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覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第五章 聖女と戦場の試練

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66 王子との交渉

 


 リオルが国家の軍人として対応している姿を見るのは初めてだった。

 なんて頼もしくて格好良いのだろう。

 緊迫した状況の中で、レンフィはうっとりとそんなことを考えてしまった。すぐに己の緊張感のなさを恥じて、緩みかけた口元を引き締める。


 王子たちははっきり難色を示した。

 ムドーラ王国とは現在敵対しているわけではないものの、黒の王国同士である以上、馴れ合うことはできない、ということだろう。


 ミスルトは疲れたようにこめかみを指で押さえた。


「リオル将軍だと? その証明は……いや、いい。ここで本人以外がそう名乗る理由はあるまいし、その鍛えられた魔力は只者とは思えない。とにかく事情は分かった。貴方たちが我が妹の部屋に現れたのは、不可抗力ということだな?」

「なっ!? 信じるのですか?」


 驚くレドウにミスルトは頷く。


「何もかも信じているわけではないが……開戦時期が近いのはムドーラも同じだろう。将軍の位にいる者が、この忙しい時期に我が王国を訪れる理由など考えつかん。恋人と観光していたとでも言うのか? 将軍がわざわざ密偵行為をするとも思えんし、密偵ならばこうして名乗り出ぬだろう」


 レドウは唸った。

 ミスルトは改めてリオルに向き直る。


「精霊の試練か。ならば、人間にはどうしようもない」

「しかし、だからと言って許していただけるとは思っておりません」

「話が早くて助かる。悪いようにはしない。参戦の申し出は聞かなかったことにする。身柄を預からせていただこう」


 連行され拘留される流れに、プルメリスが一番に異を唱えた。


「それはダメ! まだ話は終わってない!」

「……なんだ。そろそろ許容量を超えそうなのだが」

「お兄様、もうすぐ時の聖人がお父様に謁見しに来るという話は知っている?」


 ミスルトが弾かれたように目を見開いた。


「なぜお前がその話を……極秘事項だぞ」

「この二人から聞いた。時の聖人の目的についても」


 主にプルメリスが説明し、リオルが補足を入れる形で三国同盟の提案について話すと、ミスルトもレドウも再び険しい顔つきになった。


「教国を倒すならオレたちの力だけで十分だ。他の国と共闘するなど……!」

「倒せず何十年も戦い続けているのに?」


 プルメリスが呆れたように肩をすくめると、レドウの眉間にくっきりとした皺が浮かんだ。


「なんだと?」

「わたしは悪い話ではないと思う」


 彼女は知性の光が宿る瞳をレドウに向けた。


「リッシュアは強いけど、やはり今のままでは白亜教国には敵わないよ。それどころか、これから質の悪い黒脈ばかりが生まれてくるようになるというし、戦力差は開く一方でしょう。三国がバラバラに戦っている間に、一国でも滅ぼされたらどうするの? 今の均衡が崩れ、他の二国も沈む。教国の野望が成就してしまうよ」


 すなわち、白と黒の神が一つになり、世界が人間にとって厳しい形で完成してしまうのだ。

 そんなことも分からないのか、とプルメリスは冷ややかな視線を送る。


「だから、三国で協力して迅速に教国を滅ぼさないといけないの」

「しかし、黒脈としての矜持が――」

「民のことを考えて。教国が無くなれば、精霊術士がどの国も平等に浄化してくれるようになるんじゃないかな。リッシュアの荒廃した大地も潤うようになる。戦争がなくなるだけで国庫だって潤うよ。奪い合わなくてもみんなが幸せに暮らせるようになるんだ。わたしたちの矜持なんかより、そちらの方がよほど大切じゃないの?」


 レドウは言い返せないようだった。

 代わりにミスルトが口を開く。


「ルメの言い分はもっともだと思うが、同盟を成すのは簡単なことではない。ムドーラともフレウとも、ほとんど国交がないからな。時の聖人が出しゃばるのも気に食わない。すぐには互いを信用できないだろう」

「お兄様」

「全ては父上が決めること。ここまで大きな話になると、利益も危険も推し量れん。ここで私たちが議論しても意味がないのだ。しかし、同盟の話が控えていることは理解した。お二方には最大限の配慮をしよう。私もこの件によって、国王たちの会談に影響がないようにしたい」


