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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第88話 街の歴史について 前

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 私は師匠に拾われてからその後は、この地上と天上と地獄に関する様々な事柄を師匠から学んできた。

 七年間ずっとそうだったし、これから先もきっとそうだろうと思う。

 一体いつまで続くのかと思うと、うんざりしてしまうが。


 「君は、この街の歴史がどれ程の長さか知っているかい?」


 師匠が老眼鏡をかけなおしながら、私に問いかけてきた。


 師匠の背後には移動式の黒板が設置されており、師匠の手には白墨と分厚い参考図書がある。

 そして師匠と私の間にある卓上には、師匠御手製の街の模型が置かれていた。


 それはとても精巧な作りで、よくよく目を凝らすと豆粒のような人形がそこら中に配置されてる。

 他にも工事現場を再現してみたり、新たな施設が建築されるたびにわざわざ小型模型を作ってつぎ足したりするなどという馬鹿馬鹿しいこともやっているのだ。


 街の模型店にでも持っていったらさぞや高く売れるのだろうなあ。


 私は街に関する座学の際にはいつも登場するこの模型を眺めるたびに、いつもそう思うのだ。


 この教育熱か、はたまた単なる趣味によるものか分からない師匠の創作意欲は、そういった類のものに興味のない私からすれば引いてしまうものなのだ。

 

 しかし師匠は座学をする際には、いつもかような様々な器具を何処からか持ち出してくる。


 算術の時には巨大算盤やら巨大作図器具。

 神学の時には聖印だの聖遺物だの。

 生物学の時には魔法院から魔物の標本なんぞを借りてきたこともあった。


 集中力のない私の気を引こうと一生懸命になってくれているようだが、全体私にはじっとしているということが苦痛で苦痛でしかたがないのだ。


 とっとと終わらせて、クリス君とお話がしたいのになあ。


 私は師匠からの問題の答えを考えるふりをしながら、心の中でため息をついていた。

 

 「友だちと遊びたいのならば、きちんと勉学を済ませてからだよ」


 師匠はそんな私に対して、ぴしゃりと言い放った。 


 心を読まれた?


 一瞬だけそのような破廉恥なことを考えてしまい、私は姿勢を正した。


 この人が、私の心を読むはずはない。

 それは、私が硬く信じている。

 否、間違いないことなのである。


 この人に対して、そんな無礼なことを考えるべきではない。

 私は、ちょっとだけ反省した。


 それにしても、心を読まれたのでなければ態度を読まれたということになる。

 それ程に私の表情が読みやすいということだ。

 もっとしっかりしなければ。


 そう決意しつつも、私はいつもの通りにぼそぼそと答えた。


 「ええと、ええと。たしか、にまんねん?」


 私の自信なさげな回答に、師匠は彫像の様な顔のまま満足げに頷いた。

 どうやら正解だったらしい。私はほっと胸を撫でおろした。 


 「そうだね。歴史としての記録文献がおおよそ二万年前から書かれている。だが、歴史書に記されていない事実もあるんだ」


 機嫌を直してくれたらしい師匠は、続けて言った。


 そのことについては知っている。

 いや、割かし最近になって知ったのだ。


 この街の地下に眠る、恐るべき技術の産物のことを。

 

 私は居間の卓上で帳面を広げ、師匠の言葉に耳を傾けていた。


 「この街は、機動要塞というとても大きな施設だった。これは、前にも教えたね?」

 「うん、きいた」


 二万年という長い歴史の中で、街の下に怪しげなものを作り上げた人間たちがいたらしい。そんな胡散臭い話を信じられるのも、あの巨大兵器の残骸を目の当たりにしたからだ。


 正体不明の大樹のような装置。

 その根元に横たわる、朽ちた機械仕掛けの巨人。


 あれ程の物を昔の人々が作り上げていたというのは、現実感を伴わない話であった。

 

 街の行政府などの偉そうな人達だけが知るこの真実は、いつ市井の人々の耳に入るのだろうか。

あるいは、このままずっと秘密にされるのかもしれない。


 





 「でも、お師様」


 僕は湧き出た疑問を解消するべく、大好きなお師様に質問をしました。


 『疑問を疑問のままにしておく人間は愚物である』


 お師様は、いつもそう言っていましたから。


 「なあに、少年」


 小さな卓をはさんで向かい側に座っているお師様は、分厚い歴史の書物から眼を放して僕の方を見ました。

 お師様の小柄な身体を押しつぶしてしまいそうなその大きな書物は、この街の歴史について記された最も信頼性の高いものです。


 ですがお師様のおっしゃるように、記されていない事実というものもあります。


 「ならば街のご先祖様が作った機動要塞を、なぜ今の今まで満足に動かせていないのでしょうか?」


 それは、ずっと疑問だったことです。

 

