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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第81話 出会い(あるいは、魔法士見習いクリスのお話 その6)


 まだ朝だというのに、うんざりするほどの人ごみ。周囲の人々は、自分と目的を同じくする集団の多さに辟易しているようです。


 しかしそれに反して、僕の気持ちは高ぶっています

 

 見上げれば空まで届かんばかりの外壁に囲まれているのに、その内側にある夢のような光景ははっきりと思い浮かんでくるのです。


 魔法技術の粋を集めた、近代的な設備の数々。


 道行く人々は活気に満ち溢れ、世の幸せを謳歌しているかの如き柔和な笑みを浮かべています。


 もしも天上からこの地を一望すれば、知性あることごとくは次の様に評するでしょう。


 まことに、この街は大陸に、いや地上に誇るべき文明の象徴である、と。



 「おお、あの美人の魔法士さんのお弟子さんか」

 「はいっ!」


 街の正門にある検問所では、今日も衛兵さんたちがにこやかに僕を迎え入れてくれました。

 いつも決まった日の、決まった時間に現れる僕のことは、彼らの中でも知られているようです。


 だからと言って身元確認を省略されることもなく、僕はきっちりと街の行政府から発行されている通行証を提示するとともに、在留の期間や目的を聞かれました。


 億劫に感じることもない。 

 と言えば嘘になるのでしょうが、それでも興奮する気持ちを抑えるので精いっぱいの僕には、それ程の苦痛はありません。


 すでに正門の一番前に並んでから、二時間は待っていたのです。

 たかだか数分の確認作業なんて、どうということはありません。


 「今日もお使いか。しっかりな」

 「はいっ!」


 無事に許可を得た僕は、元気に返事をして街へと繰り出して行きました。



 今日は、特別な日!


 週に一度の、買い物の日なのです!









 街の外で暮らしているお師様と僕は、何かと不便な生活をしています。


 お師様は気にもしていませんが、多感な時期である僕にとっては楽しい街を目の前にして魔法の鍛錬と勉学にばかり打ち込むというのは、なんとも拷問のようなものなのです。

 そこで週に一度の買い物日には、お使いついでに目一杯に街を楽しむのです!


 さらに!


 いつもだったらちょっとだけ街を探検して、お師様から頼まれた品々を買って、それでおしまいだったのですが。

 しかし、今回は軍資金があるのです!


 僕は、懐の自分の財布を握りしめました。

 お師様の元に来る前から使っていた革製の財布ですが、今までに銅貨数枚以上が収まることはありませんでした。


 しかし、今日は違います。

 その中には、最上級の価値を持つ貨幣が!

 なんと、金貨一枚という大金が入っているのです!


 このお金は、お師様が先日の僕の頑張りを労う形で、特別にくださったものでした。





 実は先日の依頼である『行商人の護衛』というのは、裏があったのです。


 なにせその行商人である三姉妹の荷物とは、僕自身。

 しかも依頼をしたのは、お師様自身だったのです。


 お師様は彼女らに頼んで、僕をどこか適当な小鬼の巣に放り込むようにしたのだそうです。

 そして、僕がその巣の小鬼を退治するように、きっちりと監視をすることまでお願いしていたそうなのです。


 これには、僕も呆れてしまいました。






























 ああ。


 僕は本当に、駄目なやつだなあ。

 

 って。




















 なにせ情けない僕ときたら、いつもいつもお師様の後ろに隠れて泣いてばかり。

 

 先々週の“脳食らい”退治の時だって、正面切って戦うお師様の背中にしがみついて、涙を流して震えていたのですから。


 『こら、少年!ちょっとは戦いなさいな!』

 『うわああああん!無理ですう!』

 『あ、この!どさくさに紛れてお尻を触るな!』

 『ぐはぁっ!?』


 と、まあ、いつもいつもこんな調子なのです。

 一向に成長しない弟子に業を煮やして、荒療治に出たのでしょう。


 流石は、僕の尊敬するお師様です。

 

 僕が泣きながら、“魔蛇”を打倒したと伝えたら、とても喜んでくれました。

 

 『ああ、うん。いやあ、すごく頑張ったみたいね。ほら、お駄賃』


 なんだか見たことのない引きつったような表情のお師様でしたが、恐らく僕の成長を喜んでくれたのでしょう。

 冷や汗をかきながら、『きちんと真似しないと駄目ね・・・』などと言っていましたが、意味は分かりませんでした。


 とにかく、お師様からもらった大切な金貨。

 昨夜は何に使おうかと考えて考えて、まともに眠ることができませんでした。


 買いたいものは、たくさんあります。

 

 まずは、魔法関連の書籍。

 それと、贔屓にしている連続小説の新刊。

 ああそれに、料理の本。

 そうだ!お師様に贈り物を買うのもいいな!


