エピソード6 敗北しても幸せな英雄
生きていると、大きな選択をしなければならない時が来る。
リオルは人生の岐路に直面した。
愛する少女と一緒にいるために、軍を辞めて故郷を離れるかどうか。
レンフィをムドーラに引き留め、その力を封じ込めることは誰のためにもならない。ならば自分が去就を決めるべきだと思った。
リオルは素直に心に従うことにした。
レンフィと一緒にいたい。自分の手で幸せにしたい。家族となる存在を何よりも大切にしていきたい。
その気持ちに勝るものはなかった。
軍に未練はない。
正直に言って、戦争のない時代にリオルが将軍位にいる意味はあまりなかった。治安維持も諜報活動も、もっと頭の良い人間が上に立った方が兵の運用がスムーズになる。
もちろん戦争の抑止力としてムドーラ軍に所属し続ける意味はあった。強い将がいれば、他国も侵略に対して慎重になるだろう。
しかし今はリッシュア王国とフレウ王国と不可侵条約を結んでいるし、ムドーラ王国の周辺にある小国が束になったところでたかが知れていた。たとえリオルが国を離れたとしても、大陸中央部の聖ソフィーラ協会にその存在がある限り、十分周囲への牽制になる。
リオルがムドーラを去ってもそこまで困らない、というのが自他ともに認める結論であった。
『リオルも来てくれるなら助かるよ。これからは“白”と“黒”が仲良くしていけたら良いよね』
ウツロギは移籍の希望を快く受け入れてくれた。
『竜討伐の英雄だろうが、レンフィ様の恋人だろうが、関係なくこき使います。それでも良ければどうぞご自由に!』
フリージャからは挑発まじりの手紙が届いた。
実際にいびられたりはしないだろう。フリージャにレンフィに嫌われるような真似ができるはずない。
仲良くなれる気はしないが、リオルもフリージャと喧嘩をするつもりはなかった。ウツロギの言う通り、白と黒が仲良く働ける場所があれば大陸の平和は長く続くだろうと思うから。
リオルが軍の仕事を片付けるまで三か月かかると分かり、レンフィは一足先に協会へ向かった。
どうせ一緒にいても忙しくてゆっくりできない。気を遣うだけだ。長く離れ離れになるのはこれで最後だと二人は約束した。
約束は他にもある。
婚約の証を用意することや、いつ頃に結婚したいか考えておくことなど、再会が楽しみになるように未来を語った。
しかしただ一つだけ、守れない約束があった。
『三か月後に迎えに来るね』
『おう』
ムドーラを発つ際、レンフィはそう言った。その時は何も考えずに頷いてしまったが、リオルは思い直して手紙で空間転移の迎えを断った。
だから三か月後の今、リオルは愛馬のカロッテに跨り、聖ソフィーラ協会の本部を目指していた。
城の人間に見送られ、旧国境の砦で第三軍の面々に後のことを任せ、ムドーラの新しい領土でアザミたちにも最後の挨拶をした。
いよいよ聖ソフィーラ協会の自治区域に入る。大陸一豊かだった国の街道はきれいに整備されており、道行く人々も礼儀正しい。
国境にある協会の支部に立ち寄るように言われていたので、リオルは旧教国軍の砦を訪ねた。
出入国の簡単な手続きをする。
ここまで来れば、後は二、三日でレンフィのいる協会本部に辿り着く。愛しい恋人との再会に想いを巡らせ、リオルは少しぼんやりしていた。
早く会いたい。思い切り抱きしめたい。彼女の可愛らしい声で名前を呼んでほしい。
「おい! おいって! リオル!」
「うん?」
我に返り、声をかけてきた男を見下ろす。父バジルだった。
「え、なんでこんなところに?」
「どうだ、驚いたか」
バジルは他の協会員と同じ制服を着ていた。リッシュアで負傷した足も一見して義足だと分からず、歩行にも違和感がない。
そのことに安堵しつつ、リオルは尋ねた。
「もしかして、親父も協会で働いてるのか?」
「いや、正式な雇用じゃない。今は人の出入りが激しいから、臨時で雇ってもらっただけだ」
日暮れが近かったこともあり、リオルはその日、砦に宿泊させてもらうことにした。そしてバジルと久しぶりに一緒に食事をする。
