いてきた力は騎士になる上で不要なものかもしれないけれど……だからといって、騎士になれないって決まったわけじゃない。あくまでも今までの騎士にとっては不要だったってだけのことでしょ? 前例がないっていうんなら、あたしが最初の一人になるだけよ」
強がりでも何でもなく、心の底からそう想い、信じているのが一目で分かる眼差しであった。
その姿を横目に眺め、レオンは小さく口元を緩める。
昨日の時点で分かっていたことではあるが、彼女達は凄いと、改めて思ったからだ。
同時に、自分と少しだけ似ているのかもしれないとも。
目指すものになるために必要な才に恵まれず、あったのは不要とされるものだけであった。
だから、その不要とされるものを鍛え上げるしかなかった。
そこだけを取り上げれば、レオンと彼女達は同じようにすら見える。
しかし、一つだけ決定的な違いがあった。
彼女達とは違って、レオンはその努力が実を結ぶということを知っていたということだ。
レオンにとって問題だったのは、あくまでも目的としている地点まで辿り着くことが出来るのか、ということだけであって、そもそも努力が無駄に終わるかもしれないという迷いとは無縁であった。
だが彼女達には間違いなくそんな迷いがあったはずで、それでも彼女達は今日まで続けてこれたのだ。
果たしてレオンが彼女達と同じ立場であったら、同じことが出来たか。
その自信があるとは言い切れないからこそ、彼女達は凄いと、尊敬の念にも似たものを覚えるのだ。
そして、だからだったのかもしれない。
思わずそんな言葉が口から零れ落ちたのは。
「まあ、正直なところ、むしろ僕としては羨ましいぐらいなんだけどね。特に、エミーリアは」
「……それはもしや、わたくしを馬鹿にしていますの?」
そう言ったエミーリアの目は、明らかに怒りを含んでいた。
だがもちろんのこと、馬鹿にしているわけでなければ侮辱しているわけでもない。
ただの本心であった。
「いや、ただの本心だよ? だって魔力なんてものがあったところで、邪魔にしかならないしね。特に騎士の役目や本懐のことを考えると」
魔力なんて邪魔だと言い切った瞬間、エミーリアはさらなる怒りを燃やしていたが、その怒りは直後に急速に衰えていった。
騎士の役目や本懐といった言葉に、おそらくレオンが何を言いたいのかをようやく理解したのだろう。
騎士の役目とは無論魔獣を倒すことであり、そして騎士の本懐とは、魔王を完全に滅ぼすことである。
そう、魔王を滅ぼすのは聖剣の乙女だけではなく騎士の最終的な目標でもあるのだ。
しかし魔王とは、魔獣と同じ性質を有していると考えられている。
要するに、男の魔力は役に立たないどころか邪魔にしかならないのだ。
だから、魔力を持たないエミーリアのことは、割と本気で羨ましいのである。
だがそれでエミーリアは納得してくれたらしいが、今度はリーゼロッテが口を挟んできた。
「いえ……ちょっと待ちなさいよ。あんた昨日はザーラ先生と互角以上に打ち合ってたし、噂によれば入学試験で魔獣を倒したらしいじゃないの。何でそれで魔力がないのが羨ましいってことになるのよ」
「え? どこかおかしいところある? まあ、ザーラ先生と互角以上に打ち合ってたかどうかは議論の余地があると思うけど……っていうか、魔獣のことは噂とかになってるんだね。……いや、そりゃそうか」
男が魔獣を倒したとなれば噂にならないわけがないかと納得していると、ザーラが目を細めながら口を開いた。
「はっ、なるほどな……何となくそんな気がしちゃいたが、入学試験の時も昨日も、お前は魔力をほとんど使ってなかった、ってことか」
「魔獣はもちろんのこと、ザーラ先生相手でも、僕程度の魔力じゃ話になりませんからね。魔力を纏ってたところで邪魔にしかならず、むしろ抑えようとしてたせいでそっちに多少集中力持っていかれちゃってたんで、そんなことをする必要がないっていうのは割と本気で羨ましいんですよね」
「……待って。ということは、魔獣を魔力を使わないで倒したということ?」
「そうだけど? というか、それ以外に僕が魔獣を倒す方法はないでしょ?」
そう言ってイリスの言葉に頷くと、イリスは僅かではあるがはっきりとその顔に驚きを浮かべた。
まあ、イリスでも……あるいは、イリスだからこそ驚くようなことなのだろうなとは思うものの、レオンにとっては既に当たり前となっていることだ。
レオンは、魔獣を倒した時もザーラと打ち合った時も、本当に魔力も魔法も使ってはいなかった。
