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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
86/222

第85話 少年と少女 後

設定に齟齬が出そうで怖い・・・


 僕はどうにかこうにか、白い髪の女の子に追い付くことができました。

 

 あの“魔蛇”との闘いの時もそうでしたが、存外僕という奴にはここぞという時の爆発力のようなものが備わっているようです。


 悠々と走り出した馬車を、僕は死に物狂いで追いかけ続けました。

 途中で少々距離を離されることはあっても、決して見失うようなこともなく、見事に誘拐犯の根城と思しき民家を突き止めることができたのです。


 普段は駄目駄目な僕ですが、やるときはやる漢なのです!



 ・・・はぁ。















 街でも中産階級の人々が住まう、ごく普通の住宅通りの、ごく普通の一軒家の中で。


 僕は、取り囲まれていました。


 「何をやってるんだろうなあ、僕は・・・」

 

 見知らぬ男の子に杖を取り上げられて、僕は膝をつきました。まだ僕よりも若干幼く見えるその子は、実にきびきびとした所作で僕の身体を検めたのです。


 「どうかしたの、お兄さん?」

 「いやあ、自分が情けなくって・・・」


 誘拐された少女と誘拐犯を追っていた筈の僕は、何故だか数人の子供たちに拘束されてしまいました。今まさに僕を取り囲んでいるのは、その子供たちです。


 「弱気は駄目よ!」

 「気を強く持つのよ!」

 「はい、頑張ります・・・」


 床に転がされ、妙に手際のよい二人の女の子に縛り上げられながら、僕は涙を流していました。当然、情けない自分自身に対する呆れの涙です。


 「泣くほど後悔するくらいなら、追いかけてくるなよ・・・」

 

 やはり呆れたようにそう言ったのは、僕の目の前で女の子を誘拐した例の青年でした。

 いや、青年のように見えましたが、その顔付きにはどことなく幼さも残っています。

 体格の良さから勘違いしていましたが、彼は僕とそれ程年齢が離れていないのかもしれません。


 「この子だけみたいだよ。他には怪しい人はいないから」


 窓から油断のない視線を送っているのは、僕とほぼ同年齢と思しき男の子でした。

 

 どうやら誘拐された女の子も含めて、この場にいるのは子供ばかりのようです。

 僕が油断して捕まってしまったのも、主にこれが原因でした。


 誘拐なんてことをするのだから、さぞかし恐ろしい仲間がいるのだろうなどと思っていた矢先だったので、危機に直面していながらも妙に毒気を抜かれたような気分でした。


 さて、その誘拐された当の女の子は、なんとも不思議そうな顔で僕を見つめていました。

 

 「ねえねえ、どうしてついてきたの?」

 「それは・・・」


 雪の様に白い髪の女の子の、その無邪気な問いかけに対して、僕は即答することができませんでした。こうして無様に捕まっておきながら、『君を助けに来たんだ!』などと、どの口が言えるというのでしょうか。


 いやはや、まったく。

 僕っていう男は、本当に駄目駄目なやつです! 


 「うわわっ!どうしたの?」

 「あうううう・・・。僕は、本当に駄目な男だぁ・・・」


 ぼろぼろと落涙し始めた僕に対して、“魅了”された上で誘拐されたこの少女だけでなく、その場にいた全員がぎょっとした表情をしました。

  

 「ねえ、この子はどうするの?」

 「なんだか、可愛そうだわ」

 「うーん。今日は、一人だけのつもりだったからなあ」


 この場で最年少であろうと思われる、袖口や襟に細かいひだひだがついた服装の二人女の子に対して、この場で最年長であろうと思われる誘拐犯の少年は、首をかしげながら答えていました。


 なんというか彼らは、誘拐などという犯罪を犯しておきながらも実に落ち着いています。

 というよりも、まるで友人や家族で今日の昼食の予定についてを語り合うかの如き気安さといったほうがしっくりくるでしょう。


 鼻をすすり上げながらも、僕は誘拐された少女と五人の子どもたちを見回していました。


 誘拐に加担しているように思えるこの子供たち自身もそうなのですが、なんだかこの場は異質な感じがします。

 

