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覚えてなくて、ごめんなさい〜囚われ聖女の第二の人生〜  作者: 緑名紺
第三章 聖女と過去の幻

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38 アヌビア川の魔物

 

 夕飯の支度をマチスに任せ、レンフィはオレットについてきてもらい、村人の治療を行うことにした。

 案内された村の寄り合い所で準備をしていると、ロッタが息を切らして駆け込んできた。どこから聞きつけたのか「村人を治療するところが見たい!」と興奮した様子で言う。


「お願い、お姉ちゃん! 後で片付けと掃除手伝うから!」

「う……いいですよ」

「やったー! ありがとう!」


 期待に満ちた瞳にプレッシャーを感じつつ、レンフィは村人の治療を開始した。


「へぇ、これが治癒魔法かぁ……すごい! かっけー!」


 本当は霊力を用いた治癒術である。ロッタの思い込みを訂正できず、レンフィは後ろ暗い思いをした。

 最後に足の捻挫の治療に来た中年男性も、ロッタに同意を示す。


「本当にすごいねぇ。お嬢さんは、お城の医療官……とても魔力が高いんだよね?」

「え、あ、はい……普通よりは、少し」

「そうかい、そうかい。お嬢さんみたいな美人で優秀な娘さんが息子の嫁に来てくれたらなぁ……どうだい? 何もないけど、自然豊かで良い場所だよ。息子もこの村の中では男前なんだけど」

