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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第73話 帝都大学付属第一中学校 男子生徒の回想2(あるいは、続・交流について 中)



 今日は、この帝大付属中学校の伝統である、文化祭の前日祭だ。


 この日は一般や保護者への開放はされずに、僕ら生徒だけで目一杯に出店や出し物を楽しむことができる。


 そして今年は、歴史に残るような一大イベントが催されたんだ。


 この情報が、一体どこから漏れてしまったのか。


 恐らくは、口の軽い生徒によるものであろうが、話を聞きつけてきたマスコミ連中が押しかけてきていた。

 けれど学校側は、『一般参加は明日から』ということで取材申し込みを突っぱねた。

 勿論僕らは、それを大喜びで支持したんだ。


 ちょっと前までなら気を良くして受け入れたのだろうが、今の僕らにはそんな気分は毛頭なかった。

 なにせ、あの二時間の冒険の後からしつこくしつこく記者だのテレビカメラだのが纏わりついてきていたからだ。


 異界との交流が始まってから半世紀。

 行き来できるのは限られた人間だけで、当然情報もそうである。


 おまけに文通まで始まったと分かれば、その内容を知りたいという気持ちは分からなくもない。

 

 でも、手紙ってプライベートなものじゃないか。

 それを公表しろだなんて、検閲していた連中と同じようなもんだよ。


 それに彼らは、僕らのことをちやほやしているんじゃあない。

 あくまでも、異界のことを知っている人間から、話を聞きたいだけなんだ。


 いい加減に辟易していた僕らは、きっかけは良く分からなかったが、いつの間にかマスコミからの取材についてを話題にしなくなった。


 それまで僕ら三年B組の仲間たちは、


 「昨日、〇〇新聞の記者に取材されたぜ!」


 とか、


 「私、昨日の〇〇テレビに出たのよ!モザイク入ってたけど」

 

 なんていう浮かれた気分だったのだが、徐々に冷めたように。

 あるいは覚めたように、日常に戻っていったんだ。


 



 そんなこんなで日常といえば、目下の文化祭が一番の重要事項だった。


 僕らの学び舎。帝都大学付属第一中学校は、同じく付属第一高等学校、そして帝都大学と併設されている。

 そして大体において、学校行事は少しずつ日程をずらすか、あるいは同日に開催するようになっている。


 今回の文化祭は、後者だ。


 もう、地域どころか他県からもお客さんが来るほどに盛大な賑わいを見せるこの三校合同の文化祭は、伝統的な行事でもある。


 屋台は勿論のこと、各部活動の出し物や、毎年様々な著名人。例えば音楽家なんかをゲストとして招待して、ちょっとした公演をしてもらったり、僕らと一緒に祭りを楽しんでもらったりするのだ。


 それが、なんと。


 今年は、異界の友人をゲストとして招くということになったのだ。

 以前出会った、あの雪のような髪の女の子、リィルちゃんを招待しているんだ!



 きっとオトナたちの政治的なアレコレがあったんだろうけど、もう僕らのクラスにそれを気にするような人はいなかった。


 ただただ純粋に、僕らは喜んでいたんだ。


 たった二時間ではあったけれど、楽しい時間を共有できた異界の小さな友人と、また会えるという事実に。







 「どうぞ!こちらです!」


 僕は左手で、異界の友人の手をとって歩き出した。

 久しぶりに会ったけれど、やっぱりこの少女は可愛らしい。力強過ぎるのが玉に瑕だが。

 

 「だ、だいじょう、ぶ?」

 

 少女が、僕を気遣うような言葉を口にした。若干固いが、ほぼ完ぺきな発音の日本語である。

 

 僕らと対話をするために、一生懸命練習をしてきてくれたのだ!

