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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第92話 好みについて 後


 「・・・ししょうよりも、つよい?」


 私は思わず、師匠の衝撃的な告白を繰り返した。


 「え?じょうだんでしょ?」

 「いいや、本気だとも」


 無表情なくせに頬を朱に染める師匠は、少しばかり心外そうに返答した。


 師匠よりも強い女性。


 私は、終ぞそんな存在に出会ったことはない。

 私の師匠は欠点だらけだが、その強さは本物だ。


 一体どんな女性ならば、師匠の眼鏡に適うのだろうか?


 私は腕組みをしながら想像してみた。


 大鬼の生首を小脇に抱え、片手で軽々と特大剣を持ち上げて、そこに突き刺した小鬼をバリバリと丸かじりにしている女蛮人。


 『おお、なんという魅力的な女性だ!』

 『グハハハ!ソウダロウ、ソウダロウ!』


 その女蛮人は、自らの腰ほどまでしかない師匠を空いた片手で抱き寄せて、下品に笑うのだ。

 そして師匠は、そんな化け物にぞっこんになってしまう、と。


 駄目だ。

 例え妄想の中とは言え、こんなのに師匠を任せてはおけない。


 「君、何か失礼なことを考えていないかな?」

 「いや、べつにー?」


 私はそっぽを向いて口笛を吹いた。


 それにしても、師匠よりも強いとは大きく出たものである。


 魔物の大群にすら物おじせず、致死性の魔法をものともしない師匠よりも強いって、どれだけ高い障害なのだ。


 そんなものを超えてくる女がいたら、ぜひともお目にかかってみたいものだ。

 

 私の妄想の産物である女蛮人のような化け物だったら、毒殺でも呪殺でもアリシアさんにお願いするのでもいいから絶対に排除しなければならない。


 再度腕組みをして唸り始めた私を見て、師匠は嘆息した。


 「何か勘違いしているようだね」

 「かんちがい?」

 

 師匠の言葉に、私は顔を向けた。

 

 「かんちがいって、どういうこと?」

 「身体能力や戦闘能力の高さなど、私にとっては強さを測る視点にはなりえないんだ」


 なんだか分からなくなってきて、私は首を傾げた。


 強さなんて言うのは、とどのつまりは力。腕っぷしのことに他ならないのではないか。

 

 そこへいくと、師匠は間違いなく強い。

 不浄な力のこもった火球を何度ぶつけられても決して死ぬことはなく、大鬼すら凌駕する膂力で並み居る魔物なんぞは即座に一刀両断だ。


 「よくわかんない。だって、ししょうはつよいもん」


 私の大嫌いな師匠は、そこいらの軟弱な男どもとは格が違う。

 

 そうだとすると、該当するのは・・・


 あの、鬼人の女だ!

 上司の孫と婚約させられて暴走した、大馬鹿な女!


 鬼人は、生来の身体能力の高さというものがある。

 大鬼すら凌駕する師匠の力を超えることができるかは甚だ疑問だが、私の知りうる限りでは彼女がその障害を越える可能性が最も高い女性でもあるのだ。


 だがあの鬼人の女は、結局相思相愛だった部下と添い遂げることになったらしい。

 最近鬼人の里から届いた手紙によれば、めでたく契りを結んだそうだ。


 じゃあやっぱり、女蛮族なのかなぁ?


 「君、どうしたんだい?」


 うんうんと唸り出した私を訝る様に、師匠が顔を近づけてきた。

 

 「うんにゃ、なにも」

 

 私が慌てて誤魔化すように言うと、師匠は再度嘆息しながら言った。


 「もっと内面に眼を向けるべきだ。私の信じる強さとは、人の内側に宿るもののことだよ」

 「ひとの、うちがわ?」

 

 師匠の迂遠な物言いに、またも私は首を傾げた。


 人の内側。つまりは中身ということだ。

 腕っぷしの強さが外側のそれだというのならば、内側のそれは・・・


 そうか!


 「わかった!あたまのよさだ!」


 私は納得したように手を打った。


 成程。

 確かに人というものは、元来獣や魔物に比して脆弱な肉体しかもっていない。

 それを補うために発達させてきた“高度な知性”は、この弱肉強食の地上に置いて唯一“人が持ちうる強さ”と言える。


 そこへいくと、師匠は間違いなく強い。

 依頼を遂行する際の暴力性に隠れがちだが、師匠の知識や知恵の蘊蓄は凄まじい。

 各種武術は当然のこと、地政学、語学、算術、なんでもござれだ。


 「ししょうはいがいと、あたまがいいもんね」


 私の大嫌いな師匠は、そこらの愚かな男どもとは格が違う。


 そうだとすると、該当するのは・・・


 あの、嫌な女だ!

 

 私を侮辱した、最低最悪の悪女!

 

 恐らく師匠と何らかの関係を持っているのだろうが、聞くのが怖くて確かめていない。

 だが間違いなく、私の出会った中でも最強の魔法士であるあの××女は、その××××な頭の中に相当の知識をため込んでいるに違いない。


 だとしたら、絶対に許しては置けない。


 師匠の将来の伴侶なんて知ったことではないが、ヤツだけは私の全存在をかけて除かなければならない!


