第66話 逢引き?について 後
「・・・で?どういうことなんだね?」
商店通りのど真ん中で。
私と師匠は、買い物客たちの視線を集めていた。
とは言え、私と師匠に向けられる視線に込められた感情は、正反対である。
私に対してのそれは、深い同情。
師匠に対してのそれは・・・
「いや、だから何度も申し上げている通りに・・・」
「嘘をつくな!この変質者め!」
私の目の前で、師匠は屈強な衛兵たちに詰問されていた。
助けに入ろうとした私は、女性衛兵に優しく掴まれていたために、事情を説明することができなかったのだ。
「よしよし。もう大丈夫ですからね~」
「ちがうの!そうじゃないの!」
目の前の女性衛兵は、必死な私の話を聞こうとはしてくれなかった。
どうやら恐慌状態に陥っていると思われているらしい。
何を訴えても、『よしよし』と言って背中を撫で繰り回すばかりであった。
「私とあの娘は、家族なのだ」
「では、ご兄妹?」
「いや、違う」
「では、親子?」
「それも、違う」
「では、何なんだ!?」
人並み以上に体つきのよい師匠だったが、同じくらいに鍛え上げている三人の衛兵に取り囲まれ、詰め寄られて、縮こまっていた。
まるで言葉攻めによる砲撃をかわすために、少しでも被弾面積を小さくしているようであった。
原因は、私にあったのだ。
商店通りに到着した私たちは、とりあえずぶらぶらと歩き回ることにした。
なにせ、ここに来ることは予定になかったので、ここで何をするという目的があるわけでもなかったのだ。
そこで、たくさんの店舗を見ながら考えてみようという流れになったのだ。
私と師匠は手を繋いだまま、硝子越しに様々な店舗の中を覗いて歩いた。
「あ!あの焼きまんじゅう、おいしそう!」
「ふむ。まだ、昼食には早いと思うが。こっちはどうだい?」
「ほんやさん?でも、あんまりお金ないし。あれは?」
「氷菓子屋?いくら何でもこの時期に・・・。って、結構な人だかりだな」
そんな風に、仲良く相談をしながら歩いていると。
ふと、硝子に反射する私たち二人の姿に気が付いたのだ。
年の近い男女が。
仲良く手をつないで。
楽しそうに。
買い物をしている。
あれ、これってもしかして。
いや、もしかしなくても。
逢引きというやつなのでは!?
その、客観的な事実に気づいてしまった私は、慌てて師匠の大きな手を引きはがした。
すると当然、師匠は訝ったのだ。
「君、どうしたんだい。顔が赤いぞ」
「・・・いやいやいや!べつに、なんでもありません!」
私は、少しにやけてしまった顔を見られたくなくて、師匠の前に飛び出した。
それを見た師匠は慌てて、その後ろからついてきていたのだ。
そうして私と師匠の、楽しい追いかけっこが始まった。
「おおい、君。待ってくれたまえよ」
「えへへ。こっちですよ、ししょう!」
買い物客が多い商店通りの一角を、私たちは風を切って駆け抜けた。
なんだか戯曲の一場面みたいだなー。
などと腑抜けていたら。
「衛兵さんたち!あそこです!変質者が少女を追いかけています!」
という、大きな叫び声が上がったのである。
私はもうだいぶ慣れてはいたのだが、無表情で小さい女の子を追いかけ回す成人男性など、はたから見れば不審人物以外の何者でもなかったのだ。
そんなわけで、私たちの様子を見て仰天した誰かかが善意の通報をしてくださったらしい。
商店通りに入って五分と立たずに、近隣の衛兵たちがすっとんできたのだ。
仕事熱心な衛兵さんたちには、まことに頭が上がらない。
これからも、街の平和を守ってね!
