第59話 弟子の将来に対する言及
そろそろギャグ、というか日常パートを区切ります。
時折、ふとしたきっかけから考えてしまうことがある。
私の育成方針は正しいのだろうか。
今の弟子は、本当にまともに育ってくれるのだろうかと。
私はそれなりに長く生きてきた。
・・・いや、永く生きすぎた。
自分で言うのもおこがましいが、少なくない弱き人々を救ってきたと思う。
そして、少なくない人々を導き、育ててきたという自負もある。
彼らはいずれも、まともに育ってくれていた。
だがそのために、数えきれない程の命を奪ってきた。
数えきれない程の罪を犯してきた。
こんな自分に、人を育てることなどできるのか。
いや、人を育てる資格などあるのか。
「まあ、とにかく。地獄に落ちるのは、間違いない」
将来、あの紳士気取りのアークデヴィルの世話になるかと思うと、なんとも遣る瀬無い気分になってしまう。
まあ、それもいつになるのか分かったものではないが。
私は出来上がったばかりの朝食を携えて、台所から出た。
いつもと同じような動作で、いつもと同じ順番で、いつもと同じ食卓の上と脇に皿を置くと、私は食卓の脇にいるしろすけに声をかけた。
「まだ、駄目だよ」
食卓の脇からは、元気のよい甲高い鳴き声が上がった。
もう、待ちきれないという様子だ。
今日の献立は、弟子の苦手な豆を何とか食べさせようと、炒り卵に細かくした大豆をまぶしている。
野菜和えは苦みを消すために、香辛料や植物油などの調味料で濃いめに味付けした。
果物は、ご近所からいただいた大きな梨だ。
しろすけも、炒り卵の他は同じものだ。
私は自分の席に座ると、主神への祈りをささげた。
「さあ、いただくとしよう」
しろすけは元気よく返事をすると、行儀よく、しかし大急ぎで朝食を食べ始めた。
元気なことは、よいことだ。
しかし弟子は、食べるどころか返事の一つもしない。
私は嘆息して、弟子のためを思って作った朝食に取り掛かった。
私は、それなりにたくさんの弟子を育ててきた。
メアリ。
シュー。
エイ。
ワカ。
ジョッシュ。
フィオナ。
ジーグ。
ベル。
アンジェ。
ダナ。
まだまだいるのだが、申し訳ないことに全員の名前をあげると、朝食が終わってしまいそうだ。
たくさんの、たくさんの弟子たち。
彼らは立派に成長し、それぞれに事を為し、その生を全うした。
私などよりも、ずっと気高い子供たち。
私などよりも、ずっとずっと偉大な子供たち。
彼らを育て上げたという事実は、私の、ただ惰性のように続く人生の中で、どんな宝石よりも美しく輝いている。
私の、誇りだ。
彼らはみな一様に、私を慕い、感謝してくれた。
『ありがとう、師匠』と。
とても嬉しいことだが、違うのだ。
彼らが大成できたのは、ひとえに彼ら自身が持つ心の強さによるところなのは、疑いようのない事実なのだ。
私は、ただ、彼らを見守っていただけにすぎない。
それなのに。
今の弟子ときたら、どうだ。
私が丹精込めて作った朝食に手を付けようともせず、鍛錬が終わってからずっと通話装置をいじっている。
最近グレンのやつと盛んに連絡を取り合っているらしく、悪い遊びを教わったりはしないかと、気が気ではない。
「君、食事中だよ。通話装置をしまいなさい」
この無礼な弟子は、私の呼びかけに答えようともせず、行儀悪く椅子の上で片膝を抱えて通話装置をいじるのを止めなかった。
まったく。
こんなことになると分かっていたら、買い与えたりはしなかったものを。
などと思っていると、なんと弟子は素手で自分の皿の上の野菜をつまみ、食卓の脇へと放り投げた。
「なにっ!?」
驚愕する私の前で、しろすけが跳躍した。
宙を舞う椎茸は、しろすけの大きな口の中におさまった。
「お見事だ。しかし・・・」
私は頭の中で、慎重に言葉を選んだ。
なにせ、偉大なる主神にこっぴどく叱られたばかりなのだ。
たかが小娘のやること。
そうそう目くじらを立てるべきではないのだ。
「君、好き嫌いしてはいけないよ。しろすけも、他人の食べ物を盗るのは許さないよ」
