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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第33話 不甲斐ない私からの、カムイ様への想い(あるいは、偏見について 中)


 武門の家に生まれたこの身。

 元より、色恋沙汰とは無縁の人生。


 と、思っていたのはいつの頃までだっただろうかなぁ。

 

 「嫁に行くことになってな」


 切り捨てられる覚悟で断食まで行い、想いを告げた私に対して返ってきた言葉がこれであります。


 お相手は、将軍様のお孫様だとか。


 「おめでとうございます!」


 私はもちろん、心から祝福いたしました。

 

 常日頃から、落ちぶれた家を何とかしたいとおっしゃっておられましたし。

 これで、貴女の念願は叶うのです。

 末永く、どうかお幸せに。


 「本当に、そう思っておるのか」

 「はい!もちろんでございます!」 


 怒りの眼で問いかけるカムイ様に、私は朗らかに答えました。

 私は昔から、貴女のことを思っておりましたから。


 「・・・そうか」


 あるいは、平手の一つでもいただけた方が、涙を隠して去られるよりもましでしたなぁ。


 足早に集落へと戻っていくカムイ様を眺めながら、私は自分で自分を殴りました。

 

 ああ、もう。

 私の馬鹿馬鹿!

 大馬鹿者!


 ってな具合にです。

 

 なんで私という奴はただ一言、行かないでくれと言えないのでしょうか。


 「兄様、見事に玉砕なされましたね」

 「兄様、お可哀そうに」


 この真夜中の浜辺の、いったいどこに隠れていたのやら。

 スミカとミズホは、それぞれに私の両肩に手を置きながらそう言いました。


 「あううう・・・」


 先刻までの気丈な態度が無残にも剥がれ、滝のような涙を流しながら砂に突っ伏す私を、二人の妹はよしよしと撫で繰り回したものでした。

 

 

 カムイ様は、戦人たたかいびと二番隊の隊長であらせられます。

 恐れながら私、カイはその副官を任ぜられております。


 女だてらに隊長を任され、さぞかし女傑っぷりを周囲に振りまいているものだと思われる方も多いものですが。

 文武はもちろん、社交にも才覚を見せるカムイ様をご覧になった男性方は、口をそろえて『高嶺の花』とおっしゃるのですよ。


 まあ、幼い頃から付き合いのある私に言わせれば、懐に百匹は猫を隠しておられる方です。


 本当は薬師になりたかった私が戦人なんぞになっているのも、あの方に無理やり引っ張られてきたからなのです。

 まあ、切った張ったどころか、鼻血を見たら卒倒してしまうような私が副官になれたのも、この方がいてくださればこそでありました。


 鍛錬がつらい時は必ず慰めてくれましたし、私が仕事で手ひどい失態を犯すと、叱りつつも笑顔で後始末を手伝ってくれた、とても心の優しいお方なのです。

 

 十数年の時間をかけて、隣近所、知り合い、友人、戦友というところまできて。

 散々妹たちから尻を叩かれた上での、あと一歩を踏み出そうとした瞬間の出来事でしたから。

 

 私の心が折れてしまっても、致し方のないことだと思います。


 そう。


 ちょっと、魔が差してしまったのです。


 

 

 将軍様のお孫様は、風土病に掛かっておられました。


 いやいや、別に命にかかわるようなものではございません。

 






 ただ、ね。







 角が酷く欠けるのですよ。







 この病は、昔から私たち鬼人を悩ます大病であります。

 なにせ我ら鬼人の象徴、誇りともいうべき角が、無残にも朽ち、あるいは折れてしまうのですから。


 まあ、今は医療が発達した現代であります。

 きちんとした薬品を投与し続ければ、一月足らずで完治いたします。

 



 では。




 その薬がなければどうでしょうか。





 将来は間違いなく将軍様の跡目を継ぐようなお方が、みすぼらしい角を民草の前にさらせるのでしょうか。


 やけ酒を飲んだ私は、夜中に島にある唯一の診療所の倉庫に忍び込みました。


 いやはや、失恋と悪酔いの相乗効果と申しますか、あるいは私の隠されていた蛮性とでも申しますか。

 気が付いたら診療所は半焼しており、私は煤だらけになって近くの川に飛び込むことになりました。


 まったくもって、死傷者がおられなかったことが奇跡ですなぁ。

 古き戦女神よ、感謝いたしますぞ!