ただ、当然と言うべきか、かといって素の力のみだったかと言えばそんなこともない。
使っていたものは確かにあり、それは他でもないスキルであった。
もっとも、限界突破を使ったというわけではない。
レオンは現在数百ほどのスキルを得ているため、そのうちの幾つかを使ったのだ。
とはいえ、その数百のスキルを得ることが出来たのは、限界突破のスキルがあったからではあるのだが。
この世界では知られていないし、レオンも色々試した果てに知ったことではあるのだが、どうやらスキルには取得条件というものがあるらしい。
そしてその取得条件を満たすとスキルを得ることが出来るわけだが、それを自然に満たすのはかなり困難だ。
まず大半のスキルはレベル制限があるし、年齢や性別や種族が条件に含まれていることもあれば、他のスキルを取得していることが条件に含まれていたりもする。
だが何よりも問題なのは、大抵の場合特定の行動が必要だということだ。
たとえば、剣術下級スキルは、レベル10以上で年齢性別種族は不問という前提条件こそ温いが、取得には一箇所から一歩も動かず且つ一定の速度で千回剣を握りながら素振りをし、さらにそれを三日続けなければならない。
自然とその条件を果たすようなことは中々考えづらいだろう。
しかしその分と言うべきか、効果は中々に強力だ。
剣の心得がなくとも、一流の腕を発揮することが出来る、というものだからである。
つまりは、剣術下級スキルを取得した瞬間に、一流の剣術家と同等の腕を手に入れることが可能なのだ。
ただ、この取得方法が分かったところで、この世界の者達はこのスキルを取ろうとはしないだろう。
魔獣を倒す上では必要がなく、無意味ですらあるからだ。
魔獣との戦い方というのは、基本的には魔力と魔法が全てである。
一流の剣の腕があったところで、攻撃を当てるにはかなりの魔力が必要となり、そんなことをするよりも遠距離から魔法を放った方が威力が高い上に確実だ。
だから騎士にとって剣術スキルというものは取る意味がなく、他のスキルも同じことが言える。
そもそもこの世界でスキルが役に立たないとされているのは、そういう所以なのだから。
無論厳密には役に立つのもある。
たとえば、防御無視スキルなどだ。
これは文字通り攻撃の際に相手の防御行動の一切を無視し攻撃を与えるというもので、結論から言ってしまえば魔力による防御を突破出来る。
要するにこのスキルを持っていれば男でも魔獣に有効な攻撃をすることが可能だということだ。
とはいえ、実質的に取得は不可能でもある。
何故ならば、このスキルを取得可能なのは魔物だけだからだ。
だが、レオンはこのスキルを持っていたりする。
だから魔獣を倒すことが可能だったのであり、しかしもちろんレオンは魔物ではない。
では何故取得出来たのかといえば、それこそが限界突破スキルのおかげであった。
全ての取得条件を無視し、スキルの取得を可能とする。
それが限界突破スキルの効果だったのだ。
そしてその結果として、数百のスキルを取得することが出来た、というわけである。
ちなみに、繰り返すが、レオンはあくまでも取得条件を無視してスキルを取得しているだけだ。
つまり――取得条件を満たせるならば、スキルの取得は可能だということである。
無論防御無視を取ることは無理だが、別にその他に似たような効果のスキルがないわけではない。
取得条件は厳しいものばかりだが、それでも、魔力がなかろうと、防御魔法しか使えなかろうと……魔獣を倒すことが出来る可能性はある、ということであった。
「……一つお聞きしたいのですけれど。貴方が魔力を使っていないということならば……わたくしにも同じことが出来る、ということですの?」
「ええ、そうよね、そういうことになるわよね? ……防御魔法しか使えなくても、魔獣を倒すことは出来る、ってことかしら?」
とはいえ、決してそのことを口に出して言ったわけではなかったのだが……しっかり察している様子なのはさすがといったところか。
「まったく同じようにってことはさすがに無理かな。でも、似たようなことは努力次第で出来るはずだよ。……君達が信じた、その通りにね」
そしてレオンもそのことを隠すつもりは特になかった。
別に誰彼構わず教えるつもりもないが……少なくとも、彼女達相手には隠す理由がない。
「で、では……図々しいことは承知の上なのですけれど……その方法を教えていただくことは、可能ですの?」
ゆえに。
期待の込められたその瞳に、レオンはしっかりとした頷きを返すのであった。




