23:マジ、衣装チェンジ。
ピリカの家の近くにログインしてから、町の中心部に向って歩き出す。
さて、孵化器か。どうやって探したものか。
それらしい店とか――きょろきょろして探しても、見つかるわけないよな。
あ……。建物の窓ガラスに映った自分の姿を見て、深い――海よりも、そして地獄の底よりも深い溜息が出る。
ちょっと癖のあるサラふわな、青銀色の髪。その上に乗っかった小枝作りの鳥の巣。
巣には青い斑模様の卵が一個乗っかっている。
クール系イケメン顔に鳥の巣かよ。なんて組み合わせだ。
行き交うプレイヤーの視線が集まっているのが、ガラス越しでも十分に解るっていうね。
とりあえず孵化器を探そう。せめて孵化さえしてしまえば、巣じゃなく肩に乗せるとか、手で持ち歩くとか、他に方法もあるだろうし。
そうだ。こういう時こそ生産職に頼るとき!
フレンド登録をしてたし――コミュニティーを呼び出し、フレンド登録一覧を選択っと。
一覧といっても、今は夢乃さんしか登録されてないが。
まぁオープン初日でフレ出来たってのは上出来だろう。
彼女はまだログインしているようだな。現在地が『港町クロイス』か。まさかあれからずっと工房なのか……。
そう思って工房に行くと――
「居たよ」
一心不乱に機織器みたいな木製の装置の前で何か作業をしている。
なんか声掛けづらいな……
「ゆ、夢乃、さん……」
「ブツブツブツブツ……どうしよう。黒い羽根が欲しい……染められるやろうか? ブツブツ……くふぅ、出来るっ。出来るばいっ!」
もうやだこの人。やばい人と化してるじゃないか。
他をあたろう……。
「それで、私の所へやって来た、と?」
「そうなんですトリトンさん。いや、最初からこっちに来ればよかったんですよね。なんせ学者さんなんだし」
そう。ピリカの親父さんのトリトンさんは学者だ。学者といえばいろいろ知っているだろう。
そう思って家を訪ねた訳だ。
しかし、この家ってこんなに殺風景だっけか?
なんかテーブルと椅子しか見えないんだが。
「孵化器かぁ……――」
あ、考え中モードになったな。
女NPCはゲーム内にあると言っていたが、正式サービス開始時に実装されるコンテンツっぽい事も言っていたし。
実はまだ未実装アイテムだったりするのだろうか。
「あぁ、それなら。ここから北西に行った農村にあるよ。家畜の鶏の卵を、普通よりも早く孵化させる為に使っているとかなんとか。頼めば売ってもらえるだろう。近々他の用途での発売も検討しているとかで、大々的に宣伝するらしいよ」
「他の用途?」
「そう、モンス――」
あ、また止まったぞ。
「――需要があると解ると値上げされるかもしれないし、早めに行くといい」
今無かった事にしたな。
やっぱりモンスターエッグ絡みなのか。
まぁサクっと行って孵化器購入して……少し狩りしたら今日は寝るかな。
「トリトンさん、ありがとう。村に行ってみるよ」
「気をつけて」
「おい待て若造可愛い孫娘は――」
「いりませんから……」
トリトンさんの誤解は解けてるのに、こっちはまだなのかよ。
「何? 今なんと言った」
「いや、だからピリカを嫁に――」
「可愛い孫は誰の嫁にもやらんわあぁぁっ」
「だからいらないって言ってるだろうっ」
「いらないじゃとおぉぉっ」
「いらないんだよぉぉぉっ」
「「はぁはぁはぁ」」
何故か二人して声を荒げて息切れまでしてるし。俺、NPCと何やってるんだろうな。
「なんじゃ、ピリカを嫁に欲しい訳じゃなかったのか」
「違いますよ」
「なんじゃなんじゃ。それならそうと早よぉ言わんかい。じゃあ、ちとお使いを頼まれてくれんかの」
お、大賢者からのお使い! もしかして魔法技能伝授フラグか!?
「農村に行くなら、ついでに牧場の主人にこの手紙を渡してきてくれ」
「はい! 解りましたっ。直ぐに行かせて頂きますっ」
「ニ、三日掛かっても構わんぞ」
フラグに違いない!
そしてこのお使いが終わったら……ようやく俺も!
……あれ?
なんで魔法技能が欲しかったんだっけか?
まぁいいや。覚えられるならなんでも覚えよう。
ピリカの家を後にし町を出ようとした直後、システム音が鳴ってフレンドからのメッセージが届いたという知らせが入った。
フレンド、つまり夢乃さんか。
メッセージボックスを開き、内容を確認っと。
[差出人:夢乃]
[用件:服出来たよー。受け取りに来てネ。]
もう出来たのか。っていうか、あれからまだ十五分ぐらいしか経ってないのに。
まぁいいや。せっかくだし、新しい装備で出かけよう。敵ももしかしたら強くなってるエリアかもしれないしな。
あと、そろそろこのダサい初心者装備を脱ぎたいし。
なんだよ、ベージュのポロシャツに、カーキ色のズボンって。ちょっとファンタジー風に、ボタンのところが紐になってるけど、ダサいのは代わらないし。
回れ右をして工房に再び戻ると、やたら機嫌の良さそうな夢乃さんの姿があった。
さっきのブツブツ不審者とは大違いだな。
「あ、彗星くーんっ。出来たばーい」
なんか黒っぽい派手な布をひらっひらさせながらこっちに向って来る。まさかアレなのか?
