11:マジ、初めて自分の姿を確認する。
クエストが開始されると、馬が勝手に歩きだす。
おいおい、大丈夫かよ。モンスターに狙われたりしねえだろうな……あ、大丈夫な訳ね。
移動速度は徒歩並み。馬ならもっと速く歩けよと思うが、まぁ丸太をこんなに積んでるんじゃ、重いよな。
時々『赤眼猪』を倒す為に戦闘を開始すると、律儀に馬は止まって待ってくれていた。
どうにもその姿が「頑張るっぺよー」と言っているように見えて、ほっこりしてしまう。
特に何事もなく無事に港町へと到着。
町中でも馬は勝手に移動していく。が、俺と一定距離離れると、こちらを待つかのように止まって振り向く。
お前……
可愛すぎだろ。
材木屋に到着してオムジって人を探し、マサオさんからの手紙を渡す。
【ご苦労様です冒険者さん。ではこちらが報酬となります、100ENでございます】
「は?」
両手をすりすりしたあと、前掛けエプロンの中年男が銀貨っぽいのを一枚取り出す。
聞きなれすぎた単語に思わず間の抜けた声を上げてしまった俺。
中年男――オムジさんは再び手をすりすりし、それから銀貨を一枚手渡そうとする。
【こちらが報酬となります、100ENでございます】
「100……えんだと?」
【はい】
エン……円かよ!?
報酬百円って、子供のお使いかっての!
《クエスト【丸太を材木屋オムジに届けろ】を完了しました》
メッセージが浮かぶとすぐ、馬はさっさと移動を開始してしまった。
お前……もう帰るのか?
だが馬は振り返る事無く、行きよりも早い速度で帰って行った。
まずは冒険者ギルドで花と食材、乗客クエの報告を済ませる。
相変らずギルド内は込み合ってるな。
クエスト報告は二階だというので階段を上って行くが、やっぱり込みこみだ。
ただ報告用カウンターもそこまで行けばMOエリアに飛ぶのは同じようで、時間も掛からなければ手間も掛からない。
上手い仕様にしたもんだ。
《クエスト【海岸に咲く花】を完了しました》
《クリア報酬105EXPを獲得。80ENを獲得》
《クエスト【食料の調達】を完了しました》
《クリア報酬100EXPを獲得。230ENを獲得》
《クエスト【乗客の安否4】を完了しました》
《クリア報酬250EXPを獲得。200ENを獲得》
おぉ、光った!
レベルアップだな。
周囲から見ず知らずのプレイヤーが「おめー」という言葉を掛けてくれる。
でもそこかしこで光ってるプレイヤーがいるもんだから、誰に言っているのか解らない。
とりあえず……
「ありー」
ぼそっと呟くように返してみた。
何の反応も無い。
うん、独り言だしいいんだ。
さ、大賢者を探すか。
しかし、何の手がかりも無いしなぁ。
移民船で来たってんなら、船員に聞けば情報を得られるやもしれないな。行ってみるか。
【大賢者? ――あぁ、あの髭のじいさんか。知ってるぜ。町の西側区画にある居住区に居るはずだ】
船員に話しを聞くと、暫くの間の後に大賢者の居場所をあっさり教えてくれた。
西の居住区に向う。
ゲーム内では空が夕焼けに染まり始めた頃。
確かゲーム内の一日は、ゲーム内時間でも十二時間だったはずだな。公式に書いてたのを思い出す。
そして時間の経過は、現実のそれの二倍。現実での一分がゲーム内では二分に感じられるとか。
まぁ脳で直接データのやりとりしてるから、そう錯覚してるだけだという話しだが。
石畳の通りに子供達の元気な声が響き渡る。
おぉ、声優がちゃんと付いてるな。
そんな子供たちの声に、聞き覚えのあるのが混じっていた。
「あっ。ピリカの勇者様だ〜っ」
「うぉ。お前だったのか」
とてとてと走ってくるのは、船で助けてやった子役のNPCだ。
そうか、この子も居住区に来てるのか。なら、大賢者の事を知っているかもしれない。
いやぁ、こんなところでNPCとこね持ってるって、いいもんだ。
「ピリカ、お兄さんちょっと聞きたいんだけどいいかな?」
【――うん、いいよっ】
NPCお得意の考え中があったな。
まぁ逐一この考え中は発生するだろうが、居場所さえわかればそれでいい。
「じゃあな、お兄さん人探ししてんだけど、ピリカは大賢者って知ってるか?」
「知ってるよ! おじいちゃんはね、ピリカのおじいちゃんなんだよ!」
おじいちゃん?
まぁ大賢者っていえば、じいさんってのが定番だろうが。
いや、待てよ。
まさか……
「もしかして、ピリカのおじいちゃんが大賢者なのか?」
「うん。そうだよ」
なんてこった。こんな幸運があるのか?