 朝日が昇るまで遊泳していた私は、その日のうちに特効薬の材料を手に入れるための決死隊に志願しておりました。


 それはもう、いけしゃあしゃあと、ってな具合にです。


 「おお!お前も来てくれるのか、カイ!」

 「もちろんでございます!カムイ様!」


 ああ、もう。

 私の馬鹿馬鹿!

 大馬鹿者!

 

 「兄様は、いかがなされたの?」

 「さあ。昨日のお酒がまだ残っているのでは?」

 

 決死隊は、将軍様から直々にカムイ様へと命ぜられたようでした。

 いよいよもって、嫁入り前という感じですなぁ、あっはっは。


 ・・・はぁ。


 「兄様、気を落とさないで」

 「私たちも、お供しますゆえ」

 「ありがとうね、お前たち」


 まったく、兄想いの妹を二人も持って、私はうれしいよ。





 

 我々の島とほど近い海辺の町などはそれ程でもありませんが、飛行船に乗って内陸深くに入り込んでいくにつれて、だんだんと無能人の数が増え、したがって私たちへと向けられる敵意が増えてきました。


 島の外に出たのは初めてで、見るものすべてが面白かったというのに。

 いやはやなんとも、たまりませんなぁ、まったく。


 「弱音を吐くな。必ずや、薬草を持って帰るのだ!」

 「はい!カムイ様!」

 

 あの晩のやり取りが嘘のように、使命感たっぷりにそうおっしゃるカムイ様に、私は必死に涙をこらえて答えたものです。


 「兄様・・・」

 「おいたわしい・・・」

 



 本来なら月に一度、島へとやってくる商船からの買い付けで事足りていたのですが、あいにくと私がすべて灰にしてしまったためにそうはいきません。


 もともと希少な材料がなければ作れない特効薬。

 あらゆる商人方に縋り付いたところで、ことごとく『入荷待ち』の返信を受けてしまっておりました。

 こうなれば、私たち決死隊が何としても、原産地で薬草を山ほど取って帰らねばなりません。


 将軍様のお孫様もそうですが、島の民草すべてのためにも、であります。


 もとより私のしでかした不始末によるもの。

 私がやらねば誰がやる、というやつですなぁ。


 ま、無事に事が済んだら辞表を提出いたしましょう。

 

 いや、それどころじゃない。

 本気で腹を切らなきゃいけませんな、こりゃ。


 カムイ様は、介錯してくださるかなぁ。


 

 



 特効薬の材料。

 薬草の原産地は、古くから私たち鬼人とは因縁のある街の近くの森でした。


 カムイ様が伴ってこられた案内人は、当たり前ですが街の住人の無能人でした。

 

 何やら仏頂面の男と、何やら歯ぎしりしっぱなしの小娘でした。


 この無能人達、なんとも酷い顔つきですなぁ。

 まるで私たち鬼人を、蔑んでおられるような。

 

 たまりませんなぁ、まったく。


 作業が始まると、私たちは二手に分かれました。

 無能人二人とカムイ様。そして私たち兄妹です。


 「兄様!今が残された好機です!」

 「今一度、想いを伝えられませい!」


 妹たちよ、お前たちの気持ちはわかる。

 不甲斐ない兄に憤っているのだろう。

 

 私だって、そうしたいのはやまやまなのだ。

 しかし、嫉妬に狂ってやらかした失態の後始末をしてもらっておきながら、嫁に行かんでくださいだなんてとても言えるもんじゃない。

  

 ああ、もう。

 私の馬鹿馬鹿!

 大馬鹿者!


 「兄様・・・」

 「駄目だこりゃ・・・」


  



 お天道様が天頂に差し掛かった頃、私たちは休憩をはさむことにいたしました。


 「ディン殿。お口に合うかは分かりませぬが・・・」

 「ああ、ありがとう。いただくよ」


 まことに驚いたことに、私たちが用意した昼餉を、その無能人の男はいささかの抵抗もなく受け入れました。


 てっきり、「お前らの作ったもんが食えるかぁっ!」ってな具合に怒り出すものかと思いましたが、平気でもぐもぐやっておられますよ。

 仏頂面のままでしたがね。


 男はしきりに白い髪の小娘も誘っておられましたが、腕を組んでそっぽを向いて、まったく口をつけようとはしませんでした。

 むしろ、こちらのほうが無能人らしい反応ですな。

 腹の虫がなっているのが、なんともかわいらしい。

 

