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覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第六章 聖女と忘れられたモノたち

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99 二人の約束

 


 二日後の夜。

 寝泊まりしている天幕の中で、マリーが不安そうに問いかけてきた。


「先輩、本当に行くんですか? 今ならまだ『やっぱりやめた』って言えますよ」


 既にリッシュア王国とフレウ王国の軍と合流を果たし、軍議も終わった。この夜が明ければ、全員で魔物の群れに戦いを挑むことになる。

 もしかしたら最後かもしれない夜だった。


「ありがとう、マリー。でも、もう決めたから」


 レンフィは城へ突入する部隊に志願した。

 現状、シンジュラの力に対抗できそうなのはリオルだけだ。リッシュアでの戦いで見せたという不思議な炎の力が“灰色”の力に有効なのだと、ウツロギも証言した。


「リオルが行くのなら、私も絶対について行く」


 またリオルが命懸けで戦うことになる。目の届く場所にいないと、怖くてたまらない。


 もちろんレンフィの城行きを反対する声はあったが、この地に集結した者の中でレンフィ以上の治癒術の使い手はいなかった。医療官の腕次第で作戦の成功率がだいぶ変わる。三指の精霊の寵愛の力は必ず役に立つ。そう結論付けられ、ようやく同行を許された。

 レンフィの意思が固いと分かると、マリーはため息を吐いた。


「わざわざ危険な目に遭いにいくなんて、理解できないですぅ」

「……マリーも気をつけてね。補給部隊のお手伝いだって、全く危険がないわけじゃないから」

「分かってます。わたし、無理はしません」


 躊躇いがちにマリーは呟いた。


「でも、本当に大丈夫なんですか? シンジュラ様と対面することになるんですよ。……怖くないんですか?」

「うん。その人のことも、何も覚えてないから」

「……向こうは覚えてるんですよ? また酷いことされるかもしれないのに」


 その声は少し湿っていた。

 レンフィはもう一度心を込めて言った。


「心配してくれてありがとう。私は大丈夫」

「べ、べつにレンフィ先輩の心配はしてません! 先輩が帰って来なかったら、わたしを守ってくれる人がいなくなっちゃうからです! 大体、わたしに心配する資格ないじゃないですか! 何言ってるんですか、もう!」


 マリーは慌てたように背を向けてしまった。すん、と鼻をすする音が聞こえ、レンフィは苦笑した。


「マリーのためにもちゃんと帰ってくるね。……私、ちょっと外の空気を吸ってくる。先に寝てて」


 きっと今は一人になりたいだろう、とレンフィは天幕を出た。


 見張りの人間以外にも、眠れぬ夜を過ごす者たちは大勢いた。

 大声で笑い合う者、しんみりと語り合う者、一人で焚火に見入っている者、それぞれだ。

 顔見知りのムドーラの軍人たちと挨拶を交わしていたら、レンフィはますます落ち着かなくなってしまった。


 たった数か月の間に、随分と人の名前を覚えた。

 明日が終わってもまた会えるだろうか。皆でムドーラに帰れるだろうか。


「…………」


 心臓が痛かった。マリーの前では強がって見せたが、本当は今にも泣いてしまいそうなくらい不安なのだ。

 足を引っ張ったらどうしよう。目の前で誰かが死んだら、それがリオルや知り合いだったら。

 シンジュラに負けてしまったら、この世界はどうなってしまうのか。


 悪い想像を振り払おうと、レンフィは早足で陣の中を歩き回った。


 アザミの姿を見かけた。

 彼は皆から離れて一人、ぼんやりと空を見上げていた。この数日、灰色の大気の影響で星の一つも見えないというのに。

 その手に握られている短剣を見て、アザミが纏う冷たい空気を察して、レンフィは声をかけずにその場を去った。


 いつの間にか、林の中で立ち尽くしていた。人の声は遠く、物寂しい。

 心は落ちつくことなく、ただただ沈んでいった。目まぐるしくいろいろなことが起こって、ついていけない。心の整理も、戦いへの覚悟も、中途半端なままだった。


「一人じゃ危ねぇぞ」

「わ!」


 振り返れば、薄闇の中にリオルが立っていた。


「こんなところで何してるんだよ」

「あ、えっと、眠れそうになくて……気分転換。リオルは?」


 リオルに手を差し出され、レンフィは反射的にその手を取った。


「お前を見かけて追ってきた。手、冷たいな。明日のことで緊張してるのか?」

「うん。でも、大丈夫。絶対に役に立てるように頑張るから……」

「気負い過ぎ。大丈夫じゃなさそうな顔してるぞ」


 リオルは小さく笑った。


「少し話そうぜ。俺もまだ眠れそうにねぇから」


 大きな木の根に二人並んで腰を下ろすと、リオルが上着を脱いでレンフィの肩に被せた。少し肌寒さを感じていたレンフィは、ほっと息を吐く。


「ありがとう。リオルは寒くない?」

「ムドーラの男だからな。これくらいの寒さは余裕だよ。前にも……あ、なんでもない。心配なら体温分けてくれ」

「? うん」 


 人目がないことを確認し、レンフィはリオルの腕に抱き着いた。相変わらずドキドキするけれど、リオルにくっつくと安心もするようになった。


 第三軍への指示出しで忙しいだろうと、この数日個人的に声をかけられずにいた。作戦会議の場で会話はしていたが、二人きりになる時間はなかったのだ。

 本当はずっと甘えたかったし、いろいろ話したいことがあった。しかしいざ二人きりになると、言葉が出てこない。


「えっと、ついに明日だね……」


 無理に口を開いてみたものの、このままだと弱音を吐いてしまいそうだった。今不安を口にすれば、きっと一緒に連れて行ってもらえなくなる。


「そんな暗い顔するなって。こういう時は楽しいこと考えようぜ」

「楽しいこと?」

「ああ。戦いが終わったらレンフィは何がしたい?」


 考えてみるが、上手く想像できなかった。少し前まで殺されないように立ち回ることで精一杯だったし、今はやらなければならないことで頭がいっぱいだ。戦いが無事に終わっても、しばらくは忙しいと思う。


