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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第98話 龍の寝殿事件?について 前



 「おい、背高!コイツはお勧めだぞ!」

 「おお、かたじけない」

 「いやいや、背高!こっちの方がお勧めだ!」

 「うむむ、かたじけないな」

 「貴様らどけ!この背高は舌が肥えとる!ウチの秘蔵のヤツでなければ駄目だ!」

 「なにをっ!?」


 髭面の暑苦しい男どもに言い寄られている師匠は、彫像の様な顔であった。


 だが、分かる。


 その眼に宿る感情は、歓喜。


 自らに次々と貢がれてくる“神の恩寵”とやらに、喜色満面ならぬ気色無面になっているのだ。


 「なまぐさぼうずめ・・・」


 私は一人、騒がしい集会場の隅っこで膝を抱えながら呟いていた。


 ここは、街のすぐそばにある龍山の中腹だ。

 すでに雪が積もりつつあるこの場所は、しかしまったく寒さを感じさせない程の熱気に包まれていた。

 

 それは暖房によるものではなく、中にいる連中の騒がしさによるところが大きいと思われた。


 師匠に次から次へと部族秘伝の銘酒が詰まった瓶を突き出しているのは、そろいもそろって私と同じくらいの背の低いオッサンどもだ。

 だが、彼らはこれでも高身長にあたる。


 それもそのはず、この場にいる私と師匠以外の者は、全て“鉱人”なのだから。



 “鉱人”。


 屈強な肉体と地質・建築学に通ずる明晰な頭脳を持つ、髭もじゃらの酒飲み集団だ。


 山があったら辺りかまわず穴を掘り、石を切り出し積み上げて大都市を建設してしまうので、自然を愛する森人とは犬猿の仲であった。


 だからと言って私たち人間と取り立てて親交があるわけでもなく、精々自慢の麦酒を卸に来るくらいしか私たちの街とは交流がない種族だ。


 では、なぜそんな連中がぎゅう詰めになった集会場に私と師匠がいるのかと言うと・・・


 「背高!ぜひともウチの部族にやらせてくれ!」

 「いいや!ルベツネの連中にやらせては鉱人の恥として残る!ここは我らペテガリが・・・」

 「囀るな!トヨニを置いて、龍の寝殿を修復できる部族などおるまい!」

 「言わせておけばぁっ!」


 自分を囲んで殴り合いの大喧嘩を始めた鉱人をそっちのけで、当の師匠は鉱人の自慢の酒の数々を味わっていた。


 「うむ、役得役得・・・」


 などと生臭いことを言いながら頬を赤らめる師匠は、さる使命を帯びていたのである。





 ちょっと、時間を巻き戻そう。


 

 

 どうやら発端は、一週間前の大事件。

 

 いや、超・大事件。


 というか、超々・大事件かな?


 とにかく、それ程のとんでもない出来事だったのである。



『信じられません!まったく信じられません!未だかつて、このようなことがあったでしょうか!? 前代未聞です!』


 受像機の中で喚き散らされる取材者の声を、私は右から左へと聞き流していた。

 

 私はただただ、眼を奪われていたのだ。


 画面全体を覆いつくさんばかりに広げられた翼をはためかせて、吠え声をあげる巨大な二つの影。

 

 銀の鱗の、龍。


 神話として語られる、書物の文面上にのみ存在する超常の生物である。


 幸運なことに、私はそれを間近で目にしたことがあった。


 だが驚いたことに、今その姿が、受像機によって街中に生中継されている。


 『伝説の中にのみ存在が確認されていた龍!それがなんと!二頭も現れたのです!』


 本来は、行楽が盛況な時期となった龍山を取材する筈だったであろう人物からの、緊急の報告の通り。

 雪を被っていた“龍の寝殿”を突き破る様にして現れ出でた二頭の銀龍は、互いを激しく威嚇するように吠え始めたのだ。


 存在すること自体は理解していたのだが、それでもこうして眼にすれば、驚きと喜びと感動に打ち震えてしまう。


 画面の中で対峙しているこれらの龍とは、そういう超常の存在なのだ。


 だが、どこにも一般的な感性とはズレた人間というのがいるものである。

 

