24:マジ、べーべーべー。
「これが孵化器だんべさ」
養鶏場にいた中年おばさんのNPCに渡されたのは、鶏の卵より一回り大きな……卵だ。
真ん中にギザギザの線が入っていて、ここでパカっと開く事ができる。この中に孵化させたい本物の卵を入れろってことらしい。
「今日は安くしといてやるんべ、500エンでええでよ」
高いな……クエスト報酬がほとんど消えてしまう。
インベントリのアイテム処分して、金作っておかないとな。
孵化器を持って巣の中の卵に触れると『叩き割る』という恐ろしい選択肢の他に、『孵化器に入れる』というのが追加されていた。
間違ってもここは『叩き割る』を選択しない。してはいけない。
だがしかし選択したい。
……普通なら『本当に割りますか?』というのが後から出てくるんだろうけど、出てこなかったら俺の『IFO』人生が終わってしまうからな。
『孵化器に入れる』――っと。
選択すると、手元の孵化器が消えた!?
ど、どこだ?
きょろきょろしていたらおばさんNPCが気づいたのか、にこにこしながら俺の頭上を指差す。そしてどこからともなく手鏡を取り出し見せてくれた。頭の上を。
うん。乗ってるね。
孵化器ごと鳥の巣に、敷いては俺の頭の上に乗ってるね。
はぁー……
「うちんとこのこっこさ、数時間もすれば生まれるんだべや。けんど、これはモンスターの卵じゃけん、どのくらい掛かるかよう解らん。何が生まれるのか、楽しみだんべなぁ〜」
「はぁ、どうも……」
生まれるのはピチョンだってのは解ってるから、別に楽しみでもなんでもない。
孵化器IN鳥の巣を頭に乗せたまま、次は牧場主の所へと向う。
そういや、さっき行った場所が牧場だったじゃないか。じゃああの悲壮感漂いすぎてるおっさんが牧場主?
牧場の柵前にやってきたが、相変らず大量のプレイヤーが馬と戯れてるな。馬は迷惑そうだけど。
「さっきはどうも。無事に孵化器を手に入れました」
NPCにそう言うと、またもやころっと表情を変えて「それはよかっただぎゃ」と言う。
村人NPCの方言に統一性はないのかっ。
で、牧場主かと尋ねると頷くので、大賢者から預かった手紙を手渡す。
その手紙を牧場主が読み始めると、暫くして大きな溜息を吐かれてしまった。
「この手紙には馬を一頭貸して欲しいという事が書かれちょるんやけど、今はこのありさまだで、ちと無理だべよ」
馬を貸して欲しい? 何に使うんだろうか。
しかし大賢者の為に馬が必要なのに、今は貸し出せないって……どうすればいい?
せっかく技能修得フラグが立ってたってのによ。
「あぁ、早く馬どもを小屋さ入れねえど、また奴等に襲われでしまうで」
「奴等? もしかしてモンスターとか?」
NPCが固まってシンキングタイムのスタート。
案外直ぐに動き出したが、今度は慌てたような表情になった。
「しまっただっ。丘の向こうの森ん中さ、牛どもを放牧させたまんまだぎゃっ」
「おいおい、食われるぞ」
「んだっ。冒険者さん、おらの代わりに牛どもを連れ戻してきてくれんけろ?」
カエル語まで使い始めたぞ。方言のボキャブラリーに不具合起してるんじゃないのか。というかこれ本当に方言か? なんかおかしな語尾が多すぎ。
そんな事を思っている俺を無視し、NPCが懐から銀色の長細い笛を取り出した。
「これは牛笛だべ。これを吹けば牛はついて来るで、森の中さ入って牛を村のほうへ誘導してけんろ。牛は十頭あるでな」
【クエスト『牛を救え』を受諾しました】
システム音と共に現れたメッセージ。
おい、これ強制クエストなのか?
はぁ、仕方ない。フラグ回収だと思ってやるしかないな。
「べー、べーべー」
村の後ろ側が丘になっていて、その丘の先は大きな森だ。
夜の森――は、予想外に明るかった。
そこかしこのに生えている植物の一部が、花なり実なりを発光させているからだな。
なんとなくべーべー言いながら牛を探してしまう。なんか放牧してる牛を呼ぶときに、べーべー言っている映像をテレビで見た事あるような気がして……。
数分もしないうちに第一牛発見。
首輪に付いた鈴をガランゴロンと鳴らし、地味に俺のほうへと近づいてくる。べーべーが効いているのか。
《んもぉー》
「はいはい。小屋に帰ろうな。べーべー」
ついでに牛笛も吹く。
その音は『べぇ〜』という、なんとも間抜けな音だった。
俺のべーべーを牛笛と勘違いしたのか。笛、いらなくないか?
まぁいい。笛を吹きながらゆっくりと森の出口へと向う。
「おい、もう少し早く歩けないのか? べー」
《んもぉー》
いつぞやの洞窟内でのNPCを思い出す。まぁあいつらに比べたら、こっちは動物だからな。
そもそも牛ってそんなに早く走れるイメージでもないし。仕方ないか。
ふぅ。なんとか最初の一頭を森から出せたな。あとは小屋まで……あ、ここからは自分で帰れるのか。そりゃ楽でいいや。
尻尾を振りながら村に向って歩き出す牛を見送って、ちゃんと小屋に入ってくれるのを遠め目で見届けてから俺は再び森へと入った。
残り九頭か。一頭ずつ森から連れ出すのも面倒だし、何頭かまとめて探してまとめで誘導するか。
「べーべー」
ガランゴロンと鈴の音が聞こえ、牛が一頭現れる。
そのままべーべー言いながら牛を連れて付近を練り歩いた。
「べーべー」
《んもー》
《もぉー》
《んもぉー》
三頭か。一度森を出るかな。
そういや森に入ってからこっち、モンスターの姿を見ないが……実は居ないエリアとか?