「え!?」


 突然の申し出を真に受け、レンフィは咄嗟に返事ができなかった。


「ダメです! レ……スイレン殿には心に決めた男性がいるのです! 残念ですが!」


 オレットが代わりに声を大にして断る。なんとなく察してはいたが、リオルへの想いに気づかれているようだ。レンフィはあまりの恥ずかしさに目眩を覚えた。

 村人は乾いた笑い声をあげる。


「冗談に決まってる。身の程知らずにもほどがあるじゃないか。しかし、もしかしてお相手はあの若い将軍さんかい?」

「え、お姉ちゃん、アザミ将軍の彼女なの!?」

「違いますっ! 全然、全っ然、違います!!」


 全力で否定してしまったが、この対応で間違っていなかったはずだ。変な噂が広まってアザミの耳に入ったら、限界まで不機嫌になっただろう。考えただけで寿命が縮む。


 村人の男性が帰り、寄り合い所を簡単に清掃することにした。前言通り、ロッタに手伝ってもらう。


「ねぇねぇ、じゃあ、お姉ちゃんの彼氏ってどんな男?」


 懲りもせず、ロッタが無邪気に尋ねてくる。レンフィは受け流し方がよく分からず、愚直に答える。


「えっと、その、か、彼氏ではないです。私の片想いで……」

「え、そうなのですか?」


 なぜかオレットが目を丸くした。


「なぁんだ。どういうところが好きなの?」

「彼は……優しくて、頼もしくて、とても格好良い人、です」

「えー! それじゃよく分かんない! アザミ将軍よりも良い男なの?」


 答えづらい質問に、レンフィはたっぷり時間をかけて悩む。

 アザミを知っているのならリオルのことも知っている可能性が高い。レンフィの想い人の素晴らしさも伝わるだろう。

 しかし彼の名前を出すのは躊躇われた。やはり変な噂が広まって、リオルを困らせたくない。それに、口に出すのが単純に恥ずかしかった。


「あ、うぅ、アザミさんもとても素敵な方ですが……私にとっては、私の好きな人が一番で……」

「あっそ」


 ほんの少し待たせただけで、既に興味を失くしたようだ。子どもの心の移り変わりの早さに虚しさを覚える。

 挫けそうになる心を叱咤し、レンフィは気になっていることを尋ねた。


「そう言えば、ロッタ君。この村は女の人が少ないのですか?」

「……え」


 分かりやすくロッタの顔色が曇った。


「ご、ごめんなさい、変なことを聞いて……治療に来た方も男性ばかりで、一人も見かけないから気になってしまって……」

「ああ、うん……昔、この辺りに商人に化けた盗賊が来て、女の人たちをさらっていったから、村人以外の人間が来ると、みんな閉じこもるんだ。しゅーかんってやつ……」


 レンフィとオレットは顔を見合わせた。

 おかしな話ではなかったが、ロッタの話し方が不自然だった。まるで大人に言い含められた話をそのままそらんじているかのよう。


「あ、軍の人たちは疑ってないよ! 村の決まりみたいなもので!」

「うん。分かりました。あ、でも、ロッタ君にはお姉さんがいるんですよね。どこかお怪我や調子の悪いところはありませんか? 明日で良ければ治療しますよ」


 やはり心配なので、村の女性に会えれば。そう思って提案する。ロッタはもじもじと体を揺らした。


「いい。姉ちゃんは、元気だし……」

「そうですか……あの、もし困ったことがあったら言ってくださいね。私たちでも、アザミさんでもいいから。力になれるかもしれません」


 レンフィの顔を見上げ、どこか苦しそうに呻いた後、ロッタは首を横に振った。


「大丈夫! だって、新しい王様は良い王様で、この辺りもすっかり平和だから! はい、掃除終わり!」


 ホウキを投げ出し、暴風のような慌ただしさでロッタは去っていった。

 すぐには信頼してもらえないようで、レンフィは肩を落とした。






 翌日の昼。

 一行はアヌビア川の岸辺に立っていた。

 川の表面にはところどころ氷ができているが、人間一人が乗れるほどの厚さはない。ただ、現れた魔物の動きを制限してくれそうではある。


 この辺りに橋はなく、対岸に行くときは渡し船を使っているはずだった。しかし、乗れる船は一隻もない。単純に対岸地域に用事がない、ということも考えられるが、岸辺には古びた舫杭が穿ってあり、繋がれた縄が途中でちぎれている。

