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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第83話 少年と少女 前(あるいは、魔法士見習いクリスのお話 その8)


 僕は、とても上機嫌で買い物をしていました。

 と言っても、お師様から頼まれていた品々はすでに購入済みです。


 ここは、街のとある花屋さん。


 僕が選んでいるのは、お師様への贈り物。

 素敵な花束なのです!


 「これと、これと・・・。それと、これも!」


 僕はろくに名前も知らない、美しく色鮮やかな花を次々と選んでいきました。

 花には詳しくありませんが、赤、白、黄色、紫に紺色と、できるだけ偏らないように気を付けたのです。僕が一生懸命に考えた組み合わせの花々を、店員さんが綺麗に包装しているのを見ると、なんだか嬉しくなってきます。

 

 あっという間に出来上がった花束は、両手で抱える程の立派なものでした。

 これをお師様に手渡したら、さぞや喜んでくれるでしょう!

 

 僕は深呼吸して、お師様にこれを手渡す様子を思い浮かべました。


 『何?お花摘んできたの?』

 『はい、お師様にあげます!』

 『あー。花弁が散ると嫌だから、押し花にでもしといて』

 『・・・はい』

 

 ・・・なんだか過去のつらい記憶が蘇りかけましたが、大丈夫!

 なにせ僕は、立ち上がることができる漢ですから!

 

 僕は店員さんに代金を渡すと、意気揚々と花束を受け取ろうとしました。

 もう今から楽しみで楽しみで、顔がほころんでしまいます。


 そんな僕の笑顔に対して、何故だか店員さんは訝るような視線を送ってきました。


 こんなに立派な花束を用意したのだから、それはもちろん大切な人に贈るに決まっています。

 それを嬉しく思うのは当然なことなのに、何故そんなに不思議そうな顔をするのでしょうか。

 

 店員さんは、おずおずと僕に尋ねました。


 「あの、お墓参りですか?」

 「・・・はい?」


 店員さんの言葉に、僕は思わず間抜けな声を出しました。


 僕の大好きなお師様への贈り物だというのに、なぜお墓参りという単語が出てくるのか。

 まったく予想だにしなかった台詞に、僕の思考は追い付いていなかったのです。


 しかし、答えはすぐにわかりました。

 

 「だって、お客さんの選んだお花は全部、お葬式やお墓参りの時にお供えするものですから」

 「・・・」



 いやはやなんとも、僕は馬鹿な男です。


 大切な人に対して、葬儀用や墓参り用の花を束にして送るだなんて、失礼にも程があります。

 あの親切な店員さんの一言がなければ、僕はこれをお師様に渡してしまうところでした。

 

 まったく、縁起でもありません。


 慌てて選びなおした花束は片手で持ち運べる程度になってしまい、なんだか僕が想像していたよりも地味になってしまいました。


 なにせこの季節、お花は貴重なのです。


 街の外にはお花を専門に栽培している農家の人もいますが、そう言った土地では高度で高価な魔法装置を使用した温室栽培はなかなか見られません。


 美しく色鮮やかで“普通”のお花は、どこの花屋でも高価で品薄となってしまい、したがって先刻のような両手に抱える程の花束を用意することはできませんでした。


 店員さんの憐憫の眼を甘んじて受けつつ、僕はしょんぼりしながら花屋を後にしました。


 時刻は、もうすぐお昼時です。


 懐の財布はまだまだ温かいのですが、そろそろ家に帰って昼食を用意しないといけません。

 なにせ僕のお師様は、僕の料理をとても喜んで食べてくれるのですから!

 

 僕は深呼吸して、お師様に渾身の昼食を食べてもらう様子を思い浮かべました。


 『うーん。火加減が甘いわね、三十点』

 『そんなぁ・・・』

 『私の知ってるこの料理は、もっともっと美味しいわよ』

 『あうううう・・・。しょ、精進します』


 ・・・なんだか過去のつらい記憶が蘇りかけましたが、大丈夫!

 なにせ僕は、立ち上がることができる漢ですから!


 あの優しい、雪の様に白い髪の女の子との出会いは、僕の心に温かい灯をともしてくれたようでした。

 

 今までだったらすぐに卑屈になっていじけてしまっていたのに、なんだか自信が湧いてくる気がするのです。


 そうです。

 僕は、立ち上がることのできる漢です!


 だから、少々のことではへこたれないのです!


 僕は気を取り直して、帰路につきました。


 昼食時間近のこの時刻は、休日という理由も相まってそれなりに人がたくさんいました。

 それにここは、商店通りです。

 食事処も多く、家族連れや逢引き中と思しき男女が、本日の献立について楽し気に吟味しているようでした。


 「僕も、早く帰らなくちゃ!」


 そう呟きながら、歩く速度を早めると。


 「あっ!?」


 なんと、商店通りの先に。


 背丈の低い、雪の様に白い髪の女の子がいるではありませんか!

 後ろ姿しか見えませんが、間違いありませんでした。


 今朝がた出会った時と同じ黒色の外套と、なによりその目立つ髪!