 

 その事実は、僕に右手の痛みを忘れさせた。


 

 僕ら三年B組は、いや付属第一中学校の皆は、この日のために一生懸命に準備をしてきた。


 実は高等部や大学の方の先輩方からも、「ウチにも連れて来てくれよ」というお声がかかっていたのだが、あきらめてもらった。


 異界からのゲストがこの帝國に滞在できる時間は、以前の僕らと同じく僅か二時間という短さだった。だから他の生徒たちには我慢をしてもらったうえで、各クラスの出し物を待ち時間なしで体験してもらうことにしていたんだ。


 これには、全校生徒が納得済みだった。


 だがそんな中。

 僕ら三年B組は案内役として、リィルちゃんとそのお師匠さんに、学校中を紹介して回った。


 こればっかりは、譲れない。 

 ひがむ連中もいたが、それも形だけですぐに納得してくれた。


 「おい、見えないよ!」

 「お前ら、店番どうしたんだよ!?」

 「いいじゃん、どうせ来ないよ!」

 「そうそう!それよりリィルちゃんに会わせろよ!」


 でも、いざリィルちゃんとそのお師匠さんを案内し始めると、他クラスのみんなも出店をほっぽり出してついてきた。


 まあ、気持ちは分からなくはない。


 同じ立場だったら、僕だってこの長蛇の列に加わっていたに違いないのだから。


 そんな大所帯での移動だったけれど、異界のゲストは特に気分を害してはいなかった。

 むしろ、僕らの案内に喜んでくれたんだ。 


 どうやら向こうには学校といえる施設が少ないらしい。魔法を専門に教える施設があるらしいんだけれど、そこに入れるのは才能がある人間だけなのだそうな。


 二人は教室やら体育館やらグラウンドやらをとても興味深げに眺めていた。

 しきりに、あれは何をする場所なのか、この器具はいったい何に使うのか、と質問をしてくれた。


 「なんで、つくえがあんなにならんでいるの?」

 「ああやって置けば、皆が先生に注目するからよ!」

 「・・・ううん、すさまじい重圧だろうな」


 だが、今回二人に見てもらいたかったのは、各クラスの出し物。

 出店だった。


 喫茶店。


 短編映画。


 創作ダンス。


 プラネタリウム。


 化学実験。


 手製のぬいぐるみ販売。


 お化け屋敷。


 リィルちゃんたちが招かれると分かってからは、各クラスが死に物狂いになって準備をしたので、

例年以上に気合の入った出店に仕上がった。


 「ぴあああああああああ!」

 「え!?何、どうしたの!?」

 「ああ、いや、申し訳ない」


 しかし残念ながら、お化け屋敷については気合が入り過ぎてしまったらしく、なんだかリィルちゃんが異様に怖がったので中止になってしまった。


 A組のやつらには可哀そうだったけど、まあゲストをおもてなしするのが今回の目的だったのだから、仕方がない。その鬱憤は、明日からの一般参加で晴らしてもらおう。


 さて、各クラスの出し物が終わったら、今度は部活の出し物だ。


 サッカー部、野球部、バスケ部などの球技系に始まり、吹奏楽部、コーラス部、美術部などの芸術系。そして、空手部、柔道部、僕の所属する剣道部なんかの武道系だ。


 流石に全部を事細かに見てもらう訳にはいかなかったので、デモンストレーションのような形で、各部員が演技をすることになった。


 特に受けがよかったのが球技系で、ぜひルールを覚えて帰りたいという程に絶賛してくれた。


 「これは、負けてられないよな!?」

 「応とも!」

 「いいとこ見せましょう!」

 

 柔道、空手、そして剣道部の僕ら三人は、リィルちゃんと楽しそうに球遊びをしている連中に対して、部活動の何たるかをお見せすることにした!


 武道部は急遽、体験活動会を開催することにしたのだ!


 ・・・まあ、何のことはない。

 