 どこか奇妙な状況だった。


 第二軍の兵士たちが鼻を鳴らす。


「魔物は現れているようだが、村人からの訴えはありませんでしたね」

「たまにあるな。魔物を隠して育てて、魔石の希少価値が上がってから討伐を依頼する。それで情報料を釣り上げようって魂胆だろう」

「迷惑な話だよ。こっちは命懸けだってのに」


 ウィロモ村の面々への文句を吐きつつも、彼らは着々と準備を進めた。


 川から少し離れたところで様子を見守っていたレンフィに、アザミが振り返って声をかけてきた。


「おい」

「は、はい!」

「魔物の位置は分かるか」

「……あの辺りが、特に嫌な感じがします」


 レンフィがやや上流を指さすと、アザミは頷いた。


「もし魔物がおかしな動きを見せれば、言え」


 軍人たちが槍を対岸に向かって投げ始めた。風の魔法を用いているため、難なく向こう岸に届く。穂先が地面に刺さった瞬間、これまた魔法で氷結して固まり、抜けなくなった。

 槍には縄が結ばれていた。

 高低差を利用して縄に金属の輪を次々と通し、輪に繋がれた鉄線のようなものが川の中に沈んでいく。今、水中には鉄線のカーテンができていることだろう。

 それが二か所。魔物は一帯に閉じ込められた。


「では、炙り出しを始めよ」


 両地点で、軍人二人が同時に魔法を使った。

 赤黒い電光が散り、煙が上がる。ものすごい音と光に、レンフィは思わず蹲って耳を覆った。


 次々と小さな魚が気絶して浮かんでくる中、大きな波しぶきが上がる。


「ひっ!?」


 黒い靄を纏った巨大な魚が水面を跳ねた。

 口からは牙が零れ、大きな瞳は血のような赤色をしている。

 人間を二、三人丸のみできそうな化け物――魚の魔物が姿を現した。岸辺の人間たちを見て、川の中を暴れまわる。


「攻撃開始」


 アザミの静かな号令に応え、軍人たちが槍を投げ、弓を射る。魔力で輪郭が揺らぐほどの武器を浴び、魔物が奇声を上げる。


 レンフィは見た。槍の刺さった部分から、どんどん黒い靄が溢れている。

 魔物は、赤い血を持つ生物ではない。それを再確認しつつも、狩りの刺激に耐えられずによろめく。


 最後、魚の魔物は岸辺に向かって大口を開けて突進してきた。

 よりにもよってアザミの元へ。


 アザミは動揺を少しも見せず、やけにゆっくり見える動作で剣を抜いた。そして衝突の瞬間、緩急をつけて凄まじい速さで魔物を裂く。


 魚の魔物が溶けるように宙に消え、拳大の魔石がごとりと落ちた。


「お見事です、アザミ様!」

「おお、これはなかなかの魔石ですよ! 半年物かそれ以上です!」


 部下たちが歓声を上げる間も、アザミは眉一つ動かさず、剣を鞘に戻した。


「うわぁ、アザミ将軍の剣の腕も素晴らしいですね! 今の剣筋見えました?」


 無邪気なオレットとは裏腹に、レンフィは口元を手袋で覆いながら答える。


「う、えっと……多分、三回? 剣を振るわれたように見えました」


 オレットとマチスが目を見開く。


「前から思っていたのですが、レンフィ様は目が良いですね……!」

「そっかぁ、忘れちゃいそうになりますけど、戦場に立っていらっしゃったんですよね。鍛えられた目は健在ってことだねー」


 オレットとマチスののんびりとした会話を聞きながら、レンフィは必死に吐き気をこらえていた。

 あれは魔物。生き物ではない。しかし何かが息絶える瞬間にしか思えず、恐ろしくてたまらなかった。

 そして、あの魔物に襲われた人々の死を思うと、どうしようもなく胸が痛む。レンフィはごく自然な動作で、両指を絡めて祈った。


 死者の冥福と、アヌビア川の平穏を。


「え」


 違和感。初めてこの辺りを見た時よりずっと激しい悪寒に襲われた。

 黒く、禍々しい、殺気のごとき気配。水底の一番暗い場所から、レンフィをじっと見つめている。


「撤収の準備を――」

「あ、待って下さい。ごめんなさい、あの……」


 片付けの指示を出すアザミを、恐る恐る止める。案の定、アザミから苛立たし気な声が返ってきた。


「なんだ」

「すみません……まだ、嫌な予感が消えなくて……むしろさっきよりも強く」


 その言葉に、一同は再び川を見た。

 川面は波一つ立たず、落ち着いている。しかしそう言われると、どことなく不気味な色合いにも見えた。


「どの辺りだ」

「それが、川全体から嫌な気配がして、よく分かりません……多分、深いところだと思うのですが……」


 アザミは考えるように視線を落とした後、部下たちに命じた。


「複数体いる可能性はある。もう一度電撃魔法を流せ」

「はっ」


 それから休憩を挟みながら、何度も電撃を流したが、他の魔物が姿を現すことはなかった。

 犠牲になる普通の魚たちに申し訳なかったが、「嫌な気配が消えた」という嘘は吐けない。氷の魔法を打ち込んで川底を刺激しても、狩りで仕留めたウサギの血を流してみても、結局二体目の魔物は現れず、レンフィは軍人たちから非難の視線を向けられた。


「ご、ごめんなさい……」


 日が傾くまで無駄な作業をさせてしまった。岸辺に倦怠感と徒労感が漂う。


 しかし――。


 夕日が反射し、アヌビア川が真っ赤に染まる。

 血を溶かしたような異様な深紅に、皆は体の芯から凍るような恐怖を覚えた。


 アザミが抑揚のない声で命じた。


「今日は引き上げだ。明日また様子を見る」



アザミは事前に国王の許可を得て川に電撃を流しています。絶対に真似しないでください。

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