でも牧場主のNPCは、出る風な事言ってたし。
なんて事を考えると出てきたりしてな。はは。
――ガサガサ。
茂みから何かが動く音が聞こえてきた。
「べ、べー?」
四頭目か?
《ゲギャ》
どうやら違ったらしい。
そのまま何事もなかったかのようにゆっくり移動する――が、俺の後ろからガランゴロン音を立ててのんびり歩く牛三頭がいるので、しずかーに移動ってのは無理だったな。
《ゲギャッ》
ガサっと茂みから出て来たのは、身長一メートルほどの緑色の肌をした子供――ではなく、どう見てもゴブリンって奴だよな。
腰布一枚巻いただけで、他に装備しているのは小さな石斧か。
既に敵対状態。奴の頭上には、まさしく『ゴブリン』の文字が浮かんでいた。
レベルは10か。うーん、村までの道中で、もう少しレベルを上げておくんだった。
《ゲギョッギョッ。じゅるり》
「おいお前! 今こいつら見て涎を垂らしただろっ」
《ギャギャッ。じゅるり》
俺は無視かよこいつ!
牛目掛けて小走りしてきたゴブリン。
そうはさせるかと、牛の前に立ちはだかり右手の準備をする。
ゴブリンの顔なら鷲掴みできそうなサイズだな。
まずは――
一歩踏み込んでゴブリンの頭を鷲掴み。
「『サンダー』」
《シビギャッ》
さすがに格上だよな。属性の相性だって良い訳じゃないだろうし、確殺は無理か。
《ゲギャ、ゲギョギョギャ!》
なにか抗議しているようだが、生憎ゴブリン語は解らないので――
「『ライトッ』」
《マブギャーッ》
二発でもダメ……と。
当たり前だが、反撃を食らってしまう。
ダメージ115か……。装備を新調してなかったら、これでも結構痛かったな。
「『サンダー』からの『ライト!』」
《グゲ……》
四回目の攻撃でようやくゴブリンは倒れ、光の粒子となった。
ふむ。タイマンなら余裕そうだ。
――ガサガサ。
おっと、連戦か?
茂みから音がし、次に現れたのは――
《ゲギャ》
《ゲギャギャ》
《ギャギャ》
三匹のゴブリンだった。
あれ……ちょっとヤバい、かも?
「おいおいおいおい、牛に噛み付こうとするんじゃないっ」
《ゲギャ。じゅるり》
だからじゅるりじゃないだろっ。
先頭の一匹の顔を鷲掴みしてサンダーをお見舞いし、次に突撃して来た奴の眼前でライトをぶっぱなす。
その間に三匹目が遂に牛の背に飛び乗った。
「降りろおいこらっ。痛っ。背後から攻撃とか卑怯だろ! あだっ。脛っ。そこ脛だからっ」
牛の背に乗ったゴブリンを下ろそうと掴むと、今度は一撃ずつ入れたゴブリンどもが俺を攻撃してくる。
これは……かなりマズいよな。
前衛職やってたときは三匹ぐらいなら耐えれたけど、今の俺はVIT1の、いや1+1の紙装甲だぜ?
HPがいくら増えたからといっても……
「べーべーっ。せめてお前らだけでも逃げろっ。べー、べー」
《んもぉー》
あなたを置いて逃げれないわっ。
そんな風な事を言っているのかこの牛たちは。
逃げろと言っているのに何故か俺の傍に集まってくる。
く……牛なのに……牛なのに可愛い奴等だ。
「解った。お前たちは俺が必ず守ってみせるっ。うおおおぉぉぉっ。まずは『ヒールッ』」
ヒールと攻撃を交互に挟んでの戦闘が始まった。
牛の上に跨った奴は腰布を引っ張って振り落としたが、その際、布が外れてしまったが気にしない。相手はモンスターだしな。
でもそのモンスターのほうは硬直したあと、気にしたように布を拾いにいっていたが。お陰で時間が稼げて助かった。
「『サンダーッ』 ぜぇぜぇ……げふっ『ヒールッ』。からのぉ『ライトッ』」
ライトをぶっぱした瞬間、ピロリロリンという着メロ音のようなものが現れ、俺の全身に光の雨が降り注いだ。
視界に【STR+1】【VIT+1】【AGI+1】【DEX+1】【INT+1】【LUK+1】という文字が浮かぶ。
これ、勇者称号の発動か!?
お、おおおおぉっ。
行ける。行けるぞ! それぞれあと一、二発魔法を食らわせれば倒せるはずだし、もうひと踏ん張りだ。
ゴブリンどもをきっと睨みつけ、俺の全神経を右手に――
「派手派手鳥人間君! 助太刀するぞっ」
右手に集めようとした瞬間、茂みから颯爽と現れた何者かがゴブリンをばったばったと切り倒していく。
派手派手鳥人間って……いやその通りか。
「ふっ。所詮は雑魚モンスターのゴブリンだな。手応えが無さ過ぎる」
いや、そいつら元々俺が何発か攻撃してたから、蟲の息だったんですけど?
燃えるような紅の髪に、金色に光る瞳。髪から覗く短いが尖った耳……あれ? どこかで見た事あるような。
「おや、君は殴りマジ君ではないか」
「いや殴りじゃないから」
オープニングの船で出会った、俺を海底に沈めた危険人物だった。