「よく分からない。リオルは?」

「そりゃ、レンフィとたくさんデートしたいよ」

「デート?」

「いいだろ? 別に出かけなくてもいいけど、一日中一緒にいたいんだ。時間とか仕事とか気にせずに」


 照れも恥じらいもなく真っ直ぐに告げられ、レンフィは腕にしがみついたまま俯いた。

 少し想像しただけで、頬が緩みかけた。戦いを前に、不謹慎な顔をしている自覚があった。きゅっと顔全体を引き締める。


「私は嬉しいけど……」

「けど、なんだよ?」

「リオルは私といて楽しいのかなって……」


 気持ちが昂っていたせいか、いつもだったら怖くて聞けないことも口をついて出た。


「私のどこを好きになってくれたか、分からない。迷惑かけてばっかりなのに……」


 答えを待つ間、生きた心地がしなかった。

 ずっと疑問だったのだ。

 自分は面白い話もできないし、色気もないし、家庭的なスキルも乏しい。容姿ならばいろいろな人からお墨付きをもらえているが、宿敵として対峙してきたリオルにとってはあまり意味を持たない気がする。

 息を詰めるレンフィに対し、リオルは虚を突かれたように瞬きをした。


「それ、言葉で説明するの難しいな……気づいたらすっかりレンフィに嵌ってたからさ」

「え?」


 リオルは少し考えた後、いつになく眩しい笑顔を見せた。


「一緒にいると癒されるんだ。お前が笑ってると俺も楽しいし、何してても可愛いなって思うし、迷惑なんて思ったことないぜ。むしろもっと俺を頼ってくれって感じだ」

「……リオル」

「これ言うとまた束縛だ独占欲だって言われるかもしれねぇけど、レンフィにはいつも俺の視界にいて欲しいし、同じ時間を過ごしていたい。ずっと俺のことを一番好きでいて欲しい。正直、どこが特別好きかなんて分かんねぇ。今となっては泣き虫で臆病で卑屈なところも愛しい。なんかもう、全部好きだ」


 もはや返す言葉もなかった。

 胸が幸せで満たされて、目頭が熱い。


「泣いてる?」

「だって……嬉しい。私も同じ。リオルの全部が好き。ずっと一緒にいたいし、一番特別でいたい」


 リオルの手が頬に触れた。促されるように顔を上げてすぐ、ほんの一瞬、唇が重なった。


「なんか、恥ずかしくなってきた。やっぱり俺も緊張してんのかな。勢いですげーこと言っちまった気がする……!」

「ご、ごめんね……私が変なこと聞いたから」

「謝らなくていいって。俺は今、すごく幸せだ」


 お互い赤くなった顔を逸らし、熱を冷ます。いつの間にか指先までぽかぽかになっていた。


「そろそろ戻った方が良いな」

「う、うん」


 天幕の近くまでリオルが送ってくれた。

 ふわふわした足取りで、お互いに言葉は少なかった。


「じゃあ、どんなデートがしたいか考えながら寝ろよ」

「え、そ、そんな楽しいこと考えていていいのかな……不謹慎じゃ」

「不安で眠れないより全然いいだろ。それに、楽しみがねぇと頑張れなくないか?」

「うん……そうだね」


 むしろ興奮して眠れなくなりそうだったが、レンフィは言葉を濁した。

 おやすみの挨拶をして離れた後も、案の定頭の中はリオルのことでいっぱいだった。






 翌朝。皆が慌ただしく出陣の最終準備をする中、リオルがこっそりと問う。


「顔色いいな。考えたか?」


 レンフィは頷き、神妙に答えた。


「どうしよう、リオル……いっぱいやりたいことあって」


 どんなデートがしたいか、考え出すと止まらなかった。

 花畑に行ってみたい。海を見に行きたい。またカロッテに乗って今度は草原を思い切り走りたい。

 バニラとジンジャーと一緒にまた四人で買い物に行きたい。マグノリアに料理を教えてもらって、リオルに食べて欲しい。


 この世界にはまだまだ知らないことがたくさんある。

 失った十七年の記憶は取り戻せないけれど、これからもっと長く続いていくはずの人生を隣にいる彼とともに過ごし、楽しい思い出でいっぱいにしたい。

 そんなことを考えながら眠りについた。戦いの不安は消え、未来への期待でいっぱいだった。


「あとね、いつかまた温泉に、今度は一緒に――」


 夢見心地なレンフィは歯止めがきかず、思い切ってそんなことまでリオルに耳打ちしていた。大胆な要望にリオルの方が慌てた。


「お前さぁ……ああ、もう俺、絶対死ねない。何がなんでも勝って、お前を守り抜いて、生き残ってやる」

「うん。私も絶対死なないし、死なせない」


 記憶を失って目覚めてから、こんなにも生きたいと思ったことはない。

 レンフィの思い描く幸せにはリオルが必要不可欠で、その逆も同じだった。お互いが生きていないと意味がない。


 だから、二人は約束した。

 必ず生きて戦いを終わらせる。二人で一緒にムドーラに帰ることを。


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