268:株式会社AQUARIaの中の人達
コールでのユーザーイベントPVP大会が行われている最中。
某都会の某ビル内では――
「行かせろおぉぉっ」
「おい、小池を止めろ!!」
「俺が考えた最強装備でこいつを仕留めるんだ。離せぇーっ!」
「早まるな小池! その装備、固定ダメージ9999の9999回多段ヒットだろう!」
「それがどうしたーっ」
どうしたもこうしたも無い。どこの世界にそんな武器を持つゲームマスターが居る?
9999回の多段ヒット攻撃など、サーバークラッシャーもいいところだ。
小池の作業デスクにはPVP大会の様子が映しだされていた。それは今まさに、最終対決の決着がされようといった瞬間で。
「俺がみんなを代表して、この偽殴り野郎をぶっ殺す!」
小池はそう叫んでいた。
そんな彼を止めようとする、僅かな正義は二名だけ。他は「殺れ。今なら殺れる!」という血走った目で小池と、そしてパソコンとを交互に見つめていた。
今――チーフが居ないのだ。
今日は深夜勤務担当なため、まだ出勤してきていない。勤務開始時間は日付変更の0時からだ。
今は夜の10時半を過ぎたところ。
全員で口裏を合わせて何事も無かったかのように彗星マジックをヌッコロせば問題ない。
いや大ありなのだが、連日の業務で疲れ切っていた彼らには問題ないように思えた。
「あぁもう! ふんどし王子を苛めるのは、私が許しません!」
「小松は黙っていろ! イケメンだとすぐ味方しやがって。中身はどうせ普通のガキだぞ!」
正解だ。
「中身なんか居ないわ! 中身は存在しちゃいけないのよ!」
この女も大概おかしい。
「おい小松。君の推しキャラのふんどし王子くんが、押し倒される姿を見たいとは思わないか?」
「え?」
どこからともなく聞こえた悪魔の囁き。それは彼女をだらしなく鼻の下を伸ばすのには十分な効果があった。
そこそこ美人なのに腐女子成分を隠すことない小松くん。残念過ぎる女は彼氏いない歴=年齢だ。
「お、おい小松さんっ。正気に戻れ!」
「ふんどし王子様は誘い受けなのよ……ぐふふ」
既に妄想の世界の中。
だが小池を必死に止めようとしていた男――芹沢(仮名)の次の一言が彼女を現世に蘇らせた。
「君の王子様が小池に押し倒されてもいいのか!?」
「――はっ!?」
小松は芹沢に羽交い絞めされている小池を見た。
小池はお世辞にもフツメンとは言えない、完全無敵のブサメンだ。
体重は100kgをやや超え、顔はニキビを潰したあとだらけ。
そんな男に私の王子様が……ふんどし王子様が犯される!?
「芹沢、卑怯だぞ! 小松ぅ、ゲームマスターの中の人なんていないんだよぉ。ほら、小池、イケメンフェイスに作り替えろ」
「お、おう。作り替える。作り替えるから俺にやらせてくれ」
殺る=犯る。
「させるかクソデブ!」
「ひ、酷い!?」
小松お怒り。
小池半泣き。
「ふんどし王子さまに中の人など居ない! だけど小池の中の人はここに居るわ! 私が王子さまを守って見せる!!」
「もうダメだーっ。小松の裏切りも――」――ぽん。カッカッカ、ぽん、カッカッカ、ぽんぽん。
何が起こったのだろうか。ルームに居た者全てが固まる。
何者かに肩を叩かれた気がしたが、同時に見てはいけない影も見えた、
最後に小池、小松、芹沢の所へとやってきた影は、小池の頭に手をそっと置いた。
「小池くん。何をやろうとしていたんだい?」
小池の顔ににゅーっと近づいてきたのは、そう、チーフの顔だ。
その目はにーっこり微笑んでいるが、絶対に笑っていない。
「お、おはようございますチーフ」
「おはよう小池くん。それで、その壊れた性能の武器はなんだい? おや、防具も凄いねぇ。一度のダメージが9999未満は全カットか。しかも防御力9999? 今実装されているどのボスでも、ダメージ1すら与えられないねぇ」
「は、はい! 頑張って作りました!」
小池、褒められたと勘違いしたのか、ドヤ顔だ。
ピキッと、何かヒビが入ったような音がする。
「こんなクソみたいなことに頑張ってるんじゃなあぁーっい! デリートしてくれる。デリートしてくれるわぁっ」
チーフ、切れた。
そして小池のPCを操作し、バックスペースキーを押す。
【本当に削除しますか?】
マイクを手に取り「チーフ権限実行。暗証番号は--------だ」と、AIに話しながらキーボードで暗証番号を入力。その際、脇から見られないよう、その辺にあったバインダーでガードするのを忘れない。
チーフは出来る男なのだ。
「あぁぁ、俺のマイゲームマスターが! 止めてくださいよチーフ!」
「実行」
【実行しました。聖天使猫丸姫騎士の消去に成功しました】
あまりにも惨いゲームマスター名に、芹沢はデリートされてよかったと胸を撫でおろす。
「ああぁぁぁ、俺の聖天使猫丸姫騎士ちゃんがぁぁぁ」
泣く小池。
ゲームマスター名を聞いて正気に戻るスタッフ一同。
「さ、仕事するか」
「あ、チーフおはようございまっす」
「なんでこんな時間に出勤してんっすか?」
「お前たちの事が心配でな」
「えぇ、チーフ優しい!」
チーフが心配なのはこいつらが馬鹿なことをしでかさないかであって、労わる意味での心配ではない。
その事にわりと本気で気づかないこの連中は、案外幸せなのだろう。
こうしてユーザーイベントは何者にも邪魔されることなく終わった。
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