「これよこれっ。あとこれと、これも」
「これとこれって……何着作ったんだよいったい……」
「レベル8装備と12装備。生産装備はレベル4の倍数ごとに作れるんよ。裁縫ばっかりしとったから、レベル12まで上がったんばい」
レベル8装備は靴以外の上半身、下半身、手の三種防具が揃ってるが、12のほうは靴含めて全部ある。セットで装備しろってことか。
受け取った装備をその場で装着。わざわざ着るという動作もなく、ステータス画面でボタン一つで切り替えられる。
えーっと、これは……
「私の見立てどおりやね! ダークエルフだから、逆に真っ白い衣装ってのも思いついたんやけど、青みがかった銀髪を引き立たせたいってのもあったけん、衣装は黒にしてみたんよ」
「あぁ……黒いね」
それでさっき、黒い羽根がどうとかブツブツ言っていたのか。
黒いロングコートの襟や裾に、黒い鳥の羽根がふっさふっさしている。寒い日ならぬくそうではあるが……。
このロングコート、袖だけは赤いんだな。で、袖口はまた黒く、そこにも羽根がふっさふっさ。
「この羽根ねぇ、元々は白い羽根やったんよぉ。なんとか黒くできないかなぁと思ったら、染料で染められたんよぉ。いいやろ、これいいやろ?」
「あー……まぁ、魔法使い……っぽくはあるな」
主に邪悪な魔法使い的な。
「うふふ。ロングコートの下は真っ赤なシャツばい。しかも鎖骨丸見えの……ぐふふ」
「へ? ほわっ! な、なんだこの胸板丸見えなデザインは! ボタンはどこだっ」
「未実装ばーい」
未実装って、おいっ。
はっ。
周囲の女プレイヤーの目が……ヤバいっ。なんか涎垂らしてるのもいるぞ。
逃げよう。ここは素早く逃げようっ。
「あー、装備ありがとう。お礼はまた今度するからっ。今ちょっとクエスト中で立て込んでるんで、またっ」
「レベル上がったらまた次の装備作るばーい」
遠慮しますっ。
内心そう思いながら工房から逃げ出した。
街道を北西に進み、三十分ほどで農村へと到着。
すっかり辺りは暗くなったが、その道中は随分と賑やかだった。何故か同じ村を目指すプレイヤーが多く、お陰で好奇の目に晒されたがな。
けど、途中のモンスター戦で派手コートの威力を知る事になった。
ログインしたときにはHP600超えだったのが、装備変更で1000超えにまでなっていたし、防御力も当然増えてモンスターの攻撃もそれ程痛く無い。
さらに特殊効果なのか、体が随分と軽い気がする。
安全な村に到着してから装備の説明を読むと――
◆◇◆◇
名称:黒楼羽根のロングコート(レア)
効果:VIT+1、防御力+35。
風属性ダメージ20%カット。回避+10。
HP+300。
必須技能:特になし。
◆◇◆◇
◆◇◆◇
名称:黒楼のズボン(ノーマル)
効果:防御力+28、HP+150。
必須技能:特になし。
耐久度:200
◆◇◆◇
◆◇◆◇
名称:黒楼羽根の手袋(レア)
効果:DEX+2、防御力17。
『手』を使った技能攻撃に対し、ダメージ補正。
風属性攻撃のダメージ10%アップ。
HP+100。
必須技能:特になし。
耐久度:150
◆◇◆◇
ロングコートと手袋がレア扱いじゃないかっ。
黒楼羽根と羽根無し……ピチョンの羽根を染めたようだし、あれを使ったかどうかでレア度が変わったのか。
体が軽く感じたのは、回避補正が付いているからかな?
いやぁ、HP補正がありがたいぜ。
以前は手袋装備が無かったし、防具四ヶ所全てにHP補正が入ったおかげでかなり打たれ強くなるよな。
見た目は派手だが、今更それをどうこう言っても仕方が無い。糞みたいな色男面になってるんだし、派手な装備ぐらいなんだ。
この際開き直ってやろうじゃないか。
「ってことで、まずは孵化器っと……」
鶏の卵の孵化させるのに使ってるってんなら、養鶏場だよな。
まさか村に押し寄せてるプレイヤーが向ってる方向とか? まさかなぁと思いつつも、釣られて同じ方向へと向ってしまう俺。
大勢のプレイヤーが向った先は牧場で、そこにはプレイヤーと馬が放牧されていた。
は? プレイヤーがなんであんないっぱい牧場の中に?
なんか必死に馬に乗ってるっぽいけど……ほとんど振り下ろされてるじゃないか。
ここが養鶏場じゃないって事は解った。
どこだどこだ――牧場を唖然とした顔で見ているNPCがいるから、聞いてみるか。
「もしもし、そこのNP――おじさん。ちょっと聞きたい事があるんですけど」
麦藁帽子を被った五十代ぐらいのおっさんNPCが、悲壮感たっぷりな顔で振り向く。
「あ、あんたももしかして馬を小屋に入れる手伝いがしたいっていうのか!?」
「はぁ? い、いやそうじゃなくて。養鶏場がどこにあるか知りたくて。養鶏場じゃなくても、孵化器を売ってくれる所を知っていればそっちでも」
悲壮感たっぷりの顔のまま硬直したNPCは、数秒ほどシンキングタイムを取ってから人の良さそうな笑顔になって答えだした。
いったい何があったんだ、このNPCの身に。
「養鶏場なら右手に見えるあの大きな建物だんよ。今はまだ大々的に販売はされてないが、頼めば孵化器を売ってくれるさね」
「ありがとう」
にこにこと笑っていたNPCだったが、別のプレイヤーがやって来て馬小屋がどうたら、手伝うだどうとか言うと、さっき同様の悲壮感漂いすぎる顔に戻ってしまった。
そんなに手伝って欲しくないのかよ。だったら自分で馬を小屋に入れればいいのに。
そう思いながら教えて貰った養鶏場へと向った。




