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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第52話 重い想いについて


 「さあ、着いたぞ。早速選ぼうではないか」


 師匠は上機嫌で、様々な武器が並べられた店内を歩き出した。

 

 小刀、短剣、片手剣、長剣。

 槍、長槍、投槍、刺又。

 鎚、鎌、手裏剣、短銃。


 何でもござれだ。

 その他にも、探索に役立つ様々な物品が扱われている。


 だが、今日の師匠が向かうのは、そんな安い品々が置かれた区画ではない。

 普段だったら呪いを警戒するかのように近づこうともしない、強力な魔法の添加された高価で特別製の武具が並べられた場所だ。


 そんな師匠を眺めながら、私は若干の後ろめたさを伴ってその後に続いた。

 

 ここは、私たちの装備の調達や修繕のためにいつも厄介になっている、ジャバの武器屋だ。

 ここの店主やその弟子たちとはすでに顔なじみであったが、いつもとは様子の違う私と師匠に対して、興味深げな視線を投げかけてきていた。


 自分で自分に合う装備を選べない素人ならば、鋳造から修理までを一手に引き受けてくれる鍛冶師兼店員に、すべてを委ねるのが正解である。

 長く武器と触れ合い、同時に自分の作った製品を購入してくれる顧客と接しているような、この店の熟達した鍛冶師にならばなおさらだ。


 しかしながら、師匠はその限りではない。


 師匠自身の装備もそうだが、私の身に着ける皮鎧から補修用の糸に至るまで、全てを自分の目利きで選ぶのだ。


 『それなりに、長く生きているからね』


 自分の経験の深さを自慢しているのか、師匠はたまにそのような冗談を言う。年長者を敬いたまえ、とも。まだ二十歳そこそこだろうに、変な師匠だ。


 話を戻すが、当然今回も。

 今日の目的である、私の新たな愛剣の選定もそうである。

 

 「ふむ。どれがよいかな・・・」


 鼻歌交じりの、しかも足取りの軽い師匠を正視できずに、私は俯いた。


 舞い上がっている師匠へ注がれる、他人の眼が恥ずかしかったのではない。

 

 私の穢れた心が、恥ずかしかったのだ。









 

 

 今日の朝食の献立は、炒り卵に白麺麭。それも、薄く切って一枚一枚を丁寧にあぶった後に、苺の果醤と牛酪をたっぷりだ。

 苦手な野菜の代わりに、蜜柑と林檎と梨が細かく切られて、大皿にどーんと盛られている。

 ついでにしろすけにも、大好物の林檎が十個も与えられていた。

 

 今日は、何か特別な日なのだろうか!?


 「うん。君の成長を祝って、ささやかながら用意させてもらったよ」


 食前の挨拶もそこそこに、目の前の好物だらけの朝食に突撃した私に対して、師匠はいつもの彫像の様な顔でそう言った。


 しかし、眼がおかしい。

 はっきりと分かるほどに上機嫌だ。


 不思議に思いつつも好物を頬張るのを止めようとはせず、私は視線だけを師匠に向けて話を聞いていた。


 「今日は、武器屋に行こう」


 武器屋?

 それに、成長って?


 行儀悪く、果醤と牛酪と蜜柑をはさんだ麺麭を両手に構えて、私は師匠に問い返した。口には梨を頬張っている。


 しかし師匠は、そんな私を叱ろうともしない。

 むしろ、『どんどん食べてくれたまえ』、と気持ち悪いくらいにやさしい。


 「先日、長年使っていた片手剣が折れてしまっただろう。だからすぐにでも、新しいものを用立てなければならない」


 師匠は、次々に麺麭に果醤と牛酪を塗りたくって私の皿に置きながら、そう言ったのだ。

 なんて奉仕的なんだろうか、今日の師匠は。

  

 なんだか、嫌な予感がするではないか。

 ちらりとそんな思いを抱いたところで。 


 「やっと、聖職者の卵として目覚めたのだから。それにふさわしいものを買ってあげたいんだ」


 私は、口からぽろぽろと麺麭をこぼしながら、師匠から眼をそらした。


 


 まずい。


 先日の、害虫駆除の一件。


 師匠は、勘違いしたままのようだ。




 私の足元で、しろすけは林檎にかぶりつきながら喜びの鳴き声を上げていた。







 



 「ふむ。これなんて、どうだろうか」


 防犯用の様々な呪符が仕掛けられた区画に入ってから即座に師匠が示したのは、昨日まで使っていたのと同じ様な片手剣であった。


 しかし、値段が異常である。


 なんで高々片手剣如きが、金貨で十枚もするのだ?


 「魔法が添加されているんだ。昨日のように、少々のことでは折れなくなるよ」


 師匠はあっけらかんと言い放った。


 師匠。

 ちょっと待ってほしい。

 

 あれだけ買い渋っていた受像機は金貨で五枚。

 携帯型通話装置に至っては、銀貨八十枚だ。

 

 なんで武器には、こんな大金をポンと払うのだ!?