 僕は幸せな選択に頭を悩ませながら、街の正門から続く大通りを歩いていきました。


 十分くらい悩んで、お師様に花束を贈ることを決意したその時。

 ふと、看板が眼に入りました。


 “噴水公園”。


 大通りを中央区まで進んですぐ脇にある、別名“中央公園”です。

 その名の通りに大きな大きな噴水があり、そして別名の通りにほぼ街の中央に位置しています。


 街の代名詞ともいえる巨大なこの公園には、遊具はもちろんのこと、食品を売る露店、街で五指に入る大きさの競技場、祭事などを行う多目的広場などの充実した施設があります。


 さらには。

 連れ立って訪れる男女が多いことでも有名な、街の名所の一つです。


 確かにこれ程に楽しい場所であるのならば、逢引きをするのには絶好でしょう。

 しかし、実は最大の理由は他にあるのです。


 公園のど真ん中に位置する、天使を模した噴水。

 

 誰にも目撃されずに噴き出す水を見ることができた両想いの男女は、必ず良い夫婦になるという素敵な言い伝えがあるのです。

 

 「ああ、もしも・・・」


 もしも叶うのならば、ここにお師様と二人で来てみたい。


 たくさんの素敵な花束をお師様に手渡しながら、噴水の水を見ることができたならば。

 どんなにか素晴らしいだろうか。

 

 そんなことを考えながら、僕はふらふらと公園の中に入り込んでいきました。


 逢引きの名所なんて言われますが、普通に子供や家族なんかがいるようです。

 今日は休日ということですし、一般客でにぎわっているのでしょう。


 ・・・いや、別に逢引きをする人が一般的でないという訳ではないのでしょうが。


 僕はそのまま、公園の中心地へ。

 すなわち、天使像の噴水の目の前まで歩いていきました。

 

 その天使像は、数百年前に補修されたきりの、ところどころ破損の目立つものです。

 ですが、優し気に僕を見下ろすその表情には、なんだか恋の成就を願いたくなってしまいます。


 「お師様は、僕の想いを受け入れてくれるかな?」


 僕は、頭の中でお師様に愛を告げてみました。


 ・・・駄目だ、正気を疑われそうだ。


 僕は天使像の前で、がっくりと肩を落としました。


 僕の知る限りはお師様の周りに怪しい影はありませんが、それでもあれ程に優秀な女性のこと。

 さぞかし多くの男性から愛される、いやひょっとしたら、愛されているのでしょう。


 僕のような泣き虫の弱虫のヘタレの無能には、到底振り向いてなどくれそうにありません。


 先々週の“多頭大蛇”退治の時だって、正面切って戦うお師様の背中にしがみついて震えていたのですから。


 『少年!しゃんとしなさいな!』

 『うわあああん!蛇の頭がいっぱいありますう!』

 『あ、こら!どさくさに紛れて胸を触るな!』

 『ぐはぁっ!?』


 と、まあ、僕はこんな調子なのです。


 全体、こんな僕をお師様が受け入れてくれる筈がありません。


 つい先日に“魔蛇”を倒して退けた僕ですが、なんでそんなことができたのかと、不思議で不思議でしようがありません。

 


 「何考えてるんだ、僕は・・・」


 折角楽しく街で過ごせる一日だというのに、こんな気分ではいけない。


 僕は眼に浮かびかけた涙をぬぐいながら、踵を返しました。


 ごめんね、天使像!

 いつになるかは分からないけど、きっと立派になって、素敵な女性を連れてくるから!


 そんな決意を胸に秘めて、僕は走り出しました。

 

 いやはや、まったく。


 周りをよく見ないで走るなんて、本当にやるものではありません。


 転ぶのならば自分が痛い思いをするだけで済みますが。

 他人に怪我をさせるかもしれない危険な行為は、絶対にしてはいけないのです。


 案の定、迷惑千万な僕は、誰かにぶつかってしまいました。


 「うわ!」

 「あう!」

 

 僕は、ぶつかってしまった誰かに盛大に弾き飛ばされて、噴水脇の芝生に尻もちをつきました。

 

 本当に、僕ってやつは駄目な男です。


 変な妄想をして、暴走して、他人に迷惑をかけるだなんて。


 「ご、ごめんなさい!」


 僕は謝りながら、ぶつかった相手を見ました。

 

 「こ、こちらこそ・・・」


 相手も謝りながら、僕を見ました。







 そして。







 僕は、固まってしまいました。




 僕の目の前に立っていたのは。




 雪の様に白い髪の。




 あのおっかない、暴力的な女の子だったのです。







 僕と女の子が、しばし見つめ合っていると。







 シューーーーーーーー







 噴水から、水が噴き出しました。

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