26 lucky?
セルに自力でよじ登る。ワイアット様は軽々と飛び乗り、城塞の中に直線で向かう。帰りは私の乗馬レッスンはないようだ。よほどお腹が空いているのかしら?
またもや顔パスで門をくぐると、門の側の商店街の一角で馬を止め、滑るように降り、私にも降りるように促す。
「ここが商業ギルドです」
色のついたガラスの窓の、ちょっとおしゃれな建物。儲かっているのかな?
ワイアット様に続いて中に入る。目の前がすぐカウンターで無駄のない作り。
「いらっしゃいませ」
洗練された私より年上の受付嬢が、私が何者かわかったのか?一瞬驚いた顔をしたあとニッコリと笑って出迎えた。プロだ。
「うちの主人が売り物を持ってきた」
「はい、ではこちらに品物をお出しください」
私はおずおずと保存袋からウサギの毛皮を取り出す。前回の少し乾燥したものと、今さっきのもの。
「まあ、ほぼ原型通りですね!ウサギは手早く食肉にするために皮も切り刻まれることが多くて。これでしたら置物、敷物、防寒着、なんとでも加工できますわ」
提示された値段は一羽あたり昨日ランス様に買っていただいた靴一足分。思った金額の二倍!
「エム様、よろしいですか?」
「もちろん!」
私は買取に同意し、サインしてお金を受け取った。
生まれて初めて現金を稼いだ。きっと肉屋の場合も今と同じ手順だろう。馬もそのうち乗れるようになる。
「これで一人でも、生きていける……」
「エム様?……今なんと?」
「ん?何でもないわ」
「…………」
ワイアット様をブラウンズに案内する。
「うお?今日はエム坊のままだ!」
少年姿の私にブラウンさんはそう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ワイアット様、今日は私のおごりです!ワイアット様のおかげで臨時収入が手に入りましたから!」
そう言ってさっき手に入れたお金を鳴らすと、ワイアット様は目を見張らせた後優しく笑った。
「それは……ありがとうございます。何を食べようかなあ?」
「エム!なんだなんだ!景気いいなあ」
常連さんたちに囃し立てられた。
ワイアット様と周りの皆さまと、賑やかに食べていたら、店の隅から視線を感じた。顔を上げると複雑そうな顔をしたクレアがいた。
私の 目線を辿ったワイアット様が、目を細め、クレアがビクッと震えた。
「ワイアット様、クレアは今?」
「申し訳ありません。彼女は国元を捨ててランス様についてきた身でして、辞めさせることもできずこの市街地の警備にあてています」
知らない街に一人か。いや、仲間がいるか。ランス様の部下の皆様は横の繋がりが強そうだ。
「私に気を使う必要はありません。お仕事してくださるのなら正当な評価をしてあげてくださいね」
◇◇◇
城に到着。セルにありがとうと言って、ワイアット様に頭を下げて部屋に戻る。着替えて保存袋を持って厨房に行くと、ニルスさんはもちろんのこと、タルサさんもスタンさんも先程別れたワイアット様もいた。
「エム、聞いたぜ!またウサギ狩ったって?楽しみだな」
と言うニルスさんに、
「もう、あまりプレッシャーかけないでください!」
とひと睨みし、袋から肉とキノコを出し、グラタンを作る。
前回のホワイトソースをもっとモッタリ。スライスしたジャガイモと肉ときのこをオイルで炒め、大きな丸い耐熱の器に入れて、ホワイトソースを注ぎ、チーズをたっぷりと振りかける。で、直火のオーブンに投入!
