155:マジ、MHに飛び込む。
「なんだなんだ?」
「どないしたん?」
好奇心旺盛なドワーフどもが採掘の手を止め、また戦闘を中断――いや、周囲にゾンビの姿も無く、やることが無くなって全員でセーフティーゾーンへと引き返した。
そこで見たのは、世にも恐ろしい光景だった。
俺たちが通った通路とは対角線上となる通路にひしめき合うモンスターの群れ。
もうぎゅうぎゅです。
想像するなら通勤通学時間帯の都内のバスや電車内の乗客のうち、七割ぐらいがゾンビという光景。残り三割は蝙蝠だの土竜だの蜘蛛だのの他モンスターだ。
「俺、吐きそう」
「多少はコミカルに作られたデザインだとはいえ、これはないわぁ〜」
ほんと、ないわ〜。
しかしモンスターハウスだとしても、これは酷すぎないか?
周囲では休息中のプレイヤーや露店を開いている職人プレイヤーが、やっぱり同じような気持ちで蠢くゾンビの壁を見つめている。
セーフティーゾーンには見えない壁みたいなのがあって、モンスターは入れない仕様になってるんだな。
近づけない入れないとは聞いたが、見事にシャットアウトされてるわ。
しかしどうせならヘイトも遮断すればよかったのに。
こいつら、こっちにプレイヤーがいるもんだから、そのプレイヤー狙って必死に見えない壁越しに手を伸ばしてんだぜ。
そう、必死に……
生きた人間を食おうともがくゾンビ軍団……。
「なぁ、これなんてホラー映画だ?」
「やめろよマジ! 俺昨日ゾンビ映画見たばっかなんだよ!」
「あ、それ衛星放送のじゃないっす? 俺も見たっすよ」
「確かに光景はよく似ていますね」
「そ、それってどんな展開になるんや?」
「全員食べられました。そもそもバッドエンド物でしたから」
「やめるぞなもしいいぃぃぃっ」
俺たちも……ここで食われるのか!?
「き、きき、き、君たち! わ、私たちは冒険者なのだぞっ。こ、ここで泣き言など、言わず、や、奴等を――」
「セシリア、声思いっきり震えてるぞ」
「ふえぇ〜。だってアレぇ、気持ち悪いんだぞぉ。マジック君、なんとかしてよぉ」
いや、なんで俺なんだ。俺だって気持ち悪いよ。
だが確かになんとかしなきゃなぁ。なんせモンスターハウスが出来上がった通路が、出入り口方面だし。
これじゃあ外から入ってくる人も通れない、出たい奴も出れない。テレポしたら頭打つし、詰んでる。
じゃあ試しに――
見えない壁ギリギリまで近づき、
〔ばあぁぁぁぁ〕
〔うぼぁあぁぁ〕
「気持ち悪イィィィィィ! 『シャイニングフォース・フィンガー』」
お試しなのでその場ジャンプでちょっとだけ持続ダメージを――あ、ダメですか?
壁の内側から魔法を使っても、外側のモンスターにはダメージを与えられないようだ。
念のためトール・ハンマーも使ってみるが、派手なエフェクトだけでダメージは一切出ない。
「放電さん、無理だよ。セーフティー内から攻撃できたら、遠距離職の固定砲台が出来てしまう」
「そうそう。そんな事になったらここは、遠距離天国で楽してレベル上げ出来る糞エリアになっちまうからな」
見知らぬプレイヤーにそう指摘され、なるほどと納得。まぁ出来ないだろうとは思っていたから、落ち込んだりはしないんだが。
さて、そうなるとどうしたものか。
「よし。VIT上昇系のバフ持ちいますか! ついでにバリア系スキルもっ」
軍服みたいな装備の男が俺の隣に立って、一同を振り返りながら叫ぶ。
「じゃあ『カッチカチ』やで」
「ん? あぁ、ありがとう」
肩をポンと叩き、バリア系スキル『カッチカチ』を掛けてやった。他からもバフだのなんだのが一斉に飛んでくる。
「ではこれから不肖、このデーモンがゾンビの群れへと飛び込むので、諸君等は後からついて来て、そして一掃してくれ!」
デーモン……それ名前かよ。
なんか不吉な予感しかしないんだが。
それに、
「その装備で? どう見ても防御力ありそうに見えないんだが」
「ん? これは二重合成で全裸になるのを防ぐためのアバターだよ」