 リオルが一歩前に出る。


「穏便に収めようという配慮には、感謝します。しかし、俺はプルメリス姫と約束をしたのです。ミスルト様と引き合わせていただく代わりに、教国との戦に貢献することを」

「ルメ、なぜそのような……いや、そうか。お前も諦めが悪い」


 話の結論を察したのか、ミスルトは顔を顰めた。


「お兄様、お願い。リオル将軍がスグリの加勢をすることを許して」

「なんだと!?」


 父を殺した男の名前が出たことでレドウが血相を変え、プルメリスに食って掛かる。


「プルメリス! 貴様、そこまでしてあの男と……!」

「当たり前だよ! わたしが愛しているのは彼なんだから!」

「父上を殺した男だぞ! それも狙撃などという卑怯な方法で!」


 凄まじい剣幕で怒鳴られても、プルメリスは退かない。


「卑怯? それなら叔父様は卑劣な男だよ。アディニ族の若い娘を攫って殺したんでしょう? 汚らわしいっ」


 その言葉にレンフィは息を呑み、リオルも顔を顰めた。


「スグリたちが怒るのは当然じゃない! 叔父様はリッシュアゼルの恥さらしだ! 黒脈の劣化品そのものだよ!」

「っ!」


 レドウの中で怒りが弾けたのが目に見えるようだった。一瞬で顔が真っ赤になり、額に血管が浮かぶ。

 レンフィは咄嗟にプルメリスの腕を引いて背に庇った。

 同時に、振り上げられたレドウの太い腕が空を切り、拳がぴたりと止まる。リオルがレドウの手首を掴んでいた。


「貴様っ!」

「…………」


 レドウはリオルの手を振り払おうと必死に力を込めているが、動かないようだった。その腕はぶるぶると震えている。

 堪らず左手でリオルに掴みかかろうとしたところで、ミスルトが声をかけた。


「レドウ、そこまでだ。退け」

「しかし!」

「私の言うことが聞けないのなら、王都への帰還を命じるが」


 レドウは怒りに染まった顔のまま、渋々と言った様子で体の力を抜いた。リオルも手首を離す。


「塔の外で待っていろ」

「……は」


 去り際、レドウは恐ろしい形相でプルメリスとリオルを睨んでいった。


「お二方、妹を守ってくれて感謝する」

「いえ」

「ルメ」


 ミスルトは冷静さを保ったまま、プルメリスの頬を叩いた。これにはレンフィもリオルも動けなかった。


「身内の前で死者を愚弄するな。というか、愚かだったな。これでますます彼の立場が悪くなる」


 プルメリスは赤くなった頬に触れ、呆然としたまま頭を下げた。


「も、申し訳ありません。お兄様……」

「謝る相手が違うが……まぁ、無理は言うまい。お前が感情的になるのもまた、仕方がないことだ」


 ミスルトはレンフィたちに困ったような笑みを向けた。


「実は、レドウが第一候補なのだよ。今、この地にいる男の中では私の次に武に優れている。第一の戦功を挙げる者がいるとすれば、おそらく彼だ」

「つまり、姫様の夫になるってことですか?」


 プルメリスは我慢ならないと言った様子で首を横に振った。

 レンフィもまた、心が痛かった。好きな人と結婚できないだけでも辛いのに、レドウが夫になればプルメリスは不幸になると思う。


「お兄様、お願いします。スグリを孤立無援の状態で戦場に立たせたら、レドウに何かされるかもしれない。リオル将軍の参戦を許して」

「…………」


 困惑気味にミスルトは妹を眺め、次いでリオルを見た。


「リオル殿は良いのか? ルメのために危険を冒して……大体、そちらの王は他国の軍に交じって臣下が戦うことを許すのか?」

「シダール陛下なら、分かってくださると信じています。たとえ咎が及ぶとしても、決してリッシュアのせいには致しません。それに……」


 リオルは朗らかに笑った。


「もしかしたら同盟を組むかもしれない相手です。お互いに、どれくらい戦えるのか知っておいて損はないと思います」


 レンフィは思わずリオルの背に隠れた。ミスルトの目が冷たい光を帯びたのだ。


「我々の軍事力を見定めたいということか」

「ただでは帰れないので。その代わり、俺の力も示します」

「我が軍と貴殿一人の力を示し合うことが、対等とは思えんが……いや、そう悪い話でもないか。レドウに力負けしないとは、黒脈でないのが信じ難い。いいだろう」


 ミスルトは高慢な笑みを浮かべた。


「実はずっとムドーラのことが……シダール王のことが気になっていた。私はかの王と同い年なのでな。無能な親兄弟を容赦なく切り捨てる一方で、新たな品種の開発で民の暮らしを助け、統率の取れた良い軍を育て上げた。瀕死の王国をたった数年で生き返らせた“魔王”。その腹心の将がどれほどの実力を持っているのか、見せてもらいたい」

「……ご期待に添える働きをします」

「期待をするのはルメだけだ。リオル殿は我々の指揮下に入らず、好きに戦うと良い。味方に犠牲を出すような無茶をしないことと、戦場から勝手に離れないことだけは約束してもらおうか」