 あるいは・・・


 『ひょっとして、この場の皆が“魅了”されてしまっているのかな?』


 僕は、この場の一同から漂ってくる魔法的な気配から、そんな推測を立てていました。

 彼らは皆一様に、何らかの魔法の影響下にある様に感じられたのです。


 そう考えてみると、彼らの僕を気遣う様な言動と、それに反する物騒な行動とのズレにも納得がいきます。


 『つまり、この場には主犯格たる“本当の意味”での誘拐犯はいない。すべて“魅了”されて“誘拐された”被害者なんだ!』


 成程。

 “魅了”した子供たちに簡単な変装をさせて、その上で新たな誘拐を手伝わせる。

 決して裏切ることがなく、尚且つ相手の油断を誘いやすい子供たちを使うというのは、誘拐犯として尻尾を掴ませないよい方法のように思えました。

 

 いや、魔法士の端くれとしては魔法を悪用するような輩を賞賛するなんて、してはいけないのですが。


 「どうするの?」


 そう年長の少年に問いかけるのは、僕が救いたいと願った白い髪の少女です。この娘も、間違いなく“魅了”されているのでしょう。

 僕が拘束されるのを見ていて、それに驚きはしても決して止めに入ろうとはしなかったのですから。


 『いや、正気でいられたら返って恥ずかしいかも・・・』


 多感な時期の僕がそのような愚かなことを考えているとは思わないであろう彼らは、淡々と僕への処置を相談し始めました。


 「このままには、しておけないよ」

 「口を封じるの?」 

 「それも何だか可哀そうだしなあ」

 「うーん、どうしようか」


 気分はまるで、調理されるのを待つ子豚です。


 逃がしてもらえる筈もなし。 

 腹を裂かれるのか、煮られるのか、焼かれるのか。


 僕が自身の未来を憂いて、歯を鳴らしながら涙を流していると。


 「よし!彼も連れて行こう!」


 年長の少年は、そう宣言しました。

 他の一同もその意見に賛成らしく、頷いていました。

 

 連れていく。

 どうやら、殺されることだけはなさそうです。


 でも、連れていくとは何処にでしょうか。


 ほっとしたのも束の間。

 次いで告げられた言葉に、僕は仰天しました。 


 「お前も俺たちの仲間に。“常闇の腹心”の一員になるんだ」

 「・・・“常闇の腹心”だって!?」


 “常闇の腹心”。


 それは、お師様がその生涯をかけてでも滅ぼさなければならないと言っていた、恐るべき不死人の集団の名です。

 最近お師様が退治した不死人も、その一人でした。


 僕の大好きなお師様には到底及ばないにしても、不死人とは脅威の化け物です。


 隠された一切を見抜く目。

 あらゆるものの心の声を聴く耳。

 知性ある全てのものと意志を通じ合わせる舌。

 そして、不死の肉体。


 その成立過程からして魔法にも熟達しており、死ぬことのない肉体も相まって、正面切って戦えば数万の軍勢にも匹敵すると評する書物もあるほどでした。


 しかし本来不滅の筈のその存在は、しかしお師様の手に掛かっては白蟻程度の脅威にすらならなかったのです。

 

 お師様が片手間に滅ぼしたその不死人は、断末魔にこう言っていました。


 『我が偉大なる“常闇の腹心”。その大首領に、栄光あれ』と。

 

