第74話 議題『ニホンとの今後の関係について』 小休止中
日本と街とのパワーバランスについて説明したかったのですが、上手くできているでしょうか。
すっかり人気の失せた会議室で、ヴァーミリオンは椅子にもたれかかった。
鍛え上げられた逞しい肉体を全力で受け止める椅子が、なんとも心もとない悲鳴を上げる。
だが彼はそのまま構わず、両手と両足を上げて大きく伸びまでしてやった。
今回は急遽彼が議長をやることになってしまったので、心の準備ができていなかった分余計に疲労してしまったのだ。
『ニホンとの今後の関係について』
これ程白熱する議題が取り上げられるという時に、なんで自分がそんな役回りをせねばならないのか。
それもこれも、ミントちゃんがいつもの腹痛を起こすからだ。
あんにゃろうめ、都合が悪くなるとすぐに腹が痛いと言いやがる。
魔法院長という責任ある立場にありながら、そんな体たらくでよくもまあ部下が付いてくるものだ。
そんな風に親友の一人を呪っていると、彼の視界にさっと影がさした。
誰なのかは分かっている。
今ここにいるのは、自分と後もう一人しかいないのだから。
「よう、ヴァーちゃん」
「おう、ボーちゃん」
もう一人の親友からの呼びかけに、ヴァーミリオンは硬直しかけていた顔を緩めた。
先刻まで渋い顔をしていた者同士。
彼らはお互いの肩を叩いて労い合った。
小休止となった現在、この会議室には彼ら二人の姿しかない。
こういう時には貴族としての振る舞いよりも、知己へ接するそれが出てしまう。
自身の悪いところであるとは理解しているが、ヴァーミリオンはそれを直そうとは思わなかった。
これが“領主”や部下たち、あるいは自分たちの寝首をかこうと血眼になっている連中の前ならばいざ知らず、公職の場とは言え親友との二人きりの語らいの時にまで、うざったい貴族の慣習を持ち込むなんて御免なのだ。
ましてや、これ程に精神的な負担を感じているときはなおさらだ。
そしてそれは、向こうも同じであるらしい。
傷だらけの顔をほころばせる終生の友ボルフォッグは、ヴァーミリオンの隣の椅子にどっかと座り込んだ。
彼はその恐ろし気な外見を裏切らない、この街の騎士団の一翼を束ねる騎士団長である。
一翼というのは、彼は魔法騎士であって、彼の元に集う騎士たちも同じく魔法騎士だからだ。
もう一翼の聖騎士団長は、ヴァーミリオンその人である。
「若いのは、どうかしてるよなぁ」
「まったくだよなぁ」
子供のころからいつも一緒だった二人は、同時にため息をついた。
今の領主の良いところは、実力のある者はどんどん取り立てるという点にある。
しかし取り立てられた者の中には、自身の才能を過信して無茶な突き上げをしてくる奴もいる。
『今こそ我々は、ニホンに攻め入るべきなのです!』
どうやら弱小貴族を数人丸め込んで下準備をしてきたつもりになっていたらしい若造の一人が、つい先刻そう言って、騎士団に対して出兵を進言してきたのだ。
『いやぁ、無理だ』
『何故です!?』
『そりゃぁ、予算が減らされて人員不足だからな』
自分を取り立ててくれた領主が、まさか自分の足を引っ張るような法整備をするなどとは思っていなかったのだろう。
小休止になった途端にその新参貴族の青年は、もう何を信じてよいのか分からないと言った顔で会議室から出て行った。
別にニホン侵攻を思いとどまらせることだけが理由ではないのだろうが、領主による騎士団・衛兵への“表向き”の予算削減は効果的であった。
とかく若く才能にあふれる連中は、ニホンのことを見下したがる。
だが、自分のケツを持ってもらえなければ無茶を通そうとはしないだろう。
それに、あの生ける英雄に直訴する程の胆力もあるまい。
・・・まあ、そんな奴はこの街にいる筈はないが。
「戦争なんて、まっぴらだよ」
「ホントにな。平和が一番!」
二人の親友は、そう言って拳を突き合せた。
ニホンとは、まことに恐るべき存在だ。
“初接触”の際に判明したことであったが、彼らはほとんど魔法に頼らない軍事力を持っている。
彼らの使用する火器。銃や砲は、こちらの魔法士のような特別な才能を要せずに、その高い性能を発揮することができるのだ。
勿論こちらの世界の魔法による様々な製品だって、魔法の才能に秀でていない者でもある程度は扱えるようになっている。だが、ニホンのそれはその範疇を逸脱している。
まったく魔力を持たない脆弱なチキュウ人は、異界の科学という力によって作り上げられた小銃で、こちらの世界の魔法士をいともたやすく殺してのけるのだ。
当時、魔法や奇跡による身体強化を頼んで白兵戦を仕掛けた騎士たちは、無数の穴を体中に拵えて無残な躯をさらしたらしい。
さらに恐ろしいことに、彼らはそういった小銃をさらに凌駕する兵器群を有している。
これは“初接触”直後にニホンへと決死の突入を敢行し、そして生還した英雄たちによる貴重な情報だ。