 ただ、僕らの世界の武道の一端を、リィルちゃんに体験してもらうということだったのだ。


 なにせ、貴重な二時間の滞在時間だ。


 少しでも彼女とお近づきになろうと、皆が必死でアピールするもんだから、僕も含めてどいつもこいつもお互いに対抗意識を燃やしていたんだね。


 考えてみれば、ここで止めに入るべきだったんだ。

 でも僕も、彼らにあてられて判断力が鈍っていたんだと思う。


 リィルちゃんは、その外見こそ可愛らしい女の子ではあるが、まぎれもない異界人である。

 その身体能力は僕ら地球人の比ではなく、まともに白兵戦なんて始めたら一撃で昏倒させられてしまうだろう。


 右手を握りつぶされかけた僕には、それが嫌というくらいに実感できていたのだが、他の連中はそうではなかったらしい。


 あれよあれよという間に、リィルちゃんは可愛らしい服の上から胴着を着せられていた。


 「お願いしますっ!」


 ひょっとしたら全校生徒が集まっているのではないか、というくらいにぎゅう詰めになった武道場のど真ん中で、柔道部主将は大声で挨拶をした。


 「おっ!おねがいっ、しますっ!」


 周囲から注がれる遠慮のない視線と、一分刈りの主将のだみ声に気おされたのだろう。


 リィルちゃんは、かなり緊張した声で返礼をした。


 うっわ。


 すっごく可愛い・・・。


 柔道部主将を含めた、その場の男子全員が。

 あ、それと少数の女子も、顔を赤らめた。


 「ちょっと!鼻の下!」

 「ご、ごめん!キョウちゃん!」


 数人の女子は、男子に向かって折檻をしていた。

 

 おお、痛い痛い。


 「ええっとね、こうやってね、襟をぎゅーって掴むの」

 「こ、こう?」


 さて、柔道部主将による、なんだか如何わしい柔道講座が始まった。

 彼女いない歴が年齢とイコールである彼が嫌らしい手つきと顔つきで指導をするので、周囲からは盛大な野次がとんだ。


 「こらー、この変態ヤロー!」

 「うらやましいぞ、コンチキショー!」


 そんな周囲からの嫉妬交じりの声援を受けて、柔道部主将は相好を崩していた。


 「へへっ!役得ってね・・・?」


 リィルちゃんに掴みかかられた主将は、鼻の筋を伸ばしながら、宙に浮きあがっていた。


 ギャラリーの顔が、笑顔や歯ぎしりのまま固まった。


 「よ・・・い、しょ!」




 どっ、




 たぁん!

 



 道場全体を揺るがすかのような、すさまじい音と揺れが響き渡った。


 背負いだ。


 「綺麗に決まったなー」、などと他の部員からの賞賛を受けながら、見事な一本を取った少女は大慌てになった。


 「うわわっ!ご、ごめんなさい!」


 顔を青くして対戦相手に駆け寄る少女は、なんとも健気であった。


 そして、やはり可愛い。

 

 自分を投げ飛ばした少女に介抱されて、柔道部主将は、それはそれは幸福そうな顔で昏倒していた。ぶん投げられたしまった彼ではあるが、当分やっかみの対象になるであろう。


 空手部についても、同様だった。


 「ええっとね、こうやってね、片手で突いたら反対の手は引くの」

 「こ、こう?」

 


 どっ、


 


 かぁん!





 少女からの正拳突きを頂戴した空手部主将は、それはそれは幸福そうな顔で壁に叩きつけられていた。

 

 最初は可愛い少女を見ていたつもりのギャラリーだったが、そのへんで空気が変わっていた。

 

 別に、彼女を恐れるようなそれではない。


 もっと純粋に、すごい、という尊敬の念だ。


 それくらいに、この少女は魅力的だった。

 

 こんな美しく力強い女の子を嫌う様な人間は、この地球には。


 いや、恐らく異界にも存在しないんじゃあないかな。





 さて、最後はこの僕。

 剣道部主将の出番だ。


 流石に手取り足取り教えるような気分にはならなかったので、防具の付け方だけを簡単に教えた。

 いや、ほとんど部員の皆で手伝って着けてあげたんだけどね。


 ここ数か月にわたる文通によって、彼女がただの少女ではないことは承知していたが、二人の主将の有様を見てそれは確信に変わっていた。


 彼女の身体の動きは、異界人特有の身体能力だけでなく、訓練を受けた人間のそれを感じさせるものだった。


 重心への配慮。


 目線の動き。


 足の運び方。


 それらすべてが、素人とは明らかに違っていた。

 間違いなく、彼女は高度な武術的指導を受けている。


 それを察していたのは僕だけではなかったようで、喝采するギャラリーの中で、同じ武道部の連中だけは真剣なまなざしになっていた。


 僕の腹は、決まった。


 本当はおもてなしのための体験活動だったけれど、この際だ。


 気持ちを秘めて、僕は竹刀を握った。


 

 僕は彼女に向き合うと、静かに礼をした。

 

 リィルちゃんは、なんとなく日本の武道における作法を察したのだろう。

 本日三度目の礼は、なかなか様になっていた。


 そして僕は、いつもの試合形式の様に、三歩進んで蹲踞した。

 流石にこれは予想できていなかったようで、彼女はあたふたとしゃがんだ。


 僕はそんな少女に微笑むこともなく、再び立ち上がった。

 本来は審判の合図で立ち上がるものだが、今回はあくまでも体験活動。


 ゲストへのおもてなしだ。

 

