206:マジ、ぷぅに負ける。
セシリア曰く、ネオン街の一つを進んで行く。
どっちに進むのか、決めるための要素がまったくないので、彼女の剣を地面に突き立て、倒れた剣先の向きが近いほうの道を選んだ。
「マジ氏、落とし穴はどうだ?」
「おぅ、ちょっと待ってくれ――『トラップ オン ディスカバリー!』」
うん。罠だらけだな。
たださっきまで見た罠サイズより少し大きい気がする。
試しに背中のギターを手に持ち、赤く点滅する罠の部分に振り下ろしてみた。
ざざぁっと音を立てて表面の土が落下していく。
横幅は七十センチと言ったところか。ドワーフ以外ならすっぽり嵌りそうだ。
そして深さは――
「……深い、な」
「深すぎますね」
「試しに石でも落としてみるか」
フラッシュが小石を投げ落とすと、数秒後、コーンっという音が響いてきた。
いやいやいや、深すぎますって。
さっきまでの幼稚な落とし穴と全然違うぞ!
「これ、さっきまでの感覚で走って通りぬけようとしたら……」
「あぁ、確実に脱落者でてるだろうな。マジ氏、マジで罠発見感謝だぜ」
「マジック君、凄いな!」
ふ、ふふふ。
やっぱりディスカバリー合ってよかったよな。
落とし穴のサイズが大きくなったからか、数としては若干減っているようにも見える。
それでも俺の前方十メートル以内に、十箇所近くあるんだけどな。
そんな訳で、戦闘は今まで以上に苦しい。
ヘタに動けば穴に落ちるし、落ちればとんでもない落下ダメージがあるだろう。
それ以前に、落ちたらどうやって這い出るのか、そこが謎だ。だからって落ちて確かめる気にもならない。
穴の正確な位置を知っているのは俺だけだ、戦闘になったら立位置をまず指示する。
あとはそこから一歩も動かず戦闘をしなきゃならないが、これが難しいんだよな。
地道に、ゆっくりと進んでいって、ようやく罠のない場所へと到着した。
が、道が途中で途切れていて、途方に暮れる先行者パーティーと遭遇する事に。
「これ、どうやって向こう側に渡るのだろう?」
セシリアが最もな意見を口にする。
前方は崖になっていて、二十メートルほど先に奥へと続く通路がある。
先行者の脇を通って崖下を覗き込んでみるが、下は真っ暗で何も見えない。
「ルーン、『ライト』を下に向って投げてくれないか?」
「え、『ライト』ですか? マジックさんも使えるんじゃ?」
俺が投げた場合、下ではなく上に飛んでいく可能性もある。
とにかく投げるよう頼むと、首を傾げながらもルーンが『ライト』を崖下に向って放った。
白く光る魔法の玉が崖下に向って飛んでいく。
射程は十五メートル。
周囲を照らしながら、ある程度の距離ですぅっと消えてしまった。
分かったことは一つ。
少なくとも十五メートル下に地面は無いという事。
実際には『ライト』を中心に周囲を照らしていたから、もっと深い位置まで見えていたと思う。
それでも地面は見えなかった。
「これ、絶対まずい深さだよな」
っと、一緒に崖を覗いていた先行パーティーの一人が呟く。
同感だ。
落下ダメージで死ぬことは無いと思うが、ヘタするとHP1残してなんて状態かもな。
そんなのでモンスターが居た日には、VIT型だろうがあの世行きだぜ。
さて、どうしたものか?
「ロッククライミングで渡れないだろうか?」
とセシリアが言う。
そういえば彼女、そんな技能持ってたな。
だが先行者の一人が首を振る。
「それ、さっき俺がやったんだが、一歩目で落ちたよ」
「ふえっ」
「まぁ一歩目だったのもあって、仲間がすぐ掴んでくれたから落ちずに済んだけどね」
凹凸のない、まっ平らな壁なので、ロッククライミングが不可能なのだとか。
しかも垂直だもんな。
「あそこにぶら下がってる鍵を、あっちに差せばたぶん……」
「あそこ?」
呟いていた先行者が壁を指差す。
やや奥よりの壁をじぃっと見つめると、確かに鍵のようなものがぶら下がっているのが見えた。
鍵のすぐ下にはかなり狭いが足場が用意されている。
そしてもう片方の「あっち」は普通に目視できる場所、こちら側の足元にほど近い壁にあった。
「鍵穴が二ヶ所だな」
「あぁ、鍵は左右の壁にぶら下がってるんだよ」
なるほど、確かに左右の壁に鍵がぶら下がっているな。ここから十二、三メートルぐらいか。
ロッククライミングはダメ。
ならどうやって鍵を取りに行く?
