27 王妃面談
レンフィはカルナ姫を宥め、マグノリアの立場を守ることに成功する。
その頃マグノリアは……
※圧迫面接にトラウマがある方はご注意ください。
宴の席でマグノリアは痛感していた。
思った以上に、自分には味方がいない。過去の自分が起こした衝動的な行動の報いだ。
宰相ザディンに歓迎されないのは分かっていた。
ただでさえマグノリアは第一王子の妃をしており、前宰相の娘でもあったのだ。やりにくいことこの上ないだろう。
城を出たばかりの頃は、よく宰相から手紙が送られてきた。たとえ形だけでも良いので妃として城にいてほしい、シダールの顔を立ててほしい、という内容だ。それができたら苦労はしない、とマグノリアは苛立ち、返事も書かずに無視してしまった。
それから森に魔法をかけ、手紙自体が届かないようにしてしまったのだ。正直、マグノリアも気まずくて顔を合わせたくない。
「その節は……ご迷惑をおかけしました。本日の宴の手配も、感謝を申し上げます。わたしに対し、思うことがあるのなら遠慮なくおしゃってください」
「いえいえ、正妃様が城に戻られ、陛下の御機嫌もすこぶる良いのです。何も不満はありません。大体、私などにへりくだる必要はありませんから」
のんびりと答えながらも、宰相の目の奥は笑っていなかった。
彼にしてみれば、従順なレンフィが妃になる方が望ましかったのだろう。これから先の付き合いが思いやられる。
もっと厄介なのは、魔法士団の長であるヘイズだ。マグノリアにとっては元上司で、何年経っても外見が変わらない不気味な男だ。そもそも魔法士として働いていた頃から、彼とは合わなかった。
「直近の魔法士団の研究論文を拝見しました。あれから随分と、進んだのですね」
「ええ、前王は頭が固くて、ほとんどの実験に予算がおりませんでした……材料を集めるために、自ら魔物を狩りに行っていたくらいです。今は、いいですよ。自由に研究を進められる。魔石も軍の若い子たちが調達してくれますし……悔しいですか? 引きこもって置いて行かれてしまって」
薄暗い笑みを浮かべるヘイズに、マグノリアはいらっとした。
「いいえ。森の中でも研究はできますから。わたしの魔法も、あの頃とは違います」
「ふふふ、城に使い魔を寄越すのも研究の一環ですか? 他国の間者だったら呪詛を返すところですが、幸いあなたの魔法構築だとすぐ分かったので……相変わらず諜報の類は苦手ですか。せっかく城に戻られたのです。今度丁寧に教えて差し上げましょうか?」
羞恥と苛立ちで顔が熱くなる。
シダールの様子が気になって、定期的に魔法で情報収集をしていた。おかしいと思ったのだ。他の魔法士ならともかく、ヘイズの目を何度も掻い潜れるはずがない。見逃されていたらしい。
「攻撃魔法の腕は素晴らしく、発想も天才的なのに、細かい部分が甘い……ああ、そうだ、そもそもあなたの魔法は再現性が低くて、他の者では扱えませんでしたね。その辺りの欠点について、少しは改善しましたか? 汎用性がなければ、暴発と変わらないですよ」
マグノリアはぐっと怒りをこらえて、冷たい笑みを返す。頬が震えた。
「今度、お時間のある時に、相談させてください。ぜひご意見をいただきたい。それと、魔法士団の研究室にも伺いたいのですけど」
「ええ、歓迎いたしますよ……今はレンフィ様という最高の研究対象もいます。あなたも興味があるのでは?」
「……そうですね。精霊術から学べることもあるかもしれません」
マグノリアはシダールから聞いていた。ヘイズがレンフィを「資源」と表現したことを。おかしな人体実験をさせないよう、注意を払う必要がある。
これからも冷戦は続きそうだ。魔法の分野ではヘイズは生涯の目標である。王妃としても、魔法士としても、認めさせたい。
その他の貴族の要人相手でも、手応えのなさを感じた。
表向きはマグノリアを歓迎し、帰還を喜ぶ耳心地の良い言葉をくれる。しかしそれは隣にシダールが座っているからだ。今後陰で何を言われるのか、今から憂鬱でならなかった。
シダールがグラスに林檎酒を注ぎ、渡してきた。
「どうだ? 久しぶりの社交は」
「己の無力さを痛感した」
「対等にやろうとするからだ。上から押さえ込め」
「……無理」
生まれながらの王者はこともなげに言ってのける。
今宵の顔合わせではシダールの援護を断り、独力で臣下と話すと決めていた。
ただ夫に愛されるだけのお飾りの王妃ではなく、できれば自身の力で臣下たちの信と忠義を得て、妃として国のために誠心誠意働く。それが今まで迷惑をかけた者たちへの詫びであり、シダールの負担を減らす唯一無二の方法である。
自分が力を持てば、あの哀れな聖女を守ることにも繋がる。
ほとんどの者に帰還を知らせなかったのも、抜き打ちで面談をすることで相手を揺さぶり、臣下の本音を見透かそうという作戦だった。自分の立ち位置を把握し、味方と敵を確認するためである。
