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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第78話 魔法士見習いクリスのお話 その3

もう何話かしたら、リィルちゃんのお話に戻る予定です。


 「おお!?クリスちゃん、来たわね!」

 「待ちわびたわよ!」

 「こっちゃ来い!こっちゃ来い!」

 

 街の大きな大きな正門近くの補給店にて。

 大勢の旅人と思しき人々に交じって、一際姦しい三人組が僕を出迎えてくれました。


 ニーニャさん、リャノンさん、ライネンさんの三姉妹。

 女性ばかりで行商の旅をしている、女傑たちです。


 「うーん、相変わらずいい匂いね」

 「久しぶりだから、嬉しいわよ」

 「やわっこくて、抱き心地最高!最高!」 

 「あうううう・・・」


 買い物客でごった返す補給店の真ん前で、僕は三人のお姉さまたちに三方から抱き着かれました。


 力いっぱいに身体を押しつぶされる僕は、ぐえ、と蛙のような声を上げてしまいます。


 この三姉妹は、お師様の友人たちでありお得意様です。


 必然的に僕とも知り合いなのですが、この人たちは会うたびにこうして過剰な“お肌の触れ合い”を求めてくるので、僕としてはたまったものではありません。

 なにせこの女性たちはお師様とは違い、そろいもそろって肉体の女性らしい部分が大きいのです。

 

 僕もいい加減に多感な時期になっているので、そういう部分に意図せずに触れてしまうと、せつない気持ちになってしまうのです。


 おまけに周囲の人々の視線ときたら、羨望やら憤怒やら悲哀やらが入り混じっていて、これもたまったものではありません。

 

 僕の意志とは無関係なのに・・・。


 「も、もう勘弁してください・・・」


 僕が息も絶え絶えに、涙目になって訴えかけると、お三方は名残惜しそうに僕の身体から離れていきました。


 やっとまともに呼吸ができるようになって、僕は少しだけ落ち着きました。


 ああ、香水の匂いで頭がくらくらする。


 「いやあ。一月ぶりだから、ちょっと我を忘れちゃったわね」

 「お返しに、私たちに好きなだけ抱き着いていいわよ」

 「ほれほれ、触れ!触れ!」


 ちょっと落ち着けたかと思ったら、今度はお三方は僕の手を取って、それを無理やりに女性らしい部分を触らせようとしました。


 胸やらお尻やらを触らせるというのも、会うたびに強要されることなのですが、いつまで経っても慣れません。

 まあ、慣れてしまったら人として終わってしまうような気がしますが。


 とにかくこれって、いわゆる性的な嫌がらせだと思います。

 お師様は助けてくれないので、街の衛兵さんや裁判所に訴えたら、何とかなるでしょうか。


 「うわわっ!そ、そんなところを触らせないでください!怒りますよ!」


 全体、僕にはお師様という素敵な女性がいるのですから、そんな誘惑には挫けたりはしません。

 

 僕は強い意志を持って、お三方の手を振りほどいて後ずさりました。

 心に決めた人がいる以上、みだりに女性に触れるのはやぶさかというものです。


 僕が眉を吊り上げて身構えると、お三方は悲し気な顔をしました。


 「あらら。とうとう可愛いクリスちゃんに、嫌われちゃったわね」

 「これは、哀しいことだわよ」

 「残念、残念・・・」


 途端にいじけだしたお三方に、僕はうんざりしたようにため息をつきました。


 最近になってようやく分かってきたのですが、この人たちは本当に、僕をからかうのが大好きなんです。


 先刻の様に身体にやたらと触れたり触れさせたりするのも、そっぽを向いて泣きまねをして見せるのも、僕を慌てさせるための演技なのです。


 それが分かったからには、もう引っかかったりなんてしません!


 ・・・などと思っていると。


 「それじゃあクリスちゃんのお師様に、秘密を教えちゃうしかないわね」

 「これだけは使いたくなかった手だけど、仕方がないわよ」

 「寝台の下の、写真、写真・・・」


 僕の方をちらちらと見ながら、なんとお三方は最低の脅迫をしてきました。

 

 寝台の下の写真。

 それは、絶対に、誰にも。

 特にお師様には、見られてはいけないものなのに!


 「そ、そんな!いつの間に見たんですか!?」

 「さぁぁ?いつのことだか分からないわね」 

 「さっぱり分からないわよ」

 「分からない、分からない」


 お三方は僕の周りをぐるぐると周りながら、さあどうする、どうするの?と交互に問いかけてきました。

 籠の中の鳥の様にきょろきょろとお三方を見ながら、僕は、あうあうと悶えました。


 あの写真を見られてしまったら、僕の人生は終わりです。


 きっとお師様に軽蔑されて、追い出されてしまうでしょう。


 それだけは、なんとしても避けねばなりません。


 とうとう僕は、折れることにしました。


 「わ、分かりました!もう怒ったりしません!しませんから!」


 僕が涙目になって訴えると、お三方は笑いながら僕の頭をくしゃくしゃと撫ぜました。

 先刻までの、僕をからかう様な笑いではありません。


 とても親しみのある、打ち解けた相手にしか見せないような、とても気安い笑顔です。


 「それじゃ、ほら」


 お三方はとても気持ちのいい笑顔で、僕に横顔を近づけてきました。

 