「ロッククライミングを使って取りに行けば――」
「セシリア、それさっきも言ってダメだったろ」
「さっき俺がだめだったって話したばかりなのに……」
「ふえっ。ご、ごめんなさいっ」
このポンコツめ。
〔ぷっぷぷぅ〕
「あ? あぁ、ほれ」
ぷぅがあたちの話を〜と言っているので、団子を一個渡す。
そうじゃないんだけど、これもいいわねとか訳の分からない事を言いながらパクパク食うぷぅ。
ホバリングしながら団子を食うなんて、器用な奴だ。
あ……
「俺のリターンで行けるかも!」
鍵の直下に足場がある。狭いが、一歩も動かなければ乗っていられるだろう。
そして一歩も動かなければ、五秒後にはこちらに戻ってこれる。
よしっ、行ける!
あとはテレポする位置を間違わないように、じぃっと、じぃーっと足場を見つめる。
「マジ氏、行けるかもってどういう?」
「そうかっ。マジック君のスキルに、行って帰ってくるものがあるから、それを使うのだな!」
「セシリアさん、それじゃあ説明になってないですよ」
「ほ、本当に行けるのか?」
仲間が、そしてその場で足止めされていたパーティーが俺に声を掛けてくる。
集中できないから黙ってて欲しいんだが……。
外野の声を無視し、俺はじっと鍵下の足場だけを見つめる。
あそこだ。あそこに飛ぶんだ!
念の為、シルフからノームに召喚を移す。
これで万が一失敗しても、ノームのちゃぶ台で足場を作れるからな。
俺あったまイィ!
「よし、行くぜっ『リターンオブテレポート!』」
意を決して飛んだ先は、見事鍵下の足場!
ヒャッホー。俺、サイコー!
〔の……〕
「はっはっは。そうがっかりするな。また出番あるって」
〔のぉむ〕
さて急いで鍵を取らなきゃな。何も持たないまま、元の位置に戻ったんじゃ情けない。
打ち付けられた釘にぶら下がる鍵を取って――残り時間を待つ前に足場が崩れた!?
「ひ、ひぃ、ノーム!」
〔ののぉ!!〕
落ちる! 死ぬ!?
ノームにちゃぶ台の合図をしたところで、俺の視界にセシリアが映った。
「おかえり、マジック君」
「……あ、あぁ。ただいま」
〔のぉぉぉぉぉぉっ〕
鍵のあった壁付近で、ノームの悲鳴が聞こえてくる。
……ノームだけ置いてきちまった。
足場となっているちゃぶ台の上で、ノームは必死な顔で〔助けてくれでやんす〕と叫んでいる。
「召喚しなおすか。ノーム、こっちゃこい」
〔のっ〕
ちゃぶ台の上から一瞬消えたノームは、次の瞬間には俺の足元へ。同時にちゃぶ台は砂になって消えた。
再召喚すると、スキル効果もリセットされるのか。
「おおぉぉ、すげぇ!」
周囲が歓声を上げる。
ふっふっふ。そうだろうそうだろう。俺って出来る男なんだぜ。
「すげぇぞ、あの鳥」
「賢いなぁ」
え? 鳥?
〔んっんん〜〕
はっと振り向くと、そこには鍵を嘴で咥えたぷぅが、パタパタと飛んでくるところだった。
その鍵を俺に届けると、
〔ぷっぷぷぅぷぷ〕――あたちにかかればこんなの楽勝よ。
と仰っている。
俺の努力と一瞬味わった恐怖は……全部無駄だったと?
「そんな手があったとは……」
俺同様、肩を落として項垂れる奴がいた。
先行パーティーの人だ。
彼の足元にはピチョン――いや、ピッピが申し訳なさそうに主人の頬に擦り寄っていた。




