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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第87話 独りぼっちのオースティン


 街には、無数の住居がある。


 それは街の人々の懐事情によって様々であり、ある人物が立派な一城と評するような家であっても、別の人物から見れば兎小屋と評されてしまう。


 概ね同じ種類の家は同じような場所に建築され、それが故に同じような財力の住人が集うような地区が自然に形成されていった。

 

 貧民が多く住まう南区や、その真逆の人間が住まう中央区というのがそれである。


 ただそれは、あくまでも平均値的な側面での物言いでもある。

 貧民窟で暮らしていた実は大金持ちの男が中央区へ移り住んだり、かと思えば豪邸住まいでありながら生活は貧窮を極めている貧乏貴族がいつの間にか消えていったり、そんなこともまれにあるのだ。


 結局のところ、住んでいる人それぞれである。






 さて。

 オースティンは、上記のいずれにも属さない住居を持っている。


 それは、およそこの“街”の住人が住もうなどとは考えない場所であり、だからこそ彼はこの住居を気に入っているのだ。

 

 自分達の大望を理解しえない連中に集中をかき乱されたくはなかったし、それより何より恐ろしい者たちがいたからだ。


 その部屋の主であるオースティンは、嘆息していた。


 なかなかに上手くいかない人生というものに、やや辟易しつつあったのだ。


 だが、彼は絶対にあきらめたりはしない。


 例えどれだけの時間をかけても、必ずやり遂げるのだ!


 オースティンはそのいささかも衰えない決意を胸に、小さい手をぎゅっと握りしめた。


 「それにしても・・・」


 随分広くなったな。


 そう言いかけて、オースティンは口をふさいだ。

 彼は柄にもなく独り言を呟いたことに、自分でも驚いたのだ。


 ちょっと前まではこの広い部屋の中に大勢の仲間たちがいたのだが、今では彼以外の気配がまったくない。


 彼は、独りぼっちなのだ。


 周囲に流されず、あくまでも自分の価値観に基づいて生きる人というものは、しばしば批判や拒絶や排斥の対象となるものである。そして、孤独を苦痛と感じなくなる。


 かつてのオースティンもそうだった。

 そして今もそうである。

  

 オースティンには夢がある。

 そしてその夢の実現のために、絶えず努力をしてきた。

 いや、今もしているのだ。


 だが、周囲の人間たちはそれをまったく理解してくれなかった。

 両親さえもだ。

 

 彼を理解し、共に歩んでくれたのはたった五人だけだった。


 ともに一つの大きな目的を抱き、同志として契りをかわしたその親友たちは、一人、また一人と去っていった。 


 なんとも薄情な連中だったが、それでもオースティンは投げ出そうとは思わなかったのだ。

 むしろ、ただ一人残った自分がやり遂げなければならないのだ。

 

 この決して折れない心というのは、オースティンの親友たちが賞賛してくれていた、彼の数少ない長所なのだ。


 「とにかく、目先のことから解決しなければ!」


 オースティンは椅子から飛び降りると、その椅子を部屋の隅へと引っ張っていった。

 身体が小さいので苦労するが、苦痛という程ではない。慣れたのだ。

 そして部屋の隅の本棚の前にそれを設置すると、靴を脱いで椅子の上に上がった。

 

 かつての仲間からはお行儀がいい奴だとよくからかわれて嫌な気分になったものだが、今ではそんな幸福な感情の変化すら味わえないのだ。

 

 いちいちそんな年寄りのようなことを考えながら、オースティンは目的の書籍を探し始めた。


 「『女体の神秘』、『女騎士尋問』、『触手乱舞』、『特殊緊縛術百選』・・・。なんだこりゃ?いつの間にこんなものを・・・」


 椅子でも使わなければ絶対に届かないような本棚の一番上に収納されていた書籍を眺めて、オースティンは盛大にあきれ返った。


 それら如何わしく偏執的な題名の書籍は、恐らく色ボケのシューモの持ち物だろう。開けっ広げに机の上に放置されるよりも、よほど質が悪い。なにせこの本棚の半分から上はオースティンの領域だったからだ。

 