しかし、この数年の引きこもり生活ですっかり社会性を失ったマグノリアよりも、王権交代の激動を乗り越えた臣下たちの方が、何枚も上手だった。
全然相手の考えが読めず、信を得るどころかマグノリアが疑心暗鬼になってしまった。
次は軍の幹部を席に呼んだ。
今までマグノリアとは全く接点がなかった者たちだが、今のムドーラは軍事国家。貴族の文官が、平民出身の軍人に頭を下げることもある。
「マグノリア様の父上は、本当によくできた人だった。前王時代、なんとか国家の体制を保てていたのは彼のおかげだ。惜しい人を失くしたものだ。あの頃は誰も彼も、王家に振り回されていたからな」
元帥ガルガドとは割と友好的に話せたと思う。
彼は前王の命令に逆らいながらも、マグノリアの父のおかげで処刑を免れ、片田舎の砦に追いやられていたらしい。亡き父の行いに心の底から感謝した。
そもそもガルガドは妃が誰だろうが興味がないらしかった。しかしマグノリアが病気だったという嘘を半ば信じているのか、子どもを産めるのか遠回しに心配された。
そのことに関してはシダールが自信満々にフォローしてくれ、最後は激励を受けて別れた。
問題は、ここからである。
ムドーラ王国の名物となりつつある、年若い将軍二人。
その一人に相対し、マグノリアは危機感を覚えた。
「第二の将、アザミ・フーリエと申します。無事の御帰還、心よりお喜び申し上げます」
「ありがとう。フーリエという名……聞き覚えがあります」
「かつては私の父も将として国に仕えておりました」
ネモ・フーリエ将軍の名はマグノリアの記憶にも刻まれている。
人望の厚い軍人で、部下にも民にも慕われていた。魔物の討伐で部下を庇って怪我を負い、惜しまれながら退役したことも知っている。
何より有名なのは、その最期。
近年のムドーラ史の中でも特に凄惨な、オンガ村の大量虐殺事件の犠牲者だ。城中の人間がそれを嘆いていた。
その事件の数か月後にシダールが玉座を簒奪し、マグノリアの父が自害をした。
お互いに父親を近い時期に亡くしていることもあって、遅ればせながらお悔やみの言葉を言い合い、気まずい空気になった。
しかしアザミがすぐに話題を変える。
「マグノリア様の土属性魔法の論文を拝読したことがあります。とても興味深いものでした。実戦向けに改良し、我が第二軍の戦術に取り入れてみたいのですが――」
アザミは、実直で冷静な青年という印象だった。
頭の回転の速く、隙が無い。将軍というよりも、切れ者の策謀家のイメージの方が合う。いかにも仕事ができそうな男で、上からも下からも頼りにされていそう。
マグノリアも悪い印象はなかった。シダールのみならず、マグノリアに対しても敬意をもって話してくれているのが伝わるからだ。
会話が途切れところで、アザミがシダールに向き直った。
「陛下。マグノリア様に不躾なことをお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「……許す。この場では遠慮は無用とする。好きにせよ」
許しを得て、アザミの仄暗い瞳がマグノリアを映して揺れる。
「聖女レンフィの処遇について、どのようにお考えですか。あなたが城に戻られた以上、もはや不要な存在だとは思いませんか」
ぞっとするほど暗い声だった。
マグノリアも覚悟はしていた。
オンガ村の虐殺には、聖女レンフィが関わっている。彼がレンフィを憎んでいないはずがない。
「……いいえ。彼女には何物にも代えがたい価値があります。妃以外の役割を与えて生かすべきと考えています」
感情的な言葉を排し、マグノリアは慎重に述べた。
「彼女の霊力と治癒術……おそらく、今のムドーラに彼女に匹敵する者はいない。どのような怪我や病気でも、まず完治させられるでしょう。ムドラグナの王族は今、陛下とカルナ姫様の二人しかいません。陛下たちの御身の為にも、最良の医療官を備えておくべきです」
マグノリアは彼女の力を嫌というほど思い知っている。全力の呪いをたった十日で鎮静化されたのだから。
「それだけではありません。陛下の実験によれば、彼女の治癒術は植物にも有効であるそうです。光の精霊の寵愛があるならば、植物と相性が良いのも頷ける話です。陛下の品種改良の補助や、各地の農作物の病害対策にも役立ってくれるでしょう」
ムドーラ王国は寒さが厳しく、山間部の多い国だ。ほんの少しの畑の不作が飢饉に直結する。
さすがにレンフィ一人で国中の作物を守ることはできないが、いるといないとでは随分安心度が違う。
アザミに口を挟む隙を与えず、なおもマグノリアは述べた。
「さらに言えば、彼女はかつて水の精霊からも寵愛を受けていました。今後、水や、それ以外の精霊の寵愛を授かる可能性がある。今までほとんどマイス白亜教国が独占していた精霊の力が手に入る……素晴らしいことではありませんか」
マグノリアは背中に冷や汗をかいた。自分の言葉は何一つアザミに響いていない。それが肌で分かる。