 恐怖に震える僕に対して、誘拐犯の子どもたちは優しく微笑みました。

 しかし、その笑顔には温かみは一切ありませんでした。


 「そうだよ。俺たちは、偉大なる“常闇の腹心”の後継者に選ばれたんだ。いずれ来る“常闇”のために、準備を進めなければならないんだよ」


 年長の少年はそう言って、僕に向かって“魅了”の魔法を唱え始めました。


 僕を包んでいく嫌な気配に、背中からぶわっと冷や汗が湧き出ていく中。

 年長の少年は、優しく、でも冷たい、歪な笑顔を僕に向けて言いました。


 「さあ、俺たちと一緒に行こう。ともに、“常闇”をお迎えするんだ」


 その瞬間襲い掛かってくる誘惑に、ともすれば自意識を放り投げてすべてを委ねてしまいたくなるところを、僕は必死に歯を食いしばって耐えました。


 僕はこの場で唯一白い髪の少女を救うことのできる人間であり、そんな自分が責任を放棄するわけにはいかなかったのです。


 何よりも目の前にいるその少女に。

 僕を勇気づけてくれた名も知らぬ少女に、これ以上の醜態を見せるというのは耐え難かったのです。


  『お師様!お師様!お師様!お師様!』


 僕は必死に、大好きなお師様の、少女のような笑顔を思い浮かべました。

 

 耐えるんだ、僕!

 僕は、偉大なるお師様の、弟子なんだから!


 「くそっ!抵抗するのか!?」


 どうやら僕の精神力の方が、僅かばかりに勝ったようです。

 年長の少年の“魅了”は完全に立ち消え、彼は苛立たし気に舌打ちをしました。


 その時。


 年長の少年の背後にいた、子供たちの表情が見えました。


 彼らはそれぞれに、驚いていたり、怒っていたり、不満そうだったりと、とにかくこの結果に対してよい感情を抱いていないようでした。


 ただ一人。

 あの、雪の様に白い髪の少女を除いて。


 「ねえ、わたしにまかせて」

 「えっ?」


 その白い髪の少女は、年長の少年を押しのけるようにして僕の前に立ちました。

 その手には、いつの間にか何かの棒切れが握られていました。


 「とりあえず、わたしがきぜつさせるから!」


 少女は、笑顔でそう言いました。

 その笑顔は、彼らとは違って間違いなく温かみがありました。


 「おお、そうか!」

 「偉いね!もう僕らの一員として働こうとしている!」

 

 口々に少女を賞賛する彼らは、僕から距離を取りました。

 それを確認した白い髪の少女は、ゆっくりと僕に歩み寄ってきました。


 僕は、確信していました。


 彼女が、何を考えているのかを。

 

 何故か先刻ただ一人、“ほっとした”ような表情をしていた、雪の様に白い髪の少女は。

 

 ゆっくりと、棒切れを水平に構えました。


 「無茶だよ、そんな・・・」


 僕は少女を見つめながら、首を振りました。

























 

 「だいじょうぶ!」














 「え?」


 その年相応の無邪気な笑顔に、僕の胸は震えました。

 少女は棒切れを僕に突きつけながら、懐に手を入れていました。


 「わたしは、けっこうつよいから!」

 

 そう言い終わるのとほぼ同時に、少女は懐から取り出した何かを、床に向かって叩きつけました。


 



 ずばばばばばんっ!




 けたたましい破裂音と共に、大量の煙と光が部屋の中に溢れました。


 至近距離でその衝撃を食らった僕は、くらくらする頭を必死に振って状況を確認しようとしました。


 「せいやっ!」

 「ぐわっ!?」

 「えいえいっ!」

 「へぶっ!?」

 「とりゃりゃっ!」

 

 遠くから聞こえてくるように感じるその騒ぎは、どうやら少女の大立ち回りによるもののようです。


 成程。

 今のは爆竹か何かを束ねたもので、強烈な音と光と煙で周囲を混乱させて隙を作るものなのでしょう。

 多対一という不利な状況を覆すことを想定して、用意していたのでしょう。


 いやはや全く、大した女の子です。

 

 そしてそれは全く効果抜群だったようで、やっと僕の意識がはっきりとし、視界の煙が晴れたころには、その場に立っているのは棒切れを片手で弄ぶ少女ただ一人でした。







 