聞いた話をまとめると、どうやらリッシュア王国を出た後、協会本部のレンフィを訪ね、ここの仕事を紹介してもらったらしい。傭兵として長年各国を練り歩いてきただけあって、バジルは旅人への対応は熟知していた。適職と言える。
「まずムドーラに来いよ。親父が訪ねてきた時のこと、部下たちに頼んであるのに。てか、レンフィに迷惑かけんな」
「素通りするのも失礼だと思ったんだ。というか、少し心配になって」
「はぁ?」
「……彼女だけ協会にいると聞いて、その、お前が愛想を尽かされたんじゃないかと思って」
それはバジルの杞憂であった。レンフィから「リオルも協会に移籍する」と聞いて、胸を撫で下ろしたと同時に内心で呆れた。
「将軍ともあろう者が簡単に軍を辞めるとは……」
「いいじゃん。親父だって『できるだけ惚れた女のそばにいてやれ』って言っただろ」
「……はっ、言った」
「親父に言われてなくてもそうしたけどな。俺もだけど、レンフィはもっと特殊な立場の人間だからさ、一緒にいる努力をしなきゃ」
バジルは納得したように頷きながら、煮え切らない様子で唸った。
「しかし、本当に愛想を尽かされていないのか? あの子、空間転移ができると聞いたぞ。一瞬で移動できるんだろ? ムドーラまでは無理でも、ここまでくらいなら迎えに来てくれてもいいじゃないか」
「それは俺が断ったんだ」
「なんで」
ムドーラの城から協会本部まで空間転移で移動すれば一日、二日の距離でも、一人旅となれば十日近くかかる。早く会いたいなら、レンフィに迎えに来てもらえばいい。
「俺の足で直接向かうことに意味があると思ったんだ」
聖ソフィーラ協会に所属した以上、レンフィの力はできるだけ私的に使用しない方がいい。
レンフィは協会の幹部だ。リオルよりも立場は上。軽々しく動いては体面を損なう。
迎えに来させることで、レンフィがリオルの言いなりなのだと周囲に思われると、不信感を買う恐れがあった。
ただでさえ、リオルとレンフィは宿敵として殺し合いをしていた関係なのだ。今は本気で愛し合っていると言っても、簡単に信じてもらえないだろう。
言動に気をつけろ、とアザミに言われたことでリオルは考えた。
自分と一緒にいることでレンフィが嫌な思いをしないように。
「ふーん。よく分からないが、お前もいろいろと気を遣うようになったんだな」
「……そうだよ。全部レンフィと幸せに生きていくためだ」
自分でも驚いている。
少し前まで気の合う仲間と自由気ままに戦っていたのに、今では恋人とともにいるために周りの目を気にして行動している。
しかし、窮屈そうなその生き方が不思議と嫌ではなかった。
レンフィにはそれだけの価値がある。昔も今も、自分にとってはたった一人の特別な女だ。
バジルは安心したように、それでいて自嘲気味に笑った。自分の生き方を変えなかったために、妻の死に目に会えなかったことを思い出しているのだろう。
「もしかしてもう結婚も考えてるのか?」
「約束自体はしてるけど、具体的には何も決めてねぇ。世間が落ち着いてからがいいかな」
レンフィの幸せをたくさんの人に祝ってほしい。それに恋人の期間を全然楽しめていないので、結婚はもう少し後でもいいとリオルは考えていた。
もちろんレンフィが望むならすぐにでも婚姻の誓いを交わしてもいいのだが。
「はぁ、俺、あんな可愛い子と結婚するのか……」
世界中の男から恨まれても文句は言うまい。それくらい果報者である自覚があった。
「楽しそうだな、くそ」
「そりゃ楽しみだからな。あ、親父も結婚式に呼んでほしいか?」
「…………」
「冗談だよ。呼ぶに決まってるだろ。だから、どっか行くときはちゃんと所在を報せろよ」
「……どんな顔をすればいいのか分からん」
「普通に祝ってくれればいい。それに、レンフィにはもう家族がいないから、お義父さんって呼ばせてやって」
動揺したのか、バジルは手にしていた飲み物を少し零した。
「きっと喜ぶし、親父も嬉しいだろ。レンフィが義理の娘になるんだぜ。それに孫の顔もいずれ見せてやるからさ……長生きしろよ」
