28 王妃から見たリオル
話し出してすぐにマグノリアは理解した。
ああ、なるほど。レンフィがメロメロになるはずだ、と。
「良かったですね、陛下。お妃様が戻ってきて」
「ああ」
「本当にびっくりしました。そう来るか、って感じで」
リオルは生命力に満ち溢れた男だった。太陽のように眩しく、若木の緑のように柔らかく、夏風のように爽やかで清々しい。
やや教養がなさそうな言葉遣いだが、平民出身でまだ十代と聞けば仕方がないし、不快な感じは一切しない。
下の者には慕われ、上の者には可愛がられる。嫌っていた者すら惹きつけて味方にしてしまいそうな魅力があった。
この男に優しく声をかけられたら、大抵の女は期待をして、いつの間にか恋をしてしまうだろう。レンフィなどひとたまりもない。
狙ってやっていなさそうなのがまた恐ろしい。
「マグノリア様は、魔法が得意なんですよね。俺、せっかく魔力があるのに苦手で……何か良い訓練方法はないですか?」
「結局、繰り返して慣れるのが一番だけど、魔力が強いなら簡単な構築でも大きな効果が得られる……今度見てあげましょうか」
「え、いいんすか。ありがとうございます」
裏表のなさそうな輝く笑顔を向けられ、マグノリアは息を詰まらせた。心からの感謝と喜びに満ちた瞳。先ほどまでの臣下たちとあまりにも反応に差がありすぎる。
マグノリアは戸惑っていた。
これが王国最強の男で、現役の将。確かにアザミよりも武には長けていそうだが、このような無邪気さで将が務まるのか心配になる。
聖女レンフィと互角に戦えた唯一の存在というのは聞いている。しかし、単なる強さや人望だけでシダールが将軍に抜擢するだろうか。
いや、よそう。戦場のことはマグノリアには分からない。それに戦功を挙げた者を上に引き立てるのは当然のことだ。
「魔法のこと以外に、何かわたしに聞きたいことはある?」
「聞きたいこと……」
「そう。遠慮は要らない。今宵に限り、何を聞いても咎めないから」
リオルはマグノリアとシダールの顔を交互に見て、難しい顔をした。
「じゃあ……レンフィのこと、マグノリア様はどう考えてますか?」
やはり彼女のことが気になっているのか。
マグノリアは緩みそうになる頬を意識して引き締めた。
「彼女は、生かすべきと考えています。妃以外にも存在価値はある」
先ほどのアザミへの返答と同じことを述べたが、相手の反応は真逆のものだった。
リオルは安堵の笑みを見せた。
「そっか。良かった……いや、レンフィはマグノリア様のことが好きみたいでしたけど、マグノリア様はどう思っているのか分からなかったんで……レンフィが陛下の妃になるかもってことで嫌な気持ちになっていないか心配でした」
シダールが笑みを深めるのを横目に、マグノリアは素知らぬ顔で言う。
「別に? 周りが勝手に妃に推しただけで、当の二人には全くその気がない。わたしが嫉妬する必要がある?」
「ああ、そうっすよね!」
「それに、レンフィの過去はどうであれ、今は素直で純粋で優しい子だもの。人の役に立つ能力だって持ってる。強すぎる力で周りがかき乱されることもあるかもしれないけど、本人に悪気がないのだから……周囲の人間が己を律すればいい」
彼女に頼りきりにならないよう、勝手に期待しないよう、比べて妬まないように。
マグノリアは自分の言葉に深く頷いた。
やはりレンフィにはいてもらわないと困る。彼女の存在は、理想の自分への指標となる。
「それで、あなたはどう思ってるの?」
マグノリアの問いに、リオルは一つ頷いた。
「大体マグノリア様と同じ意見です。この国の人間として生きていってほしいと思ってます。できるだけ力になりたい」
「そう」
王妃の意見に合わせた、という感じはしない。それがリオルの本心だということが伝わってきた。
しかしレンフィに対してどれくらいの好意があって、どういう種類の感情を抱いているのかまでは分からなかった。朗らかな表情に隠れてしまっている。
それでもマグノリアは安堵した。
