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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第95話 微妙に疲れるお茶会


 墓地での邂逅の後、三人は場所を移すことにした。


 「折角なのだから、我が家にご招待しよう」

 

 衛兵への通報をしつつもそう提案したのは、誰あろうディンであった。

 それに対してリィルは二つ返事で。クリスは面喰いつつも同意した。


 リィルとしては、偶然とはいえ友人と出会えたことが嬉しかったからだ。

 

 純粋にこの友人を自宅に招くというのを素敵な催しだと思えたし、この機会に師匠にクリスを紹介するというのもやぶさかではなかったのだ。

 

 クリスの方としても、悪い提案ではないように感じていた。


 というのも、此度の自分の活躍についてをぜひ友人に語りたいと考えていたからだ。

 

 なにせ年の近い少女との絆の証でもある通話装置の基本使用料のために、恐ろしい思いをして魔物退治を成し遂げたのである。

 これを肴にぜひとも友人と、ついでにその保護者と友好を深めたいとも考えていたのである

 


 だが。


 ディンの方には、別の狙いがあった。


 



 


 共同墓地から三十分程かけて歩くと、リィルとディンの住まうお屋敷に到着した。

 

 まだ引っ越してきてから間もないが、すでに住み慣れた体である。

 リィルはディンに先んじて素早く扉を解錠すると、邪魔っけな師匠の身体を玄関の脇へと押しのけた。


 「いらっしゃい!」

 「えっ、あっ、はい・・・」


 クリス少年はリィルからの歓迎を受けつつ、初めて友人宅へと入ることになった。

 

 正確に言えば今回で二度目の訪問になるのだが、件の偽吸血鬼の際のいざこざについてはどうにも話す機会に恵まれずに、今でも秘密のままになっていたのだ。

 

 たまにそれを思い出しては胸を痛めている心優しい少年だったが、今回はそんな余裕はなかった。

 とにかく恐怖と緊張で跳ね上がってばかりの心臓を抑えるのに必死だったのである。


 「お、お邪魔します」


 微妙にへこんだ様な痕があるものの、立派な細工のされた扉の向こうへと足を踏み入れて、少年はため息をついた。


 『広いなぁ・・・』


 思わず口にしかけて、少年は慌てて口を塞いだ。


 すぐそこから見える居間には、大きな卓と席寝椅子が設えられていた。

 その周囲には本棚が幾つか立っており、中には様々な学術書が詰まっている。


 居間の奥の方に見えるのは、食堂であろうか。

 食卓と思しき細長い卓上には、何やら身体を丸めた白い鱗の蜥蜴がのっかっていた。

 この規模から考えれば、台所もさぞや立派なのだろうと予想ができた。


 同時に居間と玄関の間あたりにはさらに二階へと続く階段があり、この屋敷の底知れぬ広さに眩暈を感じかけるクリスであった。


 自らのそれとは比べるべくもない友人の豪華な家に、しかし少年は嫉妬の感情など一切抱かなかった。彼は純粋に、友人の住処の素晴らしさに感じ入ったのだ。


 生まれてこのかた同年代の友人など持ったことがなければ、友人宅に招かれたこともないクリス少年は、不躾にもきょろきょろと屋敷の中をひっきりなしに見回していた。


 無作法ではあるが、逆にそんな友人の様子に気をよくしたのだろうか。

 リィルは顔をほころばせながら、少年の手を引いて居間へと入った。


 「わたし、おちゃをいれてくるね!」


 クリスとディンが来客用の寝椅子に腰かけたのを確認して、リィルは元気よく手を上げて宣言した。

 少女としては、初めて自分の友人が自宅へ来たのだから、自分の手で歓待したいと考えたのだ。


 だがそれに対して、彼女以外の全員が驚いたような声を上げたのであった。


 「えっ、リィルさんが?」

 「君、できるのかい?」


 二人の男性からその力量を疑われる形となった少女は、少しだけ頬を膨らませた。


 「できるもん!」


 少女リィルはそう言い切って、返事も聞かずに台所へと消えていった。

 

 別にクリスは、リィルを侮辱する意図があって先の発言をしたわけではなかった。







 彼はただ、恐れていたのである。




 



 友人の師匠を目の前にしたクリス少年の胸中にある思いは、たった一つだけであった。


 『き、気まずい・・・』


 クリスはディンの対面に座りながら、できるだけ身体を小さくしていた。


 少年を殺人的な気迫でもって威圧したこの青年が、可愛らしい友人の師匠であるということはすでに知っていた。


 だが今もこうして腕組みをして睨むような目つきをむけてくる青年に対して、クリスはずっと恐怖を抱いていたのである。墓地で出会った時からそうだったが、この青年はどうやらクリスに対して思うところがあるようなのだ。

