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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第94話 魔法士見習いクリスのお話 その9


 僕は緊張した面持ちで、お師様の前に立っていました。

 

 なぜなら今日は、試験の日。

 お師様が僕の成長具合を測るために、試練を課す日なのですから。


 「いいこと、少年。今あの墓地にいる“歩き骸骨”は三体よ」


 お師様は安楽椅子に座りながら、愛用の杖で僕を指して言いました。

 僕はそれに応じるように、ぴしりと背筋を正しました。


 それを満足げに眺めながら、お師様は続けました。


 「試験内容は単純明快。墓地内の“歩き骸骨”の殲滅よ!」

 「はいっ!お師様!」


 僕は敬礼でもしそうな勢いで答えました。

 やる気満々というやつです。

 

 それも当然でしょう。

 なにせこれは、初めてお師様から課された試験なのです。

  

 初っ端から失敗をしてしまったり、あるいは情けないところを見せてしまったりしては、お師様に呆れられてしまいますから!


 それよりなによりも・・・

 

 「今回はしっかりと見ていてあげるから、安心なさいな」

 「は、はい!」


 お師様の力強い笑顔に、僕はうれしくなりました。

 その表情は少女のような笑みとは違い、自分の能力に絶対的な自信を持つ実力者としてのそれでした。

 

 僕は前者の方が好きなのですが、こちらもこれでなかなかにお師様の魅力を感じ取れる表情であるように思えます。


 「それじゃ、行きましょうか」


 安楽椅子から立ち上がったお師様は、そんな魅力的な笑みを浮かべながら僕の横を通り過ぎ、玄関へと向かいました。


 ともすれば見とれてしまいそうになる自分に気が付いた僕は、何とか気を引き締めようと試験内容を確認しました。

 

 “歩き骸骨”


 不死の存在の中でも最弱と言って差し支えないその魔物は、しかし痛みや疲労とは無縁という点では手ごわい存在です。


 しかし生前の力の半分も発揮できない骨ばかりの身体は、見た目通りに打たれ弱くもあります。


 僕が覚えた新たな魔法ならば、一撃で打倒すことができるでしょう。


 ・・・あれ?

 それにしても・・・?


 「あのぅ、お師様。質問があるのですが・・・」

 「なぁに、少年?」


 湧いて出た疑問を解消しようとお師様に問いかけると、扉に手をかけていたお師様が僕の方へ振り返りました。


 その瞬間に。

 美しい栗毛色の髪が、ふわりと揺れました。


 うわ、いい匂い・・・

 

 漂ってきた甘い香りに思わず顔をふにゃふにゃとさせていると、お師様が僕の顔を覗き込んできました。


 「少年、大丈夫なの?」

 「は、はい!勿論です!」


 僕は顔を赤らめつつも、再び背筋を伸ばしました。

 

 気を引き締めるつもりが、返って緩んでしまいました。


 これではいけない!

 この試験は、とても大切な試験!


 お師様の僕への評価を確かなものにするために!


 なによりも、“友情”のために!


 「・・・で、何なの?少年」


 顔を弛緩させたり強張らせたりとせわしない僕に呆れたのでしょうか。

 お師様が半目になりながら僕を睨みつけてきました。


 僕は少しだけばつが悪くなって、俯き加減で尋ねました。


 「あ、いや、そのう。・・・なぜ“歩き骸骨”が現れたんでしょうか?」

 