 昼餉が済むと、今度は人を入れ替えて作業を続けることになりました。

 無能人の男と小娘の中に、私一人が放り込まれる形です。


 たまりませんなぁ、まったく。


 「君は、カムイの部下だね」

 「は、はい」

 

 などと思っていると、作業をしながら無能人の男は、実に気さくに私に話しかけてきました。


 やれ、先刻の昼餉はとても旨かっただの、良ければ今度は自分が馳走するだのと、とりとめのない話題ではありましたが。


 話してみるとこの御仁、なかなかに気安い方ですな。

 最初の仏頂面で勘違いしておりましたが、この方はどうやら元々このような顔立ちであって、心根はなかなか筋の通った青年のようです。


 ううん、こうして和気あいあいと共に草摘みなどいたしますと、無能人がすべて私たちに敵愾心を抱いているというのは、偏見だったのかもしれませんなぁ。


 「しかし、島の仲間たちに話したら、正気を疑われるでしょう。あなたのように、親切な無能人がおられたことに」

 「いや。この娘も似たようなものだよ」

 

 そう言って御仁が視線で示したのは、こちらに背中を向けて薬草を摘んでいる・・・いや、無造作にその辺の草を引っこ抜いている娘でありました。


 先刻から、自分の周りにある草をとにかくぶちぶち引きちぎっては、捨てておられる。

 いったい何のつもりなのですかな。 


 「この娘も街の住人同様に、古くから伝わる幻想に支配されてしまっている。なんとかならないものかと、連れだしたのだがね」

 「ははあ。どこでも、似たようなものですなぁ」


 私の島の民草だって、無能人に対していい感情を持ってはおりません。

 目が合うと石を投げてくるとか、人食い呼ばわりしてくるとか。


 「ところでこの薬草は、君たちの島の風土病への特効薬に使われるものだね」

 「そ、その通りですが。お詳しいですな」


 急に話題が変わって、私はちょっと慌ててしまいました。

 いや、私の中に後ろめたさがあったからなのでしょうが。


 「なぜ急に、こんなに大量に採取しなければならなくなったんだい」

 「それは、その。実は火事で、薬がすべて燃えてしまいましてな」


 私は必死に平静を保ちながら、御仁の質問に答えていきました。

 なんだか、尋問されているような気がいたしますなぁ。


 「なるほど。カムイが必死だったのは、島の民を救うために?」

 「いや、そうかもしれませんが、むしろ・・・」


 ううん、なぜでしょうか。

 この御仁に見つめられると、いや睨みつけられていると、どうにもぺらぺらと余計なことまでしゃべってしまいます。


 「・・・婚約相手の。将軍様のお孫様を救いたいという一心なのではないでしょうか」

 「ほう」

 「無事にお孫様の病を治したうえで、カムイ様には幸せになって欲しいのです」

 「・・・本当に、そう思うのかい」


 御仁は手を止め、まじまじと私の顔を見つめました。

 何というか、仏頂面なのに私の心を見透かすようなきれいな目であるように思えました。


 「な、なんのことですかな」

 「君のカムイを見る目は、上司に向けるそれとは違って見えた」


 あるいは、いじけてしまっていたのでしょうか。

 それとも心が弱っていて、誰かに打ち明けて少しでも楽になりたかったのかもしれません。


 「・・・はい。私は、カムイ様を慕っております」

 「そうか」


 その御仁は、地面にどっしりと腰を下ろして腕を組みました。

 見ればその隣には、草むしりをしていたはずの小娘が、同じように座って興味深げに私を見つめているではありませんか。

 

 二人して、私の痴話を聞くおつもりだ。

 たまりませんなぁ、まったく。


 「想いは告げたのかい」

 「ええ、はい。結果は、まあご想像の通りですが」


 御仁と小娘は、うんうんと頷きながら先を促した。

 なんだか、楽しんでおられませんかな?


 「私は、失意と酔いにあてられてしまって・・・」

 「・・・魔が差して、火を放ってしまったと」


 その御仁の言葉に、私は凍り付きました。


 




 

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