あぁ、なるほど。どこぞには全裸回避の為にふんどしになった変な奴もいたが。こっちはまともだったか。
踵を返してセーフティーゾーンから飛び出していくデーモン。沸きあがる歓声。
「『ヘイトコール!』さぁ、今のう――ぎゃあぁぁぁっ」
歓声は一瞬で止み、俺たちが見つめる中デーモンは倒れた。
「うぉいマジかよ!」
「あいつ、上下レア二セット合成だったんだぜ?」
「見た目以上にモンスターが多いんじゃ?」
その場に倒れたままのデーモンを気にもせず踏みつけまくるゾンビその他たち。あのまま放置したら、デーモンもゾンビに……。
ひいいぃぃぃっ。
そ、そういえばさっきの定点場所のモンスターが少なくなってたな。
運悪く、モンスターハウス化しようとしてた場所に、更にリポップして巨大化したんだろう。
「ヒットアンドアウェイ作戦はどうだ?」
「いや、かなり硬いだろう悪魔があれなんだ。普通に無理じゃね?」
「タンカー複数人で突っ込んで一人当たりが抱える数減らせば?」
「ヘイトスキルのレベルが高い奴が全部抱え込む結果になるだけじゃん」
「同じスキルレベ――」
「装備効果も考慮すると、まったく同じヘイト量にはならないかと」
あちこちで討論される間も、デーモンは転がったままゾンビに踏まれ続けている。
ちょっと可哀相だ。
結果はどうあれ、彼の勇気は称えるべきである。
あ、もしかして!
ヒットアンドアウェイ作戦、出来るかも!?
「ノームさんや」
〔のの!〕
ぼこぼこと地面から出てきたノームに耳打ちするように作戦を告げる。
一瞬悲痛な顔を見せたノームだが、任せろとばかり胸をどんっと叩いて俺の肩に飛び乗った。
「フルブースト、頼んます!」
「うおりゃああぁぁぁっ!」
勢い良く走り出した俺は、見えない壁ギリギリの所で――
「『リターンオブテレポート!』」
飛んだ。
目標はデーモン真上の天井すれすれ。
視界に景色が浮かんだ瞬間、次は――「『シャイニングフォース・フィンガアァァァ』」
滞空時間なんてのはほとんど無い。
肩から飛び降りたノームが『ちゃぶ台返し』を唱える。デーモンの亡骸のすぐ真横に。
着地し、適当なゾンビにボディーブローを与え、すぐさま俺も『ちゃぶ台返し』を唱えた。ノームの座卓とは角度を変え、『く』の字になるように。
こうする事でモンスターに囲まれるのを防ぐ作戦だ。そしてすぐさま今度は『焔のマント』で、開いた側面から侵入してこようとするゾンビ共をノックバックさせながら時間を稼ぐ。
着地とちゃぶ台とマントで既に足が動いているから、リターンのCT明けを待たなきゃならない。
それまで座卓が持ち堪えてくれるか……。
いや、無理か?
もうヒビ入ってるし、CTはあと十秒ぐらいあるし、やばい?
そう思ったとき、背後でがさっという音が聞こえた。
ま、まさか……デーモンがゾンビ復活!?
「とぅ! ふはははははははっ。デーモン復活!」
「はぃー?」
振り向いて思わず唖然とした。
「おぉ、光っているな、君」
「いや、今それはどうでもいいから……なんで生き返ってんの? ゾンビ化したのか?」
「何を言っているんだ? 課金アイテムの蘇生アイテム使っただけだぞ」
最初から使えよ……と思ったが、そうすると復活直後にまたデスペナくるだけか。
「諸君! 今の内だっ」
「あ、いや、ちょ、まっ――」
リターンのCT明けるのにぃ!
俺の計画。
リターンで天井に出る。落下しながらシャイニングする。ノームが先に着地してちゃぶ台展開。俺、着地してちゃぶ台展開。隙間から入ってくるゾンビをマントで燃やしつつノックバックさせ続け、リターンCT明けたらデーモン抱えて戻る。
「ふんどしに続けぇぇぇっ!」
「のりこめー」
「祭だワッショイ!」
どどどどどどっと雪崩れこんでくるプレイヤー。
それと同時にリターンのCTは明け、更に座卓が崩壊。
今、
俺の作戦は、
失敗した。
お読み頂きありがとうございます。
タイトルですが「MH」=モンスターハンターではございません(笑
モンスターハウスの略でございます。




