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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第53話 無益と成長について



 私の師匠は、まったくもって容赦がない。


 か弱い乙女である私に対して、暴力を振るってくる。

 おまけに、昼食を抜くなどと言う。

 なんて嫌な師匠なのだろうか。

 

 私は公園の草原に身体を横たえて、手にしていた刺突剣を放り出した。


 もう、無理!

 指一本動かない!

 

 息も絶え絶えにそう叫ぶ私に対して、師匠はいつもの無表情のまま冷酷に告げた。


 「無駄口が多いよ」


 私の方を一切見ずに、師匠は左手に持った木剣を振り上げた。

 いつも私が使っているような、片手剣の大きさではない。


 大剣のそれである。


 師匠はそれを、身動き一つできない程に消耗した私に向かって、なんの躊躇もなく振り下ろした。


 無茶苦茶だ!?


 私は絶叫してから、刺突剣を引っ掴んで草原を転がった。

 一瞬遅れて、先刻まで私の身体があった場所に、重い重い木の塊が突き刺さった。


 殺す気か!?

 こんな出鱈目な鍛錬を続けていたら、いつか本当に死んでしまう!


 私の必死の訴えに対して、やはり師匠は視線を合わせないままに即答した。


 「それだけ元気ならば、簡単には死なないよ。そも、私の指導の元で死ぬことなど、万が一にもありえない」


 師匠は息一つ切らした様子もなく、左手一本で軽々と大木剣を持ち上げると、切っ先を私の方に向けた。

 私は息も絶え絶えに、それを眺めていた。


 「さあ、早く掛かってきたまえ。私から一本取るのだろう?」


 その重量をまったく感じさせないように大木剣を片手で水平に構えたまま、師匠は私に向かって歩き出した。


 私は舌打ちをして“愛用”の刺突剣を構えると、師匠の間合いに入らないようにしてじりじりと、弧を描くように移動して距離を保ち続けた。

 しかし師匠は、やはりそれに合わせて私を追うように歩いてくる。

 切っ先は、常に私の方に向けながら、だ。

 

 師匠はまったく私を見ていない。

 この鍛錬が始まってから、ずっとそうだ。


 荒く息をつき、乱暴に草を踏み分けている私の気配を掴んでいるのだろうが、それにしたってあまりにも正確である。

 

 『師匠は“それ”に集中して、一度も私を視認してはならない』


 そういう取り決めで始めたこの鍛錬だが、眼で見なくとも私の位置が把握できてしまうのならば、大した制約にはならないではないか。


 すでに鍛錬を開始してから、一時間が経過している。

 胃袋は、中に収められていた朝食が適度な・・・。いや、過度な運動によって随分前に通り過ぎてしまっていたため、新たな栄養補給を求めて同盟罷業を開始していた。

 これでは私に課せられた制約である、『一本いれなければ昼食抜き』が現実になってしまう。

 

 焦った私は、右手で刺突剣を水平に持ち上げた。

 教えられていた通りに、身体は真半身。

 小盾を括り付けた左腕は、急所である喉元や顔を守る様に構える。


 自分では隙の無い構えに見えると思っているが、全体、師匠には関係ないようだった。

 速度を少しも緩めようとはせずに、私に歩み寄ってくる。

 ・・・まあ、私のことを見てはいないのだが。


 私は足を止めて、自分が師匠の間合いに入る瞬間を待った。


 一歩、二歩、三歩。


 師匠が近づいてくる。


 四歩、五歩、六歩。


 あと少し。


 七歩、八歩、九歩。


 ・・・今っ!


 師匠が十歩目を踏み出したその瞬間に、私は跳躍した。

 

 師匠の構えた、その大木剣に飛び乗る様にして。


 全体重と、脚力をぶつけて、師匠の構えを崩そうとした。



 しかし。



 「むむっ!」


 師匠は奇怪な掛け声を上げた。


 そして、左手の中で棒切れを転がすようにして、柄を勢いよく回転させた。

 

 尋常な勢いではない。


 柄に伴って回転する大木剣の刃が、まるで岩を削岩する穿孔機さながらの音を出したのだ。


 当然それに巻き込まれる形となった私は、脚どころか身体全体を弾き飛ばされて、ぽーんと草原へと投げ出された。


 柔らかい草が緩衝材となったためにどこかを痛めることはなかったが、それでも消耗しきった私にはかなり堪える衝撃が全身を駆け巡った。


 もう何度目かは分からないが、私は刺突剣を投げ出した。


 師匠の鬼!悪魔!