 “撫でろ”、ということらしいです。

 これもまた、お三方と合うたびに強要されることなのですが、流石に人前でやるのは気が引けるというものです。


 でも、やらねばなりません。

 

 僕の秘密を守るために。 


 何より、ニーニャさん、リャノンさん、ライネンさんのために。


 「うう、分かりましたよう・・・」


 僕は恥ずかしい気持ちを必死に抑えながら手を伸ばし、三人の頭を順繰りに撫でていきました。するとお三方は、うっとりとしたような顔で、それを受け入れるのです。

 その、なんとも艶のある表情を見ていると、せつなくなってしまいます。


 悦びのためか、人間よりも明らかにとがった、しかし森人よりは丸い耳が、ぴこぴこと動きました。


 その、人間でも森人でもないことを証明する耳は、往々にして隠されるものなのですが、この三人の女性は決してそうはしません。

 


 “半森人”。


 それは、人間と森人の愛の結晶。

 悠久の時を生きる森人と、百年生きられるかどうかの人間の、確かな絆の証明。


 森人の繊細な美しさと、人間の荒々しい感情を見事な調和でもって体現する混血児。

 その肉体は、人間から見れば芸術的な程に完成されており、成熟が早いというのに寿命が長い。


 しかしそれは、誇り高き森人にとっては汚らわしい存在。

 そして街の人間にとっては、嫉妬の対象。


 いずれの領域にあっても自らの居場所を作ることのできない、哀しい存在でもあります。


 

 その生い立ちから一つ所に住処を持たず、常に行商にとして様々な場所を旅している三姉妹。

 そんな彼女たちの心の癒しになるのならば、頭を撫でるくらいならいくらでもしてあげたい。


 ・・・まあ、頭で済むうちは、ですが。


 お師様とは大分長いお付き合いであるらしく、僕が拾われる前から世話になっているということでした。


 以前、興味に任せて年齢を聞いてしまった時には、笑顔のまま折檻を受けました。


 服をひん剥かれて、さかさまに吊るされて。


 そして、あろうことか・・・


 うう、止めよう。


 思い出すと、涙が出てきてしまう。




 「いやー、堪能したわよ」

 「生き返った気分だわね」

 「満足、満足」


 お三方は満ち足りた様子で、またも僕を抱きしめようとしました。

 いい加減に時間がもったいないので、次々に迫ってくる手をかわしながら、僕は尋ねました。


 「それで、何処まで行くんですか?」

 

 お三方はちょっとだけ顔を見合わせると、いつもの通りに順繰りに話し始めました。


 「目的地は、港町よ」

 「そこに、あるものを運ぶのね」

 「護衛をよろしく、よろしく」


 それ以上の説明をせずに、お三方はさっさと自分たちの馬車の方へと歩き出しました。

 先刻までの態度から、一変しています。


 大切な依頼のお話なのに、こんなに大雑把でいいのかなあ。


 初めて自分一人で行う依頼なので、勝手が分からずにいた僕は、とにかくお三方について馬車に乗り込むことにしました。


 四頭立てのこの馬車は、お三方が寝泊まりするための寝床や生活必需品、その他の荷物を摘むことができる、とても立派な造りになっています。


 何度か乗せてもらっていたので、その快適さについてはよく理解していましたが、反面馬の世話や馬車用具の修繕などの高い費用が掛かることも知っていました。


 魔法もそうですが、完璧な便利さというものにはなかなか手が届かないものなのでしょう。


 いつもだったらその中には、買い付けた大量の商品などが積み荷となってひしめいている筈なのですが、今回は随分とすっきりとしていました。


 港町に用事ともなれば、それはきっと貿易というやつでしょう。

 それならば、この街の魔法製品なんかを大量に仕入れている筈なのですが、そんな様子はまったくありません。


 まるで、そもそも運ぶものがないように思えてしまって、僕は興味に任せて訊ねました。


 「あのう、港町まで運ぶものって、一体何ですか?」


 途端に。

 座席についていたお三方は、僕をからかうようないつもの笑顔に戻ってしまいました。


 「んー、まあ、それは言えないわよ」

 「守秘義務ってやつだわね」

 「内緒、内緒」


 その嫌らしい笑顔は、ほんの数十分前のお師様のそれとそっくりでした。



















 「それにしても、お師様に隠れてあんな写真を撮るなんて、大したもんだわよ」

 「うわわっ!やめてくださいよう!」

 「きっと本人に頼めば、いくらでも撮らせてくれるわね」

 「そ、そんな!お師様は、そんなはしたないことは・・・」

 「つまりクリスは、はしたない少年。墓穴、墓穴」

 「・・・」

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