 「あいつめ、いらないって言ったのに・・・」


 常日頃からこうした醜悪な娯楽を布教したがっていたシューモは、度々街で購入してきたこういう代物を、次々と親友たちに押し付けていたのだ。

 オースティンはすげなくしていたのだが、ちゃっかりとこうして忍ばせていたらしい。


 「こういう悪戯心というのは、もう少し違う形で示してもらった方が良いのになぁ」


 オースティンはそれらの書籍を火にくべてやろうかと、一瞬だけ考えた。

 そして、即座に止めた。


 シューモはつい数日前までこの部屋にいた。


 だが、今はもういない。


 そしてこれからも、戻ることはない。


 永遠に。


 その事実が重くのしかかり、胸に突き刺さり、オースティンはこみ上げてきた嗚咽を必死に抑えた。


 とうとう一人になってしまった。


 オースティンは椅子の上で振り返り、ぐるりと部屋を見回した。


 最早この部屋を知る者は、地上に彼ただ一人だけになってしまったのだ。


 街の住人の知りえない、大深度地下施設と呼ばれる区画の、さらにその奥。

 街を取り仕切る連中が躍起になって探っている、この街の本来の機能のほんの一端。


 その部屋は、まさに雑然という言葉がふさわしい状態だった。


 山のような紙束と本が机も床も関係なしに置かれ、壁には一面に街の様子を移しだす受像装置が設置され、絶え間なく外界を分析した情報が集積されていた。


 ここは、機動要塞の中枢。

 その、制御区画の一室である。


 オースティンは涙を拭って本棚に向き直ると、目的の書籍を掴み取った。


 『基本設計』と書かれたその題名を、この地上の知性ある者の内のどれ程が読めるのだろうか。

 題名だけではない。その頁に描かれた図面については、高度な知識を有する者ならば朧げに理解できようが、専門用語が入り乱れた解説文にはお手上げだろう。


 なにせこの書籍の文字はここに街ができるよりも遥かに昔の、超古代と言って差し支えない頃に使用されていたものなのだから。


 そんな古く分厚い書籍を胸に抱いて、再びオースティンは椅子から飛び降りた。


 書籍の重みに負けてよろけてしまったが、体の小ささが幸いして転ぶことはなかった。


 この子供の身体のまま、随分と長い年月を過ごしてきた。

 その苦痛に耐えられたのは、単に境遇を同じくする者がそばにいてくれたからだろう。


 シュリエック。

 ウルファ。

 ガル。

 マラック。

 そして、シューモ。


 彼らは皆、苦楽を共にした親友、仲間、同志だった。

 だが永い年月のうちに一人、また一人とこの部屋から、地上から去っていった。 


 一人は“あの時”ハーフリンクの英雄に滅ぼされ、一人は永すぎる時に疲れて逃げ出し、そして残った三人はあの女に滅ぼされた。


 「あの、クソ忌々しい女魔法士!」


 奴は、我々がこの機動要塞に隠れ潜んでいることを知っていたらしい。

 だからこの街に居を構えて、私たち不死人を狩りつくそうというのだ!


 オースティンは怒り狂いそうになる自分を、必死に抑えた。

 それが分かっていても、ここから離れることはできないのだ。

 

 オースティンの大望を。

 オースティンの夢を。

 いや、親友たちとの約束を果たすためには、どうしてもこの街にいなければならないのだ。


 最早一刻の猶予もない。


 あの恐るべき女魔法士は、今もオースティンの居場所を探っているのだろう。

 見つかるのは時間の問題だ。

 そうなったら最後。オースティンは、この地上に残った最後の不死人として狩られることになるだろう。


 「だが、そうはさせんぞ!我らの悲願!“常闇”の再臨は、必ずや私が果たす!」


 オースティンは、両眼をカッと見開いた。

 それらは薄暗い室内にあって、金色に輝いていた。


 オースティンは己の胸中にうずく哀しみを捨て去り、改めて決意した。


 そうだ。

 私は、絶対に挫けたりはしない。

 必ず、やり遂げて見せる!


 「おお、偉大なる常闇の腹心。その大首領に栄光あれ!」

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