 確かに、あの女の子です!


 彼女も、この商店通りに用があったのでしょうか。今まさに、通りの出口に向かって歩いていくところでした。

 なんだか僕は無性にうれしくなって、女の子に駆け寄ろうとしました。

 

 今朝のことを、はっきりとお礼を伝えたい。

 そしてできれば、もっと話をしてみたい。

 

 つい数時間前までは、あんなおっかない女の子と顔を合わせるのは御免だ、などと恐怖していたというのに。彼女から勇気をもらっていた僕は、今ではそんな風に考えるようになっていました。


 僕は人ごみをかき分けるようにして、走り出しました。

 

 すると、白い髪の女の子が横を向きました。

 その、優しい笑顔!やっぱり、あの娘だ!


 僕は予想が当たったことに喜ぶと同時に。 


 その時、気が付きました。


 彼女が、誰かと連れ立って歩いているということを。


 

 その、女の子よりもずっと背が高く体格のいい男性は、彼女と何かを話しながら歩いていました。


 なんとも仲がよさそうに見えます。

 まるで、親子か兄妹の様に。


 「・・・邪魔したら、悪いかな」


 何故だか心のどこかにちくりとした痛みを覚えたまま、僕はこのまま彼女を見送ろうかと思いました。

 

 うん。

 せっかく二人で仲良く歩いているのだから。

 水を差すようなことをしてはいけない。

 それに僕には、お師様という心に決めた女性がいるのだから。

 

 僕はそう思って、速度を緩めました。


 しかし。


 その時僕は、青年から漂ってくる嫌な気配を感じました。

 そして、直感しました。

 

 この青年は、魔法士である。

 そして、今まさに魔法を使用している、と。

 

 「ねえねえ!どこにいくの?」

 「良いところだよ。とっても良いところ」

 「うわあ、たのしみ!」


 あともう十数歩という距離まで近づいた僕には、二人の会話が聞こえました。

 同時に、この青年から感じられる嫌な気配も一層強くなりました。



 魔法というものは、決して万能ではありません。

 ですが、然るべき準備と運用をすれば、驚嘆すべき様々な利益を得ることができるのです。


 それは、街のあらゆるところで使われている魔法的な製品が証明するところではありますが、反面悪事に使用されるという情けないこともあるのです。

 見習いとは言え一応魔法士である僕からすれば、決して許しては置けない所業です。


 恐らくこの青年は、熟達してはいないのでしょう。


 高位の魔法士ともなれば、自身が発動した魔法を隠すどころか、呪文の詠唱や杖による動作すら省略して、魔法を発動したという事実すら完全に誤魔化すことができるそうです。


 ですがこの青年は、使用している魔法の正体が露見してしまうほどの明け透けさでした。


 “魅了”。


 敵対関係にある人でさえ、己のために命がけで戦う私兵に仕立て上げることができるという、危険な魔法です。


 本来は害獣や魔物などを追い払うために使用するものですが、まさか白昼堂々と、しかもこんな無垢な少女にそれをかけるだなんて。


 まあ、いくら白昼堂々とは言っても、魔法についての知識がない一般人には何一つ分かりはしません。そして魔法についての知識がある人間、つまり魔法士だって、この大きな街でもせいぜい三千人いるかいないかでしょう。


 僕がこうしてこの青年の悪行に気づくことができたのも、まったくの偶然だったのです。

 

 僕はその幸運に感謝すると同時に、青年の魔法士としてあるまじき行動に憤り、そして最後に疑問を覚えました。


 すなわち。


 何のために?

 

 ということです。


 ただの女の子を“魅了”で従わせることで、この青年にどんな利益があるというのでしょうか。

 この女の子に、一体何をさせようというのか。あるいは、何に利用しようというのか。


 などと考えを巡らせていると。


 「ほら、乗って乗って!」

 「うん!」


 青年と少女は、商店通りの出口付近に止められていた馬車へと乗り込んでいってしまいました。


 「え?嘘!?」


 僕が驚いていると、即座に馬車は出発してしまいました。


 と同時に、僕は青年が女の子を“魅了”した理由を理解しました。


 なんのことはありません。

 つまりあの青年は、女の子を“誘拐”したのです!


 僕は盛大に慌てました。

 なにせ街中で、それも目の前で誘拐事件に遭遇するなど初めてだったからです。

 

 「どどど、どうしよう!?お師様に頼んで・・・、いや、まずは衛兵さんに?」


 そうやって右往左往している間にも、馬車はどんどん遠ざかっていきます。

 誰かに知らせに走ったら、確実に見失ってしまうでしょう。


 




 失う。






 その恐怖が、また僕の胸中に芽生えました。


 大して知っているわけでもない。


 大して親しいわけでもない。


 そんな関係だというのに、でも僕は、あの少女ともう二度と会えなくなってしまうかもしれないという事実が、たまらなく恐ろしくなりました。





 だから。





 僕は



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