ちなみにLUKは1だぞ。
「おじいちゃんに会いたいの?」
小首を傾げるピリカの表情は、なんとも滑らかで受付にいるアレとは大違いだ。
セリフ回しも流暢なもので、考え中さえなければ中身の入ったPCだと思っちまうな。
ただしこのアニメちっくなグラフィックが、現実離れしているので『実在する人間』という考えまでには及ばない。
「おじいちゃんに会わせてくれるかい? お兄ちゃんね、大賢者様に教えを乞いたいんだよ。魔法のね」
「うん! 勇者様なら大歓迎だよっ。おじいちゃん、弟子は取らない主義っていつも言ってるけど、ピリカの命の恩人だもの。ピリカも一緒に頼んであげるね」
なんて頼もしい子だろう。
普段は弟子を取らないみたいな感じの設定だが、何かのフラグを立てれば魔法技能を教えてくれるとか、そんなんなんだろう。
いやぁ、ピリカを助けて良かったぜ。
あ、あの女剣士にも心の中でお礼言っておかなきゃな。
ありがとう。
以上、終わり。
待っててねと言ってとてとて走っていったピリカ。
さすがに今度は即行とは行かないみたいだな。
待ってる間、さっきまでピリカと遊んでいた子供たちが俺を取り囲んだままぐるぐる回っている。
これはなんかの儀式ですかね?
はぁ……
ふと、建物の窓ガラスに映る人影が目に入る。
うわぁ、めっちゃイケメンじゃん。この人随分と気合入れてるな。
切れ長の目、整った眉。青銀色の髪に赤紫色の瞳。褐色の肌と長く尖った耳は、ダークエルフか。
ふっ。
ふって笑う顔もさまになってるな。
クールなイケメンタイプか。もうヲタ女子が発狂しそうな顔だぜ。
まったく、こんな気合入りすぎのキャラメイクするとか、どんだけ必死な奴なんだよ。
恥ずかしいや……あれ?
ちょっと待て……。
俺が右手を上げる。
すると、ガラスに映る超絶イケメンは逆の手を上げた。
だがそのタイミングは俺とまったく同じだ。シンクロしてると言っても過言では無いほどに。
辺りをキョロキョロ見渡す。当然、ガラスに映ってる奴もキョロキョロ。
「あああぁあぁぁぁっ!? 今ここに大人って、俺しか居ねえじゃんかあぁぁっ」
「わーい、わーい」
「お兄ちゃんが壊れたー」
「わーいわーい」
「喜ぶなくそガキ共ぉっ!」
があぁぁぁっっと叫びながら追いかけると、これまた嬉しそうに走り回る子供達。
どうなってんだ。なんなんだこの顔は。
はっ!
そうだ、俺、自分でキャラメイクしてねえんだった!!
「勇者様、お待たせ〜。あのね、ごめんね。おじいちゃん、今忙しいんだって。だから今夜十時にまた来てね、だって」
今夜十時……えーっと、今が……そういや腕時計があったな。これ、ちゃんと時計機能も付いてたんだよな。
時間は――八時前ぐらいか。あと二時間だな。
よしっ。
「解ったよピリカ。お兄さんも用事が出来たし、また夜来るな」
「うん。絶対だよっ。ピリカのお家はね、ここから真っ直ぐ行った青い屋根のお家だよ」
「あぁ。目印に白いハンカチとか軒先に干しておいて貰えると助かるんだが」
「――うん、わかったよっ。ハンカチ、洗濯して干しておくねっ」
うんうん、いい子や。
そうと決まれば早速!
ダッシュで道を引き返し、角を曲がった所でシステムメニューを呼び出しログアウトを選択する。
そして十秒後――
『お帰りなさいま――』
「この顔はなんなんだよ! 気合入れすぎだろおいっ。超絶過ぎるほどのイケメンとか、お前の趣味かよ!?」
受付ロビーに戻ってきた俺は、有無を言わさず抗議に出る。
口を開いて硬直している女NPCは、瞬き一つしてから、
『お帰りなさいません、彗星マジック様』
と、何食わぬ顔で言いやがる。
「なさいませんって、なんなんだよっ」
『質問の多い方ですね。まず先ほどの質問の件でございますが、ワタクシがというよりは、ワタクシのモデルとなった開発スタッフの方の好みかと思われます。次の質問でございますが、彗星マジック様がお気づきになるか、試したので御座います。その結果、お気づきになられましたのでこう言わせて頂きます』
そう言ってこいつは真顔のまま俺の前にずいっと出て来た。そして軽く会釈をしてから――
『おめでとうございます』
と言った。
こいつにモデルが居るのか。そのモデルってのは外見的なものか、内面的なものか。
だがこれだけは解る。
絶対女だ。しかもアニメヲタクだ。もっと言えば腐女子かもしれん。
アッー。