 「まったく、人騒がせな・・・」


 昼食を終え、休憩がてらの読書をしていた師匠は、老眼鏡をかけなおしながら画面を一瞥しただけだった。


 「ええ!?そりゃ、ひとさわがせではあるけども・・・」


 師匠の心底迷惑そうな一言に、私は絶句してしまった。


 間違いなく街の歴史に残るような出来事を前にして、何故だか師匠は眉をしかめていた。

 彫像の様な顔ながら、この二頭の銀龍のド突き合いに呆れているようである。


 これがもしも犬猫のそれだったならば、かような反応をするのは理解できる。


 だが、目の前で繰り広げられているのは、銀龍同士の命がけの決闘だ。

 

 「こんなの、でんせつのしょうぶじゃない!?」


 苛立ちまじりの言葉を師匠に投げつつも、私の眼は受像機に釘付けだった。

 

 一方の銀龍が、もう一方に尻尾を叩きつけ始めたのだ。

 殴られた方も懸命に反撃しようとしているが、どうやら実力差があるらしい。

 首と翼を丸めてそれを防ぎ、必死で隙を窺っているようだった。

 

 「何が伝説なものか。お転婆娘が、一方的に馬鹿息子を引っぱたいてるだけだよ」

 

 意味の分からない師匠の言葉を聞き流して、私は防戦一方となっている方の銀龍を応援し始めた。

 

 「がんばれ!まけるな!まけるなっ!」


 しかし私の応援虚しく、早々に決着がついてしまった。

 

 一度の反撃すらできずに打擲され続けていた方の銀龍は、まるで平伏するように地面に身を投げ出した。


 尻尾を振るっていた方の銀龍はそれを見て、勝利の雄たけびを上げた。


 「ああー、負けちゃった・・・」

 

 悲痛な声を上げる私とは裏腹に、画面の中の人物は上機嫌だった。


 『おお!勝負がついたようです!』


 いつの間にか画面の中で拳を握りしめていた取材者は、勝利した方の銀龍に手を振っていた。

 現場の状況を報告しなければならない身なのに、視聴者の私と同じく見入ってしまっていたらしい。

 まあ、気持ちはわかる。


 伝説級の超常的存在を一度に二頭も、それも戦っている様子を間近で見たのだ。


 その光景を眼に焼き付けられたことを羨みこそすれ、夢中になったことを非難する気になどなれなかった。その場にいたのが私ならば、そうしただろうし。


 完全勝利した方の銀龍は、その荘厳な翼をはためかせて飛び立った。

 後に残された敗北した銀龍はと言うと、驚いたことに姿が陽炎の様に消えていった。


 『い、いったい何処に行ってしまったのでしょうか!?しかし、街のすぐ近くでこのような素晴らしい光景を眼にするとは!私、大変に感激しております!』


 恐らく全視聴者の感想を代弁したであろうその取材者は、顔を真っ赤にして受像機の中で倒れ伏した。

 興奮のあまり、気絶してしまったらしい。


 「あの馬鹿親子め。後で説教してやらねばな・・・」


 画面を見入る私の耳に、師匠のそんな呟き声が聞こえたのだった。




 

 そして丁度その一週間後。


 「やーやー皆さん。おはよーさん。グッモーニン・・・」


 静かな朝食の最中に闖入してきたのは、軽薄な兄ちゃんのグレンだった。

 

 しかしながら、そのいつもの軽薄さが大分弱い気がする。

 なんだか元気がなさそうだった。


 「うわ、でた!」

 「なんだ、朝から」


 私は顔を露骨にしかめて、師匠は無表情ながら、あからさまに迷惑そうに言った。

 来訪客に対してあんまりな挨拶ではあったが、最早申し訳ないなどという気分すら起きない。


 なにせこの兄ちゃん、話を聞くだけでも疲れるし、いつも厄介事を持ち込んでくるんだもの。

 