「はい」

「それと、期限を区切ろう」


 人差し指を立て、ミスルトは宣言した。


「十日経っても、スグリがめぼしい功を挙げられなければ、お二方には王都の父上の元に行ってもらう」

「……少々厳しいですね」


 活躍しようにも、そもそも両軍の睨み合いが続き、開戦がいつになるか分からない。十日という期間はあまりにも短すぎた。

 それに、王都で拘留されればますます帰還が遅れる。


「そうでもない。我が軍はじっとしているのが苦手な性質でな、明日にはこちらから仕掛ける予定だ。活躍の機会はいくらでもある」

「なるほど。分かりました」

「もちろん十日以内に文句のない戦功を挙げてくれるなら、それなりの礼をさせてもらう。リオル殿たちのことは見なかったことにして、密かに出国できるよう根回ししよう。旅費も馬も用意する。もちろん追手もかけない。よって、父上への報告も十日間は保留とする」


 願ってもない申し出にレンフィとリオルは顔を見合わせる。


「よろしいのですか?」

「これではルメばかりが良い思いをして、リオル殿たちに旨味がなさすぎるだろう。我が国では、戦士への褒賞を惜しむと武運が損なわれると信じられているからな。開戦前に縁起の悪いことはしたくない」


 ミスルトの言葉にリオルは礼を返す。

 随分と寛容な王子だ。レンフィは感動していた。レドウの荒れた様子を見た後だからか、余計にミスルトへの好感度が上がる。


「ルメもそれでいいね。私の裁量でできるのはここまでだ」

「はい。ありがとう、お兄様……リオル様にも、心から感謝いたします」


 プルメリスは瞳を潤ませていた。


「様付は勘弁して下さい。こちらこそ、ミスルト様に顔を繋いでいただき、ありがとうございました。あなたの恋人を守りつつ、立派な功を挙げられるよう力を尽くします」

「……ありがとう。スグリときみの無事を心から祈るよ」


 今だ、とばかりにレンフィは勇気を振り絞って願い出た。リオルばかりに大変な思いはさせられない。


「あの、ミスルト様。私には救護のお手伝いをさせていただけませんか?」

「その申し出はありがたいが……精霊術での治療だと分かれば、兵たちが混乱する。素性を明かすわけにはいかないだろう?」

「う。は、はい……」


 ミスルトは考えるように宙を睨み、頷いた。


「やはり難しいな。リオル殿は凄腕の傭兵で済ませられるかもしれんが、聖女殿が医療官に混ざっては目立って仕方がない。できれば、この塔でルメと一緒に我が軍の勝利を祈っていていただきたいのだが」

「…………はい。分かりました」


 ここで食い下がってもリッシュア軍に迷惑をかけるだけ。レンフィがしょんぼり落ち込むと、リオルが励ますように背を叩いた。


「俺とそのスグリって奴が怪我した時は頼むぜ」

「うん……」


 頷きながら、レンフィはちっとも納得できていなかった。

 本当に何もせずに待っているだけで良いのだろうか。

 空の精霊から試練を与えられたのは自分だ。リオルに戦いの全てを任せるのは心苦しい。


「では、リオル殿はこのまま私と一緒に塔を出てもらおうか。さすがにルメのいるこの塔に男を置けない」

「分かりました。レンフィは……」

「彼女は、そうだな……顔と素性を隠していただけるのなら、塔の出入りは自由にしてもらって構わない。ルメの世話係を増員した、とでも警備兵たちに話をつけておこう。他に何か必要なことはあるか?」


 リオルは背筋を伸ばし、改めて礼をした。


「何から何まですみません。では、二つほどお願いが……」


新登場人物メモ(未登場含む)


プルメリス・ブラッド・リッシュアゼル

19歳。リッシュア王国の第二王女。恋人との駆け落ちに失敗し、塔に軟禁されている。最も素晴らしい戦功を挙げた男に嫁がなくてはならない。


ゼルコバ・ブラッド・リッシュアゼル

40代半ば。リッシュア王国の国王。気難しくて面倒な性格をしているらしい。


ミスルト・ブラッド・リッシュアゼル

26歳。リッシュア王国の王太子。文武ともに優れている。同い年のシダール王がとんでもなく優秀だという噂を聞き、密かに対抗意識を燃やしている。


レドウ・ブラッド・リッシュアゼル

24歳。リッシュア王国の王族。プルメリスの従兄で夫の有力候補。腕力に自信があるが、リオルに拳を止められてプライドが傷ついた。昔からプルメリスとは反りが合わないし、父親を射殺したスグリのことを当然嫌っている。


スグリ

20歳。アディニ族の若者。プルメリスの恋人。王弟を射殺した弓の名手。


アンズ

20代半ば。プルメリスが信頼している侍女。少々あわてんぼうでリアクションが大きい。



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