 だが、すでに僕の気分はそこからは離れていた。


 

 試したい。



 僕ら地球人を遥かに凌ぐといわれる異界の武術を、体験してみたい。


 僕が正眼で構えると、彼女も“試合”の開始と理解したらしい。


 即座に半身になり、左手を握って顎のあたりに寄せると、右手で竹刀を床と平行に構えた。

 同時に、まるで高段者が有するような気迫を背負い始めたではないか。


 おおっ、とギャラリーから歓声が上がった。


 明らかに剣道とは異なる構えだが、フェンシングによく似ている。

 つまり、突きが主体だ。

 

 僕はそう分析すると、静かに彼女の全身を見つめた。


 剣道をやっていない人にはピンと来ないかもしれないけれど、相手の上半身ばかりに気を配るのは間違いだ。

 実は下半身。つまり足の動きはとても重要なんだ。

 

 なにせ、腕の力だけでは威力のある一撃なんて放てはしない。


 これは球技をやっている人にも分かるだろうけど、足は身体全体の動きを支える重要な役割を担っているんだ。


 だから、相手の足の動きを見ながら、次に飛んでくる攻撃を予想するもの重要なことなんだ。


 僕は、静かに、冷静に、少女を見つめていた。

 

 少女の方も、同じだった。


 道場は、しんと静まり返った。

 僕と少女の放つ気配を、ギャラリーが察したのだろう。


 二人の動きを一つたりとて見逃すまいと、皆が固唾を飲んでいるのが分かった。 


 そんな張り詰めた空気の中にあって、少女はとても落ち着いていた。


 その眼。


 なんて静かで、穏やかなんだ。


 なんて綺麗で、美しいんだ。


 先刻の二人の主将の様に、僕だってまともにやれば圧倒されてしまうだろう。


 だが、彼女の眼からは侮りや蔑みの感情など少しも感じられない。


 ただただ、僕を静かに見つめている。


 『うっ!?』


 僕は、その穢れのない眼がこちらを見つけていることが、急に怖くなった。


 この、とても様になっている構えからして、彼女はかなり剣術に秀でている。

 この年齢でこれだけの気迫を背負えるのなら、ひょっとしたら、修羅場をくぐっているのではないだろうか。


 その無垢な瞳の中で、僕はどのようにして彼女の剣に貫かれるのか。


 そんな思考が、頭の中で膨らみかけた瞬間に。


 少女の足に、ぐっと力が込められたのが分かった。


 動くっ!


 そう思うよりも早く、僕は裂帛の気合と共に竹刀を振り上げた。

  

 彼女の眼に怯えたのだ。


 その静かで、でもすべてを見通すかのような視線に、僕は耐え切れなくなったのだ。

 

 その瞬間に、彼女の竹刀から強い気配が放たれた。


 狙いは、僕の面だ。


 振り上げた腕の間を縫うようにして、彼女の竹刀が迫ってくる。


 そんな動きを読み取った僕は、咄嗟に竹刀を振り下ろした。






























 「ちぇぇぇえーーい!」

 

 


 ばしんっ!



 









 僕の掛け声と、竹刀が面を叩く音が、道場に響き渡った。


 またしばしの静寂が支配する中、僕は元の位置に戻って礼をした。


 恐るべき対戦者もそれにならって、ぺこりっと可愛らしく頭を下げた。


 「い、今、どっちが早かった?」


 リィルちゃんが頭を上げると、誰かが呟いた。






 

 僕は、リィルちゃんの面を確かに打っていた。

 しかし同時に、彼女の竹刀は僕の左手を打っていた。


 どちらが早かったのかは、分からない。

 それはおそらく、周囲のギャラリーだってそうだろう。


 一応スマホなどで撮影してくれている友だちが何人かいたが、スローモーション再生をしても分からなかったらしい。

 

 「同時じゃないか?」

 「分かんねぇな・・・」

 「こりゃ、無効だろ」

 

 映像を繰り返し見ていた部員の大半は、無効という意見に流れているようだった。

 