「チーズの匂いが堪らないわ……」
「まあ材料的にマズイわけないな」
「ワイアット!なぜもっとウサギを狩らなかった!!!」
「こんな本気で奥様が夕食作るなんて、思いもしなかったもので……」
15分ほど焼いて、こんがり焦げ目が付いているのを確認し、ミトンをつけてオーブンに手を入れようとすると、ニルスさんに止められ、大きなヘラを器の下に差し込んで、取り出してくれた。
私はコソコソと戸棚から夫婦のお皿を取ってきて、フォークとスプーンで取り分けた。
「ニルスさん、タルサさん、いつも美味しいお料理ありがとう!さあ召し上がれ!」
ニルスさんが何故かスタンさんにドヤ顔をして、スプーンですくいフウフウと冷まし、食べた。
「……美味いぞ!エム!」
「はあ……新しいねえ、エムの料理は!斬新だし、エムの気持ちがね……美味しい!ありがとうエム!」
喜んでくれてホッとした。私も小皿によそって味見する。うん、普通!!!だけど直火な分見た目が食欲をそそる。
「奥様?私もご相伴に預かってよろしいでしょうか?」
「え?スタンさんはこんな素人グラタンより、ニルスさんのキチンとした料理の方がいいのでは?それにお年寄りにはグラタン、胃に重いかも……」
「く……ジジイ設定が思わぬ弊害……。いえいえ、老い先短い我が身、新しい料理を是非食べさせてください!冥土のみやげです!」
「エム様!私も!私にも報告義務が!!!」
「報告しないでいいんじゃ?」
ニルスさんを見るとしょうがない、分けてやると上からおっしゃったので、スタンさんとワイアット様にも取り分ける。四人は黙々と食べて、大皿は直ぐに空っぽになった。
「これは……報告できない……」
「だから、私が厨房使わせてもらったことなんか、ランス様興味ないですって」
私はお皿を回収し、キュキュッと洗う。料理するなら最後の洗い物までやれ!と、前世の既婚友人が激怒していたのが脳裏に焼き付いておりますので。
「そうじゃなくて……残すの忘れてた……殺される……」
その夜もランス様はお戻りにならず、ワイアット様は生き延びた。
◇◇◇
翌日は屋敷の敷地内で乗馬の練習をした。静かなセルに一人で乗ったり降りたり。ワイアット様に引いてもらって、ゆっくり歩かせる。
「ワイアットー!」
事務室の窓から声がかかる。
「エム様?」
「どうぞ、あちらを優先して」
ワイアット様はキョロキョロと周囲を見渡す。おそらく私を誰かに託したいのだろう。
「あ……」
そこにはたった一人、クレアしかいなかった。
ここでクレアか……私の胃はギュっと締め付けられた。私はお人好しではない。彼女から受けた仕打ちは本当に辛かった。でも、この地でしばらくは生きていくのだ。接触は避けられない。
嫌なことはサッサと済ませるに限る……前世でも、校長の呼び出しのとき、そう自分を奮い立たせて校長室に乗り込んだ。
ワイアット様に静かに頷く。ワイアット様は心配そうにされたが、頷いた。
「クレア、来い!」
クレアが慌てて駆け寄ってくる。
「俺が戻るまで奥様に乗馬をお教えしろ。そうだ、せっかくだから女乗りも一通り」
「はっ!」
「これ以上俺と……ランス様を失望させるな。いいな」
「奥様、内腿に少し力を入れてください」
「はい」
「えー身長的に、鐙、もう少し上にずらしますか?」
「クレアに任せるわ」
「……では」
全く盛り上がりには欠けるが、クレアは丁寧に教えてくれる。こっぴどく怒られたのか、私をいびってもしょうがないとようやく気がついたのか。多くは望まない。これでいい。
「奥様、女乗りをそろそろ……」
「女乗りは不要よ」
「ですがワイアット様が……」
「私、女乗りで優雅にドレス着て狩り遊びをするために乗馬を習ってるわけじゃないから」
「……では、何のために?」
私はセルを撫でながら言葉を探す。将来、ランス様が〈祝福〉に打ち勝ち、本当に愛する人を迎えたときに、一人で生きていけるように……なんて言えない。
「うーん……ランス様の足手まといにならないため、かしら?」
「ランス様の足手まとい?」
「例えば、ここに敵が侵入したとき、部屋で助けを待っているよりも、自分で馬に乗って逃げたほうが、あなたたち、戦いやすいでしょ?」
「ランス様も……私たちも奥様を危険に晒すことなどありません」
「人生思いもよらぬことが起きるものよ」
突然生徒の親に殺されたり、突然テッパンだった婚約を破棄されたり。
「もうこりごり」
青空を見上げてため息をつく。今世の残りの人生、たとえ無様な死に方になっても、自分でコントロールして、他人に振り回されず、レッドに恥じないように生きたい。その結果、ひとりぼっちでも。
「奥様は……王子を愛してらっしゃったのですか?」
突然の恋バナ投下に驚いた。クレアも女子トークに飢えているのかしら?
「……青春そのものってところね。王子に捨てられて、私の娘時代は終わったの」
前世が蘇り、私は完全に大人になった。ふふっと笑う。
「クレアは好きな人いるの?」
クレアが途端に真っ赤になった。可愛い。私のクラスの委員長みたい。真面目でまっすぐで、男子の委員長をひたむきに見つめてた。
「初恋が叶うよう、祈ってるわ」
クレアが躊躇いながら聞く。
「ランス様のことは愛していらっしゃいますか?」
「もちろん、大好きよ。こんないいとこ無しの私を大事にして下さって……申し訳ないくらい。この穏やかな夢が覚めなければいいけれど……」
バタバタとワイアット様が戻ってきて、私たちの女子バナはぶつっと終わった。