父が涙ぐむ姿を見ないようにしながら、リオルは食事を口に運んだ。
ムドーラに帰るときに母の遺灰を撒いた湖を案内することを約束して、リオルはバジルと別れた。
長かった一人旅が終わり、リオルはついに協会本部に到着した。
遠くからでも出迎えの人間がいることを確認できて、リオルはカロッテを駆けさせた。
「リオル……」
プラチナブロンドの髪をなびかせて自分を待つ少女。少し痩せたかもしれない。それでも彼女の美しさは健在で、ほんの少し見ない間に大人っぽくなった気がする。
馬から降りて、リオルは愛しい恋人の元へ歩み寄る。自分を見つめる淡いブルーの瞳が熱を帯びて揺れていた。
「レンフィ、会いたかったぜ」
「私も」
どちらともなく腕を伸ばし、離れ離れの不足を補うように抱きしめ合う。旅の疲れなど一瞬で吹き飛んでしまった。最高に癒される。
しばし至福の時を過ごしていると、ため息が漏れ聞こえた。
「全然周囲が見えてないよね」
「……よくやる」
プルメリスとスグリが遠巻きにこちらを見て苦笑していた。
「長旅お疲れ様。歓迎するよ、リオル」
さらにウツロギがにこやかに出迎えてくれた。
その後ろには聖人や精霊術士などが集まっていた。微笑ましげな者、興味津々な者、無関心な者。一番面白くなさそうにしている者がフリージャだったので、リオルは安心した。ムドーラの元将軍を敵視する者がいるかと思っていたが、表面上はさほど気にしていなさそうに見える。
簡単に自己紹介と挨拶をすると、ちゃんと拍手が返ってきた。
「じゃあ後の案内はレンフィに任せるよ。ささやかだけど、夜に歓迎会をするからそれまではゆっくりしていて」
カロッテをスグリに預け、プルメリスと後で積もる話をしようと言葉を交わしてから、レンフィに導かれて自室に向かった。
「リオルの荷物、少ないね」
「ああ。元々そんなに物は持ってなかったからな。ムドーラで処分してきた」
旅の必需品以外は、剣とレンフィへの贈り物くらいしか持ってきていない。日用品などは用意してくれるという協会の言葉に甘えさせてもらったのだ。
空いている片手に視線を感じ、レンフィに向かって無言で差し出す。しっかり手を握りしめ、ご機嫌な様子で先導するレンフィが本当に可愛らしかった。こんなに浮かれた様子の彼女を見るのは初めてである。
やはり自分の選択は間違っていなかった。リオルは改めてそう思った。
「それにしてもすげぇな。この前まで崩れた瓦礫だらけだったのに、もうこんなに建物がある」
協会の本部も居住区域の建物も、数か月で建築されたというのが信じられないほど立派だった。レンガや石などは土の精霊術、金属は金の精霊術で合成したため、材料の手配は必要なかったらしい。
「あ、あのね、私たちのお部屋、隣同士にしてもらったの」
「え。いいのかそれ。てか、男女同じ建物なのか?」
「うん。ウツロギ様が平等にしようって」
「へぇ、それはすごいな」
「その代わり、何か問題が起こったら全部男の人のせいにするって言ってた。リオルは大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
「全然平等じゃねぇ……」
案内されたのは、聖人とその関係者のみが生活する宿舎だった。
幹部の特権、というわけではなく非常時に召集しやすいという理由で同じ建物なのだという。その証拠に、豪華さとは無縁のシンプルな石造りの建物である。
風呂や洗濯場などの施設は別の建物にあり、そちらはきちんと男女で分けてあるらしい。
「ここがリオルのお部屋……どうかな。狭い?」
「いや、十分だ。綺麗に整えてくれてあるな」
「皆さんが手伝ってくれたの。そ、それでね……」
レンフィがちらりと壁を見た。綺麗な幾何学模様のタペストリーが飾られている。
ベッドとクローゼットと小さなチェスト以外には何もない部屋だが、鮮やかなタペストリーと窓際の花が目を楽しませてくれる。きっとレンフィが選んで用意してくれたのだろう。
「……なんでもない」
「そうか? いろいろありがとうな」
