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覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第五章 聖女と戦場の試練

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67 手紙


 

 レンフィは塔で手紙を書いていた。シダールとマグノリアに宛てた手紙だ。


「えっと……ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。二人とも無事です」


 リオルがミスルト王子にした一つ目のお願いがこれだ。

 二人の安否をムドーラ王国に知らせたい。


 二国の距離が離れすぎていて連絡魔法は届かない。と言っても魔法が苦手なリオルでは国境から王都まででも、二、三個の単語しか届けられないらしいが。


 そこで手紙である。

 王子と繋がりのある信頼できる商人に依頼し、ムドーラまで届けてもらえることになった。どんなに早くとも一か月はかかると言われたが、今のところ帰国がいつになるか分からない。何も連絡しないよりはいい。


 肝心の文面は、時間を持て余すことが決定したレンフィが書くことになった。リオルは宛先と偽名の署名だけ記し、レンフィに任せて塔を出て行った。

 リオルの二つ目の願いが武器の調達である。陣の近くに武器商が来ているというので、早速物色に行った。レンフィもついて行きたかったが、「ごめん、女連れだと目立って絡まれるから」と断られてしまった。


 悲しみを押し殺しながら、レンフィはペンを執る。

 負のエネルギーが強いせいか、不思議なほどすらすらと言葉が出てくる。


「私たちは今、三つの国の内、最も南の王国にいます。白い空に手を引かれ、気づいたら戦士が集まる荒野にいました。突然のことで私たちも驚きましたが、拒否することはできませんでした」


 内容は他人に見られても問題ないように、婉曲した表現にする。

 王子に謁見したことと、事情があってリオルが戦争に参加することを、遠回しに書き出した。読み返してみると出来の悪い絵本のような文面になった。悪戯だと思われないか心配だ。


「自分と相手にしか分からないエピソードを添えると良いんじゃないかな。信用してもらえる」

「なるほど……あ、プルメリス様! 見ちゃダメです!」

「え、隠さなくてもいいじゃない。見られて困ることはないでしょ?」


 咄嗟に便せんを抱えたレンフィは、それもそうかと納得して机に戻した。

 プルメリスに便せんと筆記用具を貸してもらえるように頼んだところ、そのまま「ここで手紙を書いて」と言われたのだ。一人になるのが億劫なのだろう。気持ちは分かる。プルメリスは話し相手が欲しいようだった。

 レンフィは急いで手紙を締めくくる。


「また森のお家でパンケーキを作って食べたいです。リリックさんとルルミーさんにもよろしくお伝えください。できるだけ早く帰ります。どうかお元気で」


 間違いなくレンフィ本人が書いたと分かる内容を添えた。封筒に入れて、蝋で封をする。


「できた……」


 完成した手紙の前でレンフィは両指を絡めて目を閉じた。

 リオルがいなくなったことで、城の中は大混乱に陥っているだろう。本当に申し訳なかった。それもこれも全て、自分の心の弱さと空の精霊の試練が原因だ。


 交際二日目にして痛感した。

 自分はリオルの足手まといにしかならない。鬱陶しがられて嫌われたらどうしよう。


 こんなことになるなら、空の寵愛なんて要らなかった。今すぐムドーラに帰して欲しい。

 リオルにさえ愛してもらえるのなら、離れ離れでも我慢できた。いや、寂しくても我慢しなければならなかったのだ。


 ――せめて、この手紙が一刻も早く届きますように。


 強く強く、切実な祈りを込める。すると、頭上に大いなる気配を感じた。


「え、嘘」


 上ずったプルメリスの声にレンフィが目を開けると、机の上に置かれていた手紙が忽然と消えていた。

 プルメリスが取り上げたのかと思い振り返るが、彼女は口を手で覆って愕然と立ち尽くしていた。


「消えた……手紙が、一瞬で……」

「え、あの、本当ですか?」

「嘘なんか吐いてどうするの! わ、怖い! もしかして今の空間転移? きみがやったの?」

「いいえ! 空の精霊術は使えません!」


 全身から血の気が引いた。

 空の精霊の悪口を心の中で言ったせいだろうか。怒らせて手紙を奪われたのか、それとも。


「もしかして、ムドーラに届けてくれた……?」


 気を遣わせてしまったのだろうか。

 確かなことは分からない。結局レンフィはもう一度手紙を書いた。今度は目の前で消えたりはせず、侍女のアンズを介して運ばれていった。






 ムドーラ王国の城。

 シダール王の執務室で、マグノリアが青白い顔で俯いていた。


「レンフィ……どこに行ってしまったの?」


 昨日、レンフィとリオルが出かけたまま帰って来なかった。

 最初は「いきなり外泊か」と笑っていた者も、隣町の兵士からもたらされた報告を聞いて血相を変えた。二人は馬を残して忽然と姿を消してしまったのだ。

 手の空いている者総出で近隣を捜しているが、未だに手掛かり一つ掴めない。


 口さがない者たちの憶測がいくつかマグノリアの耳にも入った。


『やっぱり駆け落ちかな? 戦争で離れ離れになることを憂いて……』

『まさかリオル将軍に限ってそのようなことは……ああ、でも、敵に聖女レンフィがもういないから、戦う意義がなくなったのかもしれない』

『元帥たちに交際を反対されて思いつめたのでは?』

『わ、儂は何も言ってないぞ! ええい! 適当なことを言うな!』


 駆け落ちはあり得ないとマグノリアは思う。

 レンフィとリオルの仲は、シダールにも半ば認められている。レンフィはリオルの出陣を寂しがっているようだが、我が儘を言うような娘ではない。リオルも心を痛めはするだろうが、民の命に関わる仕事を放り出すほど無責任ではないだろう。