 当然と言えば当然の疑問でした。


 “歩き骸骨”は死体から。もっと言えば骨から作られる不死の魔物です。

 極まれに自然発生することもあるそうなのですが、基本的には死霊魔法による儀式を使って作成される人形のようなものです。

 僕の知る限りでは、街の共同墓地からそんな魔物が発生したなどという話は聞いたことがありませんでした。


 全体、墓地には聖職者の方々が奇跡による結界を張っているために、そう言った邪な存在が発生することなどあり得ない筈なのですが。


 「そりゃあ、簡単よ」


 お師様は、僕の短い問いかけからすべてを察してくれたようでした。

 僕があまり好きではない、口の端を釣り上げるような恐ろしい笑みを浮かべて答えてくれました。


 「当然、作ったヤローがいるのよ」 










 「いたいた、いました!」


 共同墓地の一角。

 墓石の一つに隠れながら、僕は買ったばかりの通話装置に語り掛けました。


 すると間髪入れずに、通話相手であるお師様の声が耳元から聞こえてきました。


 『よーしよし。いいこと、少年?しくじったらお小遣いの件はチャラだからね!』

 「わ、分かってますって!」


 一瞬大きな声を上げようとして、僕は慌てて口を押えました。


 幸いなことにすでに聴覚の失せている“歩き骸骨”たちには勘付かれなかったようですが、それでも大騒ぎをしていては存在を悟られてしまうでしょう。


 『それにしてもその通話装置って、便利なもんねぇ』

 「はい!とても便利ですよ!」


 購入したばかりの新しい宝物を褒められて、僕はうれしくなりました。

 声を押さえつつも、若干得意げにお師様に答えました。


 この通話装置という奴は、本当に便利な魔法装置です。


 遠く離れた人との会話は勿論のこと、“伝文”や写真撮影機能。他にもまだまだ面白い能力があるらしいのですが、まだまだ初心者の僕には使いこなせていません。

 

 しかし便利な反面、それなりに制約もあります。

 その制約のためにこそ、僕は進んで恐ろしい魔物と闘うという試験を受けたのです。


 ちなみにお師様程にもなると、自力でそれらの機能をさらに高精度に再現できてしまうそうです。

 そんな訳で、お師様は自前の魔法で僕と通話しているのです。


 『じゃあ、しっかりやらなきゃね?』

 「はい!」


 またも気合の入った大声を出してしまい、僕は口をふさぎました。


 この新品の携帯型通話装置は、つい先日新しい友人のリィルさんに勧められるままに購入した最新型です。

 

 これでやっと僕も田舎者を卒業できる!


 などと浮かれていたのも束の間。

 実はこの高価な魔法装置は、毎月銀貨五枚という高額な使用料を支払わなければ本来の機能を十全に発揮できないのだそうです。

 

 現在のお小遣いの残りではそう遠くない将来に干上がってしまうことがはっきりしていたために、僕は意を決してお師様に願い出ました。


 通話装置の毎月の使用料金分のお小遣いを下さい、と。


 そこで交換条件にと提案されたのが、この“歩き骸骨”退治でした。


 お師様の見立てによれば、今僕の目の前に立っている三体の“歩き骸骨”は、間違いなく魔法士の手による“制作物”なのだそうです。


 儀式の痕跡があったらしく、その規模から数十体以上の作品が生み出されたのは間違いないとのことでした。


 「なぜ、三体だけ残されているんでしょうか?」

 『まぁ考えられるのは、置き土産ね。何かの罠とか』


 こともなげに言うお師様に、僕は息を飲みました。


 魔物三体が相手とは言え、“歩き骸骨”程度ならば僕一人でもどうにかなると思っていたから試験を受けることにしたのですが、完全に裏目に出てしまいました。


 というか、罠があるかも知れないだなんて、試験内容の説明の時には全然言ってくれなかったのに!


 「そんなの困りますよ!僕はまだまだ見習いなんですから!」


 僕はできるだけ声を落としつつも、通話装置に向かって叫びました。


 数十体もの“歩き骸骨”を作成し、それを使役するだなんて、明らかに並みの魔法士の手によるものではありません。そんなおっかない奴が残した罠なんて、僕のようなひよっこが対応できる筈がないのですから。


 『大丈夫よ、少年。非常時に備えてアタシが見てるんですもの』


 お師様の僕を勇気づけようとする言葉に、僕は少しだけ奮い立ちました。

 

 今、お師様は上空から僕の様子を俯瞰しています。

 何か異常があれば、即座に助けてくれるでしょう。

 

 全体、僕は大好きなお師様のことを心から信頼しているのですから!


 「よ、よし!いくぞ!」


 僕は通話装置を懐にしまうと、気合を入れて立ち上がりました。

 そしてぼんやりと突っ立ったままの“歩き骸骨”たちに右手の人差し指をむけました。


 三体ともほぼ範囲内!

 これならやれそうです!


 僕は左手で杖を握りしめながら意識を集中し、呪文を唱えました。

 

 見る見るうちに右手の指先に輝かんばかりの球体が現れ、それがどんどんと膨らんでいきます。

 最初は豆粒程だったそれが西瓜ほどの大きさになったところで、僕はそれを放ちました。


 “火球”


 お師様に教わった、強力な攻撃魔法です。


 投げつけられた燃える球体は、丁度三体の“歩き骸骨”の真ん中くらいの位置にまで飛んでいきました。

 その瞬間に僕は、火球に命じました。


 “弾けろ”、と。


 


 ぼんっ!