 「いやー・・・。その辛辣さは、今日はマジでキツく感じますねー・・・」

 

 グレンはそう言いながら、勝手に来客用の席寝椅子にどっかと座り込んだ。

 なんだか非常に疲れているようだが、どうしたのだろうか。


 「多分ご存知だと思うんですけどー。ボクの寝床、ぶっ壊されちゃいましてー・・・」

 「そりゃあ、お前。あれだけの大騒ぎをすればそうなるだろう」


 勝手に語り始めたグレンに対して、師匠は見向きもせずに答えた。

 

 自分の朝食をかすめ取られることを危惧したのだろう。大急ぎで野菜を頬張っている。


 「・・・いったいなぜ、あんな喧嘩なんぞしたのだ?」


 だが咀嚼しながらしゃべるなどと言う行儀の悪いことをしないのが師匠という男だ。きちんと口の中の物を飲み下して上で、師匠はグレンに問うた。


 「それがですねー。母上様ったら、ボクがリィルちゃんとお話したことに嫉妬しちゃいましてー」


 急に話の中心になってしまい、私は戸惑う様に蜜柑を飲み下した。

 以前の様に取れたら敵わないので、これだけはと急いで口の中に放り込んでいたのだ。


 「んぐっ!?わたし!?」


 結局良く味わうこともできずに飲み込んでしまい、悔しい想いをしながらグレンを見つめた。

 しかしグレンは、そんな私を茶化すような元気もないようだった。


 「そそ・・・。『私も会いたかったのに、何で教えてくれなかったのー!?』て、もう大騒ぎ。おかげで寝床が壊れちゃってー・・・」

 「それであの騒ぎか。傍迷惑にも程があるぞ」


 天を仰ぐようにして言うグレンに、師匠は冷たく言い放った。


 というか、あの騒ぎって何?どの騒ぎのことだろうか?


 訝る私を尻目に、話はどんどん進んでいった。


 「それで、鉱人さんらに発注したんですよー。大急ぎで直してねーって」

 「えぇ?そうなの?」


 いまいちグレンの言うことが分からなかったが、これについてははっきりと驚くべきことだということが分かった。


 鉱人に自宅の修繕を発注するだなんて、すさまじい人脈に他ならない。

 偏屈なあの連中とお付き合いできるだけでもすごいことだが、その上さらに自分のために働かせることができるとは。


 このグレンという兄ちゃん。

 実は意外と大物なのだろうか?


 「でもねー、そうしたら部族間の揉め事になっちゃいましてー・・・」

 「もめごと?」

 「一体どうしたというんだ?」


 いつになく憔悴しきった様子のグレンが流石に不憫になったのだろう。


 師匠は自分の皿をグレンから遠ざけつつも、彼に向き直って話を聞く体勢になった。


 「つまり、『俺の部族が工事するぞー』、『いやいや俺の部族がー』ってなことにねー・・・」

 「ああ、それは・・・」

 

 このグレンの一言から、全てを察したのだろう。

 師匠は腕組みをしながら瞑目し、うんうんと頷いていた。

 

 しかし、私には全く分からなかった。


 「ええ?どういうことなの?」

 

 なんでグレンの寝床を修繕するのに、部族間の軋轢を匂わせるようなきな臭い話が出てくるのだ。


 というか、やはりグレンは大物なのか?


 「あー、その、何だね。鉱人というのは、代々銀龍との付き合いがあるんだ」


 師匠は訝る私のために、解説を始めてくれた。


 私はありがたく思いつつも、余計に分からなくなりつつあった。


 すなわち。


 『なんでここで、銀龍の話が出てくるの?』


 である。 


 訳が分からなかったが、とりあえず黙って師匠の話を聞くことにした。

 師匠がわざわざ解説しようとしてくれているのだから、話の中で分かるのだろう。


 「鉱人にとって、数千年に一度現れるかどうかという銀龍に関わるのは、とてつもない名誉だ。まあこれは、街の人間だってそうだろうね?」

 「うん!きっとそう!」


 なんだか話の流れが分からなかったが、そこだけは同意できた。


 あんなに素晴らしい超存在を眼にすることができたのは、私の誇りでもある。


 あの二頭の銀龍の決闘を目の当りにした取材者も、それを受像機で見た街中の人々も、間違いなく同じ気分なのだろう。

 

