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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第72話 続・交流について 前

書くのが、こんなに楽しいなんて!


 遂に私は、たどり着いたのだ。


 “学校”。


 私のような、子どもたちが集う場所に。


 異界の、新たな友人が学ぶ場所に。


 偉大なる学士たちを養成する、神聖なる学び舎に。


 だが、そこは・・・


 「にぎやか」

 「うん、賑やかだね」


 私と師匠は、同時に言った。


 私たちの目の前では、まるで祭りのような賑わいが。


 いや、まさに祭りが始まっていたのである。





 



 長い螺旋階段を上って“環”を通り抜けると、そこは異界だった。


 ・・・と言えばそれらしいのだが、実際は拍子抜けであった。

 以前も見た管理区画に到着したあたりまでは、すごく期待が高まっていたのだ。


 ああ、早く先を見たい。

 一体何が、私を出迎えてくれるんだろう。

 一体どんなものと、私は出会えるんだろう、と。


 しかし“環”を昇ってそこにあった念願の異界は、すぐ真下の倉庫のような部屋とさして変わり映えがしなかったのだ。


 魔力光との差異が判別できないような照明に、“流体石”とよく似た材質の壁。

 周囲には一様に緑色の上下を着込んだ男たちが並び立っており、私と師匠へ視線を注いでいた。その眼付きの悪さは、文官連中とそっくりであった。

 

 「コンニチワ、ヒサシブリデスネ」


 そんな不愛想な緑づくめの男たちの中で、唯一笑顔で出迎えてくれた人がいた。

 おぼろげだが、覚えている。


 以前私と師匠が出迎えた、軍人さんだったかな。


 そんな親し気な軍人さんに向かって、師匠はいつもの通りの無表情で、語り掛けていた。 

 私たちの世界の言葉ではなく、流ちょうなニホン語でだ。

 

 それ自体はいいのだが、表情はなんとかならないもんだろうか。


 『ご無沙汰している。今日は、よろしくお願いするよ』

 『勿論ですとも!さあ、どうぞ!』


 日常的に師匠からニホン語の授業を受けていた私は、どうやら現地のそれも問題なく聞き取れるようだった。


 私はちょっとだけうれしい気持ちになりながら、愛想の良い軍人さんに連れられて歩き出した。


 『なんだよ、アイツ。へらへらしやがって』

 『でもあの女の子、可愛いなぁ』

 『いいよなあ、役得』

 『写真だけでも、撮らせてもらえんかな』

 

 私がニホン語を理解できないと思っているのだろう。

 いかつい顔でこちらを睨みつけていた男たちは、ひそひそと会話をしながら、こちらに興味をむけてきていた。

 

 なんだ、別に敵意を持って睨んできていたわけではないのか。よかった。

 それよりも。


 「ししょう!ししょう!」

 「なんだい」

 「いま、かわいいといわれた!」

 「それはそれは、よかったね」


 気のない返事に、私は師匠の尻を思い切り引っぱたいた。


 

 軍人さんに連れられて殺風景な管理区画を移動していくと、何やら奇妙な物体が幾つも並んでいる、天井が低いが奥行きが広い空間に出た。


 その奇妙な物体には車輪のようなものが付いており、硝子で出来ていると思しき窓から中を覗き込むと、なんだか座り心地のよさそうな椅子が同じ向きに設えられていた。

 街にある馬車をうんと低くしたような形のそれは、しかし車体を引っ張る馬がいない。


 ひょっとしたら馬や魔獣の力によらずに、魔力で動く馬車なのだろうか。


 『どうぞ、お乗りください』


 待ち構えていた別の男が、そう言って私たちに頭を下げた。

 やはり以前出会ったことのある、飾り気のない黒一色の上下を着込んだ壮年に見える男だ。

 

 この優しい笑顔の男は軍人ではなく、どうやらあの少年たちの師匠であるらしい。


 私の隣にいる男よりだいぶ年寄りだが、随分と人間らしい表情をしている。

 

