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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第41話 不死人について 前

 

 私の師匠は、化け物などではない!


 「いいや、いいや。お前の師匠は、化け物だ。よく見るがいい」


 私の目の前では、人の形をした大きな炭の塊がうごめいていた。

 この恐るべき魔法の使い手から、何度も何度も強烈な魔法をぶつけられていたのに、未だに息絶えるという様子はなかった。

 

 「見ろ、見るがいい。これ程に殺傷性の高い魔法を受けても、死なない。それどころか、まだ立ち上がろうとしている」


 そのように嘲る恐るべき魔法士を、私は睨みつけた。


 いいや、違う。

 断じて、違う。


 私の師匠は、無敵の男だ。


 どんなに深い傷を負っても、どんなに邪悪な呪いを受けても、決して折れたりはしない。

 それは、普通の人間ではないことの証左だ。


 だが、それは化け物であるということの裏付けにはならない。


 化け物は、そう、お前の方だ!


 「なに、なんだと、小娘?この私が化け物だと?」


 そうだ。


 師匠は。

 私の師匠は、人の道に外れるようなことは絶対にしないのだ


 化け物という呼称は、外道そのものである、お前にこそふさわしい!


 「“言った”な!小娘!」


 暗闇の中でありながら、爛々と金色に輝く二つの瞳が、私の姿を捉えていた。

 








 「やーやー皆さん!おはよーさん!グッモーニン!」


 静かな朝食の最中に闖入してきたのは、いつだったかの軽薄な兄ちゃんだった。


 「なんだ、朝から」


 師匠は無表情ながら、あからさまに迷惑そうに言った。

 来訪客に対してあんまりな挨拶をする師匠だったが、申し訳ないことに私も同意したかった。


 なにせこの兄ちゃん、話を聞くだけで疲れるんだもの。


 「やだなー!ボクとあなたたちとの仲じゃないですかー!あ、これ美味しそう。一個もーらいっ!」


 そう言って兄ちゃんは、私の皿の上から林檎の切り身を強奪した。


 あー!

 ひどい!


 「いやー、おいしそうだったもんでね!メンゴメンゴ!」


 相変わらずの軽薄な調子に、すでにうんざりし始めていた私であった。


 今日の兄ちゃんは、下はチキュウ製のぴっちりしたじーんずを履き、上は白い襯衣の上に黒い革製の上着を羽織り、首には長めの首巻を引っかけて胸のあたりで軽く一回結んでいた。

 少し寒くなってきた街の中を歩くには、なかなか様になっている格好である。


 その振る舞いはともかくとしても、相変わらず良い着こなしだ。

 私の師匠にも見習ってほしいものである。


 「それでグレン。いったい何の用だ。見ての通りに、私たちは朝食の最中だ」


 自分の皿をしっかりと両手で守りながら、師匠は問うた。


 まったくもって、食べ物に関しては偏執的な人間である。

 そのこだわりを、ほんの少しでも服装に向けてほしいものである。

 

 「だってねー?今朝がたディンさんの通話装置に画像を送ったのに、返事がないんですもん!」

 「何、画像?そういえば朝から通話装置がうるさかったが、お前が何かしたのか?」


 なんだ。

 兄ちゃん、もといグレンから師匠に、“伝文”があったのか。

 それなのに師匠は、それが理解できなかったと。


 師匠という人は、どうやら化石のように古い時代を生きているらしい。

 “伝文”なんて、それこそ何百年も昔から使われている通話装置の機能の一つに過ぎないというのに。


 師匠の持つ通話装置はすでに骨董品の類ではあるが、それでも使用には何らの問題もないはずだ。

 

 つまり師匠は、通話装置を通話以外ではまともに使用できない人間なのだ。 


 「あーあ、やっぱりー。そんなんだから、しょーがなく来たんですよー!」


 そう言ってグレンは、師匠の眼前に愛用のすまほとやらの画面を見せつけた。

 師匠は無表情ながら、いかにも不承不承といった気配をまとってそれに応じた。

 

 途端に。


 師匠の目が、きゅっと細くなった。


 「これは・・・」

 「見覚え、あるでしょー?」


 師匠は椅子から立ち上がると、グレンの手からすまほを取り上げ、しげしげとそこに映し出されているであろう画像を見つめた。


 いったい、どうしたというのだろうか。


 「グレン。これを、どこで見つけた?」

 「いやー、それがですねー。街のいろんなところに隠されてるのを見つけちゃったんですよー」


 その言葉に、師匠は押し黙って首筋を撫で始めた。

 

 どうするべきか。

 必死になって、考えているに違いない。

 

 私は一人だけ蚊帳の外にいる気分になって、師匠の手の中のすまほをかっさらった。


 「おい、君」


 抗議とともに伸びてくる師匠の腕をかいくぐりながら、私はすまほの画面を注視した。


 それは、何処かの壁の写真のようだった。

 その壁には、なんだか良く分からない紋様が描かれており、その形はだいぶ昔に師匠の書物で見たような、古い古い魔法陣に似ているような気がした。


 「君、分かるのかい?」


 師匠は私の首根っこを摑まえ、持ち上げながら問うた。


 分かる。

 いや、どういう内容なのかはまったく分からない。

 だけれど、なんだか、見ているとすごく気分が悪くなるのだ。


 「へぇー!なかなかいい感受性ですねー」


 グレンが感心したような声を上げた。

 そしてヘラヘラと笑いながら、恐ろしいことを口にした。


 「そいつはねー、ふるーいふるーい不死人が考え出した魔法陣なんですよー。周囲の定命の存在から生気を吸い取ってー、殺しちゃうの!」


 笑顔のままのグレンから放たれたその言葉に、私は仰天した。


 いやいや、ちょっと待って欲しい。

 そんな物騒なものが、私の街にあるというのか?