リオルは荷を解き、ムドーラの面々から預かっていたものをレンフィに渡した。
「わぁ、お手紙がたくさん……!」
「これがマグノリア様で、こっちがバニラとジンジャー、あとサフラン先生な。軍の奴らからは寄せ書き。あ、ブライダからの手紙もあったな」
「え? ブライダさんも?」
あまり親交のなかった人物からの手紙が気になったのだろう、レンフィは恐る恐ると言った様子で封を切った。
「…………」
「何が書いてあった? なんとなく予想はつくけどさ」
レンフィは苦笑した。
「リオルが何か変わったことをしたら記録して連絡してほしいって。伝記用に」
「やっぱりか。もういいだろ。竜との戦いを最終章にしてくれよ……」
読み終えた手紙をしまいながら、レンフィは首を傾げる。
「ブライダさんと文通してもいい?」
「えー、協力するのか?」
「きっとリオルのことが心配で、近況が知りたいんだと思う。それに、せめてものお詫びに……」
ムドーラからリオルを奪ってしまった、とレンフィは罪悪感を抱いていようだ。ブライダはリオルの成長と活躍をそばで見るのを生きがいにしていた男なのでなおさらである。
第三軍の将の仕事のほとんどを押し付けて辞めたという意味では、リオルもブライダには申し訳なく思っていた。
「レンフィが気にすることねぇんだけど……まぁ、たまにならいいぜ。変なことは書かないでくれよ」
「うん、ありがとう」
後で知ることになるが、ブライダはレンフィに情報提供を依頼する代わりに、これまでのリオルの半生を記した原稿を読ませるという取引を持ち掛けていたらしい。おかげで知られたくなかった若気の至りを暴露されることになった。
それから旅の汚れを落としたり、周囲の建物を案内してもらったり、戦いの慰霊碑を参ったりしているうちに夜になった。
協会の理念もあって過度な贅沢は厳禁とされているが、今夜ばかりは歓迎会のためにたくさんの料理が並び、酒もふるまわれた。
女性も多いせいか酒の席でも過激な話になることもなく、終始和やかな雰囲気だった。
戒律が厳しい分、羽目を外す時はとことん騒がしくなるムドーラ軍の宴とは大違いである。
「これはね、スグリが仕留めてきた鹿さんだよ。それをアンズが美味しく料理してくれたんだ。アンズったら、わたしの仕事のお手伝いできたのに、すっかり厨房の人間になっちゃってにゃ。どこも人手が足りなぁい……」
「プルメリス。もう飲むな。呂律がおかしい」
「心配してくれるの? ありがとー」
「も、もたれかかるな」
「だって」
一部、酔っているのか、酔ったふりをしていちゃついているのか分からないカップルがいて、男たちが白けたような顔をしていたが、概ね和やかな会であった。
リオルも初対面の聖人や精霊術士たちといろいろと話した。手放しに歓迎されているわけではないが、それでも屍竜災のことがあったからか、お互いに敬意をもって言葉を交わせた。
白は黒に、黒は白に偏見があった。
話してみれば案外普通の人間で、全く考え方が違うということもなく、共感できる部分もある。
今はまだ壁を感じるものの、そのうち白や黒も気にならなくなり、わだかまりもなくなっていく。そんな予感があった。
「じゃあそろそろお開きにしようか。明日からはまた通常業務だよ。頑張ろうね」
ウツロギのふんわりとした号令で食事会は終わった。
片付けるのは、くじ引きで負けた者たちだそうだ。中には聖人の姿もあり、リオルは驚きつつも感心した。
「楽しかった?」
「おう。……レンフィ?」
レンフィはにこりと笑った。その頬は完熟した桃のように赤く、目もトロンと潤んでいる。
「お前、酒飲んだのか?」
「少しだけ。ジュースみたいで美味しかった」
くすぐったい声で笑いながら、体重を感じさせない足取りで歩いていくレンフィ。
「酔ってるな」
「酔ってないよ」
「本当か? だって、顔真っ赤だぜ。治癒術使った方が良いんじゃないか?」
「大丈夫」
そう言いつつも、珍しく鼻歌を口ずさむレンフィを見てリオルは黙って手を引き、体を支えるようにして部屋まで送り届けた。