 

 

 お腹に響くような音と共に燃え盛る球体がはじけ飛び、周囲に火が飛び散りました。

 

 その爆風に巻き込まれた“歩き骸骨”たちは、骨同士の結合を解かれたかのようにばらばらにはじけ飛び、もはや動くことはありませんでした。


 「やった!」


 僕は大声で叫んでしまってから、慌てて周囲を警戒しました。

 もしも罠があるのならば、何か動きがある筈です。


 僕は杖を両手で握りしめて、僅かな異常も見逃すまいと神経をとがらせました。


 しかし。


 たっぷり三十秒待っても、何かが起こる気配はありませんでした。

 どうやら杞憂だったようです。


 僕は盛大に安どのため息を吐いてから、再び懐から通話装置を取り出しました。


 「見ていてくれましたか?お師様!?」

 『うん。頑張ったわね、少年』


 僕が大喜びで尋ねると、お師様がそう言って褒めてくれました。


 『頑張ったわね』だなんて!

 なんて素敵な言葉!


 最初は魔物とたった一人で戦うことや、罠があるかも知れないということが怖かったけれども。

 そのお師様の言葉があれば、それこそ頑張った甲斐があるというものです!


 僕は踊り出したい気分になりました。


 そんな僕の喜びようを見ているのでしょう。

 通話装置の向こうから、お師様の苦笑が聞こえてきました。


 『それじゃあ約束通りに、お小遣いを・・・んん!?』


 待ちかねた報酬の件について話そうとしたその瞬間に、急に通話装置の向こうの空気が変わりました。


 「どうかしましたか?」


 そう僕がお師様に問いかけても、返事が返ってきませんでした。

 不思議に思って空を見上げると、お師様は宙に浮いたままどこか別の方を凝視していました。


 そちらは、街の正門の方ですが・・・


 『・・・うっわ!?』


 突如、通話装置の向こうからお師様の驚いたような声が聞こえ、空中のお師様が大きく仰け反りました。

 そのお師様の、なんというか間抜けな声を聞いたのは、初めてでした。

 ついでに言えば、その間抜けなずっこけるような動きもです。

 

 いつも冷静で、失敗や予想外の出来事とは無縁のお師様が、こんなに感情を乱すだなんて。

 

 「い、一体なんですか?」


 気が付かないうちに、何か手ひどい失敗をしてしまったのでしょうか。

 僕が心配になって再び問いかけると、お師様はなぜか慌てた様子で言いました。


 『あ、アタシってばちょっと用事を思い出しちゃったわ!試験はこれで終わりだから、後は自由時間ね!じゃ!』

 「・・・えぇ!?ちょっと、お師様!?」


 今度は僕が大慌てになる番でした。

 必死になって通話装置に向かって怒鳴りますが、もはや返事はありません。


 一体全体何がどうしたというのでしょうか?


 僕が訝りながら懐に通話装置を仕舞うと。


 










 「何者だ?」















 いつの間にこの墓地に入ってきたのでしょうか。

 目の前に、一人の男が立っていました。


 燃えるような赤毛のその青年は、背中に吊った大剣に手をかけつつ僕に誰何の声を上げました。


 その身体から立ち上る気迫!

 まるで体中に鋭利な刃物を押し付けられているような気分になってしまいます。


 そのすさまじい威圧感に押されて、僕は青年に答えるどころか身動きの一つすらできなくなってしまいました。

 

 一体何なのでしょうか?

 ひょっとしてこの人は、この“歩き骸骨”の製作者か、歩いはその関係者なのでしょうか?

 いや、それよりもお師様はいったい何処へ?


 僕が涙目になりながらぐるぐると思考を巡らせていると。


 青年の後ろから、また新たな闖入者が現れました。


 まるで女の子のような体躯。

 そして雪の様に真っ白な髪。

 その幼い顔立ちは、何処かで見たような・・・?


 「あれ・・・?」

 「え・・・?」


 その人物をまじまじと見つめて、僕は驚きました。


 なんということでしょう!

 その人物は、僕の新しい友人その人だったのです!


 


 















 「リィルさん!」

 「くりすくん!」

 「・・・?」


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