 何より、リオルの愛馬であるカロッテが町に戻ってきている。駆け落ちをするのなら馬を手放しはしないはずだ。


『二人が最後に向かったのは湖だって聞いたぞ。まさか心中したんじゃ……』

『ええ!? それはないだろう。やめろよ』

『だ、だよな。ごめん。レンフィちゃんってちょっと幸薄い感じがしたから』


 心中もない。絶対にない、と思いたい。

 確かにレンフィは世を儚んでいそうな見た目をしているが、案外タフなところがある。何度か死にかけていながら生還しているし、過去のレンフィは数多の犠牲の上に生き残ったのだ。命を簡単に捨てたりしないし、愛する男を巻き込みはしない。そしてリオルは、自殺という選択肢から最も縁遠そうな男だ。

 第一、湖は凍てついていて、割れた形跡がなかったという。一応、何人かで湖を念入りに調べたようだが、靴の一つも見つかっていない。


『じゃあ攫われたんじゃないか? 教国の刺客に』

『本気で言ってるのか? あの二人をどうにかできる奴がこの世に存在すると?』

『……そうだな。百人単位の精鋭部隊じゃないと無理だ』

『いや、甘い。千人は必要じゃないか』


 一番考えられそうな「第三者に捕らえられた」という可能性は、二人が強すぎるせいで却下された。

 リオルが戦い、レンフィが守って癒す。隙が無い。

 そもそも湖畔には血痕や踏み荒らされた跡がなかった。戦闘行為はなかったと見て間違いない。


 おそらく二人は自らの意志で姿を消した。しかし駆け落ちなどという無責任なことはしない。

 マグノリアが出した結論は一つ。


「ねぇ、シダール。本当のことを言って」


 机に向かい、熱心に書き物をしていた夫を睨みつける。


「……何が言いたい?」


 どこか呆れた様子でシダールはペンを置いた。


「レンフィとリオルのこと。その……あなたが二人に特別な任務を与えたんじゃない?」

「全く覚えがない」

「嘘。二人が自主的に姿を消す理由なんて、もうそれくらいしか考えられない。誰にも言わないから、わたしにだけは本当のことを言ってほしい」


 シダールは面白くなさそうな顔で立ち上がり、マグノリアの肩を抱く。


「落ち着け。二人の行方に関しては本当に何も知らぬ」

「そんな……」


 ここまで願っても教えてくれないということは、本当にシダールも二人の失踪の理由に身に覚えがないのだ。

 マグノリアは気が遠くなってふらつき、夫の体に寄り掛かる。


「そう心配するな。あの二人が簡単に命を落とすはずもない。そのうち戻ってくるだろう」

「そう、ね……大丈夫」

「ああ。暗い顔をするな。お前のそのような姿を見てしまうと、仕事が手につかん」


 マグノリアは大いに反省した。

 王妃としてやるべきことは、ここで弱音を吐いてシダールの執務を邪魔することではない。

 今日明日と捜して二人が見つからなければ、急いで軍の再編成をすると聞いている。軍部の手伝いは難しいが、内政についてなら少しはシダールの肩代わりができる。戦争に使えそうな魔法についてもまとめておこう。


 シダールの背に腕を回し、マグノリアは目を閉じた。


「……十秒だけ甘えたら、頭を切り替えてわたしも働く」

「ふ、別に構わないぞ。十秒と言わず――」


 その時、シダールが言葉を切り、宙を睨んだ。


「シダール? どうしたの?」


 そのままシダールはおもむろに手を伸ばし、何かを掴んだ。


「え? 何それ、手紙?」

「そのようだ」

「手品?」

「いや。霊力を感じた。空の精霊術か、あるいは……差出人の名を見てみろ」


 封筒の裏面を見て、マグノリアは首を傾げた。


「スイレン? リィオ?」

「レンフィとリオルの偽名だろうな」

「なっ!?」


 宛先もまた、見知らぬ名前だった。


「これは軍の符牒……外部から城に内密の報せを送る時の宛名の一つだ」

「貸して! 開ける!」


 執務机からペーパーナイフを持ち出し、マグノリアは急ぎ封を切る。

 小さくて丁寧な文字で綴られていたのは、衝撃的な内容だった。


 シダールは一読して思い切り顔を顰めた。


「あの娘、波乱を呼び寄せるに飽き足らず、ついに攫われていったのか」

「えっと、これ、つまりどういうことだと思う?」

「白い空……白指の空の精霊に連れていかれたということだろうな。二人揃ってリッシュア王国へ。しかも戦争に関与するらしい」


 マグノリアにもそのように読めたので、驚きはしない。この手紙はレンフィ本人からのものに間違いなかった。

 ただただ現実だと受け止めきれないだけだ。

 シダールは部屋の外に控えていた従者に、幹部を招集するように伝えた。


「レンフィ……あなたって子はどうして」


 安否が分かったことでほっとしたが、ますます心配の度合いが上がった。記憶を失くしてもなお苦難に晒されるレンフィが哀れでならなかった。


「ところでマグノリア」

「何? ……ちょっと今頭が痛い」

「このパンケーキのくだりについて、詳しく聞かせてもらおうか。この部分が一番気に食わん」


 幹部が集まるまでの間に、手料理を振舞う約束を強引に取り付けられ、マグノリアはぐったりした。


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― 新着の感想 ―
[一言] >国境から王都まででも、二、三個の単語しか届けられない 『ボスケテ』的なやつwwwwww
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