「いいか? 危ないからすぐ寝ろよ」
「うん。寝る」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
酒に酔っても素直なままで助かった。
リオルは自室に戻り、荷ほどきを完全に済ませてから寝る支度をした。旅の疲れとレンフィと再会できた安心もあって、今夜はぐっすりと眠れそうだ。
レンフィのために用意した婚約の品は、いつ渡そうか。ちゃんとしたデートをした後に改めてプロポーズしたい。
「ん?」
いざベッドに入ろうとしたところで、何かを叩くような物音がした。
「リオル」
「え?」
タペストリーが動いて、奥からレンフィが顔をのぞかせた。少しは酔いがさめたのか、頬は淡いピンク色になっている。
「あのね、私たちのお部屋、繋がってるの」
「マジか」
タペストリーの裏側に木製の扉が隠されていた。衝撃の事実に、リオルは開いた口が塞がらない。
「ごめんなさい、昼間は恥ずかしくて言えなくて……」
「そ、そっか」
「リオルがいない時は勝手に入らないようにするね」
少し考えてからリオルは答えた。
「俺がいるときの方がダメなんじゃねぇか? 今とかまさに」
「どうして?」
レンフィは淡い水色の寝間着に着替えていた。季節は夏。手足を覆う布地が少なく、彼女の瑞々しい肌が惜しげもなく晒されている。
目のやり場に困っている間に、レンフィはベッドサイドに到達した。未だにふわふわとした足取りだった。
「今日からいつでもリオルに会えるようになったのに……会いに来ちゃダメなの?」
しゅんと項垂れる姿に、リオルは反射的にその体を抱き寄せていた。レンフィもまた、縋るように背に腕を回す。
「三か月、寂しかった……」
「もう二度と寂しい思いはさせねぇ。これからはずっと一緒だ」
「うん。リオル、来てくれてありがとう。本当に嬉しい。もう離れない」
今にも泣き出しそうな彼女を慰めるように唇を重ねる。果実酒の甘い香りが鼻をかすめ、酔ってしまいそうだった。
そして衝動との戦いが始まる。
早く部屋に帰さなければ。しかし、この雰囲気で「出て行け」とは言い出しづらく、リオルも離れがたかった。
腕の中で、レンフィが珍しくおねだりをした。
「今日は、こっちのお部屋で寝たい」
「………………ああ」
リオルの脳内では八つ当たり先を探し始めていた。
誰だ、続き部屋を宛がった奴は。
結婚の約束をして心に余裕ができたというのもあって、もう少しゆっくり仲を深めていく予定だった。協会に所属するのだから、白の勢力の重要人物であるレンフィをより一層大切にして、不用意な行動は絶対に取らないようにしようと、固く誓っていたというのに――。
「いや、俺は負けねぇ……」
レンフィは今、酒と再会の喜びに酔っている。そんな状態で一線を越えるのは男としてあるまじき行為だ。
添い寝だけ。ユバナの町では耐えられたのだ。きっと今回も我慢できる。
しかし。
ベッドに横になっても、今夜のレンフィは離れてくれなかった。ぴったりと密着されて甘えられたら、眠れるはずもなく。
「レンフィ、いくら酔ってるからって、これは……ひどいと思うぜ」
「酔ってないよ」
「いや、絶対酔ってる。こんなに大胆じゃなかった」
「いけないこと? 私たち、結婚するのに――」
それからレンフィは次々と免罪符となる言葉を口走った。それは、リオルの忍耐を虚しく打ち砕くような、男にとって夢のような魅力的な誘いの嵐であった。
可愛い恋人からの誘惑を断ち切る理由はあるだろうか。
周りの目を気にしすぎて、肝心のレンフィ本人の気持ちを蔑ろにしてしまったら本末転倒ではないか。二人一緒に幸せになればいい。
五感の全てがレンフィを求めている。もう抗えない。
「本当に酔ってないんだな? 朝になって覚えてないって言うなよ?」
「うん」
彼女がはにかんで頷くのを見た瞬間、理性は潔く敗北を認めた。
翌朝、レンフィはなかなか布団から顔を出してくれなかった。
しかしその日から二人は一緒に眠るようになったのだった。




