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覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第四章 聖女と愛しの宿敵

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59 忘れたくない日


 

 リオルの半生を知り、レンフィはすぐに言葉が出てこなかった。

 緩やかにではあるが、リオルも家族と故郷を失くしている。父親との確執も意外だった。普段の明るい彼からは、怒って人を殴る姿が想像できない。言われた言葉を考えれば、リオルが腹を立てても仕方がないと思うが……。


「レンフィ、もしかしてちょっと引いてるか?」

「え、ううん、そんなことないよ!」

「本当かぁ?」

「……うん。でも、ちょっと意外だった。それに、すごいと思う」


 辛いことがたくさんあったのに今は少しもそのような素振りを見せず、立派な役職に就いて皆のために働いている。気持ちだけではなく、きちんと行動力が伴うのがリオルの素晴らしいところだ。

 それを必死に伝えると、リオルは軽い調子で笑った。


「命以外に失うものがなかったから、なんだってできただけだ。自分のやりたいこともあんまりなくて、流されて、守られて、気づいたらここに辿り着いたって感じだよ」

「…………」


 レンフィはどきりとした。

 もしもそうならば、今の自分の状況とそう変わらない。


「俺自身がすごいわけじゃない。ただ、運がいいんだ」

「運?」

「何度も死んでもおかしくねぇ目に遭ったけど、何とかなった。自分の力だなんて思ってない。おふくろにも……親父にも助けられた。そこはすごく感謝してる」


 母が逝去した後、父が村に帰って来なければ、リオルもまた貧しさに抗えず死んでいただろう。村から連れ出して剣を教えてくれなかったら、生きていられなかった。軍人になるという選択もしなかっただろう。


「親父を殴ったこと自体は後悔してねぇけど、あのまま喧嘩別れしたことは、ちょっと心に引っかかってる。今なら親父の苦労とか懐事情とかプライドとか、少しは理解できる。俺を捨てずに育ててくれたこと、ちゃんと感謝しなきゃいけなかったよな。おふくろのことも、もっときちんと話せば良かったなって」


 お互いに母のことを思い出すのが辛くて、まともに話題にできなかった。きっと母が一番望まない形で、父と子は別々の道を進むことになった。それは申し訳なく思う。リオルはそう言って小さくため息を吐いた。


「リオル……今はお父さんに会いたい?」

「できれば。でも、向こうには避けられてるからな」


 流れの傭兵ならば各国の軍事情報を耳にする機会は多い。リオルがムドーラ王国の将軍になっていることも当然知っているはず。会おうと思えば会えるのに、父からは便りがない。ムドーラに来たという情報もない。

 怒っているのか、気まずいのか、本当にもう親子ではないと思っているのか。とにかく父の方には会うつもりがないのだろう。


「まぁ、今は俺もムドーラを離れられないから……落ち着いたらこっちから探して謝りに行くよ。親父のことはいいんだ。俺が言いたかったのは、俺は恵まれているってこと。両親にも、陛下にも、軍の皆にも、めちゃくちゃ助けられて生きてる」


 一足飛びに将軍の地位まで出世できたのも、リオルが戦いに集中できるようにブライダたちが手助けしてくれたからだ。そうやって手柄を立ててきた。

 伸び盛りの時期にシダールが王位に就いたことも大きい。思い切り戦場で暴れられるようになった。


「昔のお前にも、感謝してる。皆には内緒な。今だから言うけど、お前と戦ってる時はすごくこう、気分が昂ってさ……多分、楽しかったんだ。極限のギリギリまで力を振り絞って戦える相手なんて滅多にいない。命懸けで戦っても惜しくなかった。お前の相手ができるのは俺だけで、俺の相手ができるのもお前だけ……自分の存在意義っていうのか? そういうのをすごく感じられた」


 ある意味で、唯一無二の特別だった。

 そう言われて、レンフィは複雑な気分になった。戦わない者には理解できない感情だ。疎外感がある。


「ごめん。こんなこと言われても困るよな」

「……大丈夫。昔の私の気持ちは分からないけど、きっと同じように感謝していたと思う。リオルがいたおかげで、その、戦う人の数が減ったんだもんね」

「それに関しては、少し引っかかってるけどな。手加減疑惑がある」

「え」

「光の精霊術を制限していただけで、それ以外はお前も本気だったと信じたい……こればかりは永遠の謎だよな……」


 リオルは拗ねたように呟いて、後ろからレンフィの頬に触れた。


「もちろん今のお前にも、感謝してるよ」

「私に?」

「ああ。俺の新しい生きがい」


 驚いて返す言葉を探しているうちに木立が開き、まつ毛が陽光を感じ取った。


「着いたぞ。良かった、いつの間にか晴れてるな」


 カロッテが足を止め、リオルが大きく背伸びをした。

 レンフィは目の前の光景に息を呑んだ。


 凍てついた湖。

 湖面は穏やかではなかった。空をそのまま映しとったような青い氷が乱立し、日の光を反射してキラキラと輝いている。


「……きれい」

「この時期、よくこうなるんだって。原理は……ごめん、よく分かんねぇや。多分、気温差で氷が割れて、夜にまた凍りついてるんだと思う」


 二人はカロッテから降りて、湖畔を歩いた。他に誰もいない。

 改めて幻想的な風景を眺める。


「新兵の頃、この辺りに魔物討伐に来たんだ。もう少し春に近い時期だったかな。通り雨が降って、晴れたら湖の上に虹がかかって……すごく綺麗だった。今まで見たどんなものよりも」