 「あなた、わたしをたすけようとしてくれたの?」

 「へ、いや、まあ、一応は・・・」


 獅子奮迅の大活躍をした少女は、僕の戒めを解きながらそう尋ねました。なんだか少し、うれしそうに見えます。

 そのつもりではあったのですが、結果的には何の役にも立たず、返って助けられているという始末です。


 「御免なさい!迷惑をかけてしまって!」


 身体が自由になった僕は、両手と膝をついて、少女に頭を下げました。


 全体、最初から間違っていたのです。

 あの時、馬車を追いかけるよりも、助けを呼ぶことを優先するべきだったのです。


 今回はこの少女の実力のおかげでどうにかなりましたが、まかり間違えば僕は“魅了”されて不死人の先兵にされていたことでしょう。

 

 本当に、僕は駄目なやつです。


 僕が頭を下げながら、眼に涙を浮かべていると。

























 「ありがとう!」













 少女はそう言って、優しく僕の手を両手で包み込むようにして握りました。

 その小さな手から、確かなぬくもりを感じ取って。


 僕の眼からこぼれていた涙が、すっと止まりました。


 「・・・え?」


 僕が呆気に取られて顔を上げると。

 目の前に、少女の優しい笑顔がありました。

 

 「あなた、とってもやさしいひと!」


 少女はそのままゆっくりと、僕の身体を引くようにして立ち上がりました。


 その年相応に無邪気で、天真爛漫で、無垢な笑顔に。

 僕の心臓は、胸を突き破らんほどに激しく跳ね回っていました。


 「わたしは、リィル!あなたは?」

 「へ?ぼ、僕?僕は・・・」


 気が動転していた僕は、少女の前で見せた不甲斐なさもあって、誤魔化そうかなと思いました。


 ですが、命の恩人と言っても差し支えない彼女に対して嘘をつくというのも、気が引けました。


 だから、正直に答えることにしました。

 別にやましいことなんて、あの偽吸血鬼の一件しかないのですから。

 全体、それにも気づいていないようですし。


 僕は深呼吸すると、意を決して口を開きました。

 

 「僕は、クリスと言います」

 「くりす!くりすくん!」


 少女は僕の名前を繰り返しながら、ぶんぶんと腕を振りました。

 少女に手を握られていたために、必然的に僕のそれも激しく振られました。


 「わたしたち、おともだちになれる?」

 「え、友だち?」


 そう尋ねる少女の眼には、期待と、不安がない交ぜになったような感情が浮かんでいました。

 

 友だち。

 そう言えば、僕には同年代の知り合いがまったくいませんでした。


 お師様の元に転がり込んでから今日まで、とにかく必死に魔法の勉強をしてきたので、そう言った機会がなかったのです。


 ひょっとしたら、この娘もそうなのでしょうか。


 少女の眼の中の、不安という感情がどんどん膨れ上がっていくのを感じ取って、僕はなんとなくその推測は正しいのではないかと思いました。

 

 友だち。


 そうか、友だちか!


 こんな素晴らしい娘と友だちになれるだなんて、それはどんなにか素晴らしいのだろうか!


 「はい!なりましょう!」


 僕は涙で汚れた顔に、少女に負けないくらいの笑みを浮かべて返答しました。

 すると少女はさらに素敵な、まるで太陽のような笑みを浮かべて喜んでくれました。


 「やったあ!」


 その、先刻の大立ち回りをしていたときとはまったく真逆の、輝くような笑顔と年相応に喜ぶ姿は、なんとも魅力的で・・・


 いかんいかん!


 僕には、お師様という心に誓った人がいるんだ!


 だからこの娘とは、あくまでもお友だちだ!



















 

 「あら、通話装置なんて買ったの」

 「はい!最新機種だそうです!」

 「そりゃ、よかったわね。ところで、使用料金のこと考えてる?」

 「え、しようりょうきん?」

 「月に銀貨何枚か、かかるんじゃなかったかしら」

 「・・・」

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