 街の歴史書には、この街が歩んできた過去がつぶさに記されています。


 しかしそれは、二万年前の“悲劇”を皮切りにした街の発展物語でしかありません。

 どの頁を読んでも、“機動要塞を使った”という記述は見当たらないのです。


 それはひょっとしたら、歴代の権力者たちによって葬られた歴史の真実なのかもしれません。

 

 だとしても、その技術の一切が失伝しているというのはおかしいのではないでしょうか。


 「そうねぇ・・・」


 お師様はその分厚く大きな本を閉じると、片手で軽々とそれを卓の上に置きました。

 お師様はその華奢な見た目に反して、とても力持ちなのです。

 

 僕が両手でようやく持てるようなその本を撫でながら、お師様は何処か懐かしむような表情で答えてくれました。


 「とどのつまり、歴史っていうのは同じことの繰り返しなのよ」

 「繰り返し?」


 望んでいたような明確な答えではなかったので、僕は間抜けな声で聞き返しました。

 お師様はそんな僕には構わずに、まるで歌うように続けて言いました。 


 「文明が生まれて、発展して衰退して滅んで。生き残った人々が新たな文明を生んで、発展させて衰退させて滅ぼして。また新たな文明が生まれて・・・」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 なんだか関係のない方向へ話が飛んでいきそうになって、僕は慌ててお師様を止めました。

 

 「ちゃんと質問に答えてくださいよ!これじゃあ僕の疑問は疑問のままになっちゃいます」

 「ちゃんと答えているわよ。まあ、最後まで聞きなさいな」


 お師様は、まるで孫をあやすお婆ちゃんのような表情で僕にそう言いました。

 お師様がたまに見せる老人のような表情が、僕はあまり好きではありません。


 なんだかお師様がとても遠い遠い存在の様に思えてしまい、寂しくなるからです。


 多感な時期の僕は、胸をざわざわとさせながら、なおも食い下がりました。


 「・・・でもそれじゃあ、きりがない話じゃあないですか?」

 「そうねぇ。きりがないわよねぇ」


 そう言ってお師様は、哀しそうに笑いました。

 やはりそれは年相応の悲哀の表情などではなく、全てにつかれたお婆ちゃんのような表情に見えてしまいます。


 「でもねぇ。文明どころか人間ひとりひとりだって、同じような間違いを繰り返すものよ」


 お師様はそう言って、立ち上がりました。

 その反動で、お師様が座っていた安楽椅子がきぃきぃと揺れました。


 前から後ろへ。

 後ろから前へ。


 ゆらゆらと、まるで振り子のように。


 繰り返し、繰り返し。


 「何度も何度も間違えて、反省して。失って、でもまた立ち上がって・・・」


 お師様は、その安楽椅子の背もたれにそっと手をのせました。

 そうして椅子の揺れが納まったのを確認すると、お師様は僕に背を向けて窓を見ました。

 

 その日当たりの悪い方の窓からは、大したものは見えません。

 見えるのはせいぜい、街の外壁です。


 そんな殺風景な景色なのに、お師様は時折思い出したようにその窓から外を見るのです。

 

 僕は、その時のお師様の横顔を見るのがとても嫌です。

 

 何故ならその時のお師様はたいてい、泣きそうな顔をしているからです。


 「本当は、そうやって人は成長していくのよ。・・・中にはいつまで経っても駄目なヤツもいるんだけど」


 




 今日の座学が終わり、お師様は『夕食までには戻る』と言い残して出かけてしまいました。

 何処へと尋ねることのできなかった僕は、何とか気分を切り替えようと歴史書を読んでいました。


 「うーん。やっぱりそれらしい記述はないなあ」


 二万年にわたる歴史の中では、他の街との利害関係の悪化から“戦争”という状態に陥ってしまったこともあるようです。


 そこでは魔法技術を結集した兵器や英雄と呼ばれるような人々の活躍が記されていますが、“機動要塞”の動きを匂わすような記述は一切ありません。


 そのような差し迫った状態であっても“機動要塞を使わなかった”のか、“使えなかったのか”。

 あるいは、本当は“使ったのだけれど記録を抹消した”のか。


 悠久の時を生きてきた訳ではない僕には、分かりかねる問題でした。


 「・・・いや、待てよ」


 先のお師様の答え。

 『文明が生まれて、発展して衰退して滅んで』という言葉をよくよく考えてみれば。


 つまりこの機動要塞というものを作った文明は、一度滅んだということなのではないでしょうか?


 いや、きっとそうに違いありません。

 

 それならば、この卓上の歴史書に記されている“悲劇”の内容とも合致します。


 この街の歴史の始まりの“悲劇”。



 それは・・・

 












変なことを書いていたら直します

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