私が言い放つと、しろすけの方は首を垂れて、のそのそと自分の定位置へと戻っていった。
すでに自分の分は食べ終わっていたらしく、私たちの方をちらちらと見ていた。
まだ生後数か月だというのに、随分と大きく育ってきたものである。
一応彼のことを考えて食事の量を調節してきたが、もう少し増やさなくてはならないのかもしれない。
食費がかさむのは頭痛の種だが、しかし私の用意した食事を綺麗に平らげてくれる、唯一の家族なのだ。
彼には、腹いっぱい食わせてやろうではないか。
それなのに。
そのご主人様ときたら、どうだ。
やれ豆が嫌いだ、苦いから葉野菜を食べたくない、臭くて魚なんてイヤ!だのと我がままばかりだ。
どうも自分の身体の極一部分の成長が遅いことを気にしているようだが、好き嫌いをしなければ何も心配することなどないというのに。
「君、通話装置を置きなさい。食事の時は禁止だと、言っただろう」
摘まみ食いが減ってきたしろすけへのご褒美として、自分の梨を丸ごと与えながら、私はそのご主人様へと警告をした。
すると弟子は、私を半目で一瞥したのちに、何やらすごい勢いで装置を操作し始めた。
どうやら、師匠からの言葉を無視するつもりのようだ。
さて、どうしたものかな。
などと考えていると。
卓の上に置いておいた、私の通話装置から無機質な音が流れ出した。
「おっと、失礼」
自分が禁止した手前だが、緊急の用向きかもしれない。
私は朝食と、弟子への指導を中断して、音を垂れ流す通話装置を手に取った。
どうにか少しだけ使えるようになってきた通話装置の突起を押すと、伝文を受信していた。
『自分が使えないからって、やきもちを焼かない!』
弟子からのものだった。
私は首筋を撫でながら、弟子を見つめた。
「君。どうして目の前にいるのに、わざわざ伝文を打つんだい」
少しだけ、語気を強めて弟子に注意をしてみた。
効果はあるだろうか。
すると弟子は、またも私を一瞥してからカチカチと装置の突起を押し始めた。
駄目だったようだ。
なぜ、普通に会話をしてくれないのだ。
ものの数秒で、またも私の通話装置がやかましい音を上げだした。
また、弟子からの伝文だ。
『悔しかったら返信してみろ!超古代人!』
師匠に向かってなんという口の利き方、いや伝文の打ち方だろうか。
しかしながら、未だ使い慣れない私としては、弟子の伝文技術には驚愕してしまう。
同時に、この弟子に言うことを聞かせるには、彼女の得意分野で屈服させる他ないということも理解できた。
「うぬ、やらいでか!」
私は潔く、その勝負を受けて立った。
「リ、ィ、ル、さ、ん、へ・・・」
私は両手で危なっかしく通話装置を操作し始めた。
どうにか伝文の打ち方は理解したが、突起を押すのだけはどうにもならない。
なにせ私の指では、小さい通話装置の突起を同時に三つは押せてしまうのだ。
繊細な力加減で目標の突起だけを押そうとすると、どうしても時間がかかってしまう。
などと悪戦苦闘していると。
またも、私の通話装置がうるさくがなり立てた。
目の前の、弟子からの伝文である。
『遅い!もっと精進しろ!それとも超古代人には不可能なのか!?』
なんと弟子は、片手で朝食を摘まみつつ、片手でさらに伝文を打ってきていた。
私を横目で見つめるその表情には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
やっと食べてくれたかという思いと、なんという行儀の悪い娘だろうかという思いが入り混じり、私は唸り声をあげた。
「うぬ、できいでか!」
まったくもって、師匠を師匠とも思わない娘である。
本当に。
この娘の将来は、大丈夫なのだろうか。
弟子と師匠が空しい張り合いをする脇で。
しろすけは、自分の口よりも大きい梨に苦戦し、尻尾を振り回していた。
『あっはっは!小坊主め、苦労しているな!』
『ルイン殿、あれでも吾輩の師匠なのです。小坊主は止めてくだされ』
『しっかしまあ。肝の据わった後輩だこと。』
『アリシア様。あの娘で、本当によろしかったのですか?』
『・・・』
さて、と・・・