 「当然だろう。君の成長に見合った出費だ」

 

 師匠は、さも当然とばかりに言い放った。

 その視線にこもった感情が、私に突き刺さってくる。


 師匠は、私に期待をしているのだ。

 

 先日の害虫駆除の一件で、私が先走ってしまったことを師匠は咎めなかった。

 むしろ、弱き人々を救おうとするとても高潔な心だと、褒めてさえくれた。


 本当は、違うのに。

 師匠に代わって依頼を達成することで、依頼料を独り占めしようとしただけなのに。


 「気にいらないのかい?では、これならどうだい」


 同じく、片手剣。

 電撃の魔法が添加されている。

 金貨十五枚で、分割払い可。


 いやいや、師匠。

 この時期は特に、静電気が怖いですし。


 「ふむ、そうか。では、ちょっと種類を変えてみようか」


 今度は、鎖鎌。

 “的中”の魔法が添加されている。

 金貨十八枚で、この品限り。


 いやいや、師匠。

 私は農民じゃないから、刈り入れなんてしません。


 「ううん、そうか。ではいっそのこと、私と同じものを使ってみるかい」


 お次は、大剣。

 幽霊などの非実体の魔物への接触能力を添加されている。

 金貨二十枚で、行政府への登録のために別料金が必要。


 ・・・いやいやいや!?

 私は幽霊退治なんてしたくありません!おっかない!

 というか、師匠の持っているものよりも高価ではないか!?

 

 「気にすることはないんだよ。では、君自身に選んでもらおう」


 師匠はそう言って、私を見つめた。

 

 これは、いけない。

 彫像の様な顔だが、分かる。

 

 師匠は、私のことを勘違いしている。

 

 私は聖職者になれるような、心の清い娘ではないのだ。

 欲深く、嫉妬深く、執念深い。


 師匠が期待するような。

 師匠の想いに答えられるような。


 できた弟子ではないのだ。

 

 どうすれば。

 一体どうすれば、それを分かってくれるだろうか。


 私が困り果てて店内を見渡すと。

 

 あった。

 

 こいつだ。 





 ・・・し、師匠。


 「なんだい」


 師匠は待ちわびたかのように、返事をした。


 いつの間にか私たちの周囲には、店員たちが集まってきていた。

 事の成り行きを、見守っているのだ。


 ・・・ええい!ままよっ!


 私は、震える指で、“それ”を指さした。





 うるさくない程度の装飾がされた、片手剣。


 強大な、“首狩り”の魔法が添加されている。


 なんと驚きの。










 金貨百枚!







 分割払い不可。即金のみ。領主への許可申請と身辺調査が必須である。


 それよりなにより、立派な家が購入できるような、大金である。

 



 流石の師匠も、こんなに吹っ掛けられたら目が覚めるだろう。


 私が、ただの俗物であると、思い出してくれるだろう。




 さあ、師匠!


 呆れておくれ!


 叱っておくれ!

 

 全体、君は聖職者になど向いてはいなかったのだと!




 そう思って、汗でべとべとになった私が師匠を振り返ると。





















 「うん。なかなかどうして、君にぴったりの品ではないか」













 師匠はそう言って、感慨深げに何度もうなずいた。

 そして、驚愕に眼と口を開きっぱなしの私を放置すると、店主の方へと歩き出した。


 「すまない。購入したい品が決まったのだが・・・」


 



 

 駄目だぁ!



 私は師匠の右手をひっつかむと、あっけにとられる店員たちをしり目に武器屋を飛び出した。










 「君、一体どうしたんだい。遠慮することはなかったんだよ?」


 師匠は夕食の席で、今日何回目か分からないその台詞を繰り返した。


 今日の夕食の献立は、子牛のもも肉のあぶり焼きだ。しかも半日煮込んで作った、師匠特性の醤がたっぷりとかけられている。添えられている赤茄子は気に入らなかったが、文句を言う気にはなれなかった。


 私は豪勢な夕食を前にしても、意気消沈したままだった。


 重い。


 重いのである。


 師匠の勘違いが。


 そして、そこから生まれる私への期待が。


 想いが。


 「困ったな。つまり、君の眼鏡に適うものが見つからなかったのか」


 師匠は甲斐甲斐しく私の皿の肉を切り分けながら、一人でそのように納得した。


 いや、本当にもう、勘弁してほしい。

 これ以上は、胃袋にもたれそうだ。


 「うん、よし。それならば」


 師匠は一人頷くと、おもむろに椅子から立ち上がった。


 そして、壁に掛けてある刺突剣を。

 師匠の友人の物だという、不思議な材質でできた剣を手に取った。


 「それならば、君にはこれを使ってもらおう」


 師匠は、私の眼前に横にした刺突剣を、ずいっと突き出した。


 天井からの魔力光のみによるものではなく、それ自体がほんのりと輝いているように感じさせる。

 装飾の類は一切ないが、それでも貫くという一点に特化したその姿は、ジャバの店にあった品々と比肩しても美しい。

  

 ・・・え?


 こんな、大切そうなものを?


 私に?


 「壁の染みになるよりも、君の腰に収まっていた方がいい。あいつだって、そうするだろう」


 なにせ無駄なことが嫌いな男だったからな、と師匠はしみじみと言った。



 



 私はその刺突剣を、黙って受け取った。

 

 もう、諦めたのだ。






 こんな。

 

 こんな風に期待されてしまったら。

 

 がんばるしか、ないではないか!


 私は涙を流さないように、必死に笑顔を繕いながら。


 その大事な大事な、刺突剣を抱きしめた。





 師匠の想いに答えられるような、立派な弟子になるのだ・・・!

































 「やれやれ。これで少しは、心を入れ替えてくれるかな」

 「えっ、ししょう。いま、なんて?」

 「いや、別に何も」

 「・・・ひょっとして、きがついていました?」

 「・・・」

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