 「君、さっきからどうしたんだい?」


 わなわなと震え出した私を訝る様に、師匠が顔を近づけてきた。

 

 「うんにゃ、なにも」


 あからさまに不機嫌な顔でそう言うと、師匠は首筋を撫でながら言った。


 「・・・私の言う強さとは、ここのことだよ」


 そう言って師匠は、私の胸元を優しく突いた。

 まだまだ成長段階である“それ”は、師匠の指に触れることもない。


 師匠の言う強さ。

 それは、まさか・・・?


 「お、おっぱいのこと!?」


 私は愕然としながら、ささやかに過ぎる胸元を庇う様にして自分の身体を抱きしめた。


 成程。

 確かに女性の強さを測るには、肉体の女性らしい部分を見るというのも一理ある。

 女性の肉体を女性たらしめている部分といったら、それはもう胸だろう。


 そこに注目するとは、流石は師匠!

 最低の下種だ!


 「この、むっつりすけべ!」

 「ぶほぉっ!?」 


 私は涙目になりながら師匠の頬を張った。


 そんな部分を引き合いに出されては、私は到底太刀打ちできないからだ。


 そうだとすると、該当するのは・・・

 

 あの、駄天使だ!

 アリシアさんとやらに創造された、欲望まみれの××××天使!


 師匠も認めるあの豊満さならば、確かに女性としての強さは申し分ない!

 だがあんな駄天使が師匠の伴侶だなどとは到底認められない!


 ここは悪魔にお願いしてでも、滅ぼしてやらねば!


 「いや、だからそうでは・・・、もういい・・・」

 

 私が半泣きで拳を握りしめていると、無表情ながら師匠はうんざりしたようにそう言った。

 

 そしてこれ以上の会話を拒否するように、私が引っぱたいた頬を撫でながら台所へと歩き出した。

 だが、私の気はまだまだ済んではいない。


 師匠が言いかけた言葉の先が気になるではないか。


 「まって、まってよう!」

 「・・・この話題はやめよう。無益にもほどがある」


 縋り付く私を引きずりながら、師匠は台所に到着した。

 手早く調理器具と食材と調味料を用意すると、見事な手際の良さで朝食を作っていく。


 洗練されたその動きは見ているだけで感嘆させられるが、目下のところ私の興味は朝食には向いていなかった。


 「危ないから、邪魔しないでくれ給えよ」

 「いやだ!まだはなしはおわってない!」

 「いい加減にしないと怒るよ、君」


 そう言いながらも首に縋り付く私を振りほどこうともしない師匠は、そのまま包丁を小刻みに振るい始めた。

 見る見るうちに大嫌いな人参と葉野菜が刻まれていき、和え物が出来上がっていく。


 どうにかしてしろすけに処理させ無ければならないが、今はやはり師匠の好みについてをはっきりと問いたださなければならなかった。


 「ねえ!ちゃんとこたえてよ!」

 「答えない、言わないよ。・・・ふむ」


 師匠は私の皿に無慈悲に大量の野菜の和え物を盛りつけながら、ふと思いついたように私の方を振り返った。

 師匠の背中に密着するようにぶら下がっていた私の顔は、必然的に師匠のそれと急激に接近した。

 

 師匠の女性の好みについてを話し合っていたからだろうか。


 師匠の顔を間近で見てしまい、私の心臓は一瞬跳び上がった。 


 「・・・そう言う君の好みは、どうなんだい?」

 「え?わたし?えーっと・・・」


 思わぬ師匠からの問いかけに完全に平静を崩してしまった私は、返答に窮した。

 しかし、師匠の身体から離れようとはしなかった。

 

 全体、私の好みの男性というのは。


 強くて。


 優しくて。


 賢くて。


 包容力があって。


 髪は赤い方がいいかな。


 筋肉質の方がいいだろうし。


 料理はもちろん上手な方がいいに決まってる。


 それからそれから、ええと、ええと・・・


 火が出そうなくらいに赤くなった顔を見て、師匠は何かを勘付いたように頷いた。


 「ああ!そうか、分かったぞ!」


 その師匠の言葉に、私の心臓は早鐘を打ち始めた。

 

 まさか。

 

 気づかれた。

 

 否。


 やっと気づいてもらえたのか。


 私の、この、淡い想いに。


 私が不安と期待がない交ぜになった眼で師匠を見つめていると、師匠は無表情ながらどこか得意げに言った。

























 「君の新しい友人、クリス君と言ったか。彼が君の好みにぴったりの男の子なのだろう?」









































 「こ     の     の     う     き     ん     が     !」












 私は絶叫して、丁度いい位置にある師匠の首を両腕を巻き付けると、それを全力で締め上げた。


 自分の閃きに感じ入り、それを防ぎもかわしもしなかった師匠は、数秒後に静かに床へとくずおれた。


 「この、ぼくねんじん!かいしょうなし!むしりょなだめおとこ!」


 私は床に伸びている師匠を、容赦なく足蹴にした。












 「まったく。そんなことでは、嫁の貰い手がなくなるよ」

 「ふんだ。あてならあるもん!」

 「おお、そうか!やはり例のクリス君だな!?」

 「・・・」

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