39 lucky?
私とランス様は城下町の小さな一軒家を借りて住んでいる。おばあさんの営む薬屋の裏。
ランス様が、敵に避難経路が全てバレている城などいらんと、私たちの城を全て火魔法で燃やしてしまった。ガレキも出ず、石垣以外は綺麗さっぱり、木っ端微塵に。
私たちの部屋でクレアが刺され、サラが死んだ。さらに言えば私がいじめられた城。私を思ってのことなのだろう。
死神の城にやってくる客などそうそういないと言って、前の屋敷の三分の一ほどの大きさの屋敷をランス様筆頭に兵士、町民総力上げて、建設中だ。
そう、ランス様の〈祝福〉が〈死〉であること、すぐにこの辺境まで伝わった。悪い噂ほど流れるのは早い。胸が痛い。
でもランス様は一見いつもどおり。耳に入って何でもないわけはないのに。
私はベッドの上で何の力にもなれない自分を歯がゆく思う。
全身打撲で上手く身体が動かない。そして知らずに負ったあちこちの切り傷からばい菌が入り高熱が出る。ひ弱な私はあの事件以来ベッドを離れられない。
無惨に殺された人を見るのも……人を殺したのも初めてだった。
極限状態の神経が通常の生活に戻れば緊張が緩み、うなされ、動悸が激しくなり、息苦しくなる。
自分のことはそっちのけで大きな体で私を包み込み、なだめながら寝てくれるランス様。
相変わらず私は足手まといで役立たずだ。
昼間はおばあさん薬師 (イブさん)が度々様子を見に来て薬を飲ませる。
「いいかいエム!前回私の薬で治りが悪かったのは、男の子だと思って処方してたからなんだよ!
まさか女の子だなんて……」
「はい……すいません……」
私は大人しくクソマズイ特製薬を飲む。
時間の経過とイブさんの薬が相まって、少しずつ気持ちも落ち着き熱も下がってきた。
そして、タルサさんが味の薄い病人食をデリバリーしてくれる。隠れてスパイスソルトをかけていたらゲンコツを食らった。
まだ私同様怪我の回復していないクレアには私の警護という名目で、日中この部屋で一緒に養生してもらっている。
「きっと、悩みがあるからスッキリ回復しないのよ?さあ、心のシコリを私に吐き出しなさい!」
「アリアさーん!」
年齢不詳のマダムアリアもちょくちょくお見舞いに来てくれる。私の髪が片方千切られたことに一番激怒したのはアリアさんだった。般若の形相で、もう片方の三つ編みをばっさり落とし、耳の下のラインでクルンと内に巻くボブに整えてくれて……泣いてくれた。この世界、短髪の女性は修道女だけだから。
アリアさんは私のために、ドレスの端切れで可愛いカチューシャをあれこれ手作りしてくれた。
「私、ランス様のために何をやっても空回りしてしまって……」
「「「「ふんふん」」」」
「私が緊急時の心づもりがなかったばかりに、城のみんなにも街のみんなにも迷惑ばかりかけて」
「「「「そんなことないない!」」」」
「そうやって誰も私を責めないのもキツイ!私が愚かで、賢く動かなかったから、みんなを危険に……」
「「「「エムちゃんただのフツーの女子!玄人相手に捕まんなかっただけで上等!」」」」
「王太子を殺す羽目になって……そんな大罪をランス様に犯させてしまって……」
「「「「エムは悪くない!クソ王太子が諸悪の根源!」」」」
「私が、一人王都に赴き、死んで償うって言ったら、ランス様が、『俺は死神だ。エムが死ぬのはおばあさんになったとき、その時俺が一緒に連れて行くから覚悟しろ!』って……」
「「「「お、お、お、男前ー!うちの領主〜!!!」」」」
「あ、ヤバイ、ズキューンって、このマダムのハートに刺さったわよ!」
「ちょっとニルスに旦那様の爪の垢煎じて飲ませよ」
「私があと六十年遅く生まれていたら悩殺したというに……」
「さすが閣下!私、一生ついていきまーす!」
「ん?」
気がつけば、ランス様は気高き死神騎士様!と拝まれるようになっていた。何故に?