 

 クリスは友人宅へと来ておきながら、すぐにでも逃げ出したいという気分に駆られていた。

 しかし今後ともリィルとは友人として付き合っていくつもりである以上、その師匠との関係の良好な構築は不可避にして喫緊の課題である。


 ならばどれ程に恐ろしい相手であっても、とにかく対話をしなくてはならない。


 「す、す、すごく立派なお屋敷ですね!」


 少年は若干どもりながらも、とりあえず当たり障りのない話題を振ることにした。


 二人の共通の話題と言えばリィルのことに他ならないが、本人のいないところで勝手にあれこれ語らうのは気が引けたのだ。


 そしてその少女は、台所に行ったきり戻ってこない。

 そうなればリィルが戻ってくるまでは、目の前の恐ろしい男と嫌でも顔を合わせなくてはならない。


 『これをきっかけに、何とかお話できるかなぁ』

 

 そんなことを考えつつ、クリスはディンの返答を待った。


 すると。


 「ふむ、そうかもしれないね」


 それだけ言って、青年は黙りこくった。


 『・・・話が広がらない!』


 少年は冷や汗をかきながら、心の中で絶叫した。


 目の前の青年の態度の一切が、対話を拒否しているようにクリスには感じられたのだった。






 しかし。




 


 別にディンは、対話を拒否している訳ではなかった。









 彼はただ、知りたかっただけなのである。




 





 弟子の友人であるクリスを前にしたディンの胸中にある思いは、たった一つだけであった。


 『どうやったら聞き出せるか・・・』


 上手くいかない原因は自分にあるということを、ディンはよく理解していた。

 

 “歩き骸骨”の残骸の中で佇んでいた少年。ディンはその素性を検めようとはしつつも、出会い頭に盛大に彼を威圧してしまった。

 漂う魔力と装いから魔法士であることが理解できたために、“歩き骸骨”との関係性を疑ったのだ。


 抵抗や逃亡を封じるつもりでやったことだったが、それが完全に裏目に出てしまった。

 “読心”を使ってみても、少年の心の中にあったのはディンに対する恐怖だけだったのだ。

 

 結局その素性については直後に弟子が保証してくれたのだが、周囲の状況から見ても無関係である筈はなかった。


 そうなれば、このまま別れる訳にもいかない。

 しかし無関係の他人として、無碍に扱う訳にもいかない。

 

 そこでディンは、弟子の友人を招待するという名目で自分の領域に連れ込んだのだ。


 自宅ならば誰にも邪魔をされることなく、ゆっくりと墓地での経緯を聞き出せる。


 そのように考えての行動だったが、ディンの対面に座ったクリスはずっと萎縮しっぱなしであった。

 先刻からディンの方をちらちらと見ては、ぶるぶると震えているのである。

 会話についても、恐怖によるのだろうが呂律が回っていない。

 

 ディンが脅したということもあるのだろうが、全体、この少年はあまり肝が太くないようでもあった。

 

 『こうも怯えられては、まともに対話ができないな・・・』


 埒を明けようにも、“読心”やさらなる脅しなどの強硬手段を使う訳にもいかなかった。


 弟子が毎日のように語って聞かせてくるような大切な友人に対して、これ以上心を覗き見るような行為も、これ以上の恐怖を植え付けるような行為もしたくはなかったのだ。

 

 そも、今後末永くお付き合いをしていただく予定の少年と、そんな不健全な関係でいられるはずもなし。

 ここは当たり障りのない話題を振りつつ、どうにかしてあの現場にいた理由を質さねばならない。


 ディンはそう結論づけて、できるだけ優しい口調になる様に心掛けながら、少年に訊ねることにした。


 「・・・君は、魔法士だね?」

 

 ディンが声をかけた途端に、少年の身体がびくりと震えたのが分かった。

 なんだか尋問でもしている気分であった。


 この少年からは邪な“匂い”が一切せず、したがって彼が善良であるということは理解できていた。

 衛兵の真似事をして怖がらせるというのは、全くディンの本意とするところではなかった。


 しかしディンは念のためにも、あの場で彼が一体何をしていたのかを問いたださなければならないのだ。


 あるいは、件の誘拐事件の首謀者とのつながりをたどる一助となるかもしれないのだから。


 『これをきっかけに、糸口を掴めれば・・・』


 そんなことを考えつつ、ディンはクリスの返答を待った。


 すると。


 「は、はい、一応は・・・」


 それだけ言って、小動物の様に震える少年は黙りこくった。


 『話が広がらないな・・・』


 ディンは首筋を撫でながら、心の中で嘆息した。

 

 



 どうにも空回りする二人であった。


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