えりぬきの百人からなる魔法騎士と聖騎士の決死隊は、半日ほどでその数を一割にまで減らして“環”の向こうから戻ってきたそうだ。
彼らの見聞きしたものは、いずれも詳細に記録されている。
曰く。
地を這う鋼鉄の巨象。
空を舞う銀翼の蜻蛉。
そしてそれらを操る、脆弱なニホン人たち。
いずれも若干の魔法的な能力を有してはいたものの、ほぼそれによらずに恐るべき殺傷・破壊能力を披露してのけたのだそうな。
街の歴史に名を遺した英雄たちは、それら魂を持たぬ歪な絡繰り細工によって多くが命を奪われた。
だがそれでも、魔法や奇跡の力でそれらを十分に破砕しうるというのは唯一の朗報であったと言えよう。
その事実をニホン側も理解したらしく、その初めての触れ合いによってお互いの力量の一端を測った自分たちは、こうして今でも停戦状態を続けている。
「いつまで続くんだろうなぁ」
「まったくだよなぁ」
この街の議会の中でも最大級の発言力を持つ二人であったが、ことニホンのことになると及び腰になってしまう。
なにせ彼らの父親たちは過去にニホンに赴いて、揃って死にかけたからだ。
どういった経緯だったのかは教えて貰えなかったが、とにかくニホン側の軍人と小競り合いが起きたらしい。
ヴァーミリオンとボルフォッグの父親たちは、そこで殺傷性の高い魔法を放ち、同時にニホンの軍人は殺傷性の高い小銃を放った。
とどのつまり、殺し合いになったという訳だ。
どういう訳だか分からないが、殺し合いになったはずのその現場から五体満足で生還してきた父親たちは、当時若かった息子たちに同じ事実を告げたのだ。
ニホンと全面的に戦争になれば、絶対に負ける。
以来ニホンというお隣さんに対する潜在的な恐怖を植え付けられた二人の少年は、とうとう血気盛んな連中をなだめるのに苦労する立場にまでのし上がってしまった。
ニホンの恐ろしさを知らない連中は、彼らの持つ魔法でも奇跡でもない力を侮っているのだ。
ニホンという異界の、“科学技術”という力は驚異的である。
様々な代償を払って彼らから提供されたその一端によって、失われていたこの街の機能の一部を回復することができたことからもそれは明白だ。
二万年もの間、何をどうしても扉一つ開けられなかったというのに、今では機関部にまで侵入することができた。ここ数年での機動要塞の内部解明は、すさまじい速度で進んでいる。
つまり彼らの持つそれは、古の文明に通ずる強大な力なのだ。
正面からぶつかり合ったら、こちらは確実に滅ぼされる。
そもそも戦闘員の数からして違うのだ。
こちらの戦力は潜在的な魔法の才能に秀でた者か、己を犠牲にして信仰に尽くすことのできる強固な精神力を持つ者だけである。加えて、それらをまともに使い物になるまで育成するのには何年もかかるのだ。
だがニホンにはそれが必要ない。
科学の力によって作られた小銃をそこらの平民十人にでも持たせれば、それでこちらの騎士一人と同じ戦闘力が用意できてしまう。
こんな連中とまともにやり合おうだなんて、蛮勇どころか脳無しだ。
もしも可能ならば、“環”なんて閉じてしまったほうが良い。
だが反面、彼らとの交易は実に魅力的でもあった。
かのニホンからもたらされた科学もそうだが、土産物だって素晴らしい。
絵草紙。
食料。
衣服。
最近では、映像作品まで解禁された。
“あにめ”なる見事な芸術は、そう遠くない未来に街に新たな流行をもたらすだろう。
「そういや、今まさに交流してるんだって?」
「ああ。前回、向こうの子どもの相手をしてくれた連中がな」
技術協力の代償として受け入れることになった異界の子どもたちだが、思わぬ形でニホンとの関係改善の足掛かりとなったようだ。
このまま子ども同士の交流が通例化すれば、若い世代の間でより太い交流が可能となるかもしれない。
何にしても、あの“環”を破壊も消去もできない以上、このままお隣さんとしてお付き合いをしていく他にないのだ。
ならば禍根を持つ世代は早々に退場して、分かり合おうとする気力のある若者たちに全部押し付けてしまったほうがいい。
何にしても、物騒なのは御免だ。
貧乏貴族の息子として生まれてこのかた、ヴァーミリオン、ボルフォッグ、ミントの三人組は、常に馬鹿をやって毎日を面白おかしく過ごすことだけを考えていたのだから。
「願わくは・・・」
「このまま、平和裏に交流が続きますように、と・・・」
小休止が終わり、にわかに会議室が活気づき始めたところで、二人は顔を引き締めた。
そこにいたのは、この街を統べる二人の議員。
そして、この街の平和を守る騎士であった。
「ひぃっ!?ヴァーちゃん!ボーちゃん!」
「随分御辛そうじゃねぇの?学院長様よぉ?」
「ちょ、二人とも、顔怖いよ!」
「おら!見舞いの品だ!食らえ!」
「っ!?もがもが!」
「ニホンの酒だぞ!ありがたく飲め!」
「っ!?ごぼぼっ!」
「まだまだ、あるぞぉ?」
「親友からの贈り物だ、うれしいだろぉ?」
「・・・」