でも、今日の仕打ちは忘れないからな・・・
「どうやら、勘違いだったようで・・・」
三十分に及んだ人目を憚らない尋問の果てに、ようやく衛兵さんたちは納得してくれた。
ややきまりが悪そうに頭を下げる衛兵に、師匠は首を振った。
「どうか、お気になさらず。貴方がたは、きちんと職務を果たしているだけだ」
そう言って自らへの不当な扱いを水に流した師匠であったが、その眼は死んだ魚の様に濁りきっていた。
三十分の間、買い物客からのあの塵でも見るような視線を浴び続ければ、どんな聖人君子だってこの世を憎む悪魔崇拝者に鞍替えしてしまうだろう。
「さ、左様ですか。では、我々はこれで失礼いたします」
どうやら先方も、師匠の心中を察したらしい。
『それではよい休日を』などと言い残して、すたこらと退散していった。
後に残された私と師匠は、周囲からの微妙な視線を受けながら立ち尽くしていた。
「まったくもって、申し訳ない」
しばらくしてから、師匠は私に背を向けたままぽつりとこぼした。
その声には、いつもの覇気がなかった。
「折角の、君との外出だったのに・・・」
そう言って師匠は、無表情のままにがっくりと肩を落とした。
その後ろ姿からは、私への申し訳なさよりも、変質者扱いされたことに対する悲哀の方が大きいことがはっきりと感じ取れた。
私はそんな師匠の背中を、力いっぱい引っぱたいた。
「ししょう、しっかりして!」
「あ、ああ。うん」
師匠は背中をさすりつつも、ゆっくりと背筋を伸ばした。
まったくもう。
これでは、私が師匠を元気づけるために頑張っているみたいではないか。
私は先刻の悲劇から少しでも師匠の気をそらそうと、気になっていた話題を振ることにした。
「ところで、ししょう。その服って、じぶんでかったんですか?」
「ああ、それがね。何故だかグレンに相談をしたら、押し付けられたのだよ」
師匠は首筋を撫でつつ、私の疑問に答えてくれた。
あちゃあ。
やっぱり、もともと師匠が持っていたものではなかったのか。
普段全然見たことがない服装だったから驚いたのだが、何のことはなかった。
「あいつめ。相談料だとか言って、銀貨十枚も請求したのだ」
「いや、それは・・・」
当然と言えば、当然である。
師匠のその服装は、私の見立てでは下履きが銀貨五枚。
襟高の襯衣は銀貨八枚。
起毛仕立ての上着は銀貨九枚と言ったところだ。
恐らくグレンはお古を譲ってくれたのだろうが、まだ真新しく見えるそれらを銀貨十枚で譲ってくれたのならば、情け深いにも程がある。
それが分からないようでは、まだまだ師匠は成長の途中であるようだ。
・・・というか、身体が細いグレンの服を平気で着こなせる師匠って、結構すごいのではないだろうか?
いや、逆にグレンは着やせして見えるだけで、実は師匠と同じくらいにたくましかったりするのかもしれない。
まあ、それにしても・・・
「とにかく、きょうの目的地はきまりました!」
「うん?なんだい」
ようやく立ち直りつつあった師匠が、私の方を見た。
まだまだ眼の中に暗いものが見えるが、そんなものは私が吹き飛ばして見せよう。
「ずばり!衣服専門店です!」
「き、君。私のような人間は、ここには不釣り合いなのでは・・・」
その店舗の中を行き来する若者たちに、師匠は恐れをなしたようだった。
ここは、若者たちにも人気の衣服店だ。
私の贔屓にする古着屋とは違い、いずれも新品ばかりを扱っている。
そのため、ちょっとばかりお財布には優しくないが、お洒落に気を遣う街の若者たちには名所と言える店であった。
「まことに面目ないのだが、私はこう言った分野には造詣が浅いんだ。若人に交じって服を選ぶというのは、ちょっと年齢的にも・・・」
「いいから、ほら!」
尻込みするばかりの師匠の尻を叩きながら、私たちは店舗の中に入っていった。
というか、年齢的には師匠だって十分に若人なのだから、何の気後れもする必要はないのだ。
それに今日の服装だって、なかなか悪くはないんだし。
店舗に入ると、師匠は衛兵たちに詰問されていた時の様に身体を縮こまらせていた。
まるで自らに注がれる視線をかわすために、少しでも被弾面積を小さくしているようであった。
「ししょう!こっち!」
「う、うん」
怯える小鹿のような師匠は、私に言われるがままに試着用の小部屋に入っていった。