 いや、そういえば先ほど、街のいろんなところで見つけたといわなかっただろうか?

 と、言うことは、ひょっとして街中に、その恐ろしい魔法陣がたくさん隠されている?


 「そそ!下手すると街中の至るところで魔法が発動しちゃってー、大勢が生気を吸い取られてー・・・」

 「茶化すな、グレン」


 師匠が震える私の手からすまほを取り上げて、そう言った。

 少しばかり、声が荒かった。

 

 グレンの話が本当ならば、人を殺すような恐ろしい魔法陣が、街中に無数に配置されているようだ。こんなこと、笑って言えるものでも、聞いていられるようなものではない。


 「詰所や組合には、通報したのか?」

 「いやいや!ディンさんが最初!」

 「そうか・・・」


 その言葉に、師匠はため息をついた。

 呆れるというよりも、むしろ安心したというような雰囲気をまとっていた。


 「ならば、第一発見者のお前が通報してきてくれ。そして可能ならば、私たちに協力してくれ」


 

 

 


 グレンをお屋敷から追い出した後、師匠は慌ただしく朝食の片づけに移った。

 皿の上に残っていた林檎の切り身は、私の口の中に押し込まれた。


 「この件は、私自身が解決しなければならない問題なんだ」


 そう、私にというよりは自分に対して語る師匠の目は、どこか遠くを見ているようだった。


 「何としても、この危険な魔法陣をすべて消し去り、これを描いた張本人を探し出さなくてはならない」


 でも、師匠。

 グレンの話が本当ならば、これは街全体の大問題だ。

 速やかに、騎士団や衛兵、それに組合と協力して行動するべきだ。


 「君の言うことは正しい。だが、これは私自身の犯した失態が原因なんだ。だから、私の手で決着をつけたい」


 そんな無茶苦茶な。

 いったいどういう経緯があったのかは知らないが、独断専行をしてはいけないと、私に言ったのは師匠ではないか。


 「だからこそ、グレンには騎士団と組合に通報させた。表舞台で大活躍するのは彼らであって、私の立場はあくまで善意で協力する一市民だ。せいぜい邪魔にならないように、こそこそと動くさ」


 皿を洗いながらそう話す師匠の表情は、もはや無表情ではなかった。

 自分の信念に基づいて、必ず目的を遂行しようとする。そんな強い強い意志が、師匠のその顔にありありと浮かんでいたのだ。

 


 ああ、まったく。


 そんな漢の顔をされたら、放ってなど置けないではないか。


 「どういうことだい、君」


 言わせないでほしい。

 私も及ばずながら、師匠を手伝おうというのだ。


 「しかしね、君。これは・・・」


 師匠。

 言わせないで欲しい。


 師匠が自分でやり遂げたいと強く思うのと同じくらいに、私は師匠の手伝いをしたいと思うのだ。


 「・・・そうか。ありがとう、リィル」


 どういたしましてだ、師匠。


 私は腰に手をあてて、ふんぞり返った。


 「なんとも、頼もしい弟子だよ」


 おほめにあずかり、光栄だ。

 

 とは言ったものの、どうしたものだろうか。

 やはり組合の伝手を頼るのが現実的だと思うのだが。


 「一応ゲドには連絡を入れておくつもりだが、組合を動かす力にはならない。あくまでも、彼に無理がない程度の協力しか期待できないだろう」


 では、衛兵や騎士団に詳しい情報を提供して、協力するという形にしてはどうだろうか。

 

 「いや。衛兵や騎士団に協力を申し出ても、私が表に出て動けなければ意味がない。彼らの目の前で勝手に動こうとすれば、今度こそ街から排斥されてしまうかもしれない」


 だが、師匠。

 以前師匠は、この街の地下施設への調査団に無理やりねじ込んでもらったそうではないか。

 それならば、今回だってできるのではないだろうか。


 「あれは、私が機動要塞の機能回復のために協力したという実績があったからだよ。ただでさえ、前回の銀行強盗の件で悪い印象を持たれているし、あまり関わり合いになるべきではない」


 皿洗いを終えた師匠はそう言うと、自室へと引っ込んだ。


 こういう時に、個人で活動している師匠は無力だ。

 

 騎士団からは嫌われているし、組合には知り合いが少しいるという程度。


 横のつながりがない分、今回のように人手が多く必要な事態には満足に対応できない。

 師匠自身の手で解決をしたいと言うが、いっそのこと、双璧を為す官民の二大組織にすべてをゆだねてしまうというのが最善の手だと思うのだが。


 「いいや、そうとも言い切れないよ」


 そう言いながら自室から現れた師匠は、いつものような意識の低く野暮ったい格好ではなかった。

 上下が一続きになっており、くるぶしまであるゆったりとした白一色のその服装。


 「忘れたのかい?私は一応、聖職者なんだよ」


 司祭服に身を包んだ師匠は、伊達の丸眼鏡を直しながらそう言った。


 うん。


 いつも以上に野暮ったい。

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