これまで話したどの臣下よりも意見が合いそうだ。彼ならば信じられる。
そのことに勇気をもらい、マグノリアはシダールをじろりと見つめた。
「それでシダールは? まだレンフィを生かすかどうか明言してないけど」
「陛下は……レンフィのことどうお考えなんですか」
マグノリアとリオルの視線を受け、シダールは遠くを見た。
「マグノリアが気にせぬというのなら、生かしてやるのは構わない。肉体的にも精神的にも贖いは済んだと考えている。あの娘は己の生きる価値を示した。このまま記憶が戻らぬなら、教国の謀略や裏切りの心配もないだろう」
その言葉を聞いて、マグノリアは複雑な気持ちになった。
あの夜、レンフィは自ら毒薬を煽り、苦しみの中で一度死んだ。あれは愛の証明だけではなく、レンフィにとって贖罪の場でもあったのだ。
リオルはシダールの言葉に眉根を寄せつつも、最終的には胸を撫で下ろしていた。
「じゃあ、春以降もレンフィは生きて――」
「ただし、城から出してやるつもりはないし、我が庇護下に置くつもりはない」
「それって……」
「王命で死を下すことはなくとも、王命で生かすこともせぬということだ。どうなると思う?」
今までレンフィが生かされていたのは、皆がシダールの命令に従っていたから。彼女がシダールの妃になる可能性があったから。
その理由がなくなる以上、レンフィを守る盾はなくなる。教国の目がある限り、城から逃がしてやることもできない。
「当然、城の中で殺生沙汰を起こすのなら、下手人に処分は下すが……知恵の働く者ならいくらでも罪を免れるであろうな」
国として彼女を処刑することはなくとも、個人の感情まで制限することはできない。
つい先ほど狡猾な男と面談したばかりのマグノリアは頭を抱えた。アザミならば、自らの仕業だと悟られることなく、難なくレンフィを抹殺できるだろう。
「あなたが一言、レンフィを殺すなと言えばいいじゃない……」
「なぜ愛してもいない女をこれ以上贔屓せねばならぬ。もっと言えば、我はあの娘の命よりも、今までずっと仕えてくれた者たちの信をとる。それだけだ」
ここで「臣下よりもわたしの気持ちを優先して」と言うことが、マグノリアにはできなかった。あまりにも都合の良い願いだ。
シダールが理由もなくレンフィを庇えば、アザミたちの忠誠心が薄れてしまう。それが国にどれだけ影響するか分からない。
「必ずしも殺されるとは限らぬ。ただ、マグノリアやカルナの不興を買ってでも、レンフィを殺さねば気が済まぬというのなら、もはやどうしようもあるまい。殺されても仕方がないことをしてきたのはあの娘だ。それを防ぎたければ、レンフィ自身が自衛するか、確執ある者と和解するか……」
シダールの視線がリオルに向く。
言わんとすることを察してマグノリアもリオルを見つめる。
「あなた……レンフィに守るって言ったのよね?」
「え、なんで知ってるんすか」
「言ったのよね?」
リオルは怯みつつも、深呼吸をして、大きく頷いた。
「……男に二言はねぇ。守ってやりますよ。どんな方法を使っても」
両拳を握り締めて歓喜を表しそうになったが、マグノリアは自重した。会話は届かなくとも周囲の目がある。
しかし、良かった。
一体どんな男かと思っていたが、これならば素直に祝福できる。
ところがリオルの言葉は終わっていなかった。
「でも、レンフィがそれを望むとは限らない。ただでさえ自由が少ないんだ。どうやって身を守っていくかくらい、あいつに決めさせてやりたい」
「……そ、それは、確かにレンフィはあなたの立場を心配するかもしれないけど」
簡単な話ではなかった。
レンフィは他人に迷惑をかけることを望まないだろう。例えば自分のせいでリオルとアザミが対立することになれば、自分を責めるに決まっている。
「違います。それだけじゃない。だって、俺は――」
マグノリアは改めて思い知った。
自分は本当に考えなしだった。
そしてリオルは、将軍の地位に就くに足る恐ろしい男だったのだ。