 通常、面と小手の相打ちならば、往々にして面打ちが優先される。悪くても、無効だ。


 面と小手が同時に放たれたのならば、小手側は面を打とうとするその手に向かって打突を放つことになる。

 その結果、竹刀が床に対して垂直方向に立てられてしまうと同時に、面打ちに比して出遅れる形になってしまうのだ。こうなると、小手打ちが有効とは認められない。


 「でもなあ、そこまで厳しく判定いるか?」

 「だよなあ。そもそも、剣道って言っていいのかどうか・・・」


 そうだ。

 一応剣道体験という体で始めたが、リィルちゃんはそもそも剣道の細かいルールなんて知っている筈がない。


 さらに彼女の構えは剣道ではなく、フェンシングのそれに近い。


 フェンシングの方は詳しくはないが、確か相打ちだった場合は双方にポイントが入るんじゃあなかったかな・・・


 きょとんとしているリィルちゃんを置いてけぼりにして、僕らはうんうん唸り出した。


 本当は、お客様をおもてなししようという気持ちで始めたこの『剣道体験』だったのに、僕もみんなもちょっとだけ熱が入ってしまったようだった。


 皆が結論を出しかねていた、その時。


 「いや、正太郎君の勝ちだ」


 その、静かだが力強い言葉に、ざわついていた道場内が一気に静まり返った。


 あの、赤毛の青年だ。ギャラリーの中に埋没していたが、しっかりと観覧してくれていたらしい。

 彼は自分に注目が集まったのを確認すると、ゆっくりと言った。


 「この娘は君の手を打ち、君はこの娘の頭を割った。実戦ならば、結果は明らかだよ」


 どうやら、彼の話している日本語を完璧に理解しているらしい。

 リィルちゃんは、素直にうんうんと頷いていた。


 そしてリィルちゃんは面を外すと、笑顔でぺこりと頭を下げた。

 

 それを見て、僕も慌てて頭を下げた。


 なんだか、僕の方だけがムキになっていたように感じる。

 この僕よりも一回りは小さい女の子は、勝負に拘るどころか僕らの催しを素直に喜んでくれているのだ。

 

 少女は笑顔のまま、他の剣道部員に防具や竹刀を手渡した。

 そして、とととっ、と可愛らしくお師匠さんの元に走っていった。


 「あ、あのっ!」


 僕は思わず、赤毛の青年に声をかけていた。

 リィルちゃんのお師匠さん。

 

 どうも彼女の手紙によれば、かなりの実力者であるらしい。


 ぜひ、一度お手合わせを。


 そうお願いしようとした瞬間に、僕は直感した。




 勝てない。



 僕とこの人とでは、立っている場所が。


 次元が違うのだ、と。


 “実戦ならば”。


 彼は何気なくその言葉を口にしたのだろうが、違う。


 僕には、とてつもなく重みのある一言だった。


 この人は。

 いや、この人たちは。


 きっと、とんでもない“実戦”を何度も何度も経験しているんだ。


 「なんだい」


 そう問いかけてくる赤毛の青年は、よく見ると、なんというか作り物のような顔をしていた。

 

 異界の人間の顔立ちにしたって、感情の起伏を読み取れない。

 まるで、なにも感じないロボットのようだ。


 やはり異界の人たちは、僕らを同じ人間として見ていないのか?

 ちょっと力を込めればすぐに命を奪える。


 そんな、貧弱な存在だと、思っているのでは・・・

 

 一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎった。


 しかし。


 「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」

 「そ、その・・・」

 「大丈夫。ちゃんと、聞いているよ」


 僕は、その青年の口調に安堵した。

 彼のその気遣う様な言葉は、きちんと僕を人として扱ってくれている。


 やはり、異界の人々が僕らを見下しているだなんて、悪い冗談だ。

 リィルちゃんだって、このお師匠さんだって、そうだもの。


 完全に落ち着いた僕は、提案することにした。 

 もう、かなりの時間を取ってしまっていたのだから。


 「そろそろ、昼食の時間ではないでしょうか?」


 その言葉に、青年は。

 リィルちゃんのお師匠さんは、その顔に似合わずに、とても親し気に応じてくれた。


 「うん、そのようだね。できれば、ここの物を馳走になりたいのだが」

 「それは、勿論!この学校の名物を、御馳走しますよ!」


 

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