 いっそ殺せ!

 さあ、殺せ!


 そのように叫ぶ私に対して、ようやっと師匠は構えを解いた。

 大木剣を悠々と肩に担いで、相変わらず私を見ずに、さらに無表情に嘆息した。


 「その剣を預けたからには、立派になってもらわないとね。あいつにも、顔向けできないよ」


 これである。


 先日、半ば強引に思い出の品であるところの刺突剣を押し付けておきながら、『すぐにでも、この剣を使いこなせるようになってくれたまえ』と、私を鍛錬のために引っ張ってきたのである。


 基本的な構えは教えてくれたものの、あとは実戦形式の中で最適な動きを見つけろと言い放ち、いきなりあの大木剣で切りかかってきたのである。


 大雑把にも程がある!

 

 使い慣れていない武器で、一本を取るだなんて無理だ!


 全体、師匠の事情なんて私には知ったこっちゃないのだ!


 こんな鍛錬は無益だ!


 「ぐぬっ。・・・無益な訳がないだろう」


 師匠が右手に視線を落としたまま、唸りつつもそう言うと、左肩に担いでいた大木剣を構えなおした。


 どうやら、束の間の休息は終了してしまったらしい。

 

 私は刺突剣を拾い上げて、立ち上がった。


 今度は、無闇に飛び掛かったりなどしない。

 そも、体力的にできそうにないが。


 私は何とか師匠の大木剣を弾こうと、果敢に刺突剣を繰り出した。



 せいやっ!


 「うぬっ」


 えいえいっ!


 「ぐぅっ」


 とりゃりゃっ!


 「ちぃぃっ」


 ・・・


 「いよっ」


 ・・・師匠。

 

 「なんとっ」


 師匠、師匠。


 「おのれっ。・・・なんだい。今、忙しいのだが」


 いい加減に、その掛け声がうざったいのですが。


 「おっと、失礼」

 


 師匠は、左手の大木剣で私を軽くあしらいながらも、右手からは視線を外そうとはしなかった。

 完全に、“それ”に集中しきっている。


 その筈なのに、まったくもって、一本を取ることができない。


 どころか、衣服に掠ることも、私の間合いまで近づくこともできないのである。


 一体全体、どうなっているのだろうか!?


 「攻め方が悪いんだよ」


 師匠は右手を忙しく動かしながら、いら立つ私に対してそう言った。

 師匠の方もいら立っているのか、無表情ながら眉がちょっとずつつり上がってきていた。

 

 「身長差のある者が相手の場合は、狙うべきは上半身ではない」


 そう言いながら、師匠はゆっくりと大木剣を振りかぶった。

 先刻までよりも、ほんの少し、僅かばかりに動きがゆったりとしていた。


 また、あの強力な一撃が来る。


 私は、ぜいぜいと息をつきながら、半ば呆然とそれを見つめていた。


 その時。


 

 ふと、思い出していた。



 師匠と大鬼との闘いを。







 師匠はあの時、大鬼とも拮抗できる程の特大の剣を持っていた。

 だが、それが災いして、ある一点の守りが疎かになっていた。

 

 

 今の師匠も、ひょっとしたら、そうではないのか・・・?



 



 師匠の大木剣の切っ先が天頂を指したその瞬間。


 私は走り出していた。


 姿勢を低くして、草原を滑る一陣の風の様に。



 

 「それでいい」


 師匠は私の頭部に向かって、大木剣を振り下ろした。

 しかし、やはり先刻までより少しだけゆっくりと、だ。


 私は、半ば倒れこむ様にして、師匠に肉薄した。

 喉元を守っていた左腕を、後頭部を守る様に背中へとまわして、右腕を師匠に向かって突き出した。


 



 どすんっ! 