 リオルは胸に手を当てて、数秒間目を閉じた。

 実は、感動のあまりこの湖に母親の遺灰を撒いていた。留守にしがちな自分の部屋に眠らせておくよりも、この世のものとは思えないような美しい景色の中にいて欲しいと思った。城から近すぎず遠すぎず、墓参りにはちょうど良い立地だったというのもある。


「リオル?」

「ああ、悪い。なんでもねぇ」


 今日はデートだ。遺灰のことを教えるのは野暮だと思い、リオルは話を変えた。


「レンフィにも見せたかったんだ。お前の霊力測定の時に、ここのことを思い出した」

「あ、そう言われれば、あの水晶の柱に似てるね」


 あの時のレンフィには、幻想的な光景を楽しむ余裕はなかった。恐怖と不安でいっぱいだった頃だ。まだ三か月しか経っていないのに、随分懐かしく感じた。


「この景色が、お前の雰囲気に似てる」


 リオルは少し照れながら言う。

 氷と光、青と白が混ざり合う、透明感のある清らかな景色。水と光に愛された、純粋で眩しいレンフィを思わせる。


「つまり、その……レンフィは綺麗だってことだな」

「……!」


 頬が強張り、心臓が痛い。今日だけでもうどれだけの嬉しい言葉をもらっただろう。

 レンフィは耐えられなくなって、リオルに背を向けて湖を見た。自分にはまだデートは早かったのではないか。刺激が強すぎる。


「えっと、あ、そうだ……!」


 平静を失った状態で水の精霊術を用いる。

 氷がひび割れた部分から湖の水を拝借し、細かい粒子にして空中に霧散させる。そこに柔らかい光を生み出して当てた。

 すると、湖の上にいくつもの虹が発生し、視界を七色に彩った。


「あ、思ったよりたくさんできちゃった……」


 リオルの思い出の景色を再現したかったのに、失敗してしまった。


「はは、すごいことになってるな! こんなの初めて見た!」

「ご、ごめんなさい。せっかくの綺麗な景色が、混沌として」

「いいよ。これはこれで楽しい。うん。今のお前には、こっちの方がいいかも。温かい色も似合うからさ」


 怒っていないようで安堵し、レンフィは深呼吸をしてリオルを振り返った。

 二人で笑い合うこの瞬間が、世界で一番愛しい。

 残酷な過去を知り、途方もない戦いが起きそうな今、この幸せが失われないことを切に祈る。


 リオルのおかげでいろいろな感情を知ることができた。空っぽでも真っ新でもなくなった。

 帰還の宴の夜よりも、もっともっとリオルのことが好きになった。自分のことも、少しは大切に思えるようになっている。皆が幸せを願ってくれる気持ちを無下にはしたくない。その厚意に甘えることが許されるのなら――。


 今日のお礼も、今までの感謝も、リオルに対する愛しい気持ちも、全部を上手く言葉にする自信はない。

 だけど、離れ離れになる前に伝えたい。もう胸がいっぱいで爆発してしまいそうだ。


「あ、あのね、リオル……」


 返事の是非は分からない。見返りは要らない。報われなくてもいい。これは気持ちの押し付けになってしまうかもしれない。

 しかしレンフィは信じていた。

 リオルなら、きっと許してくれる。迷惑がらずにいてくれる。

 

 今日のことを、リオルに忘れてほしくない。だから告げる。


「私……」


 全身から勇気を絞り出すが、声は震え、瞳に涙が浮かぶ。今にも足から崩れ落ちてしまいそうで、リオルの顔を見られなくなった。

 本当に告げても良いのだろうか。万が一リオルの重荷になってしまったらどうしよう。言うのは戦争が終わってからの方がいいかもしれない。

 すぐに心が折れそうになる。相変わらず精神が弱い。


「……俺はお前が好きだよ。愛してる」


 幻聴かと、まず自分の耳を失った。呆然と顔を上げた途端、レンフィはバランスを崩してよろめいた。

 力強い腕がレンフィの背を支えて、引き寄せる。リオルの瞳に冗談の色はなかった。


「今言おうとしたこと、ちゃんと言葉にしてくれ」

「あ……私、リオルのことが好き」


 あと少し足りなかった勇気は、リオルがくれた。するすると言葉が出てくる。


「一番好き。大好き。愛しています。私……今の私が、リオルの特別になりたい!」


 こんなに大きな感情は、もう二度と自分の中では育たない。彼を失ったら生きていけない。そんな確信があった。

 ようやく言えた。だいぶ助けてもらったけれど、自分の気持ちを伝えられた。


「もう特別だ。良かった。同じ気持ちだな」


 そう言うリオルの表情は、いつもよりもずっと嬉しそうに見えた。レンフィも嬉しくなって、泣きながら微笑みを返した。


 今日この日の記憶だけは絶対に失くしたくない。

 レンフィは強くそう思った。



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