 「そしてつい一週間前に、龍山にある“龍の神殿”が半壊してしまった。これを修繕するのは、やはり龍と付き合いのある鉱人になるわけだ」

 「うん、まあ、わかる」


 結局のところ、工事の受注は余程大手の土建屋でもなければ、近場の連中に任せるということなのだろう。

 そこそこ長い歴史を持つ鉱人なのだから、その中で何度か銀龍の面倒を見てきたに違いない。

 今回だって、その一つなのだろう。


 「そうなると、工事の主導権の競り合いになる訳だ。なにせ銀龍の寝殿を修繕したなんてことになったら、それは末代までの誉れとなる。それだけに、どの部族も必死になるのだろうね」

 「あー、うん、そうかも」 

  

 それについても、なんとなく想像することができた。

 

 例えば街の聖職者だって、自分の信仰する神様から頼み事をされたら大喜びでそれに従うだろう。もっと俗っぽく言えば、意中の人物に頼み事をされればやる気になるということかな?


 すると師匠の解説に追随して、グレンも心境を吐露し始めた。


 「それで工事の開始が遅れに遅れてー・・・。母上様はまた機嫌が悪くなってー・・・。つらい・・・」


 よよよ・・・、と泣き崩れるグレンの態度を、私は未だに理解しかねていた。


 先日の銀龍大決戦による神殿の破壊。

 その修繕権を巡った鉱人同士の揉め事。


 師匠とグレンの解説で、その一連のつながりは理解できた。


 ただ一つ。


 このグレンの接点を除いて。


 「なんで、ぐれんがこまってるの?」

 「え?そりゃあ、寝床が壊れてるからですよー・・・」


 まったく意味が分からない私であった。


 銀龍と鉱人との云々はまだしも、そこで何故グレンが出てくるのだろうか?


 龍の神殿の近くに家があるのだろうか?


 首をかしげる私に構わず、当のグレンはさっと立ち上がった。


 「とにかくとにかく!このままでは埒が明きませんので、仲介者を用立てることにいたしました!」


 腰に手を当て、右腕を上げてびしりと天井を指さす姿を見るに、先刻の態度は泣きまねだったようだ。 

 ちょっとでも心配しなくてよかった。


 「仲介人とは?」


 実は師匠も、私と同じくグレンのウソ泣きを看破していたのだろう。

 少しも調子を崩すことなく、グレンに訊ねた。


 「ここはディンさんに、各部族間の折衝をばしていただきたく・・・」


 そう言いながらグレンは、すすすっと師匠に歩み寄った。

 

 なんだか露骨に何かを企んでいるような、胡散臭い動きである。

 まあこの兄ちゃんの場合、わざとやっているんだと思うが。


 そしてグレンは懐から何やら革袋を取り出すと、両手でそれをそっと師匠の目の前に置いた。

 

 「ふむ」


 師匠が指先でちょいと革袋の口を開けると、中身を確認した。


 何が入っているのかは分からないが、どうやら納得したらしい。

 師匠は軽く頷いて革袋を掴んだ。


 「とにかく、とっとと工事が進むようにすればよいのだな?」

 「そうです!お願いしますよー!」


 結局理解が追い付かなかった私を差し置いて、話は済んでしまったらしい。


 革袋を弄びながら椅子にふんぞり返って座る師匠と、それに対してヘコヘコと平身低頭するグレンの姿を見て、私は一言呟いた。


 「なんか、わるいおとなのとりひきみたい」

 『・・・』

































 「それで、なんでぐれんがこまるの?」

 「え?いや、だって・・・」

 「ねえねえ、なんで?」

 「ああ、いや、うん。この娘は、まだ気づいていないようなんだ」

 「・・・」

明日は忘年会なので、更新できないかもしれません。

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