前世でいう『ぽっくり寺参り』みたいな信仰がキアラリー領で布教し始めた。ランス様のお膝元で、清く賢く正しく生きるとランス死神様が天国行きを約束してくれるらしい。お布施不要。
ダグラス様が爆笑しながら教えてくれた。
みんなの明るい笑い声を聞き、私はゆっくり健康を取り戻していった。
◇◇◇
『全く、死ぬとこだったっつーの!』
ラックにビシバシとデコピンされる。
「で、でもあの場合、あれしかなかったよね⁉︎」
『だってそこに至る前にさあ……ってお嬢様育ちのエムに言ってもしょうがないか。はああ』
「ごめんなさい……」
『とにかくさあ、元気になったらもう少し体力つけて?たったあれしきでゼーハゼーハ息乱して!』
「はい……」
『馬もねえ、あれ全部セルが自分で考えて走ってたから。エム全然コントロールできてなかったから』
「私もそう思います……」
誰もが私に優しい中、ラックだけが容赦なくダメ出しする。何故かそれに救われる。
「でも、どうして空気銃、三発とも威力全開だったの?もうオマケの運はクレアに使った後だし、ラックがしょうがないって助けてくれたの?」
あの時一発でも弱い弾があったら、ランス様の魔法が届く前に死んでいた。というかあの体力魔力で三発放てたのも奇跡だ。
『あれはエムが……〈祝福〉に打ち勝った、〈祝福〉をものにした、からよ』
「……いつ?」
『クレアを助ける時。他人のために自分を投げ出すのもなかなか良かったけど、ランスごとき、私が幸せにしてやるわー!ってあれ』
「あれ?」
『エムは〈祝福〉を理解した上で、自らの努力を怠らず、私欲に使わず、〈祝福〉に溺れず、乗り越えた。その結果、空気銃が完全系になったの。でも体力ないから残念なくらい意味ないね』
「乗り越えたって、誰が判断を下したの?」
『私に決まってるじゃん』
「……ありがとう、ラック」
結局私に手を差し伸べてくれる、私の〈幸運〉の守護精霊。私のカッコいい、態度でかいお姉ちゃん。
『ハイハイ、これからもっと敬うように!』
「ランス様の火魔法の威力が凄まじいのは、レッドに乗り越えたと認められてるから?」
『多分ね。それにしてもエム!あんたレッドに謝りなよ?レッドも結局エムが心配で火を加勢するため乗っかって来てたんだから!通常火魔法なんて届きっこない、ありえない遠さだったんだよ?奇跡なの!!私達が助かったのはランスロットのひたむきな愛と、レッドの全開の加護のおかげ。なのにそんなレッドを死なば道連れって、鬼!』
「反省してます……」
その夜、土建業でクタクタのランス様が寝静まったあと、レッドに土下座した。口をへの字に曲げたレッドにオデコが赤くなるまでデコピンされた。
◇◇◇
「ランス様、お義父上様の書簡には何と?」
昨日届いた王都からの手紙、中身を教えてくださらないから痺れを切らせて聞いてみる。
お風呂上がりで、美しい紅髪をタオルでゴシゴシ拭いていたランス様は眉間にシワを寄せ、でも諦めたようにはあ、とため息をついた。タオルを首にかけるとソファーの私の隣に腰掛け、私を抱えて自分の膝に座らせ、私の腰に手を回し、顎を私の頭に乗せた。
「王太子は不慮の事故で命を落としたそうだ」
想定内だ。想像していたパターン①だ。
全て、うやむやにして闇に葬るんだ。王太子の愚行も、私とランス様が王族殺しをしたことも。
王太子のやらかしたことが露見すれば、国が揺らぐ。救世の英雄の奥方を武力を用い襲ったのだ。
そして英雄が、崇める対象である王太子を殺したとなれば国は割れる。見ようによってはクーデター。王族派と実績の英雄派。ランス様も養子とはいえ公爵家の出。出自に何の問題もない。
「キアラリー領への損害の補填は?」
戦闘で随分と私たちの街は傷んだ。領主館の建設と並行して手分けして修復中。とはいえ皆生業の合間に作業するしかないわけで、元どおりの姿に戻るには数年かかるだろう。
「ケイン兄上に任せている。間違いなく俺より上手くやってくれる」
「そうですか……」
とにかくランス様は無事。ここにいる。どこにも連れて行かれない。ホッとする。
「専属の精鋭中隊を率いた王太子に命を狙われ、殺されかけ、心も身体も酷い傷を追ったエムに、王太子の罪が公表されないことは、納得できるものではないと思う。でも、これで手打ちだそうだ。許せ」
ランス様がギュッと私を引き寄せる。心なしか声が暗い。
あの、二度と思い出したくないぼろぼろの逃亡劇がなかったことにされるのは悔しいけれど、肝心の王太子はすでに無い。これ以上事をあらだてると、王太子妃様と王子様があまりに気の毒だ。
「お義父上様と兄上様がそこが落とし所と思われたのでしょう?ランス様、私のことをほっておいてくれるならば、それでいいのです。王家に貸し一つ、と思えばいいのでは?」
「ああ、その点は心配いらない。俺の名で『今後、死神の妻エメリーン・キアラリーに手を出したものは嫌疑だけで八つ裂きにする』と声明を出した」
「は?」
「エムの〈祝福〉もバレている。また王太子と似たようなのが湧いたら困るからな」
「あ、ありがとうございます?」
私は、私たちは、なんとカミングアウトすることで静かな余生が確約された。
「では次の王太子はコンラッド王子?」
「いや、衆人の前で醜態を晒しすぎた。人望がない。アルバート王子が妥当だが、いかんせん幼すぎる」
まあ、こんな辺境には誰が王太子になろうと関係ないか。
ほおーっと息を吐き、お腹に回る手を握りしめ、クニクニとマッサージする。
「寝るか」
ランス様が私を抱えたままセミダブルサイズのベッドに入り、パチンと指を鳴らし照明を落とす。向かい合わせに体を回され、たくましい腕が枕になるように優しく抱き込まれる。ランス様の爽やかな石鹸の香りに包まれる。
「エムはこの狭い家に文句はないのか?」
「そうですね、狭いと何でも近くにあるので楽です。でもお隣の晩御飯の匂いが入ってくると、イラッとします。もうそろそろ普通の食事にしてほしいです」
「……その辺はイブばあさんとスタンに聞け」
ランス様が私の額に手を当てて、ホッとした顔をする。
「もうしばらくここでの生活、我慢してくれるか?」
「ランス様と一緒ならどこでも。ふふっ、木こり小屋でもOKです」
見上げて話していた私、そっと口づけされる。
「おやすみエム。早く元気になれ」
「おやすみなさい、ランス様」
私もキスを返す。暗闇だから照れないですむ。ここはどこより温かい。
可愛いワンルームでの二人だけの生活は、前世ふんわりと思い描いた、派手さはないけれど穏やかな、夢にみた新婚生活そのものだった。