 「君、何か失礼なことを考えてはいないかな?」

 「べつにー?」


 私は彼らに促されるままに、この奇妙な馬車に乗り込んだ。

 それを確認した緑と黒の男たちは、頷いて自分たちも馬車に乗り込んできた。


 『では、行きましょう。シートベルトを着けてください』

 「座席帯?なんだそれは」

 『ああ、それです、それ!』

 「これかなぁ?」

 『お嬢さん、こうやって着けるんだよ』

 

 何やらこの馬車を動かすための重要な儀式であるらしく、酷く時間を食った。







 “車”というらしい馬によらない馬車は、最初こそ驚きはしたものの、慣れれば大したことはなかった。

 なにせ、速度が遅いのだ。


 まだ小さいころに、師匠にせがんで乗せてもらった鷲獅子は、空の上をこの倍以上の速度で飛んだのだ。

 このような街中ではなかなかに最高速度が出せないという言い訳を聞いたのだが、この調子では私たちの世界の馬にすら劣るかもしれない。


 外の景色にしても、なんだか私たちの街と大差がなく、なんだか残念な気持ちになってしまった。

 精々道行く人々が来ている服装が、街の若者とちょっと違うくらいのものだ。


 折角異界に来たというのに、これではなんだか新鮮味がないではないか。

 残念だなぁ。


 などと、思っていたら。


 「君、見てごらん」

 「ん?・・・えぇー!?」


 師匠に示されるままに反対側の窓に目を向けると。

 

 遥か遠くに、天を貫かんばかりにそびえたつ、超巨大な槍のような建築物があった。

 まるで網を被ったような模様のそれは、周囲の建物との遠近感が狂いそうになる程の長大な塔であった。

 