「……精霊の寵愛が国益になることは理解できます。しかし、あの女は教国の殺戮人形……たくさんの同胞を奪った怨敵だ。そのような者に国の重大事を任せるというのですか? ムドーラの民の矜持はどうなるのです。あの女に施しを受けるなど、我慢ならない」
アザミの淡々とした言葉に、マグノリアは小さく呻く。
「かつては敵であっても、今は真っ新で心優しい少女……少し話せば彼女が信頼できる人間だと分かります。周りが導けば、良き方向に応えてくれるはず。奪われたもの以上を、王国に与えてくれるなら、憎しみもいつか――」
最後の最後で感情を顕わにしてしまった。アザミから返ってきたのは冷笑だった。
「あの女の力は認めましょう。確かに利用価値は高い。しかしそれ故に私には、破滅を呼ぶ火種としか思えません。ここは“黒”の国。奇跡を体現するのは、ムドラグナの血統のみであるべきだ。あの娘が表に出れば民を惑わせ、王家の権威が揺らぐことになる」
「それは……」
「ありがとうございました。マグノリア様のご意向は分かりました。どういう経緯があったのかは分かりかねますが、随分とあの女に心を許しているようですね。しかし、残念でなりません」
アザミの瞳には軽蔑の色が宿っていた。
「あなたはこの王国で最も尊い女性の座にありながら、あの女に役目を委託するつもりのようだ。ご自分の力で陛下を守り支え、ご自分の知恵で民に豊かな暮らしを約束する気がないのでしょうか」
「そ、そのようなことは……わたしはただレンフィに」
「これから何をしても、あの女と比べられ続ける。あなたはそれに耐えられますか?」
マグノリアは息を呑む。分かっていたことだ。シダールが自分を選んでも、他の者が認めるとは限らない。レンフィが王妃であったらという「もしも」は一生付きまとう。彼女が活躍する度にそれを思い知ることになる。
「申し訳ありません。出すぎたことを申しました。数々の非礼、お許しください」
アザミの方にはもう話をする気はないようだった。
マグノリアは敗北を自覚した。レンフィを庇うあまり、妃としての自覚の甘さを指摘される形になった。こうなればもう、何を訴えても無駄だろう。
しかしそれでも、これだけは伝えておきたかった。
「わたしはわたしのやり方でこの国に尽くす。わたしにしかできないことを為す。レンフィと比べられる? 上等よ。見向きもされないよりも、幾分か救われる」
マグノリアは精一杯の虚勢を張り、アザミを強く睨む。
「ご心配していただき、ありがとう。でも、申し訳ないけれど、わたしはあなたの希望には添えそうにない。無理を承知で言う。彼女はやり直す機会を与えられた。邪魔をしないで」
アザミはわずかに顔をしかめ、シダールに一礼して席を立った。
「……何か困りごとがあれば、なんなりとお申し付けください。必ずやマグノリア様の邪魔者を排除すると約束いたします。私は、あなたの帰還を心から喜んでおりますので。では、失礼いたします」
ばっさりと視線で斬られたような痛みを覚え、マグノリアはアザミが完全に去るまで身じろぎ一つできなかった。
どっと息を吐く。
「疲れた……なんなの、あの男。わたしより年下でしょう?」
「将来が楽しみであろう?」
「恐ろしいわよ」
マグノリアは自棄になって林檎酒を飲み干す。
「お前はレンフィに心を傾けすぎている。少しは他の者の気持ちも汲んでやれ」
「それはそうだけど……」
「アザミの意見は少数派ではない。頭ではレンフィの価値を分かっていても、心では一欠けらも許すことができぬのだ」
苦々しい思いで黙る。
その気持ちならば理解できる。感情が先走って、どうしても納得できない。耐えても吐き出しても苦しい。
そういう想いをマグノリアは何年も抱えて生きてきたのだ。
「…………はぁ」
立て続けに一筋縄ではいかない男たちと喋ったせいで、マグノリアは猛烈に癒しを欲した。夫に縋ると後が怖いので、誰か子猫かレンフィを連れてきてくれないだろうか。そう思って階下に視線をやると、ちょうどレンフィが会場を出て行くところだった。
「一体どこに? 一緒にいるのは……」
「あれはカルナの護衛騎士だな」
「え、じゃあ」
シダールは表情一つ変えずに述べた。
「カルナに呼び出されたのだろう。レンフィがお前の味方をしたと、随分拗ねていたからな。これ以上機嫌を損ねれば、ひどい目に遭わされるかもしれぬな」
「なっ!?」
立ち上がろうとしたマグノリアをシダールが制す。
「放っておけ。いきなり殺しはしないだろう。さぁ、次は楽ができるぞ。存分に楽しむが良い」
「ちょっと、もう……次って」
シダールが意地の悪い笑みを浮かべる。
一人の若者が階段を上り、きびきびとした動作で跪いた。
「第三の将リオル・グラント。ただいま参りました」
レンフィのことは気になるが、仕方がない。
マグノリアは別の意味で気を引き締め、レンフィの想い人に相対した。
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