ここは入口以外の三方向の壁がすべて鏡張りとなっており、自分の気に入った服をじっくりと見ながらじっくりと商品を選ぶことができるのだ。
私は師匠をそこに押し込むと、次から次に下履きから上衣までを引っ掴んで、師匠に手渡した。
「まずは、こっちとこっち!」
「わ、分かったよ」
私の勢いに押されたのか、あるいは若人たちで賑々しい店内に気後れしたのか。
師匠は抵抗も反論もせずに、衣服を受け取って試着を開始してくれた。
師匠はいそいそと服を脱いで下着姿になると、私の指示した通りの着合わせをし始めた。
一分と立たずに、私の目の前に雑誌の被写体のような、ちょっとだけ色男に見えなくもない成人男性が立ち上がった。
でもまあ、顔は無表情なのでいまいちだが。
「どうだい?」
「うーん、びみょう。次はこれとこれ!」
「・・・どうだろうか?」
「おお!いいかんじ!上だけかえてみて!」
「う、承った」
師匠は文句どころか不平の一つも漏らさずに、私の指示通りに次々に試着を繰り返していった。
私がそんな師匠に満足していると、背後からなんだか嫌な気配を感じはじめた。
同時に、耳にひそひそ声が響いてきた。
「うわ、丸見え!」
「あの筋肉、スッゲェな。衛兵?」
あ、しまった。
間仕切りを引くのを忘れていた。
少し前まではせまっ苦しい掘立小屋で二人暮らしだったために、下着姿の師匠なんて見慣れていたので、気が抜けていた。
慌てて私が、間仕切りに手をかけると。
「何処の田舎もんだよ?」
「露出狂の変態じゃねぇの?」
などという、師匠を小馬鹿にするような声が聞こえてきた。
同時に、くすくすという、押し殺したような笑い声も。
・・・まあ、こんな朴念仁は少しぐらい恥をかいたところで明日には忘れてしまうだろう。
しかし、だからと言って、他人に師匠の肌を見せるのはやぶさかと言うものだ。
「君、どうしたんだい?」
私は師匠の問いかけに答えずに、試着区画の間仕切りを引いた。
そして即座に踵を返すと、腕を組んで仁王立ちをした。
周囲から、『おおっ!?』という声が上がった。
私の身体から流れ出る気迫に、若人たちが恐れおののいたのだろう。
当然である。
これは、私の大事な師匠なのだ。
私だけの、大嫌いな師匠なのだ。
お前たちなんかが、馬鹿にしていい漢ではないのだ!
お前たちなんかが、気安く見ていい漢ではないのだ!
昼近くになって、私と師匠は衣服店を後にした。
しろすけもお腹を空かせているのだろうし、私たちも早めに昼食を済ませて帰らなければならない。
「こうして食料品だの日用雑貨だの以外の買い物を君と二人でするのは、随分と久しぶりな気がするよ」
「いわれてみれば、そうかも」
鍛錬や依頼の時以外では、私を荷物持ちくらいにしか扱わない師匠である。
今日の様に連れ立って買い物をするというのは、とても新鮮で楽しい経験であった。
「私ばかりが買い物をしたのだが、良かったのかな?」
「いいの、いいの!」
結局師匠は、私の言われた通りの着合わせを購入した。
お屋敷に帰ったら、しろすけの前で見せてやる予定である。
師匠は、私にも何かを買ってやろうと言ってくれたのだが、遠慮することにした。
だって師匠は、私を元気づけようと思って色々考えてくれたのだ。
ここでこれ以上をねだってしまっては、弟子として、女として失格ではないか。
「ふむ、それにしても」
私がすっかりいつも通りの様子に戻ったからだろうか。
師匠は無表情ながら、安心したような口調で言った。
「こうして二人で歩いていると、まるで逢引きのようだね」
「あ、あいびきっ!?」
師匠の口から飛び出してきたまさかの台詞に、私は跳び上がった。
「いや、冗談だよ・・・。君、どうしたんだい。顔が赤いぞ」
「・・・いやいやいや!べつに、なんでもありません!」
私は、少しにやけてしまった顔を見られたくなくて、師匠の前に飛び出した。
それを見た師匠は慌てて、その後ろからついてきていたのだ。
そうして私と師匠の、楽しい追いかけっこが始まった。
「おおい、君。待ってくれたまえよ」
「えへへ。こっちですよ、ししょう!」
もうじきお昼時という時間に。
私と師匠は、商店通りを駆けていったのだった。
「・・・で?どういうことなんだね?」
「いや、その・・・」
「あうあう・・・」
「こっちもね、暇じゃないんだよ。人騒がせなことは止めてもらいたいんだけど」
『・・・』