 一体どのような手段であれだけの高さの塔を建築したのだろうか。

 私たちの街どころか、大陸中探したってあれ程の物は作れないだろう。


 「すごいぞ、ニホン!」


 突如興奮しだした私を見ながら、緑と黒の男たちはなぜか自慢げに微笑んでいた。

 その一方で。


 「あんなに高い塔を建てて、こちらの神々は怒らないのだろうか?」


 一人首をかしげる師匠であった。 








 『さあ、到着しましたよ!』


 その言葉に、待ってましたとばかりに私は外に飛び出した。


 そして、絶句した。


 眼の前に広がる光景に、私はだらしなく口を開きっぱなしにするしかなかったのだ。


 “学校”。


 それは、学士の養成所だ。


 高度な知識を大勢の子どもたちに授けて、“国家”という共同体の中で、つまり私たちの街がとても大きくなったような社会の中で、逞しく生き抜く力を育てているという。


 そんな予備知識を持っていた私は、それはきっと私たちの街の魔法院のように、厳かで、ひょっとしたら陰気臭い場所なのではないか、と思っていたのだ。


 しかし、実際はどうだ。


 確かに建物自体は、“本来は”それなりに質素で、それなりに厳かな造りであったのだろう。


 ただし現在は、それがかなりの装飾をされているようなのだ。


 正門にはでかでかと、『文化の祭り』と色鮮やかで可愛らしい形に書かれた、いや描かれた文字が躍っており、その向こうからは楽し気な声が響いていた。

 どうやら、何かの屋台が並んでいるらしい。


 およそ学士を育成するような場にふさわしい雰囲気は、そこにはなかった。


 まさに、お祭りのようなそれなのだ。


 『さあ、こちらです』


 黒服の男に言われるがままに、私は右へ左へと視線を移しながら、門をくぐって歩き出した。


 正門を通り抜けると、以前出会った少年たちと同じような一様な服装の子どもたちが、所狭しと並んだ屋台のそばで楽しそうに笑っていた。


 その手には、どうやら食べ物であるらしい。


 街の氷菓子によく似たもの。

 丸く茶色く、なんだか醤に似た汁がかけられたもの。

 香りからして、鶏の切り身を焼いたもの。

 恐ろしいことに、麺を焼いたように見えるもの。


 そろそろ昼時という時刻に、まるで拷問のように食欲をそそる光景がそこかしこにあった。


 「まだ、駄目だよ」


 師匠はそう言って、じゅるりと涎を飲み込んだ私の首根っこを引っ掴んだ。


 屋台にはそれぞれに様々な字体のニホン語が躍っており、私はそれを声に出して読んでみることにした。


 「タ・コ・ヤ・キ?かな?」

 「偉いね、君。どんどんニホン語が上手になっているよ」

 「えへへ」


 師匠に片手で運ばれながら、私は照れて笑った。


 なにせ私は、普段からここ日本の子どもたちとの文通のために、たくさんのニホン語の文字を練習していたのだ。

 ニホン語は、その発音から表記までが私たちの使用するそれとはまったく違い、ややこしい。

 母音も子音も少なく、同音異義語が多数あるのだ。


 それを使い分けるために、彼らはさらにややこしいこと考え出したらしい。

 それが、三種類の文字だ。


 ヒラガナ、カタカナ、カンジというそれぞれ異なる表記方法を同じ文章の中にごっちゃごちゃにぶち込んでくるものだから、最初は十分足らずで習得を諦めかけたものである。


 だが私の持ち前の精神力と、ちょっとの師匠の説得のおかげで、ここまでの言語能力を身に着けることができたのだ。


 「がんばって、べんきょうしたかいがあった!」

 「そうだね。それは素直に、賞賛してあげたい」


 香ばしい香りの漂う誘惑区画を通り過ぎると、師匠は私の身体を下ろした。


 どうやら、“学校”の玄関に着いたらしい。


 幾つもの開かれた引き戸の向こうには、たくさんの小さな戸棚が並んでいた。


 そして、そのまた向こうには・・・

 

 「あっ!」


 私は、嬉しさのあまりに声を上げた。


 あの、楽しい経験を共有した少年たち。


 異界の友人たち。


 彼らが、笑顔で私を出迎えてくれたのだ!


 『いらっしゃい!お待ちしていました!』

 

 彼らは一斉に、私たちの世界の言語で、そう言ってくれた。

 

 その歓迎っぷりに嬉しくなった私は、顔をふにゃふにゃとさせるばかりだった。


 だが、師匠の背中に隠れたりはしない。

 彼らの歓迎に、きちんと応えなければならないのだから。


 『お、なんだなんだ?』

 『例の異世界の女の子が来たらしいぞ!』

 『おい、みんな呼んで来い!』


 彼らの大きな歓迎の声に気づいたのだろう。

 私のことなど気にも留めていなかったはずの正門前の子どもたちが、にわかに集まり出した。


 あっという間に、私と師匠の周りには人だかりができた。


 一斉に好奇の視線をむけられた私は、なんだか緊張して縮こまってしまった。

 だが、悪い気分ではない。


 彼らが私に向ける視線は、“かつての私”に向けられていたような、蔑むようなそれではないと、はっきりと分かったからだ。


 とはいえ、流石にこれだけ見つめられると、恥ずかしいなぁ・・・

 

 私がそんなふうにもじもじしていると。

 黒服の男に呼びかけられて、一人の少年が歩み出た。


 『やあ、お久しぶり!』


 覚えている!

 私が手を握り潰しかけた、あの少年だ!

 

 たしか名前は、ショウタロウと言うらしい。

 もう何回も文通しているが、最近になってようやく顔と名前が一致するようになったのだ。


 彼はぎくしゃくとしながら、私の前へと進み出た。


 周囲の視線を浴びているからか、酷く緊張しているようだ。

 私もそれにあてられるように、少し身を硬くした。


 ショウタロウは大きく息を吸い込むと、意を決したように右手を差し出してきた。


 『ニホンへようこそ!リィルさん!』


 その、ちょっと赤面しながら片言で必死に語り掛けてくる少年に、私も盛大に照れてしまった。


 私は、依然と同じように、びくびくしながら手を伸ばした。


 そして、彼の手を、そっと握り返した。


 ああ、やはり生まれた世界は違っても、こうして私たちは交流できるのだ・・・

 







 



























 「あ、君!あまり力を込めては・・・」 


 その言葉の意味を私の脳みそが理解し終わる前に。


 目の前の男の子は、私が握り返した右手の手首を押さえて叫び声をあげた。


 しまった!


 またやっちゃった!

 

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