 私のすぐ背後で、草と土がめくれ上がった。

 

 師匠の大木剣が、私の小盾に触れながらも、地面に埋まっていた。


 反対に私の持つ刺突剣の切っ先は、師匠の喉元をぴったりと捉えていた。

 

 一本である。 



 遂に。


 やり遂げたのだ。



 「お見事」


 師匠の方も“やり遂げた”ようで、右手から私へと視線を移した。


 その言葉を聞いた私は、へなへなと草原に尻もちをついた。

 もう、本当に体力の限界だった。

 


 私がへたり込むと同時に。




 私の懐から、最近流行りの歌謡曲の音色が流れ出した。

 私のお気に入りの曲である。


 私は刺突剣を腰に収めると、懐の音源を。携帯型通話装置を取り出した。


 画面には、伝文受信の知らせが入っている。



 ええと、なになに。


 『リィルさんへ 元気ですか 今 伝文しています』


 ・・・これだけ!?


 「いや、うん・・・」


 師匠は無表情のままに眉根を下げて、私から眼をそらした。


 いくら私との模擬戦闘中だったとはいえ。

 いや私への対応なんてほとんどいい加減で、かなり集中して伝文を打っていただろうに。

 

 一時間もかかって、たった一文だけ!?


 「その、面目ない」


 古代人どころか超古代人確定となった師匠は、少しだけ恥ずかしそうにうつむいていた。


 「なあ、君。やはり、『片手で伝文を打つ』という鍛錬には、意味がないように感じるのだが・・・」


 そう。


 私の愛剣となった刺突剣への習熟のための鍛錬と共に、師匠も鍛錬の真っ最中だったのだ。


 師匠が私に対して、『すぐにでもその剣を使いこなせるようになってくれ』と無茶を言い出したので、『師匠こそいい加減に通話装置を使いこなせるようになった方がよい』と挑発したのだ。


 「こんなことが上達したからといって、一体何の役に立つというのだ。無益だよ」


 私が成長しても、師匠は足踏みしたままなのか、という私からのさらなる挑発に乗せられる形で飲んだ私からの制約であったが、想像以上に苦戦しているようだった。


 なにせ師匠の大きな手では、通話装置の小さな突起を押すのが大変なのだそうだ。

 全体、それは小型化を推進しすぎた大昔の品であるのだから、私が持っている最新式の画面接触型に買い替えればよいのである。大きさだって適度だ。

 

 そうすれば、師匠の大きな指でも少しは扱い易くなるだろうに。


 「いや。これはこれで、気に入っているのだ。思い入れもあるのだし」


 そう言って師匠は、古い古い携帯型通話装置を懐にしまった。

 そして空いた右手で私の右腕を掴むと、私の身体を軽々と持ち上げた。


 「何にしても、私たちはこれで少し成長したわけだね」


 立ち上がった私の背中についた土や草を払って、師匠はそう言った。

 私の方は劇的な成長のように思えるが、師匠の方はどうなのだろうか?


 「なに。私だって、すぐに君と同じくらいに成長して見せるさ」


 師匠は伝文を打てるようになって自信がついたのか、少しだけ誇らしげな眼でそう言った。

 たったの一文を打つのに小一時間かかっていては、私の領域まで到達するのに何百年かかるのやら。



 まあ、いいや。


 それより師匠!


 お腹が空きました!


 「ああ。では、私たちの成長を祝して、ささやかながら宴を開こうではないか」


 師匠は草原の端にある、長椅子の方へと歩き出した。

 そして大木剣を立て掛けると、長椅子の上に置かれていた籠を手に取った。

 朝から師匠が用意していた、待ちわびた昼食である。


 「さあ、手を洗っておいで」


 師匠はやさしくそう言った。

 











 








 

 「ほらっ」

 「うむ」

 「ほらほらっ」

 「うむむ」

 「なんと、わずかごびょうで、うてちゃいました!」

 「・・・しょ、食事中に通話装置を使